0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

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第9話 待つ才能

 

第9話 待つ才能

 

 『転生(死にたくないよ)』の設計を完成させた翌日、フクリは何枚もの紙を机の上へ並べた。

 

 最初に書いた、欲しいものをすべて詰め込んだ設計。

 

 条件を一つずつ削り、必要メモリを下げていった途中の案。

 

 最後に、転生後の名前を「フクリ」へ固定する制約を加え、九百メモリぴったりに収めた完成版。

 

 そして、『容量判定(メモリー・ジャッジ)』によって表示された現在のメモリ状況。

 

 フクリはそれらを順番に読み返した。

 

 間違いがないことを確認し、紙を一つの封筒へ入れる。

 

 表には、仕事の記録とだけ書いた。

 

 宿の引き出しに鍵はない。

 

 誰かに見られる可能性が絶対にないとは言えなかった。

 

 地面へ埋めることも考えた。

 

 村の家へ持ち帰ることも考えた。

 

 内容をすべて覚え、紙を燃やしてしまう方法もある。

 

 だが、地面へ埋めれば湿気や虫で傷む可能性がある。村へ持ち帰れば、両親が偶然見つけるかもしれない。処分すれば、細かな条件を忘れた時に確認できない。

 

 結局、宿にいる間は引き出しの奥へ隠し、部屋を長く空ける時だけ持ち歩くことにした。

 

「二十二歳三か月」

 

 フクリは封筒をしまいながら呟いた。

 

 現在、十七歳と六か月。

 

 あと四年九か月。

 

 そこまで使用可能メモリを貯める。

 

 途中で新しい能力は作らない。

 

 小さな便利能力も。

 

 工事現場で役立つ能力も。

 

 危険を避ける能力も。

 

 すべて我慢する。

 

 千メモリまで貯め、最低保持量の百を残したうえで、九百メモリを『転生』へ使用する。

 

 目標は明確だった。

 

 必要量も分かっている。

 

 いつ頃届くかも分かっている。

 

 あとは待つだけ。

 

 言葉にすれば、ひどく簡単だった。

 

     ◇

 

 最初の一週間、フクリは毎晩『容量判定』を使った。

 

 紙へ現在の状況を表示させる。

 

 現在使用可能メモリ。

 

 現在作成可能メモリ。

 

 転生までの不足量。

 

 予想到達年齢。

 

 一日経てば、メモリは〇・一%増える。

 

 だが、数字の変化は僅かだった。

 

 昨日より少し増えている。

 

 予想到達時期も、ほんの僅かに近づいている。

 

 それでも、毎日確認するほどの変化ではない。

 

 十日ほど経った頃、フクリは紙に浮かぶ数字を眺めながら、自分で呆れた。

 

「意味ないな、これ」

 

 何度確認しても、増える速度は変わらない。

 

 見ていれば早くなるわけではない。

 

 忘れていても止まらない。

 

 それどころか『容量判定』を使うために、僅かとはいえオーラと紙を消費している。

 

 数字を毎日見れば、増え方の遅さばかりが気になった。

 

 あと何日。

 

 あと何メモリ。

 

 そんなことばかり考えれば、四年九か月という時間が余計に長く感じられる。

 

 フクリは毎日確認するのをやめた。

 

 一週間に一度。

 

 それもすぐに一か月に一度となった。

 

 増加を忘れてしまうくらいがちょうどいい。

 

 確認しなくても増える。

 

 何もしなくても積み重なる。

 

 そのために作った能力だった。

 

     ◇

 

 工事現場での生活は変わらなかった。

 

 朝、宿を出る。

 

 同じ現場で働くダイゴたちと合流する。

 

 資材を運び、道具を渡し、足場の周囲を片づける。

 

 仕事が終われば食事を取り、宿へ戻る。

 

 疲れている日は、扉と窓を確認してから絶へ入る。

 

 身体を静かな休息状態へ置き、翌日に備える。

 

 同じことの繰り返しだった。

 

 念能力者らしい華やかな生活ではない。

 

 魔獣を倒すこともない。

 

 賞金首を追うこともない。

 

 天空闘技場へ挑むこともない。

 

 昼間は、普通の作業員として汗を流す。

 

 夜は念の基礎を少しだけ練習する。

 

 そして眠っている間にも、メモリは増える。

 

 フクリは、その生活を気に入っていた。

 

 何も起きない。

 

 誰にも狙われない。

 

