前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~ 作:パラレル・ゲーマー
翌朝。
王立魔法学園の第三演習場へやってきた俺は、昨日までとは明らかに違う空気を感じ取った。
十六人の生徒たちは、俺が到着する前から演習場のあちこちへ散らばり、それぞれ自主練らしきことを始めていたのだ。
マルクスは掌の上で空気を温め、周囲の景色を歪ませる《陽炎》の精度を細かく調整している。
エレノアは、何本の《霜の帯》を同時に維持できるか、さらに一本ごとの滑りやすさをどこまで調整できるか、地面を睨みながら黙々と試していた。
オスカーは指先の前に、ごく弱い風を何度も発生させている。
ふわ。
少し止める。
また、ふわ。
昨日なら一度成功させるだけで冷や汗を流していた出力を、今では何度も繰り返そうとしているらしい。
ルシアンは当然のように、分厚いノートへ何やら図や数字を書き込んでいた。
「……お前ら、俺がいないところでも練習するようになったんだな」
声をかけると、マルクスが陽炎を消して不機嫌そうに振り返った。
「別にお前のためじゃねえよ。俺の魔法の精度を上げるためだ」
「誰も『俺のためにやってくれてる』なんて言ってないけど」
「…………」
マルクスが、自分で墓穴を掘ったことに気づいて黙り込む。
エレノアがクスクスと笑い、周囲の生徒たちからも小さな笑い声が漏れた。
少しずつだが、この寄り合い所帯だった特別選抜クラスにも、ようやく「クラス」と呼べる空気が生まれ始めている。
悪くない。
だが今日は、そんな彼らへ少しだけ厳しい現実を突きつけるつもりだった。
「よし。自主練はそこまで。今日の授業始めるぞ」
◆
俺は演習場の端から二十メートルほど離れた場所へ、一本の赤い旗を立てた。
「昨日予告した通り、今日は『動く相手』に、お前らの妨害魔法を使ってもらう」
十六人の表情が少し引き締まる。
「まず八組に分かれろ。一組二人。一人が走者、もう一人が妨害役だ。一回終わったら役割を交代する。つまり全員、一度は自分の魔法を動く相手へ使ってもらう」
これで、合計十六本。
自分の作った答えが、昨日のような制限付きの俺ではなく、本気で突破しようとする人間へどこまで通用するのか。
全員に一度は経験してもらう。
「走者側の勝利条件は簡単。二十メートル先の旗へ触れればいい。《身体強化》は使用可。走る、跳ぶ、回り込む、フェイントも自由だ」
ただし、と指を立てる。
「妨害役本人への攻撃と、妨害魔法を攻撃魔法で破壊するのは禁止。移動方法については、ほとんど制限しない。自分の身体と判断力で突破しろ」
次に妨害役。
「妨害役は、昨日考えた非攻撃魔法で走者を止める。身体で組み付くのは禁止。攻撃魔法も引き続き禁止」
「何秒止めれば勝ちですか?」
ルシアンが聞く。
「十五秒」
「十五秒だけ?」
「短いと思う?」
俺は笑った。
「本気で動く人間を相手にする十五秒って、死ぬほど長いぞ」
生徒たちは、まだどこか自信がありそうだった。
当然だ。
昨日の宿題発表では、全員が最終的に合格をもらっている。
歩いている俺を遅らせられた。
なら、今日も自分の魔法は通用する。
そう思っている。
(そこを一回、壊す)
今日は新しい知識を教える前に、自分で用意した「正解」が条件一つ変わるだけで簡単に崩れることを知ってもらう。
「じゃあ、一組目。始めろ」
◆
最初の妨害役はエレノアだった。
走者は、《身体強化》を得意とする前衛の男子生徒。
エレノアは昨日完成させたばかりの《霜の帯》を、地面へ次々と配置していく。
右。
左。
斜め。
滑りやすい霜の帯を避ければ、自然と彼女の望んだ経路へ誘導される配置。
昨日なら、俺をかなり遠回りさせた技術だ。
「これで――」
エレノアが自信ありげに微笑んだ、その直後。
前衛の男子が深く身体を沈めた。
《身体強化》。
ダンッ!
