前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~ 作:パラレル・ゲーマー
午後。
王立魔法学園の共通座学を終えた特別選抜の生徒たちが、昼食を挟んで第三演習場へ集まり始めていた。
この十五人は、午前中には王国史や数学、一般魔法理論といった学園共通の授業を受ける。そして午後からが、俺の担当する《特別選抜クラス》の実習時間だ。
もっとも。
今日に限っては、俺より先に来ている奴がいた。
「おは……じゃないな。こんにちは、先生」
演習場へ入った俺を見て、ルシアンが教壇代わりの椅子から立ち上がった。
その腕には、昨日より明らかに分厚くなった紙束が抱えられている。
「昨日の《相互補完表》ですが、第一段階の完成を見ました」
「……昨日、宿題ないって言ったよね?」
「はい。これは純粋な僕個人の自主研究です」
俺は紙束を見る。
「何ページ?」
「各組み合わせの相関、基本運用、推定される適用条件を含めて、現時点で六十三ページです」
「一晩で?」
「はい」
「寝た?」
「……三時間ほど」
「今日は早く寝ろ」
「え?」
「寝不足で頭の処理能力落としてどうすんだよ。お前の一番の武器だろ、それ」
ルシアンが目を瞬いた。
「……はい」
「休むのも訓練のうち。覚えとけ」
こいつ、放っておけば本当に勝手に育つ。
そこまでは俺の理想通りなのだが、勝手に身体まで壊されては困る。
「とりあえず見せて」
俺はルシアンから資料を受け取り、ページをめくった。
内容は予想以上だった。
『マルクス《陽炎》+ガレス《地形隆起》』
長所――視覚妨害と足場妨害による二重の進行阻害。
陽炎への対策として視覚への依存を減らせば、足場への対応能力が落ちる。逆に地面へ意識を向ければ、陽炎による距離感の狂いを受けやすい。
有効範囲――半径約五メートル。
魔力消費――中程度。
展開時間――約二秒。
エレノアとセシリアについても同様だ。
『エレノア《霜誘導》+セシリア《風による軌道修正》』
長所――事前の経路設計と、対象位置に応じたリアルタイム修正。
既知の弱点――飛行、跳躍などによる足場無視。
推定弱点――霜形成速度、二人の情報伝達に伴う時間差。
自分とオスカーの連携まで、ほとんど感情を交えず客観的に分析している。
「よく出来てるじゃん」
「ありがとうございます」
ルシアンの口元が、僅かに緩んだ。
そこで俺は、資料をパタンと閉じた。
「ただ、これ敵に渡ったら最悪だな」
「…………」
笑顔が消えた。
ちょうど集まってきていた他の生徒たちも、こちらを見る。
「え?」
俺は資料を開き直した。
「長所。有効範囲。魔力消費。発動時間。既知の弱点。推定弱点。補完候補」
「……はい」
「攻略する側から見たら、親切すぎるだろ」
ルシアンの顔から血の気が引いた。
「……情報漏洩の危険を考慮していませんでした」
「おい、ルシアン!」
マルクスが飛んできた。
「てめえ、俺の陽炎の弱点まで全部書いてんじゃねえよ!」
「先生から今後も分類を続けるよう頼まれました!」
「分類しろとは言ったけど、攻略本作って持ち歩けとは言ってねえ!」
「攻略本ではありません!」
「敵が読んだら攻略本だろ!」
「はいはい、そこまで」
俺は二人の間へ手を入れた。
「今日は情報管理の授業じゃない。そこまで話を広げると別の授業になる」
ルシアンから資料を受け取る。
「これは当分、俺が預かる。授業中に必要な時だけ出す。それ以外では持ち歩かない」
「……分かりました」
「詳しい管理方法はそのうちやる」
今は、「整理した情報は味方だけでなく敵にも価値がある」と覚えておけば十分だ。
それより。
「ちょうどいい。この資料、今日の授業で使おう」
ルシアンが訝しげに俺を見る。
「何に使うのですか?」
「昨日、お前らが一生懸命作った連携」
俺は少し笑った。
「今日は、それを徹底的に破る」