 働いた分だけ給料が出る。

 

 休めば疲れが回復する。

 

 危険の多い世界では、平穏そのものが価値だった。

 

     ◇

 

 現場では、念を使っていることを隠し続けた。

 

 薄い纏で身体を守り、普通の人間より少し疲れにくい程度へ抑える。

 

 重い資材を持てたとしても、一人では運ばない。

 

 二人で持てと言われれば、素直に人を呼ぶ。

 

 目立つほどの力を見せる理由はない。

 

 誰かに強いと思われれば、より危険な仕事を任される可能性がある。

 

 頼られる。

 

 期待される。

 

 面倒事を押しつけられる。

 

 フクリにとっては、どれも望んでいないことだった。

 

 少し仕事のできる若者。

 

 慎重で、無茶をしない。

 

 その程度でいい。

 

「フクリ、これくらいなら大丈夫だろ」

 

 ある日、若い作業員が足場を見上げながら言った。

 

 足場の一部が、僅かに傾いていた。

 

 固定具も一か所だけ緩んでいる。

 

 今すぐ崩れるようには見えない。

 

 だが、複数人が乗り、重い資材を運べばどうなるか分からなかった。

 

「直してから登った方がいい」

 

 フクリが答えると、若い作業員は不満そうな顔をした。

 

「時間がかかるぞ」

 

「落ちるよりはいいだろ」

 

「これくらいじゃ落ちないって」

 

「じゃあ、先に登って」

 

 若い作業員は黙った。

 

 自分でも登りたくないらしい。

 

「ダイゴさんに言ってくる」

 

「告げ口するのかよ」

 

「事故が起きた後で、黙ってた責任を押しつけられる方が嫌だから」

 

 相手が何を言おうと、フクリは気にしなかった。

 

 ダイゴと現場監督が確認した結果、固定具の一つに亀裂が見つかった。

 

 その日の作業は一時中断され、足場は組み直された。

 

「よく見つけたな」

 

 ダイゴが言った。

 

「見れば分かります」

 

「見ても気づかない奴が多いんだよ」

 

「それは見てないだけでしょう」

 

「だから、お前は他人に厳しいんだって」

 

 ダイゴは笑った。

 

 フクリも、自分が優しい性格ではないことを知っている。

 

 注意すれば防げる危険を放置する人間には厳しい。

 

 面倒だからと確認を省く者にも腹が立つ。

 

 その結果、自分まで巻き込まれる可能性があるからだ。

 

 他人の失敗へ寛容でいることと、危険を見逃すことは違う。

 

     ◇

 

 だからといって、すべての揉め事へ首を突っ込むわけではない。

 

 別の現場で、作業員同士の喧嘩が起きたことがあった。

 

 二人とも前夜の酒が残っていたらしい。

 

 最初は口論だった。

 

 やがて肩を押し合い、一人が相手を殴った。

 

 周囲の人間が止めようと近づく。

 

 フクリは少し離れた場所から様子を見ていた。

 

 一人の手には、金属製の工具が握られている。

 

 興奮している。

 

 誰へ振り回すか分からない。

 

 念を使えば、取り押さえられるかもしれない。

 

 だが、能力を隠したまま安全に止められる保証はない。

 

 工具で殴られる可能性もある。

 

 フクリは現場監督を呼びに走った。

 

 戻った時には、数人の作業員によって二人は取り押さえられていた。

 

「お前も止めろよ」

 

 後で一人の作業員に言われた。

 

「工具を持っていたので嫌です」

 

「仲間だろ」

 

「仲間でも殴られたくない」

 

「冷たい奴だな」

 

「監督は呼びました」

 

 自分にできる範囲では動いた。

 

 それ以上を求められても困る。

 

 誰かが殺されそうなら、もう少し踏み込んだかもしれない。

 

 だが、酔った大人同士の喧嘩で、自分まで怪我をするつもりはなかった。

 

 自分の力で守れるものは守る。

 

 力が及ばない。

 

 あるいは危険が大きすぎるなら、手を引く。

 

 その線引きを曖昧にすれば、いつか自分の命まで差し出すことになる。

 

     ◇

 

 十八歳になった。

 

 『容量判定』を作ってから半年が過ぎていた。

 

 二百メモリを投入したことで、複利の元となる使用可能メモリは一度大きく減った。

 

 当然、増加速度も落ちている。

 

 本来なら、能力②を作らずに待った方が早く千へ届いた。

 

