0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

27 / 30
第11話 削れないもの

 

第11話 削れないもの

 

 ジャポンから心源流へ戻って数日。

 

 フクリの身体から、帰省中についた僅かな鈍りは消えていた。

 

 立ち方。

 

 歩き方。

 

 拳。

 

 受け身。

 

 道場を離れている間も毎日修行していたため、完全に崩れたわけではない。だが、デスロやビスケの目がない場所では、少しずつ自分にとって楽な形へ戻っていたらしい。

 

「右肩が上がってるわさ」

 

 組手の最中、ビスケが言った。

 

「上げてません」

 

「上がってる!」

 

 拳が飛んでくる。

 

 フクリは腕で受ける。

 

 衝撃に身体が押され、後ろへ2歩下がった。

 

「ほら。肩へ力が入ってるから、衝撃を流せないのよ」

 

「帰ってきた初日よりは直ってるでしょう」

 

「初日がひどかっただけだわさ」

 

 ビスケは髪に、フクリの母から贈られた花の髪飾りを付けていた。

 

 気に入っているらしい。

 

 修行中まで付けているため、壊れないかフクリの方が気になっていた。

 

「髪飾り、外した方がよくないですか?」

 

「どうして?」

 

「組手で壊れるかもしれない」

 

「あんたが壊さなければいいわさ」

 

「そこまで攻撃を当てられませんよ」

 

「じゃあ問題ないでしょ」

 

 少し腹が立つ。

 

 だが事実だった。

 

 フクリの拳がビスケへ届くことは、ほとんどない。

 

 踏み込み。

 

 左の牽制。

 

 右拳。

 

 ビスケは最小限の動きで左を避ける。

 

 右拳へつなぐ前に、フクリの軸足を軽く蹴った。

 

 身体が傾く。

 

 その隙へ手を添えられ、地面へ転がされた。

 

「終わりだわさ」

 

「まだ始まって30秒です」

 

「前は10秒だったから、成長してるわね」

 

「それ、褒めてます?」

 

「一応」

 

 ビスケが差し出した手をつかみ、フクリは立ち上がった。

 

 勝てる気はしない。

 

 それでも以前とは違う。

 

 どこで崩されたのか。

 

 なぜ攻撃が届かなかったのか。

 

 少しずつ理解できるようになっている。

 

 分かっても防げない。

 

 だが、何も見えないよりはずっといい。

 

     ◇

 

 心源流での3年目。

 

 フクリの修行内容は、基礎の反復から実戦を意識したものへ変わり始めていた。

 

 複数の相手との組手。

 

 足場の悪い山中での移動。

 

 武器を持った相手への対処。

 

 目隠しをした状態での受け身。

 

 念の基礎も、纏や練を単独で行う段階から、動きの中で使い分ける段階へ進んでいる。

 

 ただし、成長は相変わらず遅かった。

 

「練が乱れている」

 

 デスロの棒が、フクリの腹へ当たる。

 

 強く打たれたわけではない。

 

 それでも、オーラが薄くなっていた場所を正確に突かれ、息が詰まった。

 

「動きながらだと、均等に保てません」

 

「均等にする必要はない」

 

「では、どうすれば?」

 

「必要な場所へ集めろ」

 

「それを意識すると動きが止まります」

 

「止めるな」

 

「簡単に言いますね」

 

「言うだけなら簡単だ」

 

 デスロは否定しなかった。

 

「実際にやるのは、お前だ」

 

 再び棒が振られる。

 

 右肩。

 

 フクリは右腕へオーラを寄せて受ける。

 

 間に合った。

 

 次は左脚。

 

 移動が遅れた。

 

 棒が当たる。

 

「痛い」

 

「今の攻撃が刃物なら、脚を失っていた」

 

「木の棒でよかったです」

 

「安心するな」

 

「今は安心していいでしょう」

 

 デスロはもう一度棒を構えた。

 

「次は少し強く打つ」

 

「安心できなくなりました」

 

