前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~   作:パラレル・ゲーマー

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第7話 十五対一の第一次適性検査

 

 第三演習場。

 

 肌を刺すような緊張感の中、十五人の生徒たちと、一人ぽつんと立つ俺の間に、安全監督役の教師が歩み出た。

 

 彼はひどく強張った顔で、最終的なルール確認を読み上げる。

 

「これより、特別選抜クラス生徒十五名と、アルヴィス・フォン・ヴァルドスタ特別講師による実地試験を開始する。ルールは以下の通り」

 

 生徒十五名対、アルヴィス一名。

 

 魔法、武器の使用、および連携は自由。ただし、致死あるいは重傷を目的とした攻撃は固く禁ずる。

 

 俺の胸元には、学園の模擬戦で使用される《決闘用感応徽章》が取り付けられている。物理的な接触だけでなく、規定以上の魔力的干渉を受ければ白から赤へ変化する仕組みで、生徒側はこれを一度でも反応させれば勝利となる。

 

 判定は徽章の反応と、安全監督教師が行う。

 

 制限時間は十分。

 

 十分間、一度も有効打を与えられなければ俺の勝利。また、いかなる場合でも過度に危険と判断された場合は、監督教師の権限で試験を強制停止する。

 

「以上だ。双方、異議はないな?」

 

「ありません」

 

 俺が頷くと、対面のマルクスが鼻で笑った。

 

「十分も要らねえよ。数秒で終わらせてやる」

 

「そうだと、こっちも楽でいいな」

 

 安全区域から見学しているエレノアだけが、『十分も師匠から逃げずに攻め続ける方が、よほど大変だと思いますけれど……』とでも言いたげな顔をしてこちらを見ている。

 

 余計なプレッシャーをかけるな。

 

 俺は開始直前のわずかな時間を使って、自分の方針をもう一度確認した。

 

 今日の目的は勝つことではない。十五人の能力と戦い方を観察し、今後どう育てるべきか診断することだ。

 

 だから、俺自身の能力をあれこれ披露する必要はない。

 

 《念動力》や《重力操作》のような、この世界の人間から見れば正体不明の能力を使えば、生徒たちは「未知の能力へどう対応するか」という別の問題に追われる。本来持っている地力や戦術を見るには邪魔だ。

 

 それに、この試験内容は安全監督教師を通じて宮廷魔術師長や王家へ報告される。

 

(俺が強いこと自体は、もう隠せない。だからって、手札を全部見せる必要はない)

 

 今回使うのは、この世界でも一般的に知られている《身体強化》だけ。

 

 もっとも、前世で見てきた膨大な身体強化系異能の知識を参考に、全身を一つの強化状態として維持するよう再構成した《常時身体強化》だ。出力も十五人の攻撃を処理するために必要な範囲に留める。

 

(さて。お前らがどこまでやれるか、見せてもらおうか)

 

「では――開始!」

 

 監督教師の腕が振り下ろされた。

 

 マルクスあたりなら、開始早々に炎をぶっ放して単独で突っ込んでくるかもしれない。

 

 そんな予想をしていたのだが。

 

「……へえ」

 

 俺は少し意外に思い、眉を上げた。

 

 十五人は、誰一人として不用意に動かなかった。血の気の多そうなマルクスですら杖を構えたまま、じっと俺を睨み据えている。

 

「第一配置!」

 

 眼鏡の少年――ルシアンの短く鋭い声を合図に、十五人が一斉に散開した。

 

 前衛には、《身体強化》を使える体格の良い男子生徒が三名。それぞれ剣、盾、短槍を構えている。

 

 その後ろに、詠唱の短い攻撃魔法を扱う中衛が展開し、さらに後方へマルクスや、巨大な魔力を持つオスカーといった高出力術式担当が並ぶ。

 

 陣形全体を見渡しやすい後方中央には、指揮役のルシアン。

 