 数字だけを見れば、予定を前倒ししたことは効率の悪い選択だった。

 

 それでもフクリは後悔していなかった。

 

 必要なメモリ量が見える。

 

 現在値が分かる。

 

 能力を作った後の残量も分かる。

 

 上限へ届く時期も予測できる。

 

 手探りだった能力設計が、計画へ変わった。

 

 ただし、新しい問題も生まれた。

 

 作りたい能力の必要量が見えるようになったことで、以前より誘惑が強くなったのだ。

 

     ◇

 

 ある夜。

 

 フクリは紙へ一つの能力を書いた。

 

 「一日に一度、自分へ向かってくる致命的な危険を、発生する十秒前に頭痛として知らせる」

 

 判定する。

 

 必要メモリ:二四〇

 

 高い。

 

 だが、作れない数字ではない。

 

 現在の使用可能メモリから二百四十を使っても、最低保持量の百は残せる。

 

 もちろん『転生』の完成は大きく遅れる。

 

 それでも、今の人生で死ぬ危険を減らせるなら、作る価値があるように思えた。

 

 『転生』は、死んだ後の保険。

 

 こちらは、死ぬ前に危険を避ける能力。

 

 順番としては、むしろこちらを先に作るべきではないか。

 

 フクリは設計を調整した。

 

 対象を事故と攻撃だけに限定する。

 

 病気は除外。

 

 毒も除外。

 

 すでに自分が認識している危険には反応しない。

 

 通知方法は、短い頭痛のみ。

 

 判定。

 

 必要メモリ:一九八

 

「作れるな」

 

 声が漏れた。

 

 工事現場では、落下物や足場の事故が起きる。

 

 この能力があれば、死ぬ可能性を減らせるかもしれない。

 

 安全第一の自分に合っている。

 

 メモリを使う正当な理由もある。

 

 何時間も紙を見つめた。

 

 作るべきか。

 

 待つべきか。

 

 頭の中では、二つの考えが何度も入れ替わった。

 

 最終的に、フクリは紙を引き出しへしまった。

 

「今は作らない」

 

 一日に一度しか使えない。

 

 二度目の危険には反応しない。

 

 致命的な危険の判定も完全ではない。

 

 十秒前に頭痛が来ても、逃げられるとは限らない。

 

 何より、能力があるから安全だと思い込み、自分で危険を確認しなくなる可能性がある。

 

 便利な能力は、人間を助ける。

 

 だが同時に、人間の注意力を弱くすることもある。

 

 今は自分で確認する。

 

 本当に必要だと判断した時に作ればいい。

 

 少なくとも『転生』を完成させるまでは、メモリへ手をつけない。

 

 フクリはもう一度、自分へ言い聞かせた。

 

     ◇

 

 十八歳の冬。

 

 父が工房で腰を痛めた。

 

 命に関わる怪我ではない。

 

 重い木材を持ち上げた時に、無理な姿勢になったらしい。

 

 数週間休めば治ると、村の医者は言った。

 

 それでも母から知らせを受けたフクリは、仕事を休み、すぐに村へ戻った。

 

 家へ入ると、父は布団へ横になっていた。

 

「大げさだ。少し痛めただけだ」

 

「動けないのに?」

 

「ゆっくりなら動ける」

 

「じゃあ立ってみて」

 

「今は休んでるところだ」

 

「動けないんじゃないか」

 

「相変わらず厳しいな」

 

 父は苦笑した。

 

 フクリは数日間、工房の注文を整理した。

 

 急ぎでない仕事は、事情を説明して延期してもらう。

 

 簡単な修理は、自分ができる範囲で引き受ける。

 

 父ほどの腕はない。

 

 それでも子供の頃から手伝ってきたため、小さな棚や椅子の修理くらいならできた。

 

 母の畑も手伝った。

 

 家事もする。

 

 薬を用意し、父が勝手に動こうとすれば止める。

 

「仕事はいいのか?」

 

 父が尋ねた。

 

「休みをもらった」

 

「給料が減るぞ」

 

「貯金があるから大丈夫」

 

「俺のせいで使わせるのは悪いな」

 

「仲良くなった人には親身になる性格なんだよ」

 

「父親は、仲良くなった人に入るのか?」

 

「一応」

 

「一応か」

 

 父は笑った。

 

 フクリは他人には厳しい。

 

 力が及ばないことには手を出さない。

 

 だが、家族や仲良くなった人間には親身になる。

 

