第14話 力は全てを凌駕する
念能力を形へ変える。
積み重ねてきた672メモリが、設計書に記された条件へ流れ込んでいく。
痛みはなかった。
何かが身体を作り替えている感覚もない。
ただ、長く抱えてきた設計が、自分の中へ収まっていく。
曖昧だったものが輪郭を持つ。
書かれた条件の一つ一つが結びつき、念能力として成立する。
フクリは目を閉じたまま、その感覚を確かめた。
筋力。
骨。
腱。
関節。
内臓。
神経。
感覚。
身体を構成するすべてを、破綻しない比率で成長させる。
能力を作った今この瞬間。
心源流で5年間鍛えた肉体を100とする。
才能には恵まれなかった。
武術家として突出した身体でもない。
それでも、5年前よりは確実に強い。
正しく立ち。
正しく歩き。
拳を振り。
攻撃を避け。
人を守るために戦った身体。
そのすべてが、これから積み重なる力の最初の土台になる。
やがて、身体の奥で何かが固定された。
フクリは目を開けた。
「終わりました」
向かいに立っていたビスケは、すぐには返事をしなかった。
フクリの全身を観察している。
「何も変わってない」
「今すぐ強くなる能力ではありませんから」
「本当にできたの?」
「確認します」
フクリは新しい紙を取り出し、『容量判定(メモリー・ジャッジ)』を使った。
紙へ、現在の状態が浮かび上がる。
現在使用可能メモリ:328
新規念能力:成立
能力名:力は全てを凌駕する
基準身体性能:100
次回成長完了まで:7日
成長率:1%
成長方式:複利式
上限:なし
「できてますね」
「見せて」
ビスケが紙を取り上げた。
何度も同じ文字を読む。
「本当に上限がない」
「そのために672メモリ使いました」
「7日ごとに1%……」
ビスケは指を折って考え始めた。
「1年で何回?」
「約52回です」
「単純に52%増えるってこと?」
「複利なので、もう少し多いです」
「どれくらい?」
「正確には約1.68倍ですね」
ビスケの目が見開かれた。
「1年で?」
「予定どおり成長できれば」
「10年だと?」
「かなり大きくなります」
「どれくらいよ」
フクリは頭の中で概算した。
7日に1%。
1年で約52周期。
10年なら約521周期。
1.01を521回掛ける。
「180倍前後ですかね」
「……何が?」
「今の身体能力の」
ビスケが黙った。
しばらくして、もう一度紙を見る。
「おかしいでしょ」
「何がです?」
「何でそんな平然としてるのよ!」
「何年も前から計算していたので」
「10年で180倍って、武術の修行が馬鹿みたいじゃない!」
「武術がなければ、基準の100が低くなっていました」
「そういう問題じゃない!」
ビスケは部屋の中を歩き回り始めた。
「20年だと?」
「単純に10年の結果をもう一度掛けるので、3万倍以上になると思います」
「30年」
「数百万倍ですかね」
「待って」
ビスケが片手を上げた。
「それ、本当に成立してるの?」
「『容量判定』では成立しています」
「身体が耐えられるの?」
「耐えられるよう、全身を同じ比率で強化します」
「食事は?」
「必要です。足りなければ成長が遅れたり止まったりします」
「身体の大きさは?」
「不必要には大きくなりません。密度や効率を上げる設計です」
「そんなの、ほとんど反則じゃない」
「672メモリですからね」
「メモリが多ければ、何でもできるわけじゃないでしょ」
「長い時間が必要です」
「それでもよ!」
ビスケは興奮していた。
念能力の強さに驚いている。
同時に、何か納得できないような顔もしていた。
「どうしました?」
「……武術の才能がないって、ずっと言ってたくせに」
「実際にありませんよ」
「でも、何年かしたら私より強くなる」
「身体能力だけなら、可能性は高いです」
「武術では?」
「今の差が簡単に消えるとは思いません」
「身体能力が180倍になって、負けると思う?」
フクリは少し考える。
