前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~ 作:パラレル・ゲーマー
「――おぎゃー! おぎゃー!」
鼓膜を劈くような、ひどく甲高い泣き声が響いていた。
なんだ、うるさい赤ん坊だな。
ぼんやりとした意識の中で、俺はひどく冷静にそんなことを考えた。
誰かがすぐ耳元で喚いているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
視界が白く濁り、ぼやけている。
首を動かそうにも、関節が固定されたかのように重い。
指先の感覚すらひどく曖昧で、自分の身体が自分のものではないような、強烈な違和感があった。
何より、喉の奥から絞り出されるその甲高い泣き声は、他ならぬ自分自身の口から発せられていた。
(……待て。俺、死んだよな?)
途切れた記憶が、脳裏に鮮烈なフラッシュバックとして蘇る。
崩壊した東京。
見慣れた高層ビル群は飴細工のようにへし折れ、アスファルトの大地には底の見えない巨大な亀裂が走っていた。
空は不気味な赤紫に染まり、空間そのものが物理的な質量を持ったかのように、ところどころ欠け落ちていた。
俺の身体は、すでに致命傷を負っていた。
内臓のいくつかは機能を停止し、血液は致死量をとうに超えて流出している。
立っていることすら奇跡的な状態だった。
視線の先、崩壊した瓦礫の山の上に君臨していたのは、人智を超えた異形の怪物――通称《厄災の王》。
迫り来る圧倒的な死の気配に対し、俺は思考の海へ沈降した。
自身の精神の奥底に存在する固有能力、《異能ライブラリ》。
そこに収蔵された一万八百種類の異能の目録から、その瞬間に必要なものだけを無機質に引き抜く。
瞬間移動。
空間固定。
自己再生阻害。
ベクトル偏向。
概念干渉。
次々と因果をねじ曲げ、世界の法則を書き換える。
俺と厄災の王。
ただ二つの規格外の存在だけが、あの崩壊した世界で殺し合いを演じていた。
――そこへ、空気を切り裂くように幾つもの人影が降下してきた。
二十人ほどだっただろうか。
彼らは単なる「次に強い戦力」などではない。
かつて俺が手塩にかけて育て上げた教え子たちを含む、現代における最高峰の異能者たちだった。
「先生!」
悲痛な叫び声が響いた。
俺は自分の肉体が限界を迎えていることなど気にも留めず、瀕死の状態で地に伏している厄災の王を見下ろした。
もう、あいつに反撃の余力はない。
俺は最後の授業でもするかのように、息も絶え絶えな声で言った。
「俺が削った。再生機能も完全に潰した。核も、ほら……綺麗に剥き出しになってるだろ」
血を吐きながら、俺は教え子たちへ視線を巡らせた。
「あとは……分かるな?」
彼らは一瞬の沈黙のあと、歯を食いしばり、泣きそうな顔で頷いた。
「……はい」
「よし。あとは任せた」
それが、現代最強の異能者にして、能力者社会で数多の一流を育て上げた教師――神代蓮の、前世における最後の記憶だった。
(……まあ、あいつらなら大丈夫だろ。誰がトドメを刺すかで揉めてなきゃいいが)
ジャンケンでもして決めていそうな教え子たちの姿を想像し、俺は心中で軽く息を吐いた。
それよりも、問題は現状だ。
視界が徐々に晴れてくると、自分が豪奢な揺り籠の中に寝かされていることが分かった。
短い手足。
制御の利かない身体。
間違いなく、俺は赤ん坊になっている。
いわゆる転生というやつだろう。
しかし、目の前に神や女神が現れて「おめでとうございます」と祝福してくれたわけでもなければ、空中に便利な説明ウィンドウが浮かんでいるわけでもない。
では、なぜ俺は記憶を持ったまま生き直しているのか。