 自分にできることなら、面倒でも動く。

 

 父の腰を治す能力を作ろうとはしなかった。

 

 考えなかったわけではない。

 

 父だけに使える。

 

 一度きり。

 

 腰の怪我だけを対象にする。

 

 条件を限定すれば、少ないメモリで作れるかもしれない。

 

 だが医者は、休めば治ると言っている。

 

 命の危険もない。

 

 能力を作る必要はない。

 

 何でも念で解決する癖をつければ、いつか判断を誤る。

 

 数週間後、父はゆっくり仕事へ戻った。

 

 重い物を持とうとするたび、フクリと母から注意された。

 

     ◇

 

 十九歳。

 

 二十歳。

 

 時間は過ぎていった。

 

 フクリの念の基礎も、少しずつ成長した。

 

 纏は、日常生活で使う程度なら安定した。

 

 薄く身体を覆いながら仕事をしても、以前ほど乱れない。

 

 だが、熟練した念能力者と比べれば弱いだろう。

 

 強い攻撃を防げるほど厚くない。

 

 長時間の戦闘にも耐えられない。

 

 練も多少は上達した。

 

 以前より多くのオーラを生み出せる。

 

 それでも、才能のある者のような爆発的な量ではない。

 

 凝。

 

 流。

 

 堅。

 

 硬。

 

 前世の知識を頼りに、一人で応用技も試した。

 

 目へオーラを集める。

 

 身体の一部へ多く配分する。

 

 攻撃と防御のため、オーラを移動させる。

 

 一つを意識すれば、別の部分が薄くなる。

 

 移動も遅い。

 

 実戦で使える水準とは思えなかった。

 

 六歳から修行を始め、十年以上。

 

 それでも達人にはなれない。

 

 時間をかければ誰でも天才へ追いつけるほど、世界は甘くない。

 

 フクリの才能は、ゴンより下だった。

 

 身体能力。

 

 戦闘感覚。

 

 オーラ操作。

 

 どれも普通。

 

 長く続けたからといって、簡単に極められるものではない。

 

 だが、絶だけは違った。

 

     ◇

 

 絶へ入る速度は、年々短くなった。

 

 以前は目を閉じ、呼吸を整え、意識を集中する必要があった。

 

 今では、絶へ入ろうと思った瞬間に近い速度で、全身の精孔を閉じられる。

 

 立った状態でも。

 

 歩いていても。

 

 軽い作業をしていても。

 

 静止している時ほど完璧ではないが、オーラを抑え続けることができる。

 

 もちろん、絶だけで姿が消えるわけではない。

 

 呼吸。

 

 足音。

 

 匂い。

 

 服が擦れる音。

 

 視線。

 

 そうしたものまでは消えない。

 

 だからフクリは、念を覚える前から続けてきた気配を薄くする訓練もやめなかった。

 

 枝を踏まない。

 

 足を強く地面へ置かない。

 

 呼吸を乱さない。

 

 相手を見つめすぎない。

 

 周囲の音へ自分の音を混ぜる。

 

 五年間積み重ねた身体技術。

 

 念による絶。

 

 その二つが重なることで、フクリの存在感は異常なほど小さくなっていった。

 

     ◇

 

 ある休日。

 

 村の森で絶の修行をしていた時、一人の狩人が近くを通りかかった。

 

 フクリは木の陰に立っていた。

 

 完全に隠れていたわけではない。

 

 身体の半分ほどは、道から見える位置にある。

 

 ただ絶へ入り、視線を外し、呼吸と音を小さくしていた。

 

 狩人はフクリへ気づかず、そのまま数歩先まで進んだ。

 

 フクリが絶を解く。

 

「こんにちは」

 

「うわっ!」

 

 狩人は肩を跳ねさせ、勢いよく振り返った。

 

「いつからそこにいた!」

 

「さっきから」

 

「声をかけろよ! 心臓が止まるかと思ったぞ!」

 

「修行してたので」

 

「何の修行だ、それ」

 

「静かにする修行」

 

「静かすぎるわ!」

 

 狩人は胸を押さえながら文句を言い、そのまま森の奥へ歩いていった。

 

 フクリは小さな手応えを感じた。

 

 念能力者へ通じるかは分からない。

 

 熟練者なら、僅かな違和感から気づくかもしれない。

 

 円を使われれば、見つかる可能性も高い。

 

 それでも、一般人の感覚からは、かなり存在を消せるようになっていた。

 