「え?」
霜の帯を踏まない。
そもそも、地面を細かく走らない。
強化された脚力で、最初の霜をまとめて跳び越えた。
着地。
さらに踏み込み。
二度目の跳躍で残った距離を詰める。
旗へ手を伸ばした。
「到着!」
五秒ほどだった。
「…………」
エレノアの笑顔が固まっている。
「待ってくださいませ!?」
「何を?」
「彼、わたくしの霜を全部避けましたわ!」
「そりゃ目の前に滑る場所があるって分かってるんだから、避けるだろ」
「昨日、師匠はちゃんと地面を歩いて誘導されてくださいましたのに!」
「俺は『普通に歩く』って制限してたからな。あいつは《身体強化》で本気で走っていいんだから、跳べるなら跳ぶだろ」
他の生徒たちから笑いが起きる。
エレノアは悔しそうに唇を噛んだ。
「では、わたくしの霜は実戦では使い物にならない失敗作ということですの?」
「なんでそう極端なんだよ」
俺はため息をついた。
「お前の霜は低コストで優秀な経路誘導だ。ただし、今の使い方には前提がある」
「前提?」
「一つ。相手が地面を使って移動すること」
跳躍。
飛行。
あるいは足場を無視できる魔法。
そういう相手には弱い。
「もう一つ。相手が霜を認識して、『そこを踏みたくない』と思うこと」
エレノアが少し考える。
「……もし霜そのものが見えなければ、誘導としては機能しませんわね」
「そう。ただし、その場合は踏ませて滑らせる『見えない罠』として使える」
「あ……」
「同じ霜でも、相手がどう認識してるかで仕事が変わるんだよ」
エレノアは地面の霜を見つめた。
「魔法が弱いわけじゃない。得意な条件と、苦手な条件がある。それを覚えとけ」
「……はい」
本人にとっては、かなり悔しいだろう。
だが、それでいい。
完成したと思った技術に穴が見つかる。
そこからが本当の改良だ。
◆
次はセシリア。
昨日の、弱い風による進路修正。
走者が決めた経路から外れようとした瞬間だけ、その方向から微風を当てて戻す。
最初は効いた。
「こっち!」
セシリアが風を当てる。
走者の上体が僅かに揺れる。
だが。
「この程度なら!」
走者が《身体強化》で体幹を固めた。
今度は風を受けても姿勢がほとんど崩れない。
そのまま真正面から強行突破。
「ちょっ! 少しくらい押されろよ!」
「嫌だよ!」
旗へ到着。
「昨日は先生をちゃんと遅らせられたのに!」
「俺は歩いてたからな」
「そればっかりじゃん!」
「重要だから何回でも言うよ」
続いて光。
昨日の視線誘導は、一回目こそ走者の目を引いた。
だが走者は、
「昨日見た!」
と叫んで旗だけを見て走り抜けた。
一度仕組みを知られれば、奇襲性は下がる。
ルシアンの条件発動も同じだった。
最初の魔力線を越えて壁が出現した瞬間、走者は大きく迂回する。
「線を越えたら出るんだろ!」
「そこは想定した進路では……」
ルシアンの口が一瞬速くなりかけた。
だが、すぐに止まった。
「……これ以上、追いません」
走者はそのまま旗へ到達した。
魔法は破られた。
ただ、ルシアン自身は昨日までとは違う。
想定外が起きた瞬間に、また例外処理を追加して自滅することはなかった。
(そこは合格)
俺は黙って覚えておく。
オスカーも、昨日より遥かに安定していた。
ふわ。
ふわ。
ふわ。
走者が一歩進むたび、微弱な逆風を正確に当てる。
暴発しない。
出力もほぼ一定。
だが、短時間だけ《身体強化》を全開にした走者の推進力は、その弱い抵抗を上回った。
「……やっぱり、弱い」
オスカーが肩を落とす。
「違う」
「え?」
「後で説明する」
今はまだ、自分で考えてもらおう。
◆
そして。
マルクスの番。
走者はセシリアだった。
「今度こそ見せてやる」
マルクスが空間を熱する。
ゆらり。
旗の輪郭が歪む。
陽炎。
「どうだ!」
セシリアの足が、一瞬止まった。
だが。
「……ああ」
彼女は少し目を細めると、すぐ周囲へ風を広げた。
地面。
旗竿。
障害物。
マルクス。
自分の進行方向。
空気の流れと、その乱れを拾って位置関係を読む。
