0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

25 / 30
第9話 5年という時間

 

第9話 5年という時間

 

 心源流へ入門してから、2年が過ぎた。

 

 その頃には、フクリもようやく道場の生活へ慣れていた。

 

 朝は誰よりも早く起きる。

 

 立つ。

 

 走る。

 

 型を繰り返す。

 

 組手を行う。

 

 夜は念の基礎を学び、絶の鍛錬を欠かさない。

 

 毎日同じことの繰り返し。

 

 だが、その繰り返しが少しずつ身体を変えていた。

 

     ◇

 

「組手を始めろ」

 

 デスロの合図で、フクリはロドと向かい合う。

 

 入門当初は、一瞬で終わっていた相手。

 

 今でも勝てる相手ではない。

 

 それでも。

 

 以前とは違う。

 

 ロドの拳が飛ぶ。

 

 半歩だけ身体をずらす。

 

 避けた。

 

 続けて蹴り。

 

 受ける。

 

 衝撃は大きい。

 

 腕が痺れる。

 

 それでも崩れない。

 

「おっ」

 

 ロドが少し驚いた。

 

「今日は少し違うな」

 

「ありがとうございます」

 

「まだ余裕あるぞ」

 

 その直後。

 

 足払い。

 

 身体が浮く。

 

 受け身。

 

 地面へ転がる。

 

 勝負は終わった。

 

「負けました」

 

「前なら最初の3秒で終わってた」

 

「今日は15秒くらいでしたね」

 

「その考え方、本当に変わってるな」

 

 ロドは苦笑した。

 

     ◇

 

 組手を見ていたデスロが言う。

 

「技術はまだ未熟だ」

 

「はい」

 

「判断も遅い」

 

「はい」

 

「だが、崩れなくなった」

 

 フクリは頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてはいない」

 

「知ってます」

 

 デスロは少しだけ口元を緩めた。

 

 この2年間で、表情の変化が少し分かるようになっていた。

 

 他人から見れば無表情。

 

 だが、フクリには僅かな違いが見える。

 

 機嫌が悪い時。

 

 考えている時。

 

 少しだけ満足している時。

 

 今は最後だった。

 

     ◇

 

「フクリ!」

 

 昼休み。

 

 庭からビスケの声が聞こえる。

 

「来なさい!」

 

「何です?」

 

「組手するわさ」

 

「昼ご飯食べてからで」

 

「食べながら動けばいい」

 

「無理でしょう」

 

「じゃあ5分だけ」

 

「5分でも嫌です」

 

 結局、引っ張られて庭へ連れていかれた。

 

 この頃には、ビスケは15歳になっていた。

 

 以前より身長も伸び、身体つきも引き締まっている。

 

 それでも、まだ筋肉質な姿ではない。

 

「今日は何をするんです?」

 

「避けるだけ」

 

「攻撃は?」

 

「しちゃ駄目」

 

「受けるのも?」

 

「駄目」

 

「じゃあ逃げるだけですね」

 

「違う!」

 

 ビスケが一歩踏み込む。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 肘。

 

 次々に攻撃が飛んでくる。

 

 フクリは避け続けた。

 

 受けない。

 

 反撃もしない。

 

 ただ避ける。

 

 30秒。

 

 1分。

 

 以前なら考えられない時間だった。

 

「そこ!」

 

 ビスケの足払い。

 

 避ける。

 

 その瞬間、拳が頬をかすめた。

 

「終わり」

 

 ビスケが笑う。

 

「惜しかったわさ」

 

「今のは読めません」

 

「だから練習するの」

 

 以前は何も見えなかった。

 

 今は違う。

 

 避けられる攻撃が増えている。

 

 もちろん、ビスケは本気ではない。

 

 それでも成長は感じていた。

 

     ◇

 

「最近、少し楽しくなってきました」

 

 修行の帰り道。

 

 フクリが言うと、ビスケは驚いた顔をした。

 

「武術が?」

 

「はい」

 

「やっと?」

 

「立って歩いてるだけの頃よりは」

 

「あれは地獄だったわさ」

 

「本当に」

 

 2人で少し笑った。

 

 以前なら考えられないことだった。

 

 最初は顔を合わせれば口論。

 

 今でも言い合いは多い。

 

 だが、お互いのことは理解し始めている。

 

「フクリ」

 

「何です?」

 

「前より少しだけ、悔しそうな顔するようになった」

 

「そうですか?」

 

「うん」

 

「多分」

 

 フクリは少し考えた。

 

「勝てそうな気がしてきたからですかね」

 

「誰に?」

 

「昨日の自分です」

 

 ビスケは呆れたように笑った。

 

「やっぱり変わってるわさ」

 

     ◇

 

 その年の冬。

 

 フクリは2年ぶりにジャポンへ帰ることになった。

 

 約束どおり、2年に1度の帰省である。

 

 道場から港まで10日。

 

 船で約20日。

 

 さらに陸路を進み、ようやく故郷へ着く。

 

 往復で約2か月。

 

 滞在は1か月。

 

 旅費は、働いて貯めていた金から支払った。

 

「本当に帰るの?」

 

 出発の日。

 

 ビスケが聞いた。

 

「約束してますから」

 

「また戻ってくる?」

 

「戻りますよ」

 

「どうして?」

 

「まだ5年終わってません」

 

「そうじゃなくて」

 

 ビスケは少し言いにくそうに続ける。

 

「途中で嫌になったりしない?」

 

 フクリは少し驚いた。

 

「心配してくれてるんですか?」

 

「違う!」

 

 いつもの返事だった。

 

「帰ってこなかったら、絶で勝てないままだから」

 

「それだけです?」

 

「それだけ」

 

「なら安心してください」

 

 フクリは笑う。

 

「戻ってきます」

 

「約束よ」

 

「はい」

 

     ◇

 

 港へ向かう馬車の中。

 

 フクリは窓の外を眺めていた。

 

 2年間。

 

 武術は少しずつ身についてきた。

 

 念の基礎も安定した。

 

 絶はさらに磨かれた。

 

 だが、使用可能メモリはまだ1000へ届かない。

 

 あと3年。

 

 その時、新しい能力を作る。

 

 身体能力を永続的に積み重ねる能力。

 

 今も設計だけは少しずつ頭の中で修正していた。

 

 発動した瞬間の身体能力を100とする。

 

 そこから7日に1%ずつ上昇。

 

 身体を7日かけて慣らす。

 

 皮膚も少しずつ硬くなる。

 

 寿命は伸びない。

 

 上限もない。

 

 能力そのものは、ほぼ完成している。

 

 だが、まだ作らない。

 

 メモリ1000になるまで待つ。

 

 それがフクリの決めたルールだった。

 

     ◇

 

 港へ着く直前。

 

 フクリはふと思った。

 

「この2年間、一度も家族へ手紙を書いてないな」

 

 忙しかったわけではない。

 

 ただ、毎日が充実しすぎていた。

 

 ジャポンを出た時は、不安ばかりだった。

 

 今は違う。

 

 帰る場所があり。

 

 また戻ってくる場所もある。

 

 心源流は、少しずつ自分の居場所になり始めていた。

 

 そして。

 

 この帰省が終われば、残り3年。

 

 フクリの人生は、さらに大きく動き始めることになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。