ふと、前世でよく酒を飲んだ知人の顔が浮かんだ。
そいつはひどく頭のネジが飛んだ異能者で、酔うたびに「俺は転生者だ。異世界に行ったら本気出す」と豪語していた。
当時はただの妄言だと笑い飛ばしていたが……。
俺の《異能ライブラリ》は、能力者本人への接触、あるいは能力現象の観測によって、その因果的構造を自動で解析し、保存する性質を持っている。
もしかすると、あの馬鹿が本当に転生系の異能を持っていて、それを俺が知らないうちにコピーしていたのではないか。
そして俺自身の死を条件として、何らかの形で発動した。
……まあ、あくまで推測だが。
(生きてるなら別にいいか)
原因の特定は早々に放棄した。
起きてしまった現象を悩んだところで、今の短い手足ではどうにもならない。
数時間ほどの微睡みを経て、再び意識が浮上する。
視界に映るのは、俺が寝かされている豪奢な揺り籠。
その向こうには立派な天蓋付きのベッドと、重厚な木造りの天井が見える。
そして、わずかに開いた窓の向こう――高く澄んだ空を、巨大な爬虫類のような生物が、悠然と翼を広げて飛んでいくのが見えた。
(ああ。異世界だわ、これ)
ドラゴンが飛んでいる現代日本などあってたまるか。
状況の把握は済んだ。
次に確認すべきは、俺の「資産」がどうなっているかだ。
俺は意識を深く、自分自身の内側へと沈めた。
そこには、整然と並べられた本棚のような心象風景が広がっていた。
《異能ライブラリ》。
前世でかき集めた、一万八百種類にも及ぶ超常現象のデータベース。
念動力。
発火。
重力操作。
空間転移。
治癒。
認識阻害。
物質生成。
未来予測。
前世の世界では、これらすべてをまとめて「因果律改変能力」と呼んでいた。
人間の意思や認識を介し、本来成立するはずの現実の因果をねじ曲げ、別の結果を押し通す超常現象の総称だ。
ライブラリに保存されているのは、単なる能力のカタログではない。
誰が、どのような条件で、どういう理屈に基づき、いかにして訓練し、どう応用したか。
その膨大なプロセスすらも完全に網羅されている。
(……よし。無傷で残ってるな)
これがあれば、異世界だろうとどうとでもなる。
その日の夕方。
部屋にメイド服を着た女性が入ってきた。
彼女は部屋の隅にある燭台へ近づくと、おもむろに手を向けた。
何をするのかと思えば、彼女は短い言葉を唱えた。
瞬間、彼女の指先に小さな火が灯り、燭台のロウソクへと燃え移った。
(魔法……)
俺は揺り籠の中から、その一連の現象をじっと観察していた。
前世の異能とは、明らかにアプローチが違う。
前世の発火能力者であれば、己の持つ固有の因果形式によって、ただ「燃える」という結果を現実に強制する。
しかし、彼女の場合は違う。
体内の謎のエネルギー――おそらく、この世界で言うところの魔力――を練り上げ、脳内で事象をイメージし、見えない術式を構築し、短い言葉を鍵として現象を確定させていた。
複数の工程を律儀に踏んでいる。
だが、本質的にやっていることは同じだ。
「本来そこになかった火を、意思によって成立させる」。
その結果の出力であることに変わりはない。
――カチリ。
俺の脳内で、心地よい音が鳴った。
《異能ライブラリ》が異世界の事象を観測し、新たな情報を別枠のインデックスへ書き加えた音だ。
《生活魔法・着火》解析完了。
(……マジか。この世界の魔法まで読めるのか、これ)
好奇心に駆られ、俺は指先に意識を集中させた。
まだ赤ん坊の身体ゆえに強烈な出力制限を感じたが、パチリ、と小さな火花を散らすことには成功した。
メイドは窓の外を見ていて気づいていない。
(前世より、さらに選択肢が増えてないか?)