 そして最後尾では、セシリアが指先から微細な風を放っていた。それは目に見えない細い糸のように広がり、味方十五人全員の身体へ薄くまとわりついている。

 

(なるほど。ちゃんと役割分担してきたか)

 

 昨日初めてチームを組んだばかりにしては、よくまとまっている。

 

 第一印象は悪くない。

 

 最初に動いたのは、前衛の三人だった。

 

 一斉に《身体強化》を発動し、俺へ向かって猛然と踏み込んでくる。その後ろでは、マルクスたち後衛が詠唱を開始していた。

 

(前衛が敵を押さえて、後衛が詠唱時間を稼ぐ。この世界の魔法戦における典型的な定石だな)

 

 そして、その定石が馬鹿にできないのも事実だ。

 

 魔法使いが最大の火力を発揮するための時間を、前衛が文字通り身体を張って作る。大規模な集団戦における役割分担としては、非常に合理的に完成されている。

 

 俺は《身体強化》による身体能力だけで、迫り来る三人の攻撃を処理し始めた。

 

 右から剣の袈裟斬り。半歩だけ後退して躱す。

 

 左から鋭い短槍の突き。身体をわずかに捻ってやり過ごす。

 

 正面からは盾持ちが、俺の逃げ道を限定するように分厚い壁となって立ちはだかった。その狭められた空間へ、中衛から小型の風弾が正確に撃ち込まれる。

 

 しゃがんで回避。

 

(身体強化も、ちゃんと使えてる)

 

 前衛組の《身体強化》は、エレノアへ教えたような全身を一つの強化状態として統合するものではない。筋力と脚力を中心に魔力で底上げする、この世界では一般的な旧来式だ。

 

 だが、踏み込みの鋭さも、武器を振る速度も悪くない。防御時の姿勢も崩れていないし、何より三人とも「自分が俺を倒す」ことより、後衛へ攻撃の機会を作るための立ち位置を優先している。

 

(この辺の基礎戦術は、学園でちゃんと教育されてるな)

 

 俺は心の中で素直に及第点をつけた。

 

 短槍の生徒が、立て続けに鋭い突きを繰り出してくる。

 

 だが俺は、槍が実際に突き出されるより前に、すでに半歩ずれていた。

 

 背後から飛んできた火球も同じだ。中衛が杖を向けた瞬間には、俺は射線から身体を外し始めている。

 

「なんで当たらねえんだよ!?」

 

 前衛の一人が焦燥の声を上げた。

 

「違う……」

 

 後方からルシアンの声が飛ぶ。

 

「何がだ!」

 

「先生は単純に速いんじゃない。僕たちが攻撃を発動するより前に、もう避け始めているんだ」

 

(お。気づいたか)

 

 未来予知を使っているわけではない。

 

 重心の移動、視線、肩の動き、足を踏み込む角度、杖先の方向。そして何より、魔力が一点へ集まり始める気配。

 

 攻撃というものには、実際に放たれるより遥かに前から無数の予兆が存在している。

 

 前世で嫌というほど実戦を経験した結果、それを読むことが俺にとって当たり前になっているだけだ。

 

(魔法に限らず、攻撃ってのは発動するよりずっと前から始まってるんだよ)

 

 まあ、これくらいなら《身体強化》の扱いと勘が良い程度に見えるだろう。

 

 そう考えて次の攻撃へ意識を戻した俺は、後方のルシアンが先ほどまでとは少し違う目でこちらを見ていたことに気づかなかった。

 

 前衛の包囲網から抜けようと横へ一歩滑った、その瞬間。

 

 バシュッ!