「10年後なら、力押しで勝てるかもしれません」
「それを勝つって言うのよ」
「そうですね」
ビスケは不満そうに唇を尖らせた。
「気に入りませんか?」
「気に入らない」
「どうして?」
「私は何年も修行してきたのに、フクリは能力で追い越すから」
「俺も5年間修行しましたよ」
「そうだけど」
「能力を考えるのにも時間を使いました」
「そうだけど!」
理屈では分かっている。
だが感情では納得できない。
そんな顔だった。
「ビスケさんも念能力を作ればいいでしょう」
「まだ決めてない」
「20歳まで待つんですよね」
「フクリが待てって言ったんでしょ」
「命令した覚えはありません」
「でも、待った方がいいって」
「最終的に決めたのはビスケさんです」
ビスケは返事をしなかった。
自分の姿を変える能力。
可愛い姿。
強さを残したまま、小さくなる。
まだ設計は固まっていない。
だが、以前のように自分の身体を嫌って食事を減らすことはなくなった。
能力で解決できる可能性がある。
それだけでも、少しは救いになっているのだろう。
◇
「1つ、試してみてもいい?」
ビスケが言った。
「何をです?」
「今の強さ」
「能力を作る前と変わってませんよ」
「本当に変わってないか確かめるの」
「組手ですか?」
「軽くね」
嫌な予感しかしない。
それでも、作成直後の状態を確かめることには意味がある。
「分かりました。ただし本当に軽くしてください」
「分かってる」
その返事を、フクリはあまり信用していなかった。
◇
2人は夜の裏庭へ移動した。
月明かりが地面を照らしている。
フクリは軽く身体を動かした。
違和感はない。
力が増えた感じもしない。
能力を発動した瞬間を100としているため、当然だった。
「始めるわよ」
ビスケが構えた。
フクリも杖を持たず、素手で向かい合う。
「本当に軽くですよ」
「分かってるって」
ビスケが動く。
右拳。
フクリは避ける。
次に左の蹴り。
腕で受ける。
衝撃に身体が押され、足が滑った。
「変わってないわね」
「言ったでしょう」
「でも、能力は動いてる?」
「次の成長まで7日です」
「少しずつ強くなってるんじゃないの?」
「7日間へ均等に分散する設計です。作った直後なので、ほとんど分かりません」
「じゃあ、明日は?」
「約0.14%です」
「分からないわね」
「多分」
ビスケはさらに踏み込んだ。
拳。
蹴り。
掌底。
次々と攻撃が飛ぶ。
「軽くって言いましたよね!」
「確認してるだけ!」
「十分確認できたでしょう!」
フクリは避けながら後退する。
ビスケは楽しそうだった。
能力を作ったからといって、今すぐ追い越されたわけではない。
まだ自分の方が圧倒的に強い。
それを確かめて安心したのかもしれない。
「遅い!」
「知ってます!」
「弱い!」
「それも知ってます!」
「でも、7日後は1%強くなる!」
「そうですね!」
「1年後は1.68倍!」
「計算できたんですね!」
「馬鹿にしてる?」
蹴りが少し強くなった。
フクリは両腕で受け、地面を転がる。
「痛い」
「今のうちに殴っておかないと」
「どういう理屈です?」
「そのうち効かなくなるかもしれないでしょ」
「だから今のうちに殴るんですか?」
「そうよ」
「性格が悪いですね」
「今さら?」
否定しなかった。
◇
組手を終え、2人は庭の端へ座った。
フクリの腕には軽い痺れが残っている。
ビスケは息すら乱れていない。
「本当に強くなるのね」
「能力が正しく働けば」
「疑ってるの?」
「実際の成長は7日後まで確認できませんから」
「『容量判定』では成立してるんでしょ」
「はい」
「なら大丈夫じゃない?」
「『転生(死にたくないよ)』も、死ぬまで本当に発動するか分かりません」
「試そうとしないでよ」
「しませんよ」
「絶対に」
「死ぬのは嫌ですから」
ビスケは少し安心したように息を吐いた。
その横顔を見ながら、フクリは先ほどの言葉を思い出す。
私が先に死んでも?