     ◇

 

 1時間後。

 

 フクリは庭の端へ座り、打たれた脚をさすっていた。

 

 骨や筋肉に異常はない。

 

 皮膚が少し赤くなっている程度だ。

 

 隣ではビスケが、別の門弟を相手に同じ修行をしている。

 

 デスロの棒とは比べものにならない速度で、攻撃が飛ぶ。

 

 ビスケは身体の各所へオーラを動かし、すべて受けていた。

 

 右腕。

 

 左肩。

 

 腹。

 

 脚。

 

 攻撃が当たる直前、その部分だけオーラが濃くなる。

 

 流。

 

 攻防力を移動させる技術。

 

 フクリも理屈は理解している。

 

 だが、実際に使うと遅い。

 

「見すぎだ」

 

 声がして振り返る。

 

 デスロが立っていた。

 

「見て覚えろと言ったのは師範でしょう」

 

「ビスケの動きを、そのまま真似ようとしている」

 

「駄目ですか?」

 

「お前には速すぎる」

 

 また才能の差か。

 

 そう考えたが、口には出さなかった。

 

「では、どうすれば?」

 

「もっと小さく分けろ」

 

 デスロはフクリの前へ座った。

 

「ビスケは一瞬で、オーラを腕から脚へ移せる」

 

「はい」

 

「お前が同じ速度で行おうとすれば、途中で散る」

 

「だから間に合わない」

 

「違う。間に合わせようとして、すべて失っている」

 

 デスロはフクリの右腕へ触れた。

 

「最初は右腕だけでいい」

 

「右腕へ攻撃が来なかったら?」

 

「受けるな。避けろ」

 

「間に合わなければ?」

 

「殴られろ」

 

「嫌ですね」

 

「なら避けろ」

 

 理不尽だと思った。

 

 だが、言いたいことは分かる。

 

 最初から全身へ自由にオーラを移そうとするから、どこにも十分集まらない。

 

 1か所。

 

 次に2か所。

 

 使える範囲を少しずつ増やす。

 

 立つ修行と同じだった。

 

「また最初からですね」

 

「何度でも戻れ」

 

「遠回りじゃないですか?」

 

「道を外れたまま進むよりは近い」

 

 フクリは立ち上がった。

 

「右腕だけでお願いします」

 

「分かった」

 

 デスロの棒が、左脚へ飛んできた。

 

 フクリは慌てて避けた。

 

「右腕じゃないでしょう!」

 

「右腕だけ守れると分かっている相手が、右腕を狙うと思うか?」

 

「練習くらい狙ってくださいよ」

 

「実戦では頼めんぞ」

 

 次の棒が飛ぶ。

 

 フクリは文句を言いながらも、修行へ戻った。

 

     ◇

 

 修行以外の時間は、能力設計へ使った。

 

 『力は全てを凌駕する』。

 

 現在の推定必要メモリは712。

 

 フクリは、この数字を見てから何度も設計を見直した。

 

 最初は500前後へ収めるつもりだった。

 

 残りのメモリで、精神を守る能力を作るためだ。

 

 だが、削ろうとするほど違和感が増えた。

 

 骨の強化を弱くする。

 

 腱や関節への連動を減らす。

 

 皮膚の硬質化を外す。

 

 反応速度の上昇率を下げる。

 

 どれも必要メモリは減る。

 

 しかし、能力そのものの価値も下がった。

 

 筋力が上がっても、骨や腱が耐えられなければ意味がない。

 

 速く動けても、反応が追いつかなければ自分の身体を制御できない。

 

 皮膚の硬質化を外せば、いくら筋肉や骨が強くても刃物へ弱いままだ。

 

 寿命を延ばさない。

 

 怪我を直接治さない。

 

 食事や睡眠も必要。

 

 すでに、能力の役割は身体能力の向上だけへ絞っている。

 

 ここからさらに削るのは、無駄を省くというより欠陥を作ることに近かった。

 

「712でもいいか」

 