「見えなくても、場所さえ分かれば問題ないでしょ」
「は?」
走る。
陽炎の向こう側へ、迷いなく。
「はあ!?」
セシリアはそのまま旗へ到達した。
(まあ、そうなるよな)
彼女の風による空間把握は、視覚妨害に対する天然の対策だ。
昨日マルクスへ言った「目を閉じられたら終わり」より、さらに露骨な相手だった。
「お前、それ反則だろ!」
マルクスが叫ぶ。
「何が?」
「ちゃんと目で見ろよ!」
「なんで?」
セシリアが本気で分からない顔をする。
「俺が陽炎作ったんだから、目で見て迷えよ!」
俺は思わず吹き出した。
「お前、二日前とまったく同じこと言ってるぞ」
「は?」
「『俺たちが壁を作ったんだから、そこで止まれよ』」
「…………」
他の生徒たちも思い出したらしい。
演習場が笑いに包まれた。
「うるせえ!」
マルクスが顔を真っ赤にする。
結局。
役割交代まで含めて、十六本。
妨害役が十五秒を守り切れたのは、わずか二本だった。
その二本も、走者との相性がたまたま良かった部分が大きい。
「昨日は使えたのに……」
「全然止まらない」
「十五秒って長すぎるだろ……」
生徒たちは、予想以上の惨敗に落ち込んでいた。
いい頃合いだ。
◆
「集合」
十六人を呼び戻す。
「昨日、俺はお前らの魔法に最終的に全員合格を出した」
「……ああ」
マルクスが不満そうに答える。
「でも今日は十六本やって、妨害側が勝ったのは二本だけ。じゃあ、昨日の俺の評価が間違ってた?」
誰もすぐには答えない。
少しして。
「……違います」
ルシアンが口を開いた。
「何が違う?」
「条件です」
「続けて」
「昨日は、魔法を使わず、普通に歩く先生が相手でした。今日は、こちらの魔法を知った上で、《身体強化》まで使って本気で突破しようとする走者です」
「正解」
俺は頷いた。
「条件が変われば、技術の評価も変わる。昨日使えたからって、今日も同じように使えるとは限らない」
エレノアの霜。
地面を使わなければいい。
セシリアの弱風。
強い体幹で押し切れる。
光。
見ない。
陽炎。
視覚以外で見る。
ルシアンの条件発動。
条件を読んで避ける。
「で」
俺は十六人を見渡した。
「お前ら、自分の魔法一個で何でも完璧に出来るようにしようとしてないか?」
「……」
エレノアが少しだけ視線を逸らす。
「少しは……」
「やめろ」
「え?」
「今日から、『弱点のない魔法』なんて最初から作ろうとするな」
「弱点ねえ方が強いに決まってんだろ!」
予想通り、マルクスが噛みついた。
「ああ。作れるならな」
「だったら――」
「一個の魔法に、拘束、索敵、迎撃、防御、追尾、対空、対地、対視覚、対感知。全部入れてみろよ」
「……」
「術式は複雑になる。魔力は食う。発動は遅くなる。制御も難しくなる。何か一個崩れた時に、全部まとめて不安定になる可能性もある」
ルシアンが考え込む。
「多機能化によって、処理量そのものが増える……」
「そう」
もちろん、複数機能を持った高度な術式そのものを否定する気はない。
だが、基礎すら固まっていない段階から何でも一つへ押し込めば、何が成功して何が失敗したのかすら分からなくなる。
「最初から何でも一つに詰め込むな。まず一つの仕事を、確実にやれるようにしろ」
「じゃあ、他に必要なことが出たら?」
セシリアが聞く。
「別の魔法を使う」
一拍置く。
「それか」
指を二本立てた。
「別の奴にやってもらう」
「……」
「次の課題。妨害役を二人にする」
マルクスが眉を寄せた。
「人数増やしただけじゃねえか」
「そうだよ」
「授業になるのか!?」
「なる」
ただし、と続ける。
「二人で同じ仕事をするのは禁止。同じ弱点を抱えた魔法を二つ並べても、同じ方法でまとめて破られるだけだからな」
「じゃあ、どうすれば?」
「自分の魔法の弱点を考えろ」
俺は生徒たちを見る。
「その弱点を塞げる奴を、自分で探して組め」
演習場が静かになった。
「自分の弱点を……」
「他人に塞いでもらう?」
「そういうこと」
セシリアが口にする。
