第12話 嫌いな身体
2度目の帰省から戻って以降、フクリはビスケの様子が気になっていた。
稽古に手を抜くようになったわけではない。
むしろ以前より激しい。
朝は誰よりも早く庭へ出る。
型を繰り返し、組手では年上の門弟を次々と倒す。
念の修行でも、凝や流の精度は日に日に高まっていた。
心源流へ入ったばかりの頃から、ビスケは天才だった。
それに加えて、誰よりも負けず嫌いだった。
できないことがあれば、できるまで続ける。
誰かに負ければ、次に会う時までに必ず対策を考える。
その姿勢は変わっていない。
変わったのは、修行を終えた後だった。
以前なら、稽古が終わってからもフクリを捕まえ、組手や絶の勝負へ誘ってきた。
今は誰よりも早く庭から去る。
共同の浴場を使う時間も避けているらしい。
食事の量も減った。
「また残してる」
夕食の席で、フクリはビスケの皿を見た。
以前なら、フクリの皿へ肉を勝手に追加していた本人が、自分の分を半分近く残している。
「今日はお腹が空いてないの」
「昼もほとんど食べてなかったでしょう」
「見てたの?」
「向かいに座ってましたから」
「気持ち悪いわさ」
「食事量が急に減れば、嫌でも気づきます」
ビスケは残っている肉を箸で端へ寄せた。
「太りたくないの」
「その修行量なら、簡単には太らないでしょう」
「そういう意味じゃない」
声が少し強くなった。
フクリはそれ以上、食事の話を続けなかった。
ただ、理由に心当たりはあった。
ビスケの身体は、ここ数か月で大きく変化している。
身長。
肩幅。
腕。
脚。
厳しい武術修行に耐えられるよう、全身へ筋肉がつき始めていた。
太っているわけではない。
むしろ無駄な脂肪は少ない。
武術家として見れば、理想的な成長だろう。
だが、ビスケ本人はそう考えていないらしい。
◇
「師範」
翌日。
フクリは修行後のデスロへ声をかけた。
「ビスケさんの食事が減っています」
「知っている」
「何か言わないんですか?」
「言った」
「それでも食べない?」
「ああ」
デスロは庭で型を繰り返しているビスケを見た。
遠目にも、以前より身体が大きくなったことが分かる。
「身体が変わるのが嫌なんでしょうか」
「本人へ聞け」
「聞いても答えませんよ」
「なら、答えたくないのだろう」
「このまま食事を減らせば、修行にも影響が出ます」
「すでに出ている」
デスロの表情は変わらない。
だが、放っておくつもりではないようだった。
「師範が止めても聞かないなら、俺が言っても無理でしょう」
「そうとは限らん」
「どうして?」
「お前は武術家として、ビスケと競っていない」
「競える実力ではないので」
「だから話せることもある」
フクリは少し考えた。
「俺へ説得しろと?」
「好きにしろ」
「師範から頼んだことにはしないんですね」
「私は本人へ食べろと言った。それ以上は本人の問題だ」
冷たく聞こえる。
しかし、デスロは弟子のすべてを力で変えようとはしない。
本人が向き合わなければ意味がないと考えているのだろう。
「面倒ですね」
「嫌なら放っておけ」
「そうします」
フクリが答えると、デスロが僅かに眉を動かした。
「本当に放っておくのか」
「師範が本人の問題だと言ったでしょう」
「お前は他人には厳しいな」
「自分の力で何とかできないことへ、無理に手を出す気はありません」
ビスケが話したくないなら、仕方がない。
フクリは医者でもない。
他人の心を読める能力も持っていない。
ただし。
話せる機会があれば、話す。
それくらいでいいと思った。
◇
その機会は、思ったより早く訪れた。
数日後の夜。
フクリは道場の裏にある井戸へ水を汲みに行った。
月は雲に隠れている。
周囲は暗い。
井戸の近くへ人影が見えた。
ビスケだった。
桶を持っているわけではない。
井戸の縁へ腰を下ろし、暗い水面を見ていた。
「何してるんです?」