 ある夜、フクリは設計書を前に呟いた。

 

 安い能力を作ることが目的ではない。

 

 強くなることが目的だ。

 

 しかも、数年だけ使う能力ではない。

 

 転生後も引き継ぎ、何十年、何百年と使い続ける。

 

 最初に100メモリ多く使うことより、長い時間をかけて生まれる差の方が大きい。

 

 能力の質を下げてまで500へ近づける必要はなかった。

 

 ただし、712という数字をそのまま受け入れるつもりもない。

 

 効果を弱くせず、設計上の重複や曖昧さを削る。

 

 フクリは新しい紙へ条件を書き直した。

 

『力は全てを凌駕する』修正案

 

* 能力発動時点におけるフクリの身体性能を、基準値100として記録する。

* 以後、7日を1周期として、身体性能を現在値から1%ずつ複利式で上昇させる。

* 強化は周期の終了時に一度で起こさず、7日間へ均等に分散する。

* 強化対象は、フクリが生命活動および随意運動へ使用する肉体全体。

* 一部の器官だけを個別に強化せず、肉体が破綻しない比率で全体を連動させる。

* 筋力、骨、腱、関節、内臓、血管、神経、感覚、反応、持久力、回復力を含む。

* 回復力とは、通常の治癒能力そのものを強化するものであり、怪我を瞬時に治療する効果ではない。

* 体格を不必要に巨大化させず、肉体の密度、強度、効率を優先して向上させる。

* 皮膚は柔軟性、触覚、発汗などの機能を保ったまま、外傷への耐性を向上させる。

* 成長に必要な栄養、休息、水分が不足した場合、肉体を損傷させず強化を遅延または停止する。

* 寿命および老化速度へ直接干渉しない。

* 強化の上限を設けない。

* 能力の停止および強化率の変更はできない。

 

 最後の条件は、新しく追加した。

 

 一度発動すれば止められない。

 

 7日に1%という速度も変えられない。

 

 任意性を捨てることで、必要メモリを下げられる可能性がある。

 

 フクリは『容量判定(メモリー・ジャッジ)』を使った。

 

 紙へ文字が浮かぶ。

 

 設計判定:成立可能

 

 推定必要メモリ:684

 

「28減った」

 

 能力は弱くなっていない。

 

 むしろ、以前より条件は明確になっている。

 

 曖昧だった「身体能力」という言葉を、肉体全体の性能としてまとめた。

 

 個別の機能を何度も指定していた重複も減らした。

 

 さらに、能力の停止と変更を捨てた。

 

 結果、28メモリ減った。

 

 500には遠い。

 

 だが、この方向ならいい。

 

 性能を落とすのではなく。

 

 設計を磨く。

 

 それこそ、自分に与えられた才能の使い方だった。

 

     ◇

 

「何を書いてるの?」

 

 いつの間にか、ビスケが背後に立っていた。

 

 フクリは設計書をすぐに伏せる。

 

「日記です」

 

「前にも聞いたわさ、その言い訳」

 

「日記を見せる趣味はないので」

 

「念能力の設計?」

 

 鋭い。

 

 フクリは答えなかった。

 

 ビスケは机の向かいへ座る。

 

「見せてとは言わないわさ」

 

「意外ですね」

 

「念能力を隠すのは普通でしょ」

 

「分かってるなら、聞かないでください」

 

「気になるものは気になる」

 

「なら、俺が答えないのも普通です」

 

「面倒な人ね」

 

「よく言われます」

 

 ビスケは机へ頬杖をついた。

 

「新しい能力を作るの?」

 

「予定では」

 

「いつ?」

 

「3年後です」

 

「どうして3年後?」

 

「区切りがいいので」

 

「前も同じこと言ってたわさ」

 

「同じ理由なので」

 

「嘘ね」

 

 フクリはビスケを見る。

 

「何が?」

 

「何かを待ってる」

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「あんた、必要がなければ3年も待たないでしょ」

 