「…………」
「……は?」
マルクスが間の抜けた声を出した。
「自分たちで作った連携を、自分たちで壊す」
「なぜですの!?」
エレノアが抗議する。
「昨日せっかく、互いの弱点を補える組み合わせを作ったばかりではありませんか!」
「強くするため」
「壊してどうやって強くなりますの!?」
「そこを今からやるんだよ」
◆
「弱点が分かってるなら、さっさと直せばいいだろ!」
予想通り、マルクスが真っ先に言った。
「駄目」
「なんでだよ!」
「まだ直すな」
「だからなんで!」
「壊れたら、まず『どう壊れたか』を調べろ」
俺は十六人を見る。
「一回失敗しただけで、すぐ改良するな。その失敗が何だったのか、まだ分かってないだろ」
偶然。
相手が上手かった。
魔法そのものの構造に穴がある。
使った場所が悪かった。
術者が操作を間違えた。
連携相手との意思疎通に失敗した。
「例えば道を歩いてて、一回転んだとする」
「……」
「その一回だけで、靴が悪い、地面が悪い、自分の歩き方が悪い。この三つのどれかを断定できる?」
「……無理だな」
ガレスが答えた。
「だろ?」
だから調べる。
「そして、もう一個」
俺は昨日の勝利した組を見た。
「一回『成功した』からって、それも信用するな」
「え?」
今度はエレノアが反応した。
「昨日上手くいった。だから構造的に強い、とは限らない」
相手が偶然弱点を知らなかっただけかもしれない。
相性が良かっただけかもしれない。
相手の判断ミスかもしれない。
「一回の成功にも、一回の失敗にも騙されるな」
ルシアンが静かに頷いた。
「……再現性」
「そういうこと」
教えた言葉が、ここでまた使える。
「というわけで、今日の新ルール」
俺は指を一本立てる。
「昨日作った連携の仕様を、今日一日は変更禁止」
「はあ!?」
「ええっ!?」
不満が一斉に上がる。
「途中で弱点に気づいても直すな。改良案をノートへ書くのはいい。でも実際の魔法へ反映するのは禁止」
「分かってる弱点をそのまま放置しろってのかよ!」
「そう」
「拷問か!」
「試験中に毎回構造変えたら、どの違いが結果に効いたのか比較できないだろ」
一つずつ条件を変える。
結果を見る。
同じ条件で再現する。
「今日は作る日じゃない。壊し方を調べる日だ」
俺は地面へ大きく書いた。
《自分たちの連携を、自分たちで破る》
「……意味分かんねえ」
「終わる頃には分かるよ」
さらに条件を加える。
「攻撃魔法禁止は継続。それと、妨害魔法そのものを力ずくで破壊するのも禁止」
土の隆起を爆破する。
氷を全部焼き払う。
術者を殴って止める。
そんな方法では意味がない。
「今日探すのは、『どうすればその魔法に仕事をさせずに済むか』って抜け道だ」
そして各組に紙を配った。
書く項目は四つ。
『この連携の目的』
『成立するために必要な条件』
『自分たちで思いつく破り方』
『その方法で本当に再現可能に破れるか』
マルクスが紙を睨む。
「自分の魔法の攻略法を、自分で書けって?」
「そう」
「気分悪いな……」
「敵に教えるんじゃない。自分が知るんだよ」
自分の武器を最も理解しているのが自分。
それが理想だ。
なお、今日の破壊実験では、妨害役以外の生徒から、その弱点を試すのに向いている走者を俺がその都度指名することにした。
速さが必要なら速い奴。
細かな速度調整なら器用な奴。
弱点を確かめるための試験なのだから、そこは遠慮しない。
◆
最初は、マルクスとガレス。
《陽炎》と《地形隆起》。
昨日、かなり強力な結果を出した組み合わせだ。
「俺の陽炎は、視覚を使わなきゃ効果が落ちる」
「僕の地面は、逆に見てもらわないと避けづらい」
二人で昨日の成功を確認する。
「目を下げれば地面に引っかかる。地面を見るために前を見ると陽炎」
「やっぱこれ、かなり強くないか?」
マルクスが得意そうに言った。