声をかけると、ビスケの肩が跳ねた。
「驚かせないでよ!」
「普通に歩いてきました」
「気配を消してたでしょ」
「消してません。考え事をしていて、気づかなかっただけでは?」
絶には入っていない。
隠密の技術も使っていない。
ビスケが周囲へ注意を向けていなかっただけだ。
「水を汲みに来たんですか?」
「違う」
「では、何を?」
「放っておいて」
「分かりました」
フクリは井戸へ桶を下ろした。
水を汲む。
自分の用事だけを済ませる。
「本当に何も聞かないの?」
背後から声がした。
フクリは振り返る。
「聞いてほしいんですか?」
「そうじゃないけど」
「なら、放っておいてと言われましたので」
「普通、少しくらい心配するでしょ」
「心配はしています」
「見えないわさ」
「見せる必要があります?」
ビスケが不満そうに睨んでくる。
理不尽だった。
フクリは汲んだ水を地面へ置いた。
「食事を減らしていることは心配しています」
「師範から聞いた?」
「俺から師範へ聞きました」
「何でそんなことするのよ」
「倒れられたら困るので」
「修行くらいできる」
「今はできても、そのうちできなくなります」
ビスケは井戸の水面へ視線を戻した。
「筋肉が、つきすぎるの」
小さな声だった。
「はい」
「はいって何よ」
「見れば分かりますから」
「やっぱり変だと思ってる?」
「何がです?」
「女なのに、こんな身体」
ビスケは自分の腕を見た。
道着の袖から伸びる腕。
17歳の少女としては、確かに太い。
だが、それは脂肪ではない。
何年も修行してきた武術家の腕だ。
「武術家なら、普通では?」
「普通じゃない」
「心源流の女性門弟にも、筋肉がある人はいますよ」
「私ほどじゃない」
ビスケの声に苛立ちが混じる。
「このまま鍛えたら、もっと大きくなる。肩も、腕も、脚も。全然可愛くなくなるわさ」
ようやく本音が出た。
武術の才能がある。
身体も、それに応えるように成長する。
普通なら喜ぶべきことなのかもしれない。
だがビスケが欲しいものは、強さだけではなかった。
「修行をやめます?」
フクリが尋ねる。
ビスケが勢いよく顔を上げた。
「やめるわけないでしょ!」
「では、身体はもっと変わるでしょうね」
「分かってるわさ!」
「食事を減らしても、限界があります」
「分かってる!」
「なら、どうしたいんです?」
ビスケは答えなかった。
修行はやめたくない。
弱くもなりたくない。
だが、筋肉質な身体にはなりたくない。
両方欲しいのだろう。
「簡単な話じゃないですね」
「他人事だから、そんなこと言えるのよ」
「他人の身体なので、他人事ではあります」
「最低!」
「でも、気にしていないわけではありません」
「どっちよ」
「ビスケさんが困っていることは心配しています。でも、俺が代わりに悩んでも身体は変わりません」
フクリは井戸の縁へ寄りかかった。
「俺なら、念能力で解決できないか考えます」
ビスケが黙る。
「念能力?」
「身体の見た目を変える能力です」
「そんな能力、作れると思う?」
「分かりません。でも、念能力は本人の思いや性質が形になるものでしょう」
心源流で学んだ知識。
念能力は万能ではない。
だが、本人の執着や願いが強ければ、常識外れのものが生まれることもある。
「今すぐ作る必要はありません。どういう姿になりたいか。何を残したいか。何を捨ててもいいか。考えておけばいい」
「強さを残したまま、可愛くなれる?」
「それを俺に聞かれても分かりません」
「役に立たないわさ」
「能力設計は得意な方ですが、他人の能力まで決められませんよ」
言った後、少し踏み込みすぎたと思った。
「能力設計が得意?」
ビスケが反応する。
「好きという意味です」
「前にも似たようなこと言ってたわさ」
「細かいですね」
「自分の能力も、ちゃんと考えて作ったの?」
フクリは答えなかった。
ビスケの目が細くなる。