考えていなかった。
転生能力を作った時、自分が死なないことだけを考えた。
記憶。
念能力。
性別。
名前。
自分を次の人生へ持ち越す。
そこに他人は含まれていない。
当然だった。
能力を作った時、フクリには人生を何度も共にしたい相手などいなかった。
両親を連れていきたいと思ったことはある。
だが、本人たちの人生を勝手に次へ持ち越していいとは思わなかった。
そもそも方法も分からない。
今は。
隣にビスケがいる。
彼女が将来、どのような存在になるのかは分からない。
恋人になることも。
相棒になることも。
まだ何も決まっていない。
それでも、先ほどの質問が心へ残った。
◇
「精神を守る能力は、いつ作るの?」
ビスケが尋ねた。
「今すぐでも作れる可能性はあります」
「残り228メモリ使えるんでしょ」
「はい」
「なら作れば?」
「設計がまだ曖昧です」
フクリは概要を説明した。
精神が回復不能な状態へ壊れることを防ぐ。
洗脳。
記憶操作。
人格破壊。
恐怖。
自我を失う攻撃。
完全に防げない場合でも、回復可能な範囲へ抑える。
「便利ね」
「必要だと思っています」
「でも、どう守るか分からない」
「はい。俺には精神の構造が分かりません」
「能力に任せる?」
「その分、メモリは高くなるでしょうね」
「判定は?」
「今の設計だと、不成立です」
「どうして?」
「効果が曖昧すぎます」
精神が壊れるとは何か。
記憶を失うことか。
人格が変わることか。
強い恐怖で行動できなくなることか。
念能力で操られることか。
どこまでを正常とし、どこからを破壊と呼ぶのか。
フクリ自身が理解していない。
「心を守るって、難しいのね」
「身体より見えませんからね」
「怖くなくなる能力なら?」
「それは嫌です」
「どうして?」
「恐怖は必要でしょう。危険を避けるための感情です」
「痛みを感じなくするのは?」
「それも身体を壊します」
「感情を弱くするとか」
「楽しくなくなりそうです」
精神を守るために、人間らしさを失っては意味がない。
怖い。
悲しい。
腹が立つ。
嬉しい。
楽しい。
そうした感情を持ったまま、壊れない能力が欲しい。
「難しそう」
「だから、急いで作らない方がいいと思っています」
「でも、使えるメモリは228しかない」
「また増えます」
「672使ったから、今度は328から?」
「そうです」
『0.1%の積み重ね(複利)』は消えていない。
100メモリ以上を残している。
明日から、328を元に毎日0.1%ずつ増える。
上限は1000。
精神保護を今すぐ作らなくても、待てば再び使えるメモリが増える。
「本当に時間さえあれば何でもできそうね」
「何でもではありません」
「でも、待てばまた672メモリも使える」
「1000まで戻れば」
「何年?」
「今の328から1000なら、約3年くらいですね」
「そんなに早いの?」
「最初の100から増やした時より、元が大きいので」
ビスケが少し考える。
「じゃあ3年後には、また大きい能力を作れる」
「作りたいものがあれば」
「次は何を作るの?」
「まだ決めてません」
「精神保護じゃないの?」
「今のところは」
この時点では、本当にそのつもりだった。
精神保護。
自分の自我を守るための能力。
次に作るべきものだと思っていた。
だが。
この先、ビスケと旅を続ける中で。
フクリの優先順位は少しずつ変わることになる。
◇
7日後。
フクリは朝から自分の身体を確かめていた。
拳を握る。
脚を動かす。
跳ぶ。
走る。
劇的な変化はない。
1%。
人間が感覚だけで明確に認識できるほどの差ではない。
「どう?」
ビスケが隣で尋ねる。
「少し力が出るような気はします」
「気のせいじゃない?」
「可能性はあります」
「測る?」
「どうやって?」
ビスケは大きな石を指した。
以前、立つ修行で持ち上げさせられた石だった。
「これを持つ」
「今は普通に持てますよ」
「何回持てるか数えるの」
「面倒ですね」
「能力が働いてるか確かめたいんでしょ」
「そうですね」
フクリは石を抱えた。
持ち上げる。
下ろす。
繰り返す。
以前から修行で使っているため、自分が何回程度できるかは覚えている。
20回。
30回。
40回。
普段なら、この辺りで腕と腰が重くなる。
今日は僅かに余裕があった。
最終的に、いつもより1回多く持ち上げることができた。
「誤差じゃない?」
「誤差かもしれません」
「じゃあ来週もやる」
「毎週?」
「変化を記録するの」
「意外と几帳面ですね」
「誰の能力だと思ってるのよ」
「俺のです」
「だから私が確認してあげるの!」
理由になっていない気もした。