 

 視界の端から、小さな光弾が予告なしに飛来した。

 

「ん?」

 

 首を傾けて躱し、撃ってきた方向を見る。

 

 後方にいた長杖の少女だ。

 

 詠唱はしていない。

 

 だが、彼女が構える杖の表面に刻まれた微細な幾何学模様が、一瞬だけ青白く発光していた。

 

(なるほど)

 

 杖側へ術式構築の一部を肩代わりさせているのか。

 

 発動補助、魔力の整流、あらかじめ刻み込まれた魔法構造。それによって簡単な術式なら、長い詠唱を挟まず即座に放てる。

 

(やるじゃん)

 

 もちろん、その代償として威力はかなり低い。

 

 前世の基準から見れば、お粗末と言ってもいい程度だ。

 

 だが重要なのは、そんなことじゃない。

 

 この世界でも、「威力をある程度犠牲にして発動速度を上げる」という発想は存在し、それを魔道具として実用化する研究まで進んでいる。

 

(こっちも発展させれば面白そうだな)

 

 これも未来の授業候補だ。

 

 俺が一気に横方向へ移動し、陣形の側面を突こうとした瞬間だった。

 

「右です!」

 

 セシリアの声が響き、俺の移動に合わせて味方の配置が即座に修正された。

 

(速いな)

 

 彼女は俺の姿を目で追っているだけではない。

 

 俺が高速で移動することで生じる空気の乱れ。

 

 さらに、十五人全員へまとわせた細い風の糸。

 

 俺が一人へ接近すれば、その人物の周囲にまとわせた風が揺らぐ。その変化から、俺の位置を拾っている。

 

(やっぱりこいつ、出力じゃなくて並列制御能力が異常に高い)

 

 昨日、十五枚の紙片をすべて違う軌道で動かしていた。

 

 あの技術が今では、味方十五人の位置と周囲の変化を把握するための、戦場全体へ広げた感覚器官として働いている。

 

(索敵役だけじゃないな。鍛えれば、戦場全体の情報を束ねる管制役になれる)

 

 セシリアへの評価を一段上げる。

 

「第二前衛、左へ展開! マルクスはまだ撃たないでください! オスカー、右後方を塞いで!」

 

 今度はルシアンだ。

 

 後方で全体を見渡しながら、矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 

(こいつも悪くない)

 

 単なる頭でっかちの机上理論ではない。

 

 少なくとも事前に組み上げた作戦を他者へ伝え、複数人を動かす能力はある。

 

 ただし。

 

 それは、予定通りに戦況が動いている間だけの話だった。

 

「オスカー! お願いします!」

 

「ぼ、僕!?」

 

「撃破する必要はありません! 広範囲に展開して、先生の逃げ道を限定してください!」

 

「う、うん……!」

 

 大柄な少年――オスカーが一歩前へ出て、恐る恐る杖先へ魔力を集める。

 

 本人としては、かなり抑えているつもりなのだろう。

 

 しかし。

 

 ドォォォォン!

 

「うわっ!?」

 

 凄まじい轟音とともに魔法が炸裂し、巻き上げられた土煙と水煙が演習場の一角を一気に覆った。

 

「ひっ!?」

 

 安全区域にいる監督教師から情けない悲鳴が上がる。

 

(抑えてこれかよ)

 

 俺は爆風を《身体強化》で耐えながら苦笑した。

 

 とはいえ、完全な無制御ではない。少なくとも指定された方向へ、広い面として魔法を出すことには成功している。

 

(昨日一日、自分なりに出力を抑える練習をしたんだろうな)

 

 努力は評価できる。

 

 ただし、オスカーの魔力調整はまだ、「ゼロ」「小さく出すつもりの大出力」「全開」の三段階くらいしかない。

 

 これは後で、かなり分かりやすく教えられそうだ。

 

 そして、マルクス。

 

 彼も、普段の戦闘記録に残っていたような、魔力量へ任せた巨大な炎をぶっ放してはこなかった。

 

 作り出したのは、掌ほどの小型火球。

 

 それも一発ではなく、複数。

 

(お)

 

 小火球は俺を直接狙わず、左右と前方へ撃ち込まれた。

 

 逃げ道を限定する配置。

 