「つまり、自分が出来ないことを出来る奴を探せってこと?」
「そう」
今までこいつらは、ずっと自分の魔法ばかり見てきた。
自分は何属性か。
自分の出力はいくつか。
自分は何が得意か。
だが、連携するなら他人を見なければならない。
あいつは何が出来る。
何が苦手。
自分と組めば何が変わる。
それを理解しなければ、相手を選ぶことすらできない。
「組む相手は自分で選べ。走者はその都度、手の空いてる奴から俺が指名する」
生徒たちが互いの顔を見始めた。
◆
俺の予想より早く動いたのは。
マルクスだった。
彼は、地面に細かな隆起を作る土属性の男子生徒へ歩み寄った。
「おい、ガレス」
名前を呼ばれた男子――ガレス・ローデンが振り返る。
「何?」
「組め」
「それ、命令?」
「…………」
マルクスの眉間に深い皺が寄る。
「……ガレス。組んでください」
「気持ち悪いな」
「ぶっ飛ばすぞ!」
「攻撃魔法禁止だろ」
「くそっ!」
周囲から笑いが起きる。
「で、なんで僕?」
ガレスが聞く。
マルクスは、自分の陽炎が揺らいでいた場所を見る。
「俺の陽炎は、目を使われなきゃ弱い」
「うん」
「でも、目ぇ閉じて全力で走ったら、お前の地面見えねえだろ」
ガレスが少しだけ目を見開く。
(ちゃんと気づいてたか)
昨日。
俺が「目を閉じれば終わり」と指摘した後、マルクスはエレノアの霜と土の隆起へ視線を向けていた。
その時から考えていたらしい。
「やってみよう」
ガレスが頷いた。
第二段階、最初の実演。
走者は、先ほどエレノアの霜を跳び越えた前衛男子にした。
「始め」
マルクスが即座に陽炎を作る。
正面の景色が歪む。
「だったら見なければ――!」
走者は視線を落とした。
旗そのものを見ず、足元と最低限の進路だけ確認しながら走ろうとする。
だが。
「うわっ!」
その足元へ、ガレスが不規則な隆起を作っていた。
走者が速度を落とす。
転ばないよう、地形を正確に見ようとする。
自然と視線が上がる。
陽炎。
距離感が狂う。
「くっ……!」
足元を見る。
隆起。
前を見る。
陽炎。
目を使わなければ、地面へ対応しづらい。
地面をしっかり見ようとすれば、今度は陽炎の歪んだ視界へ付き合わされる。
一方への対策が、もう一方への弱点になる。
「うっとうしい!」
走者が叫んだ。
だが、それでいい。
倒す必要はない。
十五秒。
「そこまで」
「よっしゃ!」
マルクスが拳を上げる。
ガレスも控えめに笑った。
二人一組になってから、最初の勝利だった。
「今、お前ら何したか分かってる?」
「二人で邪魔した」
「もっとちゃんと言え」
「一方への対策行動を、もう一方の魔法が不利にする構造です」
ルシアンが横から答えた。
「そう、それ」
「なんでお前が答えるんだよ!」
「先生が論理的にと言ったので」
「お前に聞いてねえ!」
俺は笑いながら、マルクスとガレスの魔法を指した。
「マルクスは視界へ仕事をした。ガレスは足場へ仕事をした」
一つの仕事ではない。
だから、一つの対策ではまとめて処理しづらい。
「陽炎を万能にしなくていい。土魔法も万能にしなくていい」
俺は今日、一番伝えたかったことを口にした。
「自分の魔法の弱点は、仲間の魔法で塞げ」
生徒たちの顔つきが変わった。
◆
しばらく考えていたエレノアが、セシリアを見る。
「セシリアさん」
「何?」
「わたくしと組んでくださいませ」
セシリアが少し意外そうな顔をした。
「アンタがアタシに頼むんだ?」
「必要なものは必要ですわ」
(いいね)
無駄に意地を張らない。
自分より優れた部分を持つ相手へ、必要だから助けを求める。
それも強さだ。
二人はすぐに相談を始めた。
「わたくしの霜は、跳ばれると弱いですわ」
「アタシの風は、力で押し切られる」
「ですが、わたくしの霜を避けようとして動く方なら?」
「方向が分かる」
「では」
二人の考えは早かった。
エレノアが、あらかじめ霜の帯を使って「通ってほしい道」を作る。
セシリアは、走者がその道から逸れようとした瞬間だけ、横から弱い風を入れる。