「偶然できたって言ってたでしょ」
「最初に会った頃は」
「嘘だったの?」
「全部が嘘ではありません」
「じゃあ、どこが嘘?」
「能力の話はしません」
「今の流れで?」
「今の話はビスケさんの身体についてでしょう」
「話をそらした!」
「戻したんです」
ビスケはしばらくフクリを睨んだ。
だが、自分の能力について考え始めたのか、少しずつ表情が変わっていく。
「小さくなりたい」
ぽつりと言った。
「どれくらい?」
「今より小さく。可愛く。筋肉が目立たない身体」
「強さは?」
「失いたくない」
「かなり難しそうですね」
「簡単に言わないで」
「難しいと言ったんですが」
「言い方が軽いのよ」
フクリは少し笑った。
「でも、面白い能力になりそうです」
「面白い?」
「見た目と実力が全く合わなくなる。相手を油断させることもできます」
「私は戦うためだけに可愛くなりたいんじゃないわさ」
「結果的に使えるという話です」
「可愛いこと自体が大事なの」
「分かりました」
「本当に?」
「武術より宝石や美容品を見ている時の方が楽しそうなので」
「武術も好きよ」
「両方好きでいいでしょう」
ビスケは黙った。
強さか。
可愛さか。
どちらかを選ばなければならないと思っていたのかもしれない。
「両方、手に入ると思う?」
「念能力なら、可能性はあります」
「でも、能力を決めるのって難しいでしょ」
「難しいですね」
「手伝って」
「嫌です」
「何でよ!」
「念能力は本人が決めた方がいい」
「相談くらいいいでしょ」
「内容を知られたくないのでは?」
「フクリならいい」
迷いのない返事だった。
フクリは少し驚いた。
「信用してるということですか?」
「少しだけ」
「少しですか」
「調子に乗らないで」
それでも、以前なら絶対に言わなかった言葉だ。
◇
「ただし、今すぐ能力は作らない方がいいです」
フクリは言った。
「どうして?」
「17歳でしょう。身体はまだ変わります」
「もう十分変わってるわさ」
「だからこそです。どの姿を基準にするのか。どの程度の変化を望むのか。今決めると、後で条件が合わなくなるかもしれない」
「いつならいいの?」
「20歳くらいまで待てば?」
「長い!」
「3年ですよ」
「長いわさ!」
「俺は能力を作るために何年も待っています」
「フクリと一緒にしないで」
「待つのは得意ですよ」
「何もしなくても増える能力でもあるの?」
フクリは表情を変えなかった。
鋭い。
何度か能力設計を見られ。
3年という時期へこだわり。
メモリという言葉を口にしたこともある。
まだ核心には届いていない。
だが、ビスケは少しずつ近づいている。
「何の話です?」
「今、少し変な顔した」
「してません」
「絶対したわさ」
「暗いので見間違いでしょう」
フクリは水の入った桶を持った。
「もう戻ります」
「待ちなさい」
「眠いので」
「逃げるの?」
「秘密を守ってるだけです」
ビスケは追いかけようとしたが、すぐに止まった。
「フクリ」
「何です?」
「私、本当に可愛くなれると思う?」
先ほどまでの強い声ではなかった。
17歳の少女の、不安そうな声だった。
「今も可愛いですよ」
フクリは答えた。
ビスケが目を見開く。
「何、急に」
「見た目は昔から可愛いです」
「見た目は、を付けるな!」
「性格は厳しいので」
「やっぱり最低だわさ!」
怒鳴り声が山へ響いた。
だが、その顔は先ほどより明るくなっていた。
◇
翌日から、ビスケは食事を以前の量へ戻した。
完全に納得したわけではない。
自分の身体を見るたび、時々嫌そうな顔をする。
それでも、食事を抜いてまで変化へ抵抗することはやめた。
「食べないと、能力を作る前に身体を壊しますよ」
「分かってるわさ」
「肉を追加しましょうか?」
「自分で取る!」
以前とは立場が逆になっていた。
フクリが余計な肉を入れようとすると、箸で叩かれる。