 つまりマルクスは、炎を「敵を燃やすための攻撃」ではなく、「敵を動かすための道具」として使い始めている。

 

(昨日の一言だけで、もう考えたか)

 

 かなりいい。

 

 もっとも、何をするにも「燃やす」という発想からはまだ抜けていないが、それは今後教えればいい。

 

「今です!」

 

 ルシアンの声が響いた。

 

 セシリアが俺の移動方向を捕捉。

 

 前衛二名が左右を塞ぎ、オスカーの巨大魔法が後方を面で潰す。マルクスの小火球が前方と斜めの進路を閉じた。

 

 その瞬間。

 

 死角から、別の前衛生徒が飛び込んできた。

 

 伸ばされた手の先にあるのは、俺の胸元の《決闘用感応徽章》。

 

 五十センチ。

 

 二十。

 

 十。

 

 三センチ。

 

「おっ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 俺は上半身を大きく後ろへ反らし、生徒の指先が徽章の表面すれすれを通過する。

 

 徽章は白いまま。

 

「くそっ、惜しい!」

 

 生徒たちから悔しがる声が上がる。

 

 安全区域のエレノアも、「まあ」と少し感心したような顔をしていた。

 

(いいじゃん)

 

 これは誰か一人の突出した能力で作った好機じゃない。

 

 十五人がそれぞれの役割を果たし、一つの有効打へ繋げた。

 

(こいつら、間違いなく伸びるな)

 

 最初に感じた「素材としては相当いい」という評価が、この瞬間にはっきりとした確信へ変わった。

 

(よし。定石通りに戦えることは、だいたい分かった)

 

 なら、次だ。

 

 その定石そのものが崩れたら、こいつらはどうする?

 

 俺は後方へ反らしていた身体を一気に戻し、その勢いのまま前へ踏み込んだ。

 

「え?」

 

 前衛の包囲網を強引に突破する。

 

 そのまま止まらず、詠唱中の魔法使いたちが集まっている後衛陣のど真ん中へ飛び込んだ。

 

「え?」

 

 ルシアンの口から間の抜けた声が漏れる。

 

「おい! 後ろに入られたぞ!」

 

 マルクスが叫び、後衛が一気に混乱した。

 

 当然だ。

 

 彼らは前衛が敵を止めていることを前提に、詠唱と攻撃へ集中している。

 

 その真ん中へ、敵本人が入り込んできたのだから。

 

 後衛の少女が慌てて俺へ杖を向ける。

 

 俺はスッと近くにいた男子生徒の背後へ入った。

 

「っ!」

 

 少女の杖が止まる。

 

 射線上に味方がいる。

 

 撃てない。

 

「てめえ! 仲間を盾にすんな!」

 

「人聞き悪いな」

 

 マルクスの怒鳴り声を聞き流しながら、男子生徒の背後を回り込むように移動する。

 

「俺はお前らの攻撃から避けてるだけだぞ」

 

「完全に盾にしてるだろ!」

 

「ここ、乱戦のど真ん中だぞ?」

 

 今度は別の生徒の横へ移る。

 

 また別方向から向けられた杖が止まった。

 

「実戦で、敵が毎回お前ら全員の射線が綺麗に通る広場に立ってくれるとでも思ってるの?」

 

「うわっ! ずるい!」

 

「ずるくない。戦術だ」

 

 俺は後衛陣の中を走り回りながら、その反応を観察し続ける。

 

(なるほどな)

 

 こいつらは、前衛と後衛が綺麗に役割分担されている状況では強い。

 

 敵と味方が線を作り、真正面からぶつかる戦いなら、かなり戦える。

 

 だが敵が隊列内部へ入り込み、味方と敵が入り乱れる乱戦になった瞬間、一気に選択肢が減る。

 

 理由は単純だった。

 

 こいつらが使う魔法の大半が、「敵を破壊するための攻撃魔法」に偏っている。

 