 絶だけなら。

 

 それだけに限れば。

 

 フクリは達人級と呼ばれる領域へ近づきつつあった。

 

 だが、それを戦闘の強さとは考えなかった。

 

 絶の最中に攻撃を受ければ弱い。

 

 見つかった後に戦う能力もない。

 

 得意なのは、戦うことではない。

 

 戦いが始まる前に消えること。

 

 それでよかった。

 

     ◇

 

 二十歳のある夜。

 

 フクリは久しぶりに、遊び半分で『容量判定』を使った。

 

 紙へ書いたのは、前世で知っている能力だった。

 

 「巨大な観音像を具現化し、祈りの動作を終えた後、使用者の意思に従って超高速の掌打を放つ」

 

 ネテロの百式観音。

 

 もちろん、本物の能力を調べられるわけではない。

 

 『容量判定』の対象は、フクリが自分で作る能力だけ。

 

 同じような能力を、自分が作る場合の必要量を調べるだけだった。

 

 判定する。

 

 しばらくして、紙へ文字が現れた。

 

 判定不能:必要な身体能力、祈りの速度、具現化対象の構造、攻撃回数、射程、威力、発動制約が不明確です。

 

「そりゃそうか」

 

 フクリは笑った。

 

 百式観音は、文章だけ真似して作れる能力ではない。

 

 ネテロの長い修行。

 

 祈り。

 

 感謝。

 

 身体能力。

 

 狂気にも近い年月。

 

 それらが一つになって成立している。

 

 能力だけを真似しても、同じものにはならない。

 

 次に、自分の最初の能力を書いた。

 

 「自身の念能力用メモリの九十%を使用し、残った百メモリを一日〇・一%ずつ複利で増加させる。上限は本来の最大量である千メモリ。百メモリ未満まで使用した場合、能力は永久に消滅する」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九〇〇

 

「やっぱり九百か」

 

 当然の結果だった。

 

 自分で九百メモリを使って作った能力なのだから。

 

 それでも、数字として改めて見ると重い。

 

 十一歳の自分は、よくこの能力を作ったものだと思う。

 

 念を覚えたばかり。

 

 戦闘能力もない。

 

 メモリの正確な量すら分からない。

 

 その状態で、持っている容量の九割を差し出した。

 

「怖いもの知らずだったのか、考えなしだったのか」

 

 どちらでもない。

 

 怖かった。

 

 何度も迷った。

 

 それでも必要だと思い、作った。

 

 その時の自分がいたからこそ、今の自分は能力を設計できている。

 

     ◇

 

 二十一歳になった。

 

 『転生』を作れる予想到達年齢まで、残り一年ほど。

 

 使用可能メモリは上限へ近づいていた。

 

 一日に増える量も、最初とは比べものにならない。

 

 百メモリの頃は、一日〇・一。

 

 今では、一日一メモリ近く増える。

 

 複利の効果が、ようやく目に見える形で現れていた。

 

 フクリは月に一度だけ、現在値を確認した。

 

 現在使用可能メモリ。

 

 不足量。

 

 到達予定日。

 

 少しずつ。

 

 確実に近づいていく。

 

 この頃になると、新しい能力を作りたい誘惑よりも、上限へ届く瞬間を見たい気持ちの方が強くなっていた。

 

 あと少し。

 

 ここまで待った。

 

 今さら使う理由はない。

 

 それでも油断はしなかった。

 

 事故。

 

 病気。

 

 犯罪。

 

 上限へ届く前に死ねば、『転生』を作れない。

 

 働く時は以前より慎重になった。

 

 食事。

 

 睡眠。

 

 体調。

 

 少しでも異常を感じれば休む。

 

 周囲からは、健康を気にしすぎだと笑われることもあった。

 

 フクリは気にしなかった。

 

 もうすぐ、死への最後の保険が完成する。

 

 その直前に無理をする方が馬鹿らしい。

 

     ◇

 

 二十一歳の冬。

 

 ダイゴが工事現場を辞めることになった。

 

 怪我をしたわけではない。

 

 故郷へ戻り、親戚の店を手伝うらしい。

 

「お前には世話になったな」

 

 最後の仕事を終えた後、ダイゴが言った。

 

「俺の方が教えてもらったと思いますけど」

 

「最初はな。途中からは、お前に危ない場所を指摘される方が多かった」

 

「見落としが多いからですよ」

 

「最後まで厳しいな」

 