食堂の門弟たちは、そのやり取りを面白そうに見ていた。
◇
その後、ビスケは時々フクリへ能力の相談をするようになった。
「姿を変える能力って、変化系でできる?」
「オーラの性質を変えるだけなら変化系でしょうけど、肉体そのものを変えるなら強化や操作も関わるかもしれません」
「特質系じゃないと無理?」
「本人の思いが強ければ、系統をまたぐ能力になる可能性もあります」
「メモリは?」
その言葉に、フクリの手が止まる。
「どうしてメモリという言葉を?」
「会長が、昔そう呼ぶ人もいるって言ってた」
「そうですか」
念能力を作るために使える容量。
一般的な概念として、メモリという表現は存在するらしい。
フクリの能力だけの言葉ではない。
「どれくらい必要だと思う?」
「能力の条件次第です」
「可愛くなって、強さはそのまま」
「曖昧すぎます」
「小さい身体」
「何歳くらい?」
ビスケは少し考えた。
「12歳くらい」
「今より前ですね」
「筋肉が目立ち始める前」
「なるほど」
「でも、ずっとその姿だと困ることもあるかも」
「切り替えられるようにします?」
「できる?」
「任意変身はメモリが増えるでしょうね」
「メモリって増やせるものなの?」
フクリは視線を設計書へ戻した。
「一般的には増えないでしょう」
「一般的には?」
「言葉の綾です」
「また隠した」
「ビスケさんの能力の話をしてください」
「フクリの能力も教えなさいよ」
「嫌です」
同じやり取りを何度も繰り返した。
ビスケは完全には諦めていない。
フクリも、いつかは話していいと思い始めている。
ただ、今ではない。
転生。
メモリの増加。
どちらも、知られれば人生全体へ関わる秘密だ。
どれほど親しくなっても、簡単に話すものではなかった。
◇
心源流へ入門してから4年8か月。
フクリの使用可能メモリは、ついに900を超えた。
1000まで、あと少し。
『力は全てを凌駕する』の設計は、672メモリでほぼ完成している。
削ろうと思えば、まだ僅かに削れるかもしれない。
だが、フクリはもう数字を下げることへこだわっていなかった。
必要な機能は残す。
性能を落とさない。
そのうえで、無駄だけを省く。
現在の設計には、ほとんど重複がない。
672。
それがこの能力に必要な正当な値なら、使えばいい。
残り328。
そこから最低保持量100を除けば、228。
本来は200メモリで、精神を守る能力を作る予定だった。
その設計も、まだ概要だけは残している。
仮設計
『精神保護』
* 精神が回復不能な状態へ壊れることを防ぐ。
* 恐怖、洗脳、記憶操作、人格破壊などから自我を保護する。
* 感情そのものを消さない。
* 精神的苦痛を感じなくする能力ではない。
* 影響を完全に防げない場合でも、回復可能な範囲へ抑える。
* 能力の具体的な防御方法は、自動で最適化される。
まだ曖昧だった。
フクリ自身、精神がどのように壊れるのかを正確に理解していない。
だから、能力の効果だけを決めている。
細かな方法は能力へ任せる。
その分、必要メモリは高くなる可能性がある。
だが、精神的死亡でも『転生(死にたくないよ)』が発動する。
自我を壊す能力への対策は、いずれ必ず必要になる。
予定どおりなら。
身体能力を高める能力へ672。
精神保護へ200前後。
最低保持量100。
残り28。
1000メモリを、ほぼすべて使う。
無駄はない。
◇
しかし、能力を作る前に、まだ1つ問題が残っていた。
身体能力の基準値100。
能力発動時点の自分。
あと4か月で、心源流での5年間が終わる。
その間に、少しでも身体能力を高める。
同時に、現在の状態を正確に理解する。
「最後の4か月は、実戦を増やす」
デスロが言った。
「組手ですか?」
「道場内だけではない」
「外へ出る?」
「ああ」
山には魔獣がいる。
盗賊が出る街道もある。
