第3話 人生設計
俺がこの世界をHUNTER×HUNTERの世界だと確信してから、数週間が過ぎた。
まず最初にやったことは、知識の整理だった。
前世の記憶を思い返し、この世界の出来事を紙へ書き出していく。
もちろん、未来の年表なんて正確に覚えているわけじゃない。
漫画を何度も読み返したとはいえ、覚えているのは印象的な出来事ばかりだ。
それでも、分かることはあった。
「……ゴンは、まだ生まれていない。」
ゴン=フリークス。
俺が前世で読んでいた漫画、『HUNTER×HUNTER』の主人公だ。
年齢は十二歳前後だったはず。
そして、今の俺は六歳。
旅人から聞いた年代や、この世界の暦を何度も照らし合わせた結果、一つの結論にたどり着いた。
「ゴンが生まれるまで……あと約五十六年。」
思わず苦笑する。
もっと近い時代だと思っていた。
十年か二十年くらいなら、未来の知識で何かできるかもしれない。
でも、五十六年。
長すぎる。
俺の知っている物語は、まだ始まってすらいない。
幻影旅団は存在しない。
キルアもクラピカもレオリオも生まれていない。
ジンだって、まだ子供か、生まれているかどうかも分からない。
未来を知っている。
そう思っていた。
でも実際には違う。
知っている未来は、五十六年も先の話だった。
「……意味ないな。」
思わず笑ってしまう。
株で言えば、五十六年後の株価を知っているようなものだ。
確かに価値はある。
でも、明日どの会社が上がるかは分からない。
今の俺には、ほとんど役に立たない知識だった。
◇
結局、自分の力で生きていくしかない。
なら、この世界で一番必要なものは何だろう。
金か。
権力か。
名誉か。
いや、違う。
「力だ。」
この世界では、力がなければ守れない。
家族も。
友達も。
そして、自分自身も。
漫画の中で何度も見てきた。
善人だから助かるわけじゃない。
努力したから報われるわけでもない。
理不尽に命を奪われる。
それが、この世界だった。
「じゃあ、俺はどうする?」
答えは決まっていた。
「死なない。」
ただ、それだけだった。
英雄になりたいわけじゃない。
世界を救いたいわけでもない。
誰かに認められたいわけでもない。
俺はただ、生きたい。
父と母に親孝行をして。
普通に働いて。
美味いご飯を食べて。
平和に歳を取っていく。
そんな当たり前の人生を送りたい。
そのためには、力が必要だった。
◇
「……でも、努力したくないんだよな。」
思わず本音が漏れる。
前世からそうだった。
努力は嫌いだ。
筋トレも好きじゃない。
勉強も面倒くさい。
仕事だって、本当は休みたい。
できることなら、ずっと楽をしていたい。
けれど、それも前世で分かっていた。
本当に楽をしたいなら、最初だけは頑張るしかない。
父は毎日、木を削っている。
昨日も。
一昨日も。
その前も。
派手なことは何一つしていない。
それでも少しずつ腕を磨き、村一番の木工職人になった。
前世で見てきた株も同じだった。
一日で何倍にもなるものは危ない。
でも、毎年少しずつ成長する会社は強い。
積み重ねたものは、簡単には崩れない。
「そうか。」
俺は一人で頷いた。
「俺は努力が好きなんじゃない。」
「未来の俺が楽をするために、今だけ頑張るんだ。」
十年後。
二十年後。
五十年後。
百年後。
その時の俺が笑っていられるように、今の俺が少しだけ頑張る。
それが一番効率がいい。
俺らしい生き方だった。
◇
そして、その日の夜。
俺は紙を一枚取り出した。
これからの人生でやるべきことを書き出す。
一、念を習得する。
二、死なない。
三、楽して生きる。
三つだけ。
シンプルでいい。
しばらく眺めたあと、小さく笑った。
「……結局、一番難しいのが三番なんだけどな。」
楽をするためには、まず積み重ねなければならない。
それは前世でも、この世界でも変わらないらしい。
紙を丁寧に畳み、引き出しの奥へしまう。
まだ六歳。
焦る必要はない。
ゴンが生まれるまで、あと約五十六年。
俺には時間がある。
誰よりも長く積み重ねられる時間が。
その日からフクリは、誰にも知られることなく、自分だけの人生設計を始めた。