(事前に経路を作って、ズレた瞬間だけリアルタイムで戻すのか)
前世の知識で言えば、事前予測とフィードバック制御の組み合わせに近い。
走者にはマルクスを指名した。
「なんで俺なんだよ!」
「身体強化も使えるし、何より全力で突破しようとするだろ」
「当然だ!」
「だから」
開始。
エレノアの霜が地面へ走る。
マルクスは避けた。
「そんなの――!」
避けた方向から、セシリアの微風。
「ちっ!」
身体の向きが僅かに戻る。
マルクスが強引に別方向へ踏み込む。
そこにはまた霜。
「なら飛ぶ!」
跳躍。
だがセシリアは、空中のマルクスを強風で吹き飛ばさない。
着地点を数十センチずらす程度の横風だけ。
「おわっ!」
予定していた場所へ着地できない。
そこへエレノアが、次の霜を張る。
「お前ら性格悪くねえか!?」
「褒め言葉として受け取りますわ!」
「アタシは別に褒められてないからね!」
十五秒。
「そこまで」
「よし!」
エレノアが珍しく小さく拳を握る。
「ただし」
二人が嫌そうな顔でこっちを見る。
「空飛ぶ相手には、今の組み合わせ弱いぞ」
「…………」
「地面の霜を無視されるし、セシリアの弱風だけじゃ飛行相手を強制的に止めるには足りない」
「では、対空能力も――」
「エレノア」
「はい?」
「今、完璧にしようとするなって言ったばっかりだろ」
「……あ」
「空飛ぶ相手が来たら、その時また得意な奴を入れろ」
「なるほど……」
一つ穴を見つけるたびに、自分で全部塞ごうとする。
その癖を捨てるところからだ。
◆
オスカーは、少し離れた場所で周囲を見回していた。
誰に声をかければいいのか分からないらしい。
自分から人を誘うこと自体に慣れていない。
そこへルシアンが歩み寄った。
「オスカー」
「は、はい!」
「僕と組みませんか」
「ぼ、僕?」
「はい。君の細かな出力調整と、僕の条件発動は相性がいいと思います」
「僕の……魔法が、必要?」
「必要だから誘っています」
「……うん」
オスカーの表情が少しだけ緩んだ。
これまで「制御不能」という理由で避けられてきた。
その自分が今は、「必要なものを持っているから」と相手から選ばれている。
それだけでも、かなり大きい。
「では、まず対象の速度と進入角度を三段階に分類し、それぞれの出力補正を――」
ルシアンが勢いよく説明し始める。
だが。
途中で止まった。
「……」
「ルシアン?」
「いえ」
ルシアンは目を閉じた。
「考える量を減らす」
昨日、自分で学んだことを思い出したらしい。
地面へ三つの区域を設定する。
A。
B。
C。
「オスカー。昨日、君が一番安定して出せた弱い風を『1』と呼びます」
「うん」
「それより少し強いものを『2』」
「うん」
「今の君が、攻撃にならない範囲で安定して出せる最大を『3』」
「……それだけ?」
「それだけです」
絶対的な魔力量の単位ではない。
二人の間だけで通じる、簡単な操作記号。
Aなら1。
Bなら2。
Cなら3。
「走者の状態を四十七通りに分類する必要はないの?」
俺が意地悪く聞く。
ルシアンが少し苦い顔をした。
「……今は、この三つで十分です」
「よし」
走者には、足の速い女子生徒を指名。
「開始」
走者がAへ。
ルシアンの条件発動で、右側へ小さな障害。
「1」
「はい!」
オスカーが最小出力の風。
走者の進路が僅かに変わる。
B。
「2」
少し強い。
走者は踏ん張り、別方向へ。
そこへルシアンが用意した次の障害。
C。
「3!」
「はい!」
オスカーの風がさらに強くなる。
もちろん、人間を吹き飛ばすような威力ではない。
だが障害と重なれば、一瞬判断が遅れる。
十五秒。
「そこまで」
「……勝った?」
「勝ったよ」
「やった……!」
オスカーが嬉しそうに笑う。
「今の組み合わせ、片方が片方を助けただけじゃないからな」
俺は二人に説明する。
「オスカーは『今どのくらい出せばいい?』を毎回考えると焦る。だからルシアンが、1、2、3に減らした」
「はい」
