第11話 削れないもの
ジャポンから心源流へ戻って数日。
フクリの身体から、帰省中についた僅かな鈍りは消えていた。
立ち方。
歩き方。
拳。
受け身。
道場を離れている間も毎日修行していたため、完全に崩れたわけではない。だが、デスロやビスケの目がない場所では、少しずつ自分にとって楽な形へ戻っていたらしい。
「右肩が上がってるわさ」
組手の最中、ビスケが言った。
「上げてません」
「上がってる!」
拳が飛んでくる。
フクリは腕で受ける。
衝撃に身体が押され、後ろへ2歩下がった。
「ほら。肩へ力が入ってるから、衝撃を流せないのよ」
「帰ってきた初日よりは直ってるでしょう」
「初日がひどかっただけだわさ」
ビスケは髪に、フクリの母から贈られた花の髪飾りを付けていた。
気に入っているらしい。
修行中まで付けているため、壊れないかフクリの方が気になっていた。
「髪飾り、外した方がよくないですか?」
「どうして?」
「組手で壊れるかもしれない」
「あんたが壊さなければいいわさ」
「そこまで攻撃を当てられませんよ」
「じゃあ問題ないでしょ」
少し腹が立つ。
だが事実だった。
フクリの拳がビスケへ届くことは、ほとんどない。
踏み込み。
左の牽制。
右拳。
ビスケは最小限の動きで左を避ける。
右拳へつなぐ前に、フクリの軸足を軽く蹴った。
身体が傾く。
その隙へ手を添えられ、地面へ転がされた。
「終わりだわさ」
「まだ始まって30秒です」
「前は10秒だったから、成長してるわね」
「それ、褒めてます?」
「一応」
ビスケが差し出した手をつかみ、フクリは立ち上がった。
勝てる気はしない。
それでも以前とは違う。
どこで崩されたのか。
なぜ攻撃が届かなかったのか。
少しずつ理解できるようになっている。
分かっても防げない。
だが、何も見えないよりはずっといい。
◇
心源流での3年目。
フクリの修行内容は、基礎の反復から実戦を意識したものへ変わり始めていた。
複数の相手との組手。
足場の悪い山中での移動。
武器を持った相手への対処。
目隠しをした状態での受け身。
念の基礎も、纏や練を単独で行う段階から、動きの中で使い分ける段階へ進んでいる。
ただし、成長は相変わらず遅かった。
「練が乱れている」
デスロの棒が、フクリの腹へ当たる。
強く打たれたわけではない。
それでも、オーラが薄くなっていた場所を正確に突かれ、息が詰まった。
「動きながらだと、均等に保てません」
「均等にする必要はない」
「では、どうすれば?」
「必要な場所へ集めろ」
「それを意識すると動きが止まります」
「止めるな」
「簡単に言いますね」
「言うだけなら簡単だ」
デスロは否定しなかった。
「実際にやるのは、お前だ」
再び棒が振られる。
右肩。
フクリは右腕へオーラを寄せて受ける。
間に合った。
次は左脚。
移動が遅れた。
棒が当たる。
「痛い」
「今の攻撃が刃物なら、脚を失っていた」
「木の棒でよかったです」
「安心するな」
「今は安心していいでしょう」
デスロはもう一度棒を構えた。
「次は少し強く打つ」
「安心できなくなりました」
◇
1時間後。
フクリは庭の端へ座り、打たれた脚をさすっていた。
骨や筋肉に異常はない。
皮膚が少し赤くなっている程度だ。
隣ではビスケが、別の門弟を相手に同じ修行をしている。
デスロの棒とは比べものにならない速度で、攻撃が飛ぶ。
ビスケは身体の各所へオーラを動かし、すべて受けていた。
右腕。
左肩。
腹。
脚。
攻撃が当たる直前、その部分だけオーラが濃くなる。
流。
攻防力を移動させる技術。
フクリも理屈は理解している。
だが、実際に使うと遅い。
「見すぎだ」
声がして振り返る。
デスロが立っていた。
「見て覚えろと言ったのは師範でしょう」
「ビスケの動きを、そのまま真似ようとしている」