 よく見ている。

 

 付き合いも3年目だ。

 

 フクリが我慢強そうに見えて、好奇心に負けること。

 

 できれば努力したくないこと。

 

 目的がなければ、長く待つ性格ではないこと。

 

 ビスケは理解し始めている。

 

「完成させるための準備期間ですよ」

 

「身体を鍛えてるのも関係ある?」

 

「少しは」

 

「やっぱり」

 

 ビスケの目が輝いた。

 

「身体を使う能力ね」

 

「答えませんよ」

 

「強化系?」

 

「俺の系統も知らないでしょう」

 

「調べればいいじゃない」

 

「水見式ですか?」

 

 名称を知っていることは、今では不自然ではない。

 

 心源流で教わった。

 

「明日やる?」

 

「嫌です」

 

「どうして?」

 

「自分の系統を人前で見せたくないので」

 

「私だけなら?」

 

「ビスケさんに知られるのも嫌です」

 

「信用してないの?」

 

「信用と秘密は別です」

 

 ビスケは頬を膨らませた。

 

「私は変化系よ」

 

「急に何です?」

 

「私が教えたんだから、あんたも教える」

 

「交換条件になってません。俺は聞いてないので」

 

「ずるい!」

 

「勝手に話しただけでしょう」

 

 ビスケは机越しに手を伸ばし、フクリの設計書を取ろうとした。

 

 フクリは紙を引く。

 

「見せませんよ」

 

「少しくらい!」

 

「駄目です」

 

「能力名だけ!」

 

「それも駄目」

 

 机を挟んだ攻防が始まった。

 

 もちろん身体能力ではビスケが上だ。

 

 本気で奪おうと思えば簡単に取れる。

 

 だが、そこまでするつもりはないらしい。

 

 数度手を伸ばした後、諦めて椅子へ戻った。

 

「けち」

 

「命に関わる情報ですから」

 

「私が敵になると思ってる?」

 

「思ってません」

 

「なら教えてもいいでしょ」

 

「将来、誰かに能力で操られるかもしれない」

 

「そんなことまで考えるの?」

 

「念能力ならあり得るでしょう」

 

「心配性」

 

「設計者としては、普通です」

 

 フクリがそう答えると、ビスケは首を傾げた。

 

「設計者?」

 

「念能力を考える人間として、という意味です」

 

「変な言い方」

 

 危なかった。

 

 自分の才能が、念能力の設計へ偏っている。

 

 それをビスケへ知られても、すぐ問題になるわけではない。

 

 だが、能力の全体像へ近づく情報は少ない方がいい。

 

     ◇

 

「でも」

 

 ビスケが言う。

 

「あんた、能力を考えてる時は楽しそうね」

 

「そうですか?」

 

「修行してる時より、ずっと」

 

「修行は疲れますから」

 

「努力嫌いだものね」

 

「はい」

 

「能力を考えるのは努力じゃないの?」

 

 フクリは少し考えた。

 

 何時間も紙へ向かう。

 

 条件を書き直す。

 

 必要メモリを判定する。

 

 駄目なら最初から考え直す。

 

 他人から見れば、十分に努力しているように見えるかもしれない。

 

「好きなことは、努力に感じないというやつですかね」

 

「武術は好きじゃない?」

 

「嫌いではありません」

 

「でも、能力設計ほどじゃない」

 

「そうですね」

 

 ビスケは少し不満そうだった。

 

「武術の方が面白いわさ」

 

「人それぞれでしょう」

 

「自分の身体で、できなかったことができるようになるのよ」

 

「それは面白いです」

 

「強い相手に勝てたら、もっと面白い」

 

「そこはあまり」

 

「何でよ」

 

「能力が思ったとおりに成立した時の方が嬉しいので」

 

 ビスケは理解できないという顔をした。

 

 フクリも、強い相手へ挑みたがる人間の気持ちは分からない。

 

 得意なもの。

 

 好きなもの。

 

 価値を感じるもの。

 