それでも、1人で記録するよりは正確になる。
「お願いします」
「素直ね」
「役に立つことは頼みますよ」
「じゃあ、報酬」
「何が欲しいんです?」
「宝石」
「高いですよ」
「そのうちお金も稼げるくらい強くなるでしょ」
「能力がなくても働けば稼げます」
「夢がないわね」
「宝石を買うことが夢なんですか?」
「集めるの!」
ビスケは昔から、宝石や美しい物が好きだった。
武術と念の才能。
それとは別に、将来宝石や鉱石へ関わる道を選ぶのかもしれない。
◇
さらに7日後。
身体能力は、基準値から約2.01%上昇した。
石を持ち上げる回数も、僅かに増えた。
走る時間。
跳べる距離。
拳の重さ。
どれも、誤差と言えなくもない変化だった。
だが、『容量判定』には正確な値が表示される。
現在身体性能:102.01
能力は働いている。
確実に。
フクリが眠っている間も。
食事をしている間も。
修行を休んでいる時間も。
身体は少しずつ強くなっている。
「いいですね」
紙を見ながら、フクリは笑った。
「そんなに嬉しい?」
「何もしなくても増えるので」
「修行もしなさいよ」
「しますよ。でも、休んでいても強くなるのは嬉しいでしょう」
「本当に、そういうのが好きね」
「はい」
毎日0.1%ずつ増えるメモリ。
7日ごとに1%ずつ増える身体能力。
何もしなくても。
途中で眠っても。
少し休んでも。
時間が未来へ積み重なる。
フクリが好きな形だった。
◇
心源流での5年間が終わる日。
門弟たちが道場の庭へ集まった。
卒業という制度があるわけではない。
心源流へ残る者もいる。
旅へ出る者もいる。
別の道場を持つ者もいる。
フクリは最初から、5年で区切ると決めていた。
デスロの前へ立つ。
「5年間、お世話になりました」
頭を下げる。
「まだ武術は完成していない」
「知っています」
「対人経験も足りん」
「これから増やします」
「どこへ行く」
「まだ決めてません」
「なら、天空闘技場へ行け」
予想していなかった名前だった。
「天空闘技場?」
「ああ」
「どうして?」
「お前には、様々な相手と戦う経験が必要だ」
「殺し合いでは?」
「階層による。低い階なら、規則のある試合だ」
前世の知識にある場所。
ゴンとキルアが修行した天空闘技場。
この時代にも存在しているらしい。
「何階まで行けばいいです?」
「190階」
「200階ではなく?」
「今のお前が念能力者と自由に戦う必要はない」
200階からは念能力者の世界。
フクリも知っている。
だが、何も知らないふりをする。
「190階までは?」
「武術と身体能力を持つ者が中心だ。お前の今の実力を試すにはちょうどいい」
「怪我は?」
「する」
「嫌ですね」
「なら、怪我をしない戦い方を考えろ」
相変わらずだった。
「分かりました」
「行くのか?」
「自分の武術がどこまで通じるかは、少し気になります」
5年間。
基礎を積み上げた。
才能は低い。
達人にはなれなかった。
それでも、何もできない一般人ではない。
規則のある対人戦で、今の実力を確かめる。
悪くないと思った。
◇
「私も行く」
ビスケが横から言った。
「道場に残るんじゃないんですか?」
「外で経験を積みたいから」
「天空闘技場へ出る?」
「最初は見てる」
「どうして?」
「フクリがどこまで行けるか気になるもの」
「暇なんですか?」
「違う!」
ビスケは18歳。
心源流へ入った頃の13歳の少女ではない。
身体はさらに大きく、強くなった。
門弟の中でも、すでに彼女へ勝てる者は少ない。
だが、その表情には以前と変わらない負けず嫌いが残っている。
「途中で予定が入るかもしれない」
ビスケが続けた。
「予定?」
「まだ決まってない」
「何の予定です?」
「秘密」
「俺の能力を聞いたのに?」
「秘密と信用は別なんでしょ」
自分の言葉を使われた。
反論できない。
「分かりました」
「聞かないの?」
「話したくなったら話すでしょう」
「本当に他人には厳しいわね」
「秘密を尊重してるんですよ」
「そういうことにしておくわ」
◇
出発の前日。
フクリはデスロと2人で裏庭へ出た。
最初の夜。
ビスケと絶の勝負をした場所。
5年前と景色は大きく変わっていない。
「絶へ入れ」
デスロが言う。
フクリは全身のオーラを閉じた。
呼吸。
足音。
視線。
身体の存在を周囲へ溶かす。
5年前より深い。
切り替えも速い。
絶そのものだけでなく、相手の意識から外れる技術も磨いた。
デスロは背を向けたまま言う。
「右へ3歩」
フクリが動く。
「止まれ」
正確に位置を捉えている。
師範には、まだ通じない。
「解け」
