0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

39 / 46
第9話 ビスケが望んだ姿

 

第9話 ビスケが望んだ姿

 

 それから数日。

 

 3人は飛行船を待つ間、その町へ滞在していた。

 

 昼間、ウイングは修行へ出る。

 

 ビスケとフクリは、その時間だけ能力の設計について話し合っていた。

 

「ここはどう思う?」

 

 ビスケが設計書を見せる。

 

「美容師型の念獣を中心にして、身体を整える能力へ全部まとめたわ」

 

 フクリは設計書を静かに読む。

 

 美容。

 

 疲労回復。

 

 身体の調整。

 

 姿の変化。

 

 それぞれ別の能力ではある。

 

 しかし、『身体を整える』という1つの目的へ集約されていた。

 

「前より、ずっと自然です」

 

 フクリが言う。

 

「本当に?」

 

「はい。目的が1つなので、能力としてまとまっています」

 

「変身だけ浮いてない?」

 

「美容の延長です。身体を理想の姿へ整える能力と考えれば、不自然ではありません」

 

 ビスケは安心したように息を吐いた。

 

「良かった」

 

「ただ」

 

「何?」

 

「制約は必要でしょうね」

 

「やっぱり?」

 

「能力を強くしすぎています」

 

 ビスケは頷いた。

 

 それは自分でも理解していた。

 

「変身中だけ、昔の口調が戻る」

 

「その制約ですか?」

 

「ええ」

 

「嫌ですか?」

 

「かなり」

 

 フクリは少し笑う。

 

「でも、自然な制約です」

 

「昔の自分へ戻る能力だから?」

 

「はい」

 

「……だわさ」

 

 ビスケは小さく呟く。

 

「まだ能力も完成してないのに」

 

「練習ですか?」

 

「違う!」

 

 少しだけ照れたように笑った。

 

     ◇

 

 その日の夜。

 

 ウイングが眠った後。

 

 ビスケは宿の庭へ出た。

 

「今から?」

 

「ええ」

 

「緊張します?」

 

「少しだけ」

 

 20歳になるまで待った。

 

 5年以上考え続けた。

 

 ようやく形になる。

 

「失敗したら?」

 

「また作り直すわ」

 

「ビスケさんらしいですね」

 

「ここで諦める方が嫌」

 

 ビスケは目を閉じた。

 

 深く息を吸う。

 

 身体を整える。

 

 理想の姿。

 

 美容。

 

 疲労回復。

 

 すべてを1つへ。

 

 オーラが静かに集まり始める。

 

 少しずつ。

 

 少しずつ。

 

 人の形を作っていく。

 

 数分後。

 

 1人の女性が姿を現した。

 

 優しい笑顔。

 

 美容師のような服装。

 

 柔らかな雰囲気。

 

 ビスケはゆっくり目を開く。

 

「成功……」

 

 念獣も頭を下げた。

 

「おめでとうございます」

 

 フクリも小さく笑う。

 

「ありがとう」

 

 ビスケは念獣を見つめ続けていた。

 

「長かった」

 

「5年以上ですから」

 

「途中で何回やめようと思ったか」

 

「それでも完成しました」

 

「ええ」

 

 その表情は、とても満足そうだった。

 

     ◇

 

「試してみるわ」

 

 念獣がビスケの肩へ手を置く。

 

 オーラが身体を包む。

 

 ゆっくり。

 

 身体が縮み始めた。

 

 肩幅。

 

 腕。

 

 脚。

 

 身長。

 

 筋肉質だった身体が、小さく変わっていく。

 

 数秒後。

 

 12歳ほどの少女が立っていた。

 

 金色の髪。

 

 幼い顔立ち。

 

 心源流へ来る前の面影が、そのまま残っている。

 

「どう?」

 

 少し不安そうに尋ねる。

 

 フクリはしばらく見つめた。

 

「成功ですね」

 

「それだけ?」

 

「可愛いですよ」

 

 ビスケは少し安心したように笑う。

 

「本当に?」

 

「はい」

 

「無理してない?」

 

「していません」

 

「……良かった」

 

 肩の力が抜ける。

 

 その瞬間だった。

 

「もっとちゃんと褒めるだわさ!」

 

 ビスケ自身が固まる。

 

 フクリも一瞬動きを止めた。

 

 数秒。

 

 静寂。

 

「……今」

 

 ビスケが自分の口を押さえる。

 

「出ましたね」

 

「違う!」

 

「制約どおりです」

 

「まだ気を抜いてない!」

 

「少し安心しましたよね」

 

「したけど!」

 

「だからでしょう」

 

 ビスケは顔を真っ赤にした。

 

「これは反則だわさ!」

 

 また出た。

 

 今度はフクリも笑ってしまう。

 

「笑わない!」

 

「すみません」

 

「絶対面白がってる!」

 

「少しだけ」

 

「やっぱり!」

 

 ビスケは両手で顔を隠した。

 

「これ、人前じゃ絶対変身できない」

 

「慣れると思います」

 

「慣れたくない!」

 

「能力は成功です」

 

「口調は失敗!」

 

「制約なので成功です」

 

「もう!」

 

 怒るたびに少し幼くなる。

 

 その様子を見て、フクリは心の中で安心した。

 

 能力そのものは、きちんと形になっている。

 

     ◇

 

 ビスケは一度、元の姿へ戻った。

 

 背が伸びる。

 

 筋肉も戻る。

 

 大人の姿へ戻ると、表情も落ち着いた。

 

「こっちの方が話しやすいわ」

 

「そうですね」

 

「でも」

 

 ビスケは自分の手を見る。

 

「やっと選べる」

 

「選べる?」

 

「どっちの自分で生きるか」

 

 以前は違った。

 

 筋肉が増える。

 

 身体が大きくなる。

 

 嫌でも受け入れるしかなかった。

 

 今は違う。

 

 必要なら大人。

 

 好きな時は小さい姿。

 

 自分で選べる。

 

「ありがとう」

 

 ビスケが言った。

 

「俺は何も」

 

「能力じゃない」

 

「?」

 

「相談に乗ってくれたこと」

 

 フクリは少し照れた。

 

「役に立てたなら」

 

「かなり」

 

 ビスケは笑う。

 

「相談相手がフクリで良かった」

 

 その言葉だけで十分だった。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 ウイングは何も知らないまま部屋へやって来る。

 

「おはようございます!」

 

「おはよう」

 

 ビスケも普段どおり。

 

 大人の姿。

 

 変化は何もない。

 

 昨夜の出来事は2人だけの秘密だった。

 

 能力も。

 

 制約も。

 

 まだ誰にも話さない。

 

「今日も修行ですか?」

 

 ウイングが尋ねる。

 

「もちろん」

 

 ビスケが答える。

 

「飛行船が出るまで、まだ数日あるもの」

 

「はい!」

 

 ウイングは元気よく返事をした。

 

 その横でフクリは、小さく笑う。

 

 昨夜の「だわさ」を思い出したからだった。

 

「何?」

 

 ビスケが睨む。

 

「いえ」

 

「何か思い出した顔ね」

 

「気のせいです」

 

「怪しい」

 

 フクリは首を横へ振った。

 

 秘密は守る。

 

 そう約束した。

 

 だから、この話をすることはない。

 

 少なくとも。

 

 ビスケ自身が話す、その日までは。

 

 こうしてビスケは、自分だけの念能力を完成させた。

 

 筋肉質な自分を否定するためではない。

 

 どちらの自分も受け入れ、自由に選ぶための能力。

 

 その能力は、これから始まる長い旅の中で、何度も2人を助けることになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。