 だから味方が近くにいると撃てない。

 

「お前ら」

 

「なんだよ!」

 

 マルクスの炎を避けながら尋ねる。

 

「攻撃以外に、拘束魔法ぐらい使えないの?」

 

「はぁ!?」

 

「戦ってる最中に何言ってやがる!」

 

「先生だから、親切に質問してやってんだよ」

 

 前衛の槍の下を潜り抜けながら、次々と挙げる。

 

「足止めは?」

 

「……」

 

「視界妨害」

 

「……」

 

「防壁で進路を切るとか」

 

「……」

 

 誰も即座には使わない。

 

「初級の拘束術なら、学園で習ったことはあるけどさ!」

 

 セシリアが苛立ち紛れに叫んだ。

 

「実戦で使える?」

 

「詠唱が長いんだよ! だったら風刃撃って切り裂いた方が早いだろ!」

 

「結界で守るなら、結界術師の仕事だ!」

 

 別の生徒も続く。

 

「拘束なんて、前衛の騎士が敵を押さえればいいだけだろ!」

 

「うるせえ!」

 

 最後にマルクスが吠えた。

 

「俺たち魔法使いは、火力を出して敵を倒すのが一番の仕事なんだよ!」

 

「はいはい。そうですね」

 

「ぜってえ馬鹿にしてんだろ!」

 

「してないしてない」

 

 攻撃を避けながら、俺は内心ではむしろ納得していた。

 

(まあ、理屈は分かる)

 

 この世界の戦争では、騎士が前衛、魔法使いが後方火力、治癒術師が回復、結界術師が防御。

 

 役割を分ける。

 

 軍隊という巨大な組織として運用するなら、非常に合理的だ。

 

 限られた訓練時間の中で、一人一人が専門分野を深く伸ばした方が、集団としての戦闘能力は高くなる。

 

 問題は、その役割しか選べないことだ。

 

 前衛が突破されたら。

 

 詠唱中に背後へ回られたら。

 

 護衛とはぐれたら。

 

 迷宮で分断されたら。

 

 味方が射線へ入ったら。

 

 攻撃魔法しか持っていない魔法使いは、途端に取れる行動がなくなる。

 

 専門化が悪いわけじゃない。

 

 専門外の状況へ放り込まれた時、生き延びるための最低限の手札すら持っていないことが問題なのだ。

 

 そして。

 

 陣形が完全に崩れたことで、別の問題も表面化し始めた。

 

「セシリアは右へ! 第二前衛は――いや、待って! マルクスを先に下がらせて……オスカーは……!」

 

 ルシアンだ。

 

 指示が増えていく。

 

 俺が想定外の行動を一つ取れば修正。

 

 別の生徒が予定外に動けば、また修正。

 

 魔法が予想以上に広がれば、さらに修正。

 

 ルシアンは、起きた出来事のすべてを頭の中へ載せ、そのすべてに対して最適解を出そうとしている。

 

「待って……今……誰が、どれを……」

 

 やがて。

 

 止まった。

 

(出たな)

 

 これが、ルシアンの実技不振の正体だ。

 

 時間をかけて計画を組ませれば非常に優秀。

 

 だが現実が予定から外れ、例外が増えれば増えるほど、その全部を真面目に処理しようとして自分自身の処理能力を食い潰す。

 

(頭が悪いんじゃない。考えなくていいことまで全部考えてるから、パンクするんだ)

 

 診断はほぼ確定。

 

 その一方で。

 

 陣形が崩れるほど、逆に輝きを増す奴もいた。

 

「後ろ!」

 

「マルクス、伏せろ!」

 

「オスカー、左!」

 

 セシリアだ。

 

 十五人へ張り巡らせた風の網が、ルシアンの頭が止まった分まで補い始めている。

 

 誰がどこにいる。

 

 俺がどこへ抜けた。

 

 次に誰が危ない。

 

 彼女はそれを、一つずつ頭の中で理論的に計算しているわけではない。風の揺らぎを通して、直感的に処理している。

 

(こいつ、指揮官っていうより天性の管制役だな)

 

 本人すら、まだ気づいていないかもしれない。

 

 その時だった。

 

「う、うわっ!」

 

 オスカーが焦って放った魔法が、また出力過多になった。

 

 ドンッ!