フクリは纏へ戻った。
「絶だけは、最初から道場でも高い水準だった」
「はい」
「今は、技術として完成に近い」
「達人級ですか?」
「そう呼んでもよい」
5年間で唯一。
明確に達人級と認められたもの。
それ以外は、そこそこ。
立ち方。
足運び。
拳。
杖。
流。
組手。
どれも優れた門弟には及ばない。
「武術全体は?」
「中の上」
「そこそこですね」
「ああ」
望んでいたとおりだった。
5年で達人になるつもりはなかった。
才能がない自分が、正しい指導を受けて中の上。
十分な成果だ。
「不満か?」
「いいえ」
「なら、その顔は何だ」
「もう少し高くてもよかったかなとは思いました」
「欲が出たな」
「5年前よりは」
「それでいい」
デスロはフクリの肩へ手を置いた。
「才能がないと知ることは、諦める理由ではない」
「はい」
「才能がすべてではないと考えることも、才能を軽く見る理由にはならん」
「はい」
「持っているものを使え。持っていないものは、別の方法で補え」
「念能力でも?」
「ああ」
デスロは否定しなかった。
「ただし、力に技術が追いつかなくなれば、自分で自分を壊す」
身体能力は、すでに成長を始めている。
1年後には約1.68倍。
10年後には、常識から外れる。
武術の修行をやめれば、力だけを持つ素人になる。
「修行は続けます」
「努力は嫌いではなかったか」
「今の自分を楽にするための努力は嫌いです」
「違いがあるのか」
「未来の自分を楽にするためなら、少しはできます」
「面倒な男だ」
「よく言われます」
デスロは小さく笑った。
◇
翌朝。
フクリとビスケは、心源流の門を出た。
荷物。
父からもらった杖。
設計書。
5年間で身につけた武術。
そして、新しい念能力。
門の前には、デスロと門弟たちが立っていた。
「また戻ってこい」
ロドが言う。
「機会があれば」
「その頃には、俺より強くなってそうだな」
「能力を知らないのに?」
「身体の変化くらい見れば分かる」
まだ2%ほど。
それでも長く組手をした相手には、僅かな変化が分かるらしい。
「次は正面から勝負しろ」
「勝てるなら」
「そこは変わらないな」
2人は握手をした。
デスロへ頭を下げる。
「行ってきます」
「生きて戻れ」
「はい」
ビスケも師範へ頭を下げた。
「行ってきます」
「フクリを甘やかすな」
「誰が甘やかしてるのよ」
「毎週、身体能力を測っていると聞いた」
「確認してるだけ!」
「十分だ」
ビスケが顔を赤くした。
「師範、余計なこと言わないで!」
門弟たちから笑い声が起こる。
◇
山道を下りながら、フクリは振り返った。
心源流の門。
5年前。
ここへ来た時は、自分が入門できるかも分からなかった。
武術の才能はない。
身体能力も並。
偶然念に目覚めた、絶だけが不自然に上手い男。
それがデスロやネテロから見た評価だった。
今も才能自体は変わらない。
だが、5年分の基礎がある。
身体能力は、これから自動的に積み上がる。
使った672メモリも、時間とともに回復していく。
あと数年。
また新しい能力を作れる。
「次は天空闘技場ね」
隣を歩くビスケが言った。
「190階まで」
「200階には行かないの?」
「師範の指示です」
「素直ね」
「念能力者と戦う必要はないでしょう」
「怖い?」
「多少は」
「転生できるのに?」
「今の人生を失いたくないので」
「そう」
ビスケは少しだけ笑った。
「それでいいと思う」
「珍しく肯定しますね」
「転生できるからって、簡単に死なれたら困るもの」
「困るんですか?」
「能力の相談相手がいなくなる」
「それだけ?」
「それだけよ」
以前にも似た会話をした。
絶で勝負する相手がいなくなる。
今度は能力の相談相手。
理由は少しずつ変わっている。
だが、ビスケ自身はまだ気づいていないのかもしれない。
◇
フクリは前を向いた。
天空闘技場。
規則のある対人戦。
自分の武術が、外の世界でどこまで通じるのか。
目標は190階。
相手へ大きな怪我をさせないため、殴り倒すより押し出しを狙う。
力任せではなく。
心源流で学んだ重心と足運びを使う。
そして、時間が経つほど身体能力は上がっていく。
基礎を積み上げる5年間は終わった。
これからは。
実戦。
経験。
対人戦。
積み上げたものを、外の世界で試す時間だ。
フクリが27歳。
ビスケが18歳。
2人の最初の旅が、ここから始まる。
第二章 心源流との出会い 完
上限なしにしたの少し後悔してます。
やりすぎて面白く無くなりそうで、悩んでいます。
すでに5章まであるので5章まではこのままいきます。
一旦いけるとこまではいきます、って感じです。