だが。
ガレスが、中央の区画を見る。
昨日の仕様では、陽炎も隆起も一定の範囲内へ展開する。
「……マルクス」
「あ?」
「そもそもさ」
ガレスが指差す。
「ここに入ってこなかったら?」
「…………」
中央へ入らず、大きく外から回る。
昨日まで、二人が一度も検討していなかった穴だった。
「だったら陽炎の範囲をもっと――」
「駄目」
「早えよ!」
「今日は改良禁止」
「でも今、明らかに弱点見つかっただろ!」
「だから本当に弱点なのか試せ」
「くそっ……!」
俺は走者として、身体強化を得意とする女子生徒を呼んだ。
そして。
「マルクス」
「何だよ」
「今見つけた攻略法、走者へ自分で説明しろ」
「……は?」
「説明して」
「なんで俺が!?」
「自分たちの連携が、何を前提に成立していて、どこを突かれると崩れるのか。それを他人へ正確に説明できるなら、少なくともお前自身はその弱点を理解してるってことだから」
「……」
「説明できない弱点は、まだ理解したとは言わない」
マルクスが死ぬほど嫌そうな顔をした。
だが。
渋々、女子生徒のところへ行く。
「……いいか。中央には来るな」
「え?」
「陽炎と地面の隆起がある場所を、大きく外から回れ」
「自分で教えていいの?」
「俺だって嫌なんだよ! あのクソ教師が言えって!」
「聞こえてるぞ」
「聞かせてんだよ!」
とはいえ。
ちゃんと説明できている。
(十分理解してるな)
「じゃあ、一回目の実証。開始」
マルクスとガレスは、昨日と同じ場所へ、同じ範囲で連携を展開した。
中央。
旗への最短経路。
陽炎と隆起。
昨日の走者は、ここへ正面から突っ込んだ。
別に不自然だったわけではない。
あの時点では、走者はこの連携を初めて見ていた。
陽炎と隆起が「中央の一定範囲に固定されている」ことまでは知らない。
しかも旗までの最短経路は中央だ。
十五秒という制限時間の中で大きく迂回すれば、それだけ不利になる。
だから昨日は、「中央を強引に突破する」という判断をした。
今日は違う。
走者は弱点を知っている。
スタート。
女子生徒は最初から中央へ入らなかった。
右へ大きく弧を描く。
「おい!」
マルクスが叫ぶ。
だが、昨日の仕様から変更は禁止。
陽炎は中央。
ガレスの隆起も中央。
走者は連携そのものと戦うことなく、外側を駆け抜けていく。
そして。
旗。
「到着!」
十三秒。
「…………」
マルクスが天を仰いだ。
「ほら。弱点見つかった。よかったじゃん」
「どこがだよ! 負けてんじゃねえか!」
「昨日お前らが勝ったのは、この穴が存在しなかったからじゃない」
マルクスを見る。
「相手が、まだその穴を知らなかったからだ」
「……」
「つまり昨日の一回の勝利だけじゃ、この連携が本当に強いのか分からなかったってこと」
そして何より。
「実戦で敵に気づかれる前に、自分で気づけた」
「……」
「今日負けても誰も死なないだろ」
実戦なら違う。
護衛対象を抜かれる。
陣地へ侵入される。
仲間が死ぬ。
「安全な場所で失敗できるって、ものすごい贅沢なんだぞ」
マルクスは黙り込んだ。
「じゃあ、もう一回」
「もう分かっただろ!」
「分かってない」
「何が!」
「今の子がたまたま速かっただけかもしれない」
別の走者を選ぶ。
同じ攻略法を説明。
同じ連携。
同じ仕様。
「二回目の実証。開始」
結果。
十二秒。
また突破。
「二回、ほぼ同じ形で再現した」
俺が言うと、ルシアンがすぐ反応した。
「走者個人の偶発的な成功ではなく、連携の構造に由来する可能性が高い」
「そう」
一回の失敗なら事故かもしれない。
同じ条件で同じ失敗が続くなら。
「構造を疑え」
魔法そのものか。
配置か。
運用条件か。
何が原因なのか。
そこから切り分ける。
◆
次はエレノアとセシリア。
《霜誘導》と《風による軌道修正》。