 人によって違う。

 

「それでも、武術をやめないのね」

 

「必要ですから」

 

「必要なだけ?」

 

「今は、少し面白いとも思ってますよ」

 

「少し?」

 

「かなりと言った方がいいですか?」

 

「言わせても意味ないわさ」

 

 ビスケは立ち上がった。

 

「明日、組手するから」

 

「今日もしましたよ」

 

「能力を考えてる時みたいな顔を、武術でもさせてあげる」

 

「無理に笑わせるんですか?」

 

「違う!」

 

 怒って部屋を出ていく。

 

 扉が閉まる直前、髪に付けた花飾りが揺れた。

 

     ◇

 

 それから、さらに1年が過ぎた。

 

 心源流へ入門して4年。

 

 フクリは26歳と3か月。

 

 ビスケは17歳になっていた。

 

 武術の才能差は、変わらず大きい。

 

 ビスケは門弟の中でも、すでに上位の実力者となっている。

 

 並の道場破りなら、1人で追い返す。

 

 念の技術も高い。

 

 凝。

 

 流。

 

 堅。

 

 周。

 

 どれもフクリより遥かに上手かった。

 

 一方、フクリは派手な強さを持たない。

 

 攻撃力は門弟の中程度。

 

 速度も中程度。

 

 技を覚える速さは、むしろ下の方だった。

 

 それでも、崩れにくい。

 

 疲れても型が乱れにくい。

 

 格上を相手にしても、簡単には諦めない。

 

 そして、相手の意識から外れることだけは誰よりも上手かった。

 

     ◇

 

「消えた?」

 

 山中での模擬戦。

 

 ロドが周囲を見回す。

 

 フクリは木の陰へ隠れている。

 

 絶へ入ってはいない。

 

 薄い纏を保ったまま、呼吸と足音を消し、相手の視線から外れていた。

 

 絶を使えば、念能力者にはオーラが突然消えたことで警戒される。

 

 そのため、デスロから別の隠れ方を教わった。

 

 存在を完全に消さない。

 

 相手の意識へ、重要ではないものとして認識させる。

 

 木。

 

 石。

 

 風。

 

 周囲の背景へ混じる。

 

 ロドの視線がフクリの上を通り過ぎた。

 

 その瞬間。

 

 フクリは背後へ回り、杖の先端をロドの背中へ触れさせた。

 

「1本」

 

「くそっ!」

 

 ロドが振り返る。

 

 すでにフクリは距離を取っていた。

 

「またそれか!」

 

「勝てる方法を使っただけです」

 

「正面から来い」

 

「正面では負けるので」

 

「武術家の言葉じゃないぞ」

 

「武術家として名を上げる気はありませんから」

 

 ロドが追ってくる。

 

 正面から組み合えば勝てない。

 

 フクリは木々の間を移動し、視線を切る。

 

 隠れる。

 

 触れる。

 

 逃げる。

 

 地味な戦い方だった。

 

 観客がいれば、卑怯だと言われるかもしれない。

 

 それでも模擬戦の結果は、フクリの勝利だった。

 

     ◇

 

「悪くない」

 

 見ていたデスロが言った。

 

「正面から戦わないことが?」

 

「自分にできることを理解している点がだ」

 

「師範に褒められると、少し不安になりますね」

 

「なら取り消す」

 

「それは困ります」

 

 デスロは山道を下り始めた。

 

 フクリも隣を歩く。

 

「正面の技術も捨てるな」

 

「分かっています」

 

「今のお前は、隠れることへ頼りすぎている」

 

「勝てるので」

 

「同じ相手には、次から通じにくくなる」

 

 その通りだ。

 

 ロドも、すでにフクリの戦い方を警戒している。

 

 今回は勝てた。

 

 次も同じとは限らない。

 

「正面で勝てないなら、正面以外を使う」

 

 デスロが言う。

 

「だが、正面でも最低限戦える者が横へ回るから強い。横へ回るしかない者は、道を塞がれれば終わる」

 