「駄目ですか?」
「お前には速すぎる」
また才能の差か。
そう考えたが、口には出さなかった。
「では、どうすれば?」
「もっと小さく分けろ」
デスロはフクリの前へ座った。
「ビスケは一瞬で、オーラを腕から脚へ移せる」
「はい」
「お前が同じ速度で行おうとすれば、途中で散る」
「だから間に合わない」
「違う。間に合わせようとして、すべて失っている」
デスロはフクリの右腕へ触れた。
「最初は右腕だけでいい」
「右腕へ攻撃が来なかったら?」
「受けるな。避けろ」
「間に合わなければ?」
「殴られろ」
「嫌ですね」
「なら避けろ」
理不尽だと思った。
だが、言いたいことは分かる。
最初から全身へ自由にオーラを移そうとするから、どこにも十分集まらない。
1か所。
次に2か所。
使える範囲を少しずつ増やす。
立つ修行と同じだった。
「また最初からですね」
「何度でも戻れ」
「遠回りじゃないですか?」
「道を外れたまま進むよりは近い」
フクリは立ち上がった。
「右腕だけでお願いします」
「分かった」
デスロの棒が、左脚へ飛んできた。
フクリは慌てて避けた。
「右腕じゃないでしょう!」
「右腕だけ守れると分かっている相手が、右腕を狙うと思うか?」
「練習くらい狙ってくださいよ」
「実戦では頼めんぞ」
次の棒が飛ぶ。
フクリは文句を言いながらも、修行へ戻った。
◇
修行以外の時間は、能力設計へ使った。
『力は全てを凌駕する』。
現在の推定必要メモリは712。
フクリは、この数字を見てから何度も設計を見直した。
最初は500前後へ収めるつもりだった。
残りのメモリで、精神を守る能力を作るためだ。
だが、削ろうとするほど違和感が増えた。
骨の強化を弱くする。
腱や関節への連動を減らす。
皮膚の硬質化を外す。
反応速度の上昇率を下げる。
どれも必要メモリは減る。
しかし、能力そのものの価値も下がった。
筋力が上がっても、骨や腱が耐えられなければ意味がない。
速く動けても、反応が追いつかなければ自分の身体を制御できない。
皮膚の硬質化を外せば、いくら筋肉や骨が強くても刃物へ弱いままだ。
寿命を延ばさない。
怪我を直接治さない。
食事や睡眠も必要。
すでに、能力の役割は身体能力の向上だけへ絞っている。
ここからさらに削るのは、無駄を省くというより欠陥を作ることに近かった。
「712でもいいか」
ある夜、フクリは設計書を前に呟いた。
安い能力を作ることが目的ではない。
強くなることが目的だ。
しかも、数年だけ使う能力ではない。
転生後も引き継ぎ、何十年、何百年と使い続ける。
最初に100メモリ多く使うことより、長い時間をかけて生まれる差の方が大きい。
能力の質を下げてまで500へ近づける必要はなかった。
ただし、712という数字をそのまま受け入れるつもりもない。
効果を弱くせず、設計上の重複や曖昧さを削る。
フクリは新しい紙へ条件を書き直した。
『力は全てを凌駕する』修正案
* 能力発動時点におけるフクリの身体性能を、基準値100として記録する。
* 以後、7日を1周期として、身体性能を現在値から1%ずつ複利式で上昇させる。
* 強化は周期の終了時に一度で起こさず、7日間へ均等に分散する。
* 強化対象は、フクリが生命活動および随意運動へ使用する肉体全体。
* 一部の器官だけを個別に強化せず、肉体が破綻しない比率で全体を連動させる。
* 筋力、骨、腱、関節、内臓、血管、神経、感覚、反応、持久力、回復力を含む。
* 回復力とは、通常の治癒能力そのものを強化するものであり、怪我を瞬時に治療する効果ではない。
* 体格を不必要に巨大化させず、肉体の密度、強度、効率を優先して向上させる。
* 皮膚は柔軟性、触覚、発汗などの機能を保ったまま、外傷への耐性を向上させる。