既に分かっている弱点は、飛行や大きな跳躍。
だが今日は、それ以外を探す。
「わたくしが霜で進路を作る」
「外れたらアタシが風で戻す」
「セシリアさんは相手を常に追跡できますわ」
「そう。位置だけなら問題ない」
一見、かなり強い。
俺も昨日の実演を思い出す。
セシリアが走者を見る。
逸脱を判断する。
風で修正する。
必要ならエレノアへ次の進路を伝える。
エレノアが霜を作る。
それぞれの能力自体は速い。
しかし。
(さて。こいつら、自分で接続部分の遅れに気づけるか)
二人はしばらく相談していた。
やがてセシリアが言った。
「……先生」
「何?」
「アタシが一人で全部やってるわけじゃないから、途中で遅れが出る?」
エレノアも気づく。
「わたくしがセシリアさんの判断を受け取ってから、次の霜を形成するまで……」
「試してみれば?」
走者には、俊敏な切り返しを得意とする生徒を選んだ。
攻略法は短い。
「大きく逃げるんじゃなく、右、左って短いフェイントを連続しろ」
「分かりました」
一回目の実証。
開始。
右へ。
セシリアが反応。
「右!」
エレノアが霜。
だが、完成直前。
走者は左へ。
「左!」
セシリアが修正。
エレノアも切り替える。
その間にまた右。
「ちょっ……!」
一回一回の動き自体は、セシリアには見えている。
エレノアの発動も遅くはない。
だが。
見る。
判断する。
伝える。
受け取る。
魔法を出す。
人間二人を通る以上、その間に僅かな遅れが積み重なる。
走者は、その隙間を縫った。
旗。
「……突破されましたわ」
エレノアが悔しそうに呟いた。
そして即座に、
「でしたら、わたくしがセシリアさんの風の魔力そのものを感じ取って、言葉による指示を待たず――」
「直すな」
「でも!」
「今日は?」
「……壊す授業ですわ」
周囲から、
「壊す授業」
「改良禁止」
と声が続く。
だいぶ染み込んできた。
「もう一回」
別の走者。
同じ短いフェイント。
二回目も突破された。
ただし一度目より時間は長い。
「分かってても、完全には追いつかない……」
セシリアが唇を尖らせる。
ルシアンがノートへ書きながら言った。
「魔法そのものの性能ではなく、二人の間の情報伝達速度が上限になっている?」
「そう見えるな」
エレノアとセシリアが互いを見る。
「アタシ一人なら位置は追えてる」
「わたくしも、次にどこへ霜を出すか分かっていれば、もっと早く形成できます」
「でも二人を繋ぐところが遅い」
部品は強い。
接続が弱い。
(こういうのもあるんだよな)
将来的には、短縮した合図。
魔力信号。
感覚共有。
いくらでも発展先はある。
だが今日はやらない。
今日は、弱点を見つける日だ。
◆
次は、ルシアンとオスカー。
条件区域A、B、C。
出力段階1、2、3。
「構造はかなり単純化しています」
「僕も、1から3なら安定して出せるようになってきました」
「じゃあ壊し方考えて」
「…………」
二人が黙る。
横で見ていたガレスが口を出した。
「マルクスたちと同じで、区域を外から回ったら?」
「僕たちの構造はそこまで単純ではありません!」
ルシアンが即反論した。
だが。
想定経路への依存。
という意味では似ている。
もちろん、それで試してもいい。
ただ、ルシアンならもっと自分たちらしい穴へ気づけるはずだ。
(さて。自分で見つけられるか)
ルシアンは紙へ視線を落とした。
A。
B。
C。
出力1。
2。
3。
「……あ」
「何?」
「僕たちは、走者の状態を三つに分類しています」
「うん」
「では……分類の境界にいる相手は?」
オスカーが首を傾げる。
「境界?」
「例えば、1を使う状態と2を使う状態の、ちょうど間です」
速度を上げる。
境界を越える。
下げる。
戻る。
また越える。
「頻繁に行き来されたら……僕の判断も頻繁に変わる」
「僕も、出力をずっと変えなきゃいけない?」