「ルシアンは起きること全部を考え始めるとパンクする。でも、オスカーへ渡す指示が三個しかなければ、自分も設計に集中できる」
二人が互いを見る。
「ルシアンがオスカーを助けた。それだけじゃない。オスカーという実行役がいるから、ルシアンも考える仕事を減らせた」
「……相互に、補っている」
ルシアンが呟く。
「そういうこと」
◆
その後も、生徒たちは様々な組み合わせを試し始めた。
光と音。
光だけなら見なければいい。
音だけなら無視すればいい。
だが、別々の方向から同時に刺激されると、どちらへ注意を向けるべきか一瞬だけ判断が遅れる。
水と植物。
薄い水膜だけなら慎重に踏める。
柔らかい草だけなら大股で抜けられる。
だが濡れた草になると、靴底が滑りやすいうえに足元が見えづらくなる。
雷光と土。
進路上で小さな火花を散らして視線を上へ向けさせ、その瞬間だけ地面の形を変える。
昨日までは、「自分が何を出来るか」だけを考えていた連中が。
今日は、「隣の奴は何を出来るか」を見始めている。
当然。
全部が上手くいったわけではない。
風を扱う二人が組んだ時だった。
「二人で前から押せば、倍になるだろ!」
「行くぞ!」
二人とも、走者の正面から弱い風を当てる。
一人の時よりは確かに強い。
だが。
「だったら、もっと踏ん張ればいい!」
身体強化型の走者が姿勢を低くする。
そのまま真正面から強行突破。
旗へ到着した。
「なんで!?」
「二人になったのに!」
「今、お前ら二人とも何やった?」
「風で……押しました」
「同じ仕事だよな」
「……はい」
「だから相手も、同じ対策一個で二人まとめて突破できた」
二人が黙る。
「二人でやれば自動的に補完になるわけじゃない。同じ弱点を持った魔法を重ねても、弱点は消えない」
単純に出力を足すことと。
役割を補い合うことは違う。
「最初から一つの魔法へ何でも詰め込むな。まず一つの仕事を確実に出来るようにしろ」
俺は地面へ簡単な円を描いた。
「複数の仕事が必要なら、まず組み合わせろ。統合するのは、それぞれが何をやってるか理解してからでいい」
前世でも似たようなものだった。
一つの兵器。
一つの部隊。
一つの異能。
それだけですべての状況へ対応できるわけじゃない。
探す奴。
止める奴。
守る奴。
攻撃する奴。
それぞれが得意な仕事を持ち、互いの穴を塞ぐ。
(強い奴一人に全部やらせるより、得意な奴らを噛み合わせた方が楽なんだよな)
そして何より。
(俺が全部やらなくて済む)
そこが重要だった。
◆
「つまり、師匠」
エレノアが考えながら口を開いた。
「自分の弱点を完全に消してから仲間と組む必要はない。弱点が残った状態でも、それを補える方と組めばいいのですね?」
「そう」
だが。
「ただし、勘違いするなよ」
「?」
「自分で何も出来ないから、全部他人へ丸投げしていいって話じゃない」
これは以前から変わらない。
「前にも言っただろ。自分が生き残るための最低限の手札まで、他人へ預けるな」
前衛がいなくなった瞬間、何も出来ない。
治癒術師がいなければ小さな怪我すら処置できない。
結界術師がいなければ防御手段がない。
それでは駄目だ。
「最低限、自分で生き残る手札は持て。その上で、それでも残る得意不得意を仲間で補う」
「何も出来ないから任せるのと、自分でも多少は出来るけど、より得意な方へ任せるのは違う……」
エレノアが理解する。
「そういうこと」
マルクスは、まだ少し複雑そうだった。
「……自分で出来ねえことを、他人に任せるのか」
「自分で出来るようになる努力はしていい」
「なら――」
「でも、戦場で敵がお前の成長を待ってくれる?」
「……」
「今日出来ないことを、一年後には出来るようになるかもしれない。でも今日戦うなら、今日出来る奴に頼め」
マルクスが黙る。
「死んでから『いつか出来るようになる予定だった』って言っても遅いぞ」
「……合理的すぎてムカつく」
「褒め言葉として受け取る」
今日の結果。
一対一。
十六本中、妨害役の勝利は二本。
二人一組へ切り替えた後は、六本試して四勝。
明らかに結果が変わった。
