第2話 話題の新流派
大陸へ降り立ったフクリは、その場で軽く足踏みをした。
約1か月もの間、飛行船の上で生活していたせいか、揺れていない地面に少しだけ違和感がある。
「変な感じだな」
体調が悪いわけではない。
フクリは荷物を背負い直し、発着場から町へ続く大通りへ歩き出した。
目に映るもの全てが新鮮だった。
石造りの建物。
色鮮やかな露店。
見たことのない果物。
大きな角を持つ荷運び用の獣。
ジャポンとは服装も建物も雰囲気も違う。
「面白いな」
思わず笑みがこぼれる。
以前の自分なら、知らない土地では危険ばかり探していたかもしれない。
もちろん今も油断はしない。
財布は分けて持っている。
念能力の設計書も盗まれにくい場所へしまってある。
だが、『転生(死にたくないよ)』を完成させた今は少しだけ考え方が変わった。
命は大切だ。
無茶をするつもりはない。
それでも、失敗まで避ける必要はない。
旅なのだから、知らないことを楽しもう。
そう思えた。
◇
宿を探す途中、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
屋台だった。
鉄板の上で肉と野菜が焼かれ、丸いパンへ挟まれている。
「1つください」
「辛いぞ?」
店主が笑う。
「食べたことがないので分かりません」
「じゃあ歓迎してやる」
「歓迎は普通でお願いします」
しかし、出てきたものは赤いソースがたっぷりだった。
一口かじる。
肉汁が広がる。
その直後、猛烈な辛さが襲ってきた。
「っ……辛い!」
「はっはっは!」
店主が水を差し出す。
「これがこの町の味だ」
辛い。
だが、不思議と嫌ではない。
最後まで食べ終える頃には額へ汗をかきながら笑っていた。
ジャポンにはない味。
こういう経験をするために旅へ出たのだ。
◇
宿を決めて荷物を置くと、フクリはすぐ町へ戻った。
目的は、飛行船でゲンゾウから教えられた武具店だ。
心源流について話を聞いてみたい。
北側へ向かって歩く。
途中で地図を買い、人にも道を尋ねる。
「青い屋根の酒場を右だよ」
露店の女性に礼を言い、その通り進む。
ところが酒場を過ぎると道が2つに分かれていた。
「……右かな」
何となく右へ進む。
30分後。
「迷ったな」
住宅街の真ん中で地図を広げる。
しかも上下が逆だった。
「兄ちゃん」
塀の上から声がした。
10歳くらいの少年が、木の棒を持ってこちらを見ている。
「迷子?」
「少しだけ」
「地図逆さまだぞ」
「今気づいた」
「どこ行くんだ?」
「ゴルド武具店」
「ああ、心源流へ行く奴がよく寄る店か」
「知ってる?」
「もちろん」
「案内してくれる?」
「200ジェニー」
「高くない?」
「仕事だから」
少年は真面目な顔で答えた。
フクリは少し考える。
「100ジェニー」
「200ジェニー」
「150」
「200」
全く譲らない。
「分かったよ」
「先払い」
「100ジェニーだけ。残りは着いてから」
少年は少し考え、頷いた。
「いいよ」
◇
少年はニコという名前だった。
歩きながら町のことを色々教えてくれる。
「この市場は安い」
「こっちの宿は飯がまずい」
「この通りは夜になると酔っぱらいが増える」
地図には載っていない情報ばかりだった。
「心源流って有名なの?」
フクリが聞く。
「最近は町中その話だよ」
「そんなに?」
「道場破りがいっぱい来るからな」
「勝ってるの?」
「今のところ全部心源流」
「弟子も強い?」
「らしい」
噂だけでも十分強そうだった。
「兄ちゃんも入門?」
「そのつもり」
「入門試験あるらしいぞ」
「どんな?」
「知らない」
「そこが一番知りたいんだけど」
「知らないもんは知らない」
ニコは笑った。
旅に出てまだ初日だ。
焦る必要はない。
駄目なら別の道場へ行けばいい。
5年も時間があるのだから。
◇
20分ほど歩くと、大きな武具店が見えてきた。
看板には剣と拳の絵が描かれている。
「ここ」
ニコが手を差し出した。
フクリは残りの100ジェニーを渡す。
「ありがとう」
「また迷ったら呼んで」
「次は割引してくれ」
「しない」
そう言って少年は走り去っていった。
予定より時間はかかった。
200ジェニーも使った。
それでも、町の情報を色々知れた。
旅では、回り道も悪くない。
◇
店へ入ると鉄と油の匂いがした。
剣や槍、棒、防具が所狭しと並んでいる。
奥では筋骨隆々の男が剣を磨いていた。
「いらっしゃい」
「心源流について聞きたいんですが」
男は顔を上げる。
「入門希望か?」
「見学してから決めようと思っています」
「最近多いな」
「そんなに人気なんですか?」
「できてまだ数年の流派だが、勢いがある」
男は剣を棚へ戻した。
「弟子の成長が早い。道場破りも返り討ちにしてる。それで一気に有名になった」
「師範はデスロという人ですよね」
「ああ」
「どんな人です?」
「変人だ」
「みんなそれしか言いませんね」
男は笑った。
「弟子を見ると、まず『何が向いていないか』を言う」
「向いてることじゃなく?」
「そうだ。だが、その後で『ならどうすれば強くなれるか』を考えてくれる」
フクリは少し興味が湧いた。
才能だけを見る師匠ではなさそうだ。
「入門試験って難しいんですか?」
「教えたら試験じゃなくなる」
「ですよね」
「本気なら行ってみろ」
男は意味深に笑う。
「今なら面白いものも見られるぞ」
「面白いもの?」
「行けば分かる」
それ以上は教えてくれなかった。
少し気になったが、それも旅らしい。
全部答えを聞くより、自分の目で確かめた方が面白い。
◇
「道場までは?」
「乗合馬車で10日だ」
「明日出ます?」
「ああ。席もまだ空いてる」
「お願いします」
店主が手続きを始める。
その間、フクリは店内を見回した。
剣。
槍。
斧。
鎖。
本物の武器を見るだけでも新鮮だった。
「武器は買うか?」
「まだいいです」
フクリは父からもらった旅用の杖を見せた。
「これを少し丈夫にできますか?」
店主が受け取り、何度か振る。
「いい木だ。先へ金具を付ければ十分使える」
「お願いします」
「明日の朝にはできる」
値段を払い、店を出た。
旅費は減る。
だが、使うために貯めた金だ。
必要なことには惜しまない。
◇
宿へ戻る途中、市場で紫色の果物を1つ買った。
窓際で食べながら地図を広げる。
明日から10日間の馬車旅。
その先に、今話題の新流派・心源流がある。
師範デスロ。
それ以外は何も知らない。
だからこそ楽しみだった。
「面白いもの、か」
店主の言葉を思い出す。
道場破りかもしれない。
変わった修行かもしれない。
何か有名な武術家かもしれない。
どれでもいい。
行けば分かる。
◇
眠る前、フクリは『容量判定(メモリー・ジャッジ)』を使った。
紙へ文字が浮かぶ。
現在使用可能メモリ:103.1
少しずつ。
本当に少しずつだが、確実に増えている。
1000へ戻るまで約5年。
その間に武術を学び、身体を鍛える。
次の能力の土台を作る。
「さて、どんな5年になるかな」
そう呟くと、フクリは絶へ入り静かに眠りについた。