「そういうことです」
「いいじゃん。試そう」
走者には、身体強化の出力を細かく調整できる生徒を指名した。
「AとBの境目を意識して、速度を小刻みに変えろ」
「分かりました」
一回目の実証。
走者が加速。
「1――いや、2!」
「どっち!?」
「2です!」
オスカーが出力2へ上げようとする。
その瞬間、走者が減速。
「1!」
「えっ!」
オスカーが絞る。
再加速。
「2!」
また減速。
「1!」
「待って!」
ルシアンの判断が揺れる。
オスカーの操作も揺れる。
そして、その隙に走者が抜けた。
「到着!」
ルシアンは即座にノートを開いた。
「境界付近専用の出力1.5を追加して、さらに切り替え条件へ――」
俺はノートを閉じた。
「駄目」
「しかし!」
「今のお前、二日前のお前に戻ってるぞ」
「……」
「例外が出るたびに条件増やすな」
「ですが!」
「今は改善する日じゃない」
「……はい」
ルシアンがものすごく苦しそうな顔をする。
その横で、オスカーが小さく手を挙げた。
「先生」
「何?」
「僕……」
少し迷ってから。
「出力を変えること自体は、出来てたと思います」
ルシアンが振り向く。
「確かに」
「でも、指示が何度も変わると、焦って分からなくなって……」
「いい観察」
俺は頷いた。
「じゃあ今回の原因は、『オスカーがまた制御不能になった』で終わらせちゃ駄目だな」
オスカーの表情が少し変わる。
「お前は1から2へ変えられた。2から1へも戻せた。ただ、切り替え要求が短時間に多すぎた」
「……はい」
「つまり問題は、出力制御そのものじゃなくて、指示の頻度かもしれない」
オスカーが自分の杖を見る。
以前なら。
失敗した。
暴発しかけた。
だから全部自分が悪い。
そう思っていただろう。
だが、原因を切り分ければ違うものが見える。
ルシアンも静かに言った。
「僕の指示設計にも問題があります」
「……僕だけじゃない?」
「僕だけでもありません」
「それでいい」
◆
別の組では、失敗直後に口論が始まった。
「今のはお前の指示が遅かったからだろ!」
「そっちが反応しなかったんだ!」
「やめろ」
俺が割って入る。
「でも先生!」
「今日は『誰が悪いか』を決める授業じゃない」
二人が口を閉じる。
「見るのは、人じゃなくて仕組みだ」
どこで期待通りに動かなくなった。
何が届かなかった。
何が遅れた。
どの条件を誤認した。
「誰か一人を悪者にした瞬間、それ以上考えなくて済むから楽なんだよ」
「……」
「でも、それじゃ次も同じ失敗するぞ」
特にチーム戦なら。
責任者探しより、原因探しの方が先だ。
もちろん、人間のミスが原因になる場合だってある。
だとしても。
なぜそのミスが起きた。
防げたか。
検知できたか。
そこまで見なければ意味がない。
全組の一周目が終わったところで、俺は新しい紙を配った。
題して、
《破損記録》
書く内容は、
何を目的にした連携か。
どんな条件なら機能するか。
どう破られたか。
同じ方法で再現したか。
原因候補。
改善案。
「改善案は書いていい。でも今日は実装禁止」
「拷問かよ……」
マルクスが机代わりの台へ突っ伏す。
「我慢しろ」
「これは素晴らしいです」
ルシアンだけ目を輝かせている。
「どこがだよ!」
「成功例だけを集めても、その魔法がどこまで通用するのか正確には定義できません」
ルシアンはペンを走らせる。
「失敗例があることで、成功する条件と失敗する条件の境界を推定できます」
「その通り」
(やっぱ研究者向きだな、こいつ)
その後も、短い破壊試験をいくつも重ねた。
光と音。
最初は視線と注意を別方向へ引っ張れた。
だが走者が、
「何が起きても旗を見る」
と事前に行動を固定すると、効果がかなり落ちた。
水と植物。
濡れた草は歩きづらい。
だが速度を落とし、大股で慎重に進めば突破できる。