 

 大量の土煙が舞い上がる。

 

「ご、ごめん!」

 

「――オスカー!」

 

 突然、マルクスが叫んだ。

 

「そのまま煙を広げろ!」

 

「え?」

 

 ルシアンも、その声でハッと我に返る。

 

「使えます! 視界遮断です! そのまま維持してください!」

 

(ほう)

 

 失敗を、失敗のまま終わらせなかった。

 

 俺の視界は土煙で塞がれている。

 

 だが、セシリアには風を通して俺の位置が分かる。

 

 つまり、この煙は敵の視界だけを大きく奪いながら、味方側の索敵能力はほぼ維持できる。

 

(いいじゃん)

 

 暴発した現象を、その場で資源へ変えた。

 

 ここから、生徒たちの動きが少しずつ変わり始めた。

 

「あいつの言う通り、当てりゃ俺たちの勝ちだ!」

 

 マルクスは俺へ直接炎を撃たず、地面や逃げ道へ火球を置いて進路を限定する。

 

「右! 今度は左!」

 

 セシリアが煙の中でも俺の位置を追う。

 

「オスカー、奥だけ塞いで!」

 

「う、うん!」

 

「前衛、そのまま詰めて!」

 

 そしてルシアンも変わった。

 

 全部を計算するのをやめた。

 

「右!」

 

「封鎖だけ!」

 

「マルクス、今!」

 

 必要な指示だけを短く飛ばしている。

 

(おいおい)

 

 俺は土煙の中で身を躱しながら、思わず笑いそうになった。

 

(教えたわけでもないのに、戦闘中に自分で修正しやがる)

 

 こいつら。

 

 かなり面白い。

 

 土煙の中で、二度目の危機が訪れた。

 

「三歩右!」

 

 セシリアの通知と同時に、前衛が踏み込む。

 

 左にはマルクスの炎。

 

 後方はオスカーが塞いでいる。

 

「上!」

 

 ルシアンの声。

 

 頭上から、一人の生徒が飛び込んできた。

 

(これは――)

 

 上下左右。

 

 ほぼ塞がれた。

 

 伸ばされた手が、俺の徽章へ迫る。

 

 本当に近い。

 

 俺は今まで全身へ均等に回していた《身体強化》の出力を、必要な瞬間だけ脚と体幹へ集中させた。

 

 ドンッ!

 

 一瞬だけ加速を跳ね上げ、十五人の包囲網に生まれた僅かな継ぎ目を一本の線のように抜ける。

 

 胸元の徽章は白いまま。

 

「くそおおおっ!」

 

 マルクスの叫びが演習場に響いた。

 

 だが。

 

 俺の評価は、開始時とはもう大きく変わっていた。

 

 個々の能力。

 

 学園で叩き込まれた基礎。

 

 昨日チームを組んだばかりとは思えない連携。

 

 そして、失敗した後に自分たちで戦い方を変える修正能力。

 

 どれも高水準だ。

 

(才能不足じゃない)

 

 問題は、持っている選択肢が少ないこと。

 

 それだけだ。

 

(教え甲斐、あるな)

 

 自分でも気づかないうちに、少し楽しくなっていた。

 

「残り一分!」

 

 監督教師の声に、十五人の表情が一斉に変わる。

 

「全部使うぞ!」

 

「最後の配置!」

 

 十五人が一度大きく距離を取り、素早く再配置した。

 

 ただし、開始時の綺麗な陣形とは違う。

 