* 成長に必要な栄養、休息、水分が不足した場合、肉体を損傷させず強化を遅延または停止する。
* 寿命および老化速度へ直接干渉しない。
* 強化の上限を設けない。
* 能力の停止および強化率の変更はできない。
最後の条件は、新しく追加した。
一度発動すれば止められない。
7日に1%という速度も変えられない。
任意性を捨てることで、必要メモリを下げられる可能性がある。
フクリは『容量判定(メモリー・ジャッジ)』を使った。
紙へ文字が浮かぶ。
設計判定:成立可能
推定必要メモリ:684
「28減った」
能力は弱くなっていない。
むしろ、以前より条件は明確になっている。
曖昧だった「身体能力」という言葉を、肉体全体の性能としてまとめた。
個別の機能を何度も指定していた重複も減らした。
さらに、能力の停止と変更を捨てた。
結果、28メモリ減った。
500には遠い。
だが、この方向ならいい。
性能を落とすのではなく。
設計を磨く。
それこそ、自分に与えられた才能の使い方だった。
◇
「何を書いてるの?」
いつの間にか、ビスケが背後に立っていた。
フクリは設計書をすぐに伏せる。
「日記です」
「前にも聞いたわさ、その言い訳」
「日記を見せる趣味はないので」
「念能力の設計?」
鋭い。
フクリは答えなかった。
ビスケは机の向かいへ座る。
「見せてとは言わないわさ」
「意外ですね」
「念能力を隠すのは普通でしょ」
「分かってるなら、聞かないでください」
「気になるものは気になる」
「なら、俺が答えないのも普通です」
「面倒な人ね」
「よく言われます」
ビスケは机へ頬杖をついた。
「新しい能力を作るの?」
「予定では」
「いつ?」
「3年後です」
「どうして3年後?」
「区切りがいいので」
「前も同じこと言ってたわさ」
「同じ理由なので」
「嘘ね」
フクリはビスケを見る。
「何が?」
「何かを待ってる」
「どうしてそう思うんです?」
「あんた、必要がなければ3年も待たないでしょ」
よく見ている。
付き合いも3年目だ。
フクリが我慢強そうに見えて、好奇心に負けること。
できれば努力したくないこと。
目的がなければ、長く待つ性格ではないこと。
ビスケは理解し始めている。
「完成させるための準備期間ですよ」
「身体を鍛えてるのも関係ある?」
「少しは」
「やっぱり」
ビスケの目が輝いた。
「身体を使う能力ね」
「答えませんよ」
「強化系?」
「俺の系統も知らないでしょう」
「調べればいいじゃない」
「水見式ですか?」
名称を知っていることは、今では不自然ではない。
心源流で教わった。
「明日やる?」
「嫌です」
「どうして?」
「自分の系統を人前で見せたくないので」
「私だけなら?」
「ビスケさんに知られるのも嫌です」
「信用してないの?」
「信用と秘密は別です」
ビスケは頬を膨らませた。
「私は変化系よ」
「急に何です?」
「私が教えたんだから、あんたも教える」
「交換条件になってません。俺は聞いてないので」
「ずるい!」
「勝手に話しただけでしょう」
ビスケは机越しに手を伸ばし、フクリの設計書を取ろうとした。
フクリは紙を引く。
「見せませんよ」
「少しくらい!」
「駄目です」
「能力名だけ!」
「それも駄目」
机を挟んだ攻防が始まった。
もちろん身体能力ではビスケが上だ。
本気で奪おうと思えば簡単に取れる。
だが、そこまでするつもりはないらしい。
数度手を伸ばした後、諦めて椅子へ戻った。
「けち」
「命に関わる情報ですから」
「私が敵になると思ってる?」
「思ってません」
「なら教えてもいいでしょ」
「将来、誰かに能力で操られるかもしれない」
「そんなことまで考えるの?」
「念能力ならあり得るでしょう」
「心配性」
「設計者としては、普通です」
フクリがそう答えると、ビスケは首を傾げた。
「設計者?」