遅延効果は残るが、完全には止まらない。
雷光と土。
昨日は、火花へ目を向けさせた隙に足元を変えることが出来た。
だが一度仕組みを知った走者は、
「雷が出たら、足元が変わる合図だ」
と逆に利用した。
火花が走った瞬間、視線を地面へ。
昨日までの誘導が、今日は敵へ情報を与える合図になった。
(面白いな)
同じ現象。
同じ魔法。
相手が持っている情報が違うだけで、価値が逆転する。
これはいつか、きちんと一話使ってやりたい。
◆
授業の後半。
演習場の空気が変わっていた。
最初は、
「破られたくない」
「負けたくない」
ばかりだった。
今は。
「もう一回、同じやり方で来て!」
「今のどこで抜けた?」
「偶然じゃない?」
「別の走者でもやってみよう」
失敗そのものを、観察対象として扱い始めている。
(よし)
最も分かりやすく変わったのは、マルクスだった。
三回目。
またしても外周から突破される。
旗へ到達。
マルクスは悔しそうに顔を歪めた。
でも。
怒鳴らない。
「ガレス」
「何?」
「今の何秒?」
「十二秒ちょっと」
「一回目」
「十三秒くらい」
「二回目は?」
「十二秒」
マルクスが腕を組む。
「じゃあ、外から回られた場合でも十二、三秒は稼げる」
「うん」
「完全に無意味になるわけじゃねえのか」
「そうだな」
俺は少し驚いた。
(お前が、自分の失敗を数字で見るようになるとはな)
出力と火力の話しかしていなかった奴だ。
かなり変わった。
◆
「よし。最後にまとめるぞ」
十六人を集める。
「質問。強い魔法って何?」
以前なら。
威力。
出力。
範囲。
そんな答えが返ってきただろう。
今は。
「……目的を達成できる魔法?」
セシリア。
「正解」
ルシアンが続ける。
「どの条件で成功し、どの条件で失敗するのか。その限界が把握されている魔法」
「かなりいい」
「それから」
俺は指を一本立てた。
「一回成功したからって、強いと思うな」
マルクスとガレスを見る。
「昨日、お前らは勝った」
「……ああ」
「でも今日、同じ魔法が三回破られた」
「……」
「昨日の成功が嘘だったわけじゃない。あの条件では成功した。それだけ」
次。
「逆に、一回失敗したからって弱いとも限らない」
エレノアの霜。
オスカーの小さな風。
どれも破られた。
だが用途はある。
「一回の成功にも、一回の失敗にも騙されるな」
成功する条件。
失敗する条件。
その境界。
「そこを知って初めて、その魔法を『使える技術』として扱える」
壊れないものなんて、ほぼない。
重要なのは。
「どこまで使えるのか」
「何をされたら駄目なのか」
「駄目になった時に、自分で気づけるのか」
「そして、その時どうするのか」
俺は全員を見る。
「自分の魔法の限界を知らない奴が、戦場では一番危ない」
オスカーが顔を上げた。
今まで彼は、自分の魔力を「全部危険」だと考えていた。
だが違う。
使える範囲もある。
危ない条件もある。
そこを分ければいい。
「では師匠」
エレノアが、もう我慢できないという顔で手を挙げる。
「明日は今日見つけた弱点を、改善してもよろしいのですね?」
「そうだな」
「!」
十六人の目が輝く。
「明日は直していい」
「よっしゃあ!」
「やっとですわ!」
歓声が上がった。
(まあ、全部塞がせるつもりはないけど)
弱点を見つける。
全部直す。
新しい弱点が出る。
また全部直す。
そんなことを繰り返せば、術式は際限なく膨らむ。
次に教えるべきは、
**「どの弱点を直して、どの弱点を残すか」**
だ。
◆
演習場の端では、安全監督役の教師が今日の記録を何度も読み返していた。
昨日は、異なる基礎術式を組み合わせた。
今日は、その組み合わせを生徒自身に攻略させ、安全な演習環境で意図的に失敗を再現した。
教師はしばらく報告書を見つめた。
(……失敗事例を、教育成果として記録する?)