 ダイゴは笑った。

 

「お前、ずっと工事を続けるのか?」

 

「分かりません」

 

「木工もできるんだろ?」

 

「少しだけです」

 

「何か、やりたいことはないのか?」

 

 フクリは少し考えた。

 

 誰にも人生を邪魔されない力。

 

 個人として最強になること。

 

 ただし、それを誰かへ見せびらかしたいわけではない。

 

 支配したいわけでもない。

 

 権力も名声もいらない。

 

 能力を設計し、長い時間をかけて、自分の安全を脅かすものがなくなる場所まで行く。

 

 そんなことを説明するつもりはなかった。

 

「楽しく暮らしたいです」

 

「それだけか?」

 

「難しいですよ、それ」

 

 ダイゴは少し驚いた後、ゆっくり頷いた。

 

「確かにな」

 

 好きな人と過ごす。

 

 美味しいものを食べる。

 

 危険に怯えない。

 

 自分の時間を、自分の意思で使う。

 

 そのために、誰にも邪魔されない力が欲しい。

 

 力そのものが目的ではなかった。

 

     ◇

 

 二十二歳。

 

 予想到達年齢まで、残り三か月。

 

 フクリは村へ帰る回数を増やした。

 

 父も母も、以前より歳を取っている。

 

 父の髪には、白いものが混じり始めた。

 

 母も、重い物を運ぶ時にはフクリを呼ぶようになった。

 

 子供の頃は、二人がずっと同じ姿でいるように思っていた。

 

 だが、時間は誰に対しても進む。

 

 自分のメモリだけではない。

 

「最近、よく帰ってくるわね」

 

 母が嬉しそうに言った。

 

「仕事が落ち着いてるから」

 

「町で何かあったんじゃないでしょうね」

 

「何もないよ」

 

「本当?」

 

「本当」

 

 『転生』を作る日が近づいている。

 

 そのことは言えない。

 

 能力が完成しても、今の人生を捨てるつもりはない。

 

 むしろ、今の人生を長く大切にするための能力だ。

 

 それでも、自分の中で大きな区切りが近づいていることは分かった。

 

 だから家族と過ごしたかった。

 

 食卓を囲む。

 

 父の工房を手伝う。

 

 母の畑へ付き合う。

 

 子供の頃と同じような日々。

 

 フクリは、その一つ一つを以前より大切に感じていた。

 

     ◇

 

 二十二歳と二か月。

 

 あと一か月。

 

 宿へ戻ったフクリは、『容量判定』を使った。

 

 紙へ数字が浮かぶ。

 

 現在使用可能メモリ:九七一

 

 最低保持メモリ:一〇〇

 

 転生に必要なメモリ:九〇〇

 

 不足メモリ:二九

 

 まだ足りない。

 

 九百を使い、百を残すには、千メモリ必要だ。

 

 残り二十九。

 

 現在の増加量なら、予定どおり一か月ほど。

 

 フクリは紙を畳んだ。

 

「そこまでは、生きる」

 

 当然のことを、声に出した。

 

 あと一か月だけ生きればいいわけではない。

 

 その後も長く生きる。

 

 だが、今は目の前の区切りへ集中する。

 

 無理をしない。

 

 危険な作業は避ける。

 

 睡眠を取る。

 

 体調を崩さない。

 

 普通に暮らす。

 

 それだけでいい。

 

 窓の外には、町の灯りが見えた。

 

 その上には星が広がっている。

 

 フクリはしばらく眺めた後、部屋の灯りを消した。

 

 周囲の安全を確かめ、絶へ入る。

 

 布団へ横になる。

 

 身体の疲労が、ゆっくりと抜けていく。

 

 眠っている間にも、メモリは増える。

 

 明日も。

 

 その次の日も。

 

 一日〇・一%ずつ。

 

 待つことは、何もしないことではない。

 

 欲しいものが目の前にあっても、必要な時まで手を伸ばさないこと。

 

 焦り。

 

 不安。

 

 誘惑。

 

 それらを抱えたまま、日常を続けること。

 

 フクリは努力の天才ではない。

 

 戦闘の天才でもない。

 

 本当は我慢強い人間ですらなかった。

 

 能力②も、予定より早く我慢できずに作った。

 

 それでも、待つ理由を見失わない限り、何度でも立ち止まることができた。

 

 そして間もなく。

 

 長く待ち続けた千メモリが、ようやく彼の手へ届こうとしていた。

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