「念能力を考える人間として、という意味です」
「変な言い方」
危なかった。
自分の才能が、念能力の設計へ偏っている。
それをビスケへ知られても、すぐ問題になるわけではない。
だが、能力の全体像へ近づく情報は少ない方がいい。
◇
「でも」
ビスケが言う。
「あんた、能力を考えてる時は楽しそうね」
「そうですか?」
「修行してる時より、ずっと」
「修行は疲れますから」
「努力嫌いだものね」
「はい」
「能力を考えるのは努力じゃないの?」
フクリは少し考えた。
何時間も紙へ向かう。
条件を書き直す。
必要メモリを判定する。
駄目なら最初から考え直す。
他人から見れば、十分に努力しているように見えるかもしれない。
「好きなことは、努力に感じないというやつですかね」
「武術は好きじゃない?」
「嫌いではありません」
「でも、能力設計ほどじゃない」
「そうですね」
ビスケは少し不満そうだった。
「武術の方が面白いわさ」
「人それぞれでしょう」
「自分の身体で、できなかったことができるようになるのよ」
「それは面白いです」
「強い相手に勝てたら、もっと面白い」
「そこはあまり」
「何でよ」
「能力が思ったとおりに成立した時の方が嬉しいので」
ビスケは理解できないという顔をした。
フクリも、強い相手へ挑みたがる人間の気持ちは分からない。
得意なもの。
好きなもの。
価値を感じるもの。
人によって違う。
「それでも、武術をやめないのね」
「必要ですから」
「必要なだけ?」
「今は、少し面白いとも思ってますよ」
「少し?」
「かなりと言った方がいいですか?」
「言わせても意味ないわさ」
ビスケは立ち上がった。
「明日、組手するから」
「今日もしましたよ」
「能力を考えてる時みたいな顔を、武術でもさせてあげる」
「無理に笑わせるんですか?」
「違う!」
怒って部屋を出ていく。
扉が閉まる直前、髪に付けた花飾りが揺れた。
◇
それから、さらに1年が過ぎた。
心源流へ入門して4年。
フクリは26歳と3か月。
ビスケは17歳になっていた。
武術の才能差は、変わらず大きい。
ビスケは門弟の中でも、すでに上位の実力者となっている。
並の道場破りなら、1人で追い返す。
念の技術も高い。
凝。
流。
堅。
周。
どれもフクリより遥かに上手かった。
一方、フクリは派手な強さを持たない。
攻撃力は門弟の中程度。
速度も中程度。
技を覚える速さは、むしろ下の方だった。
それでも、崩れにくい。
疲れても型が乱れにくい。
格上を相手にしても、簡単には諦めない。
そして、相手の意識から外れることだけは誰よりも上手かった。
◇
「消えた?」
山中での模擬戦。
ロドが周囲を見回す。
フクリは木の陰へ隠れている。
絶へ入ってはいない。
薄い纏を保ったまま、呼吸と足音を消し、相手の視線から外れていた。
絶を使えば、念能力者にはオーラが突然消えたことで警戒される。
そのため、デスロから別の隠れ方を教わった。
存在を完全に消さない。
相手の意識へ、重要ではないものとして認識させる。
木。
石。
風。
周囲の背景へ混じる。
ロドの視線がフクリの上を通り過ぎた。
その瞬間。
フクリは背後へ回り、杖の先端をロドの背中へ触れさせた。
「1本」
「くそっ!」
ロドが振り返る。
すでにフクリは距離を取っていた。
「またそれか!」
「勝てる方法を使っただけです」
「正面から来い」
「正面では負けるので」
「武術家の言葉じゃないぞ」
「武術家として名を上げる気はありませんから」
ロドが追ってくる。
正面から組み合えば勝てない。
フクリは木々の間を移動し、視線を切る。
隠れる。
触れる。
逃げる。
地味な戦い方だった。
観客がいれば、卑怯だと言われるかもしれない。
それでも模擬戦の結果は、フクリの勝利だった。
◇
「悪くない」
見ていたデスロが言った。