既存の報告書には、そんな項目がない。
(成功した術式の習得数ではなく、失敗条件と再現性を評価する……)
どう分類すべきか。
教師は新しい欄を自分で作ることにしたらしい。
俺としては、安全監督が機能してくれるならそれでいい。
「じゃあ今日の宿題」
「あるのかよ!」
「《破損記録》を完成させること」
「……それだけ?」
「それだけ」
「改善案は?」
「書いていい。でも明日の授業までは実際の魔法を変えるな」
「分かりましたわ!」
エレノアは、早くも紙へ何か書き始めている。
帰り支度を始めたマルクスは、少し迷ってからルシアンへ声をかけた。
「おい」
「何ですか?」
「その攻略本」
「《相互補完表》です」
「どっちでもいい。あとで俺のところ見せろ」
「先生が預かっています」
「じゃあ授業中に見せろ。俺とガレスのところ」
ルシアンが少し意外そうな顔をする。
「弱点を確認するのですか?」
「悪いかよ」
「いいえ」
その後、マルクスはセシリアにも声をかけた。
「お前なら、俺の陽炎、他にどう破る?」
「アタシ?」
「ああ」
以前なら、自分からこんな質問をすることはなかっただろう。
「風で温まった空気そのものを掻き乱したら、歪みを安定させにくくなるんじゃない?」
「……それ嫌だな」
「聞いたのアンタでしょ」
「ガレスの地面は?」
「風じゃ壊せない。でも、隆起がどこにあるかは空気の流れで読めるかも」
「……それも嫌だな」
「だから聞いたのアンタだって」
弱点を知られること。
それを、恥ではなく情報として扱い始めている。
横では、オスカーがルシアンへ小さく話しかけていた。
「さっきの失敗……僕だけのせいじゃなかったんだね」
「はい」
ルシアンが即答する。
「君の出力制御にも改善点はあります。でも、僕の指示方式にも問題がありました」
「……そっか」
オスカーが少しだけ笑った。
◆
生徒たちが帰った後。
演習場には、大量の《破損記録》が残っていた。
昨日までなら、「出来た魔法」が成果だった。
今日は違う。
出来なかった記録。
破られた記録。
想定通りに動かなかった記録。
そんなものばかりが山ほど残っている。
(成功例だけ集めても、本当に使える範囲は分からないんだよな)
成功する場所。
失敗する場所。
その境界。
そこを知って初めて、魔法は単なる「出来た現象」から、扱える「技術」になる。
前世では珍しくない考えだった。
だがこの世界の魔法教育では、成功した術式を正しく再現することが中心だ。
失敗は未熟。
才能不足。
恥。
そう片付けられやすい。
(失敗って、こんなに情報量多いのにな)
今日は何度も負けた。
昨日作ったばかりの連携を、自分たちの手で何度も破った。
それなのに。
帰り道の十六人は、昨日より楽しそうに弱点について話し合っている。
(いい感じだな)
「先生」
最後まで残っていたルシアンが声をかけてきた。
「何?」
「明日は、この大量の弱点のうち、どれから優先して修正すればいいのでしょう?」
俺は少しだけ笑った。
そして。
「……全部、直す必要ある?」
「……え?」
固まるルシアンを残し、俺は演習場を後にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!