「人数増えただけじゃねえの?」
誰かが聞く。
「だったら、さっき同じ風を二人で重ねて負けた組は?」
「……」
「人数じゃない。仕事を分けたからだ」
一つの魔法で相手へ五つの問題を押しつける必要はない。
二人で二つ。
三人で三つ。
しかも、それぞれ違う問題を押しつければいい。
対応する側の負荷は、急激に大きくなる。
その横で。
ルシアンが、またノートへ猛烈な勢いで書き込み始めていた。
「今度は何作ってる?」
「相互補完表です」
「また表?」
「必要です」
ノートを覗く。
『《陽炎》』
『長所:視覚による距離判断の妨害』
『弱点:非視覚索敵/視覚への依存低下』
『補完候補:足場変化、進路障害』
次。
『《霜誘導》』
『長所:低消費での経路誘導』
『弱点:跳躍、飛行、視認されない場合は誘導効果低下』
『補完候補:風による軌道修正』
「……好きだねえ、そういうの」
「分類しておけば、必要な時に相性の良い組み合わせを早く選べます」
「まあ、続けて」
これが増えれば、いずれただのノートでは済まなくなるかもしれない。
戦術ごとの相性。
弱点。
組み合わせ。
条件。
ある意味、魔法戦術のデータベースだ。
◆
「よし。今日はここまで」
俺が言った瞬間。
十六人が、揃ってこちらを見る。
「……何?」
「宿題は?」
マルクスが聞く。
「今日はなし」
「…………」
誰も動かない。
「本当に?」
エレノア。
「なんで疑うの?」
「絶対なんかある」
セシリア。
「ないよ」
「明日いきなり『昨日の自主学習は?』とか言わねえよな?」
「言わないよ」
疑惑の視線が十六人分突き刺さる。
「お前ら、俺のこと何だと思ってんの?」
その言葉に、何人かが一昨日のやり取りを思い出したらしい。
笑いが起きた。
「じゃあ本当に終了。疲れてる奴は帰れ」
そう言ったのだが。
「では僕は、今日試した組み合わせを補完表へ追加します」
ルシアンが座り込む。
「宿題ないって言ったよ?」
「自主学習です」
「……好きにして」
「僕も」
オスカーが杖を握り直す。
「1と2と3の出力、もうちょっと安定させたいです」
「疲れる前にやめろよ」
「はい!」
エレノアはセシリアと、先ほどの霜と風の配置について相談を始めている。
そしてマルクスは。
「ガレス」
「何?」
「明日も少し付き合え」
「陽炎?」
「もっと精度上げたい。その代わり、お前の地面も、どんな配置ならもっと嫌らしいか考える」
「僕の方も?」
「お互いに利用し合うんだよ」
「言い方悪いなあ」
「うるせえ」
だが、ガレスは断らなかった。
俺はそんな生徒たちを眺めながら。
ふと気づいた。
(……あれ?)
今日は宿題を出していない。
それなのに。
ルシアンは勝手に表を作っている。
オスカーは勝手に出力訓練を続けている。
マルクスとガレスは、明日の自主練の約束までしている。
エレノアとセシリアも、自分たちの組み合わせをどう改善するか話し込んでいた。
(勝手に育ってる……)
これ。
俺の理想では?
(俺が一人ずつ新しい使い方を教えていくだけでも、十分強くなると思ってたけど)
十六人が互いに教え合い。
補い合い。
勝手に組み合わせを作るようになれば。
(俺が全部の答えを教える必要すらなくなってくるな)
素晴らしい。
強い奴を育てる。
そいつらが勝手に成長する。
俺は安全な後ろで楽をする。
(最高じゃん)
……まあ、今のところ毎日俺が授業しているので、あまり楽にはなっていないが。
そこは将来に期待しよう。
俺はルシアンの《相互補完表》へ視線を向ける。
魔法には弱点がある。
組み合わせれば、その弱点を減らせる。
だが。
(組み合わせたって、当然また別の穴は出来るよな)
陽炎と地形。
霜と風。
条件発動と出力制御。
どれも強くなった。
だからこそ。
(次は、自分たちで作った組み合わせを――自分たちで壊させてみるか)
明日の授業も、退屈はしなさそうだった。
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