「正面から戦わないことが?」
「自分にできることを理解している点がだ」
「師範に褒められると、少し不安になりますね」
「なら取り消す」
「それは困ります」
デスロは山道を下り始めた。
フクリも隣を歩く。
「正面の技術も捨てるな」
「分かっています」
「今のお前は、隠れることへ頼りすぎている」
「勝てるので」
「同じ相手には、次から通じにくくなる」
その通りだ。
ロドも、すでにフクリの戦い方を警戒している。
今回は勝てた。
次も同じとは限らない。
「正面で勝てないなら、正面以外を使う」
デスロが言う。
「だが、正面でも最低限戦える者が横へ回るから強い。横へ回るしかない者は、道を塞がれれば終わる」
「まだ足りないということですね」
「あと1年ある」
「1年で足ります?」
「足りるかどうかではない」
「できるところまで?」
「ああ」
心源流で過ごすと決めた5年間。
残り1年。
使用可能メモリも、予定どおりなら1年ほどで1000へ届く。
時間は合っていた。
◇
その年、フクリは2度目の帰省をした。
往復で約2か月。
村で1か月。
父と母は、2年前より少し歳を取っていた。
それでも元気だった。
父は工房の仕事を続けている。
母も畑へ出ている。
フクリは家族と過ごしながら、毎朝の修行を欠かさなかった。
能力設計も続けた。
『力は全てを凌駕する』。
推定必要メモリは、最終的に672まで減っていた。
能力を弱くしたわけではない。
重複していた条件を整理し、曖昧な部分を減らした結果だ。
これ以上削れば、必要な機能へ影響が出る。
フクリは672を、ほぼ完成形として受け入れ始めていた。
残る328メモリ。
最低保持量の100を除けば、使用可能なのは228。
精神を守る能力へ200メモリ使っても、28メモリ残る。
十分だった。
最初に考えていた500より高い。
だが、能力の完成度を考えれば惜しくはない。
◇
帰省を終え、心源流へ戻った日。
フクリは門の前で、ビスケを見た。
3か月前より背が伸びている。
肩幅も少し広くなった。
腕や脚には、以前よりはっきりと筋肉がついている。
道着の上からでも分かる変化だった。
「ただいま戻りました」
「遅いわさ」
「前も聞きましたね」
「今回は手紙が先に届いた」
「成長しました」
「当たり前のことよ」
ビスケはフクリの荷物を見る。
「お土産は?」
「ありますよ」
「何?」
「母から、お菓子と新しい髪飾り」
ビスケの表情が明るくなる。
だが、すぐにいつもの顔へ戻した。
「別に、楽しみにしてたわけじゃないわさ」
「聞く前に土産を要求しましたよね」
「お母さんへの礼儀よ!」
フクリは小さく笑った。
ビスケが荷物を取り上げようと近づく。
その時、フクリは僅かな違和感を覚えた。
動きは以前と同じ。
いや、さらに速くなっている。
だが、自分の身体を見るビスケの目に、以前なかったものが混じっていた。
戸惑い。
不満。
嫌悪。
ほんの一瞬だけだった。
「どうしたんです?」
「何が?」
「いえ」
ビスケは荷物から菓子の包みを見つけると、すぐに機嫌を直した。
「これ、後で食べるわさ」
「みんなにも分けてくださいよ」
「残ったらね」
「多分残らないな」
フクリはそれ以上聞かなかった。
だが、ビスケの身体はこれからさらに変わる。
17歳。
鍛錬によって作られた肉体。
原作で見た、本来のビスケの姿。
今はまだ、その途中にいる。
そしてビスケ本人は。
その変化を、喜んでいるようには見えなかった。
◇
心源流で過ごす最後の1年。
武術の修行。
念の鍛錬。
2つの新しい能力の完成。
やるべきことは、ほとんど整っていた。
だが、フクリが予想していなかった問題が1つだけ残っている。
武術の才能に恵まれた少女が。
その才能によって作られていく自分自身の身体を、受け入れられなくなり始めていた。