 この十分にも満たない戦闘で得た失敗を踏まえた、もっと乱戦向きの配置だ。

 

 セシリアの風が全員を繋ぐ。

 

 ルシアンの指示は短い。

 

 オスカーは俺を倒そうとせず、退路を塞ぐことだけに出力を使う。

 

 マルクスも火力を一箇所へ集中せず、複数の炎を進路上へ置いていく。

 

 そこへ前衛が圧力をかけ、俺を狙った場所へ追い込む。

 

(いい)

 

 開始時より、明らかに強い。

 

 俺は再び、最も簡単な穴――前衛生徒の背後へ入り込もうとした。

 

「またそれかよ!」

 

「だから乱戦だって――」

 

「構わない!」

 

 セシリアが叫んだ。

 

「撃たないで! 進路だけ潰して!」

 

(お)

 

 後衛の攻撃は止まった。

 

 だが、今度は何もしなくなるわけではない。

 

 俺へ撃ち込む代わりに、逃げられる方向へ炎を置く。風を置く。前衛を回す。

 

(同じ手は、二回目には完全には通じないか)

 

 これも加点だ。

 

 前衛を躱す。

 

 その先へマルクスの火球が置かれる。

 

 横へ逃れる。

 

「そこ!」

 

 セシリアの声。

 

 最後の一人が踏み込み、胸元へ掌を伸ばした。

 

 ほんの一瞬の交錯。

 

(……惜しい)

 

 身体を滑らかに旋回させる。

 

 生徒の掌が空を切った。

 

 同時に。

 

「そこまで!」

 

 監督教師の終了を告げる声が、第三演習場へ響き渡った。

 

 十分。

 

 終了だ。

 

 俺の胸元にある《決闘用感応徽章》は、最後まで白いままだった。

 

「勝者――アルヴィス・フォン・ヴァルドスタ特別講師!」

 

 十五人が、一斉にその場へ座り込んだ。

 

 膝へ手をついて荒い呼吸を繰り返す者もいれば、そのまま仰向けに倒れる者もいる。杖へ身体を預けて、どうにか立っている者もいた。

 

 全員かなり魔力を消耗している。

 

 俺も多少は呼吸が上がっていたが、《身体強化》を解除すればそれで済む程度だ。

 

「……マジかよ」

 

 マルクスが悔しそうに地面を叩く。

 

「十五人で……一発も……」

 

 オスカーは完全にへたり込んでいた。

 

 セシリアは悔しそうに唇を噛み、ルシアンはすでに頭の中で敗因分析を始めているようだった。

 

 俺はそんな十五人を見渡した。

 

「うん」

 

「…………」

 

「思ってたより、全然悪くない」

 

「はぁ!?」

 

 全員が一斉に顔を上げた。

 

「それ褒めてんのか!?」

 

「褒めてるよ」

 

 俺は順番に、良かったところを挙げていく。

 

「まず、前衛と後衛の役割分担。身体強化で時間を稼いで後衛の詠唱を通す。定石通りだけど正しい」

 

 何人かが黙ってこちらを見る。

 

「杖の補助術式を使った簡易発動も悪くなかった。セシリアの位置把握はかなりいい。十五人を同時に追えるのは明確な才能だ」

 

「……え」

 

「ルシアンも、最初の指揮はかなり的確だった。オスカーも昨日より明らかに出力を抑えようとしてたし、途中の暴発を煙幕へ切り替えた判断も良かった」

 

「ぼ、僕も……?」

 

「マルクスも、馬鹿みたいな最大火力をぶっ放さず、ちゃんと炎を進路制限に使ってた」

 

「……最後だけ褒め方おかしくねえか?」

 

「気のせい」

 

 十五人は、何とも言えない顔で俺を見ていた。

 

 負けたのだ。

 

 だから、出来なかったことを並べられると思っていたのかもしれない。

 

 弱い。

 

 駄目だ。

 

 だからお前は問題児なんだ