前世の俺は、ひどく忙しかった。
人類最強の異能者。
防衛の要。
切り札。
そして何より、未来を担う若者たちを育てる教師。
息つく暇もなく戦い、教え、また戦った。
だからこそ、この二度目の人生では固く心に決めていることがある。
(今度こそ、働かない。絶対にだ)
人類を救う気など毛頭ない。
世界最強の称号もいらない。
寝たい時に寝て、読みたい本を読み、美味いものを食う。
面倒な事態が起きても、絶対に他人に押し付けてやる。
一万八百の異能と、これから無尽蔵に増えていくであろう魔法の知識。
これだけのアドバンテージがあれば、最高のニート生活を送れるはずだ。
◆
それから、六年が経過した。
俺――アルヴィス・フォン・ヴァルドスタは、すっかりこの辺境領で「神童」として名を馳せていた。
不本意極まりない話である。
肉体の成長に伴い、転生直後に《異能ライブラリ》へかかっていた出力制限も随分と緩んだ。
もちろん、前世の全盛期と比較すればまだまだ遠く及ばない。
それでも、この世界の基準からすれば十分すぎるらしい。
俺が転生したのは、国境を守る武門、ヴァルドスタ辺境伯家だった。
父親のガラルドは、戦場では《炎の剣鬼》などと物騒な二つ名で呼ばれる猛将だが、家の中ではただの暑苦しい超親バカだった。
俺が神童扱いされている理由は、一歳の時に行われた魔力測定にある。
生後間もなく覚えた魔力操作も、俺にとっては異能の制御と大差なかった。
水晶に手を触れた時も、前世から染みついた癖で魔力を一切のロスなく流してしまった。
結果、許容量を超えた水晶が木端微塵に砕け散った。
それ以来、ガラルドは俺を天才だともてはやし、次々と高名な家庭教師を呼び寄せるようになった。
今日の家庭教師も、顔を真っ赤にして苛立っていた。
「アルヴィス様! 火球の術式は、この三節を経由してこそ威力が――」
「先生。ちょっといいですか」
俺はため息を堪えながら、黒板に描かれた術式の一部を指差した。
「ここ、何のためにあるんですか?」
「それは……魔力を安定させるためです」
「なら、前段階のここで魔力を固定すれば、このあとの二節は必要ないですよね? むしろ余計なロスが発生してます」
「なっ……何を馬鹿な……」
教師が絶句する前で、俺は指先に魔力を集めた。
彼が教えていた通りの魔力量を注ぎ、俺が指摘した通りに術式を短縮する。
結果として生み出された火球は、教師が見本で見せたものよりも遥かに速く形成され、かつ高温で燃え盛っていた。
「…………」
教師は何も言えなくなり、翌日には屋敷から姿を消した。
これで何人目だろうか。
俺としては、決して嫌味を言っているつもりはない。
純粋に、教えられた理論を分析すると、改善点が山のように見えてしまうだけである。
(人にものを教わってるはずなのに、気づくと俺が授業してるんだよな……)
前世の職業病というやつだろう。
面倒くさい。
その日の午後。
俺は自室のソファに寝転がり、重力操作の異能で本を空中に浮かせて読んでいた。
タイトルは『初心者でもわかる空間魔法』。
内容が非効率的すぎて、気づけば余白が俺の訂正メモで真っ黒になっていた。
バンッ! と遠慮のない音を立てて、扉が開け放たれた。
「アル! 喜べ! お前の婚約者が決まったぞ!」
満面の笑みを浮かべた親父、ガラルドの登場である。
俺は視線を本から外さずに即答した。
「嫌です」
「まだ相手が誰かも言ってないぞ!?」
「婚約という単語が出た時点で、後の展開がどう転んでも面倒そうなので」
ガラルドは俺の冷淡な反応など気にした様子もなく、ズカズカと部屋に入ってきた。
「そう言うな。相手は氷狼公爵家の令嬢だ。お前と同い年だが、六歳にしてすでに中級の氷魔法を扱う正真正銘の天才だぞ!」
「へえ」
「ただな……彼女、『自分より弱い男は認めない』と公言していてな」
俺は本を空中に浮かべたまま、顔だけを親父に向けた。
(うわ。典型的な面倒くさいタイプだ)
関わり合いになりたくない。
しかし、同時に前世からの教師としての観察癖が疼くのも事実だった。
(まあ、この世界で六歳にして中級魔法に到達しているなら、才能自体は本物なのか……?)