「まだ足りないということですね」

 

「あと1年ある」

 

「1年で足ります?」

 

「足りるかどうかではない」

 

「できるところまで?」

 

「ああ」

 

 心源流で過ごすと決めた5年間。

 

 残り1年。

 

 使用可能メモリも、予定どおりなら1年ほどで1000へ届く。

 

 時間は合っていた。

 

     ◇

 

 その年、フクリは2度目の帰省をした。

 

 往復で約2か月。

 

 村で1か月。

 

 父と母は、2年前より少し歳を取っていた。

 

 それでも元気だった。

 

 父は工房の仕事を続けている。

 

 母も畑へ出ている。

 

 フクリは家族と過ごしながら、毎朝の修行を欠かさなかった。

 

 能力設計も続けた。

 

 『力は全てを凌駕する』。

 

 推定必要メモリは、最終的に672まで減っていた。

 

 能力を弱くしたわけではない。

 

 重複していた条件を整理し、曖昧な部分を減らした結果だ。

 

 これ以上削れば、必要な機能へ影響が出る。

 

 フクリは672を、ほぼ完成形として受け入れ始めていた。

 

 残る328メモリ。

 

 最低保持量の100を除けば、使用可能なのは228。

 

 精神を守る能力へ200メモリ使っても、28メモリ残る。

 

 十分だった。

 

 最初に考えていた500より高い。

 

 だが、能力の完成度を考えれば惜しくはない。

 

     ◇

 

 帰省を終え、心源流へ戻った日。

 

 フクリは門の前で、ビスケを見た。

 

 3か月前より背が伸びている。

 

 肩幅も少し広くなった。

 

 腕や脚には、以前よりはっきりと筋肉がついている。

 

 道着の上からでも分かる変化だった。

 

「ただいま戻りました」

 

「遅いわさ」

 

「前も聞きましたね」

 

「今回は手紙が先に届いた」

 

「成長しました」

 

「当たり前のことよ」

 

 ビスケはフクリの荷物を見る。

 

「お土産は?」

 

「ありますよ」

 

「何?」

 

「母から、お菓子と新しい髪飾り」

 

 ビスケの表情が明るくなる。

 

 だが、すぐにいつもの顔へ戻した。

 

「別に、楽しみにしてたわけじゃないわさ」

 

「聞く前に土産を要求しましたよね」

 

「お母さんへの礼儀よ!」

 

 フクリは小さく笑った。

 

 ビスケが荷物を取り上げようと近づく。

 

 その時、フクリは僅かな違和感を覚えた。

 

 動きは以前と同じ。

 

 いや、さらに速くなっている。

 

 だが、自分の身体を見るビスケの目に、以前なかったものが混じっていた。

 

 戸惑い。

 

 不満。

 

 嫌悪。

 

 ほんの一瞬だけだった。

 

「どうしたんです?」

 

「何が?」

 

「いえ」

 

 ビスケは荷物から菓子の包みを見つけると、すぐに機嫌を直した。

 

「これ、後で食べるわさ」

 

「みんなにも分けてくださいよ」

 

「残ったらね」

 

「多分残らないな」

 

 フクリはそれ以上聞かなかった。

 

 だが、ビスケの身体はこれからさらに変わる。

 

 17歳。

 

 鍛錬によって作られた肉体。

 

 原作で見た、本来のビスケの姿。

 

 今はまだ、その途中にいる。

 

 そしてビスケ本人は。

 

 その変化を、喜んでいるようには見えなかった。

 

     ◇

 

 心源流で過ごす最後の1年。

 

 武術の修行。

 

 念の鍛錬。

 

 2つの新しい能力の完成。

 

 やるべきことは、ほとんど整っていた。

 

 だが、フクリが予想していなかった問題が1つだけ残っている。

 

 武術の才能に恵まれた少女が。

 

 その才能によって作られていく自分自身の身体を、受け入れられなくなり始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。