村から護衛を頼まれることもあった。
「これまでは、先輩の補助として連れていった」
「今回は?」
「お前が中心だ」
「1人で?」
「ビスケをつける」
フクリは少し安心した。
ビスケなら、よほどの相手でなければ負けない。
「安心した顔をするな」
デスロが言う。
「ビスケは手を出さない」
「危なくなったら?」
「死ぬ直前なら助ける」
「それでは遅くないですか?」
「死ぬ前なら間に合っている」
師範の安全基準は、フクリよりかなり低かった。
「何をするんです?」
「山を越える商人の護衛だ」
「相手は?」
「野盗が出る可能性がある」
「人間ですか」
「ああ」
フクリは少し迷った。
魔獣なら、倒すことへの抵抗は少ない。
だが相手が人間なら話は別だ。
「殺す必要は?」
「お前次第だ」
「できれば殺したくありません」
「なら、殺さずに終わらせろ」
「簡単に言いますね」
「簡単ではない。だから修行になる」
相手を殺さず。
自分も怪我をせず。
護衛対象も守る。
勝つだけより難しい。
「押し出すか、動けなくするか」
フクリは呟いた。
「何だ?」
「できるだけ怪我をさせず、戦いから外す方法です」
「考えておけ」
この経験は、後に天空闘技場で戦う時にも役立つことになる。
だが、この時のフクリは、まだ天空闘技場へ行くことすら決めていなかった。
◇
護衛の出発は3日後。
フクリは装備を確認した。
父からもらった杖。
丈夫な服。
水。
食料。
傷薬。
刃物は持たない。
人を殺す可能性のある武器は、なるべく使いたくなかった。
「杖でも人は死ぬわさ」
隣で見ていたビスケが言う。
「頭を強く打てば死ぬでしょうね」
「なら、武器を持たない方がいいんじゃない?」
「素手でも死ぬ時は死にます」
「じゃあどうするの?」
「力加減を覚えるしかないでしょう」
フクリは杖を軽く振る。
相手の手首。
脚。
武器。
致命傷になりにくい場所を狙う。
あるいは、体勢を崩して道の外へ押し出す。
「甘いと思う?」
フクリが尋ねる。
「相手は殺すつもりで来るかもしれないわさ」
「分かっています」
「手加減して負けたら?」
「その時は、手加減をやめます」
「できるの?」
「自分や守る相手が死ぬくらいなら」
フクリは利己的だ。
できる範囲なら他人も助ける。
だが、自分の命や守るべき人間より、襲ってきた相手を優先するつもりはない。
殺さずに済むなら殺さない。
無理なら、手を引く。
必要なら倒す。
「冷たいのか優しいのか、分からない人ね」
「俺にも分かりません」
ビスケは少し笑った。
「私がいるから、死ぬ心配はしなくていいわさ」
「手を出さないよう言われてるでしょう」
「本当に危なかったら助ける」
「師範は死ぬ直前と言ってました」
「私は、もう少し早く助ける」
「ありがとうございます」
「その代わり」
ビスケがフクリの目の前へ指を立てる。
「簡単に助けを求めたら、後で私と組手」
「それは避けたいですね」
「なら頑張るわさ」
◇
出発前夜。
フクリは1人で裏庭へ出た。
絶へ入る。
長年繰り返してきた技術。
心源流へ来る前から、唯一自信があったもの。
今では、絶だけではない。
立つ。
歩く。
走る。
受ける。
避ける。
殴る。
杖を使う。
流でオーラを動かす。
どれも達人級ではない。
ビスケには遠く及ばない。
それでも、5年前の自分とは違う。
基礎は積み上がった。
あとは対人戦。
経験。
判断。
実際に誰かを守りながら戦うこと。
その段階へ入ろうとしている。
「あと4か月」
1000メモリ。
新しい能力。
心源流での5年間の終わり。
そして、その先。
フクリはまだ知らなかった。
心源流を離れた後、自分の武術がどこまで通じるかを確かめるため、天空闘技場へ向かうことを。
そこで後に、心源流の名を受け継ぐ1人の少年と出会うことを。
今はただ。
初めて自分が中心となる護衛任務へ向け、静かに身体を休ませた。