◆
応接間に通された俺の前に座っていたのは、絵画から抜け出してきたような少女だった。
エレノア・フォン・アイスバーグ。
月光のように冷たい銀髪に、知性を感じさせる青い瞳。
ドレスに身を包んだその姿は、六歳とは思えないほど洗練された完璧な礼儀作法を保っていた。
だが、その目は明らかに俺という存在を値踏みするように観察している。
「辺境の神童。一歳にして測定器を破壊した怪物……。噂には聞いておりますわ」
エレノアは紅茶のカップを優雅に置き、鈴を転がすような声で言った。
「はじめまして。アルヴィスです」
適当に愛想笑いを浮かべながら、俺は彼女の細部を分析していた。
姿勢の良さ。
無意識に行われている深い呼吸。
体内に淀みなく巡る魔力の流れ。
そして、相手の魔力的な隙を探ろうとする鋭い目線。
(なるほど。この子、本当に才能があるな)
何人もの異能者を育ててきた俺の「教師の目」が、彼女の資質を高く評価していた。
だが、性格はやはり難ありだった。
「単刀直入に申し上げます。わたくし、政略結婚など認めるつもりはございません」
エレノアは凛とした声で言い放った。
「わたくしより弱い殿方を、夫とするつもりはございませんの。ですから……」
彼女は立ち上がり、挑戦的な視線を俺に向けた。
「実力を見せてくださいませ」
俺は頭を掻いた。
「別に、婚約なんか白紙に戻してもいいんだけど……」
「逃げますの?」
(あ。これ、適当にあしらっても一生粘着してくる一番面倒くさいタイプだ)
◆
屋敷の裏手にある修練場。
エレノアは距離を取ると、一切の躊躇いなく高速で詠唱を開始した。
「――大気より集え、冷徹なる氷牙!」
俺は彼女の動きを、ただ静かに観察していた。
発声のタイミング。
呼吸の深さ。
脳内での術式構築の速度。
魔力の収束プロセス。
大気中の水分への干渉。
そして、氷の形成と射出。
一連の工程をすべて目で追い、脳内で因果を分解する。
(なるほど。無駄が少ない)
六歳という年齢を考えれば、これは驚異的な完成度だ。
エレノアを馬鹿にする気など微塵も起きない。
前世におけるトップクラスの化け物たちという異常な基準を持ち込まなければ、彼女は間違いなく「本物」の天才だ。
ヒュッ、と風を切る音と共に、三発の鋭い氷弾《アイス・バレット》が俺の急所を目掛けて飛来した。
俺は動かない。
《異能ライブラリ》から引き出した《ベクトル操作》の異能を、視線だけで発動する。
ピタリ、と。
俺の眼前に迫っていた三発の氷弾が、空中で完全に静止した。
物理法則を無視した光景に、エレノアの目が大きく見開かれる。
「……え?」
修練場に沈黙が落ちた。
見学していた大人たちも、何が起きたのか理解できずに呆然としている。
俺は静止した氷弾を指でコンコンと叩きながら、口を開いた。
「今の、かなり上手かったよ。六歳でそこまで術式を最適化できるのは大したものだ」
俺の言葉に、エレノアは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。
反撃されるか、あるいは嘲笑されると思っていたのだろう。
だが、俺は勝負の最中であることも忘れ、完全に「教師モード」に入っていた。
「《アイス・バレット》という術式として見れば、かなり完成度が高い。水を集めて、冷却して、形を作って、加速して、撃ち出す。ちゃんと必要な工程が整理されてる」
「……では、何か問題がありますの?」
エレノアが怪訝そうに眉を寄せる。
「術式には、それほど大きな問題はないよ」
俺は空中に静止した氷弾を指先で示した。
「問題なのは、『氷魔法だから氷を作って撃つ』っていう発想に囚われてることだ」
「……どういう意味ですの?」
「相手を冷やしたいのか。凍らせたいのか。貫きたいのか。足止めしたいのか。それによって、最短の方法は全部違うだろ?」
エレノアが言葉を失う。
「魔法を技の名前から考えるな。まず『何を起こしたいのか』を決めろ。そのあと、一番無駄の少ない手段を選べばいい」
俺は一歩、彼女へ歩み寄った。
「例えば――相手を凍らせたいだけなら、わざわざ氷を作って飛ばす必要なんてない」
《異能ライブラリ》から《熱量操作》を引き出す。
対象は、エレノアが放った氷弾とその周囲の空間。
もちろん、本気でやれば屋敷ごと凍りつく。
今回は彼女に「結果」を見せるため、派手に見える範囲だけを意図的に選んだ。
――瞬間。
周囲の気温が急激に低下した。
暖かな日差しの下だというのに、大人たちの吐息が真っ白に染まる。
修練場に面した屋敷の窓ガラスへ一瞬にして霜が張り付き、空中の水分が次々と凍結していく。
そして、先ほどエレノアが放った三発の氷弾を中心に、巨大で美しい氷の華が、空中で爆発するように咲き誇った。
パキパキと音を立てて広がる氷晶の美しさと恐ろしさに、大人たちが息を呑む。
「氷を作ることが目的なんじゃないだろ?」
俺は呆然とするエレノアに向かって言った。
「欲しい結果が『対象を凍らせること』なら、直接そこから熱を奪えばいい」
「ねつ……?」
「そこから説明が必要か」
エレノアの表情は完全に固まっていた。
俺の言っていることの半分も理解できていないだろう。
だが、彼女の聡明な頭脳は、たった今目の前で起きた現象が、既存の魔法理論を根底から覆すものであることだけは悟っていた。
今まで誰も、自分にこんな次元の知識を教えてくれたことはない。
その表情が、雄弁に物語っている。
俺は能力を解除し、周囲の温度を元に戻した。
近くにあったテーブルのティーカップを手に取り、一口飲む。
「……で、婚約の話だっけ? もう実力は見せたから、帰ってくれていいよ」
突き放すように言った。
大人たちは慌てふためいていた。
あんな規格外の現象を見せつけられ、公爵家の令嬢がプライドをへし折られたのだ。
泣き出すか。
あるいは激怒するか。
だが、エレノアの反応はどちらでもなかった。
彼女は震える足で一歩前へ出ると、俺の目の前で深く頭を下げた。
「教えてくださいませ」
「……何を?」
「今のです!」
顔を上げるなり、エレノアは俺の腕を掴んだ。
「なぜ詠唱をなさらなかったのです!? わたくしの氷弾をどうやって止めたのですか!? 熱とは何ですか!? どうすれば、わたくしにも同じことができるようになりますの!?」
矢継ぎ早の質問責め。
その瞳には、敗北の屈辱など微塵もなかった。
あるのは、未知の理に触れた純粋な驚愕と、底なしの知識欲だけだ。
俺の奥底にある教師としてのセンサーが、激しく反応した。
前世でも、こういう奴はいた。
圧倒的な敗北を喫した時、言い訳をする奴。
心が折れてしまう奴。
勝った相手を逆恨みする奴。
そして――「どうやったんだ」と、目を輝かせて教えを乞うてくる奴。
最後のタイプが、一番化ける。
(ああ。こいつは、間違いなく本物だ)
ちなみに、今俺が使った《熱量操作》という異能そのものを、エレノアへ渡すことはできない。
だが、その能力によって起こせる現象の仕組みを理解し、この世界の魔法体系へ落とし込む方法なら教えられる。
一万八百種類の異能が蓄積してきた知識と技術。
それを「魔法」という別の形へ翻訳することは、十分可能なはずだ。
「婚約のお話は一旦置いておきます!」
エレノアは勢いよく宣言した。
「今はそれよりも――アルヴィス様。どうか、わたくしを弟子にしてください!」
真剣な眼差しに対し、俺は即答した。
「嫌だ」
「なぜですの!?」
「面倒だから」
俺はスローライフを満喫したいのだ。
他人の世話など御免である。
だが、断った直後、俺の脳裏に一つの計算が閃いた。
こいつの才能は俺が保証する。
根性もありそうだ。
知識欲も申し分ない。
(……待てよ)
もし、こいつを最強に育て上げたらどうなる?
領地に魔物が出た。
エレノアに行かせる。
隣国と戦争になりそうだ。
エレノアに行かせる。
厄介な異端の魔法使いが現れた。
エレノアに行かせる。
そして、俺は安全な家でふかふかのベッドで眠る。
(……最高じゃないか)
俺が働く必要などない。
代わりに働く圧倒的な戦力を、自分の手で作り出せばいいのだ。
なお、その圧倒的戦力を一から育成する行為そのものが相当な重労働であるという事実について、この時の俺は綺麗さっぱり計算から除外していた。
俺はニヤリと笑い、エレノアに向かって手を差し出した。
「分かった。教えてやる」
「本当ですの!?」
パッと顔を輝かせるエレノア。
だが、俺は釘を刺す。
「先に言っておく。俺の授業はたぶん、この世界の常識とはかなり違う。常軌を逸していると言ってもいい」
「構いませんわ。わたくしは真理に辿り着きたいのです」
「泣いてもやめないぞ」
「望むところです」
「気絶くらいはするかもしれない」
「…………望むところですわ」
一瞬の間のあと、彼女は覚悟を決めたように頷いた。
その意志の強さに、俺は満足して頷く。
「じゃあ最初は――算数からだな」
「…………はい?」
「その次が物理。あと化学。魔法の訓練はその後だ」
「ま、魔法を教えてくださるのでは!?」
目を丸くするエレノアに、俺は肩をすくめた。
「教えるよ。だからその前に、この世界がどういう法則で動いてるかを根底から覚えろって言ってるんだ」
「では始めようか、エレノア」
「はい、師匠!」
俺は笑った。
前世で教え子たちから「悪魔の授業」と呼ばれて恐れられていた時と、まったく同じ笑みだった。
まずはこの天才少女のちっぽけな常識を、一から完膚なきまでに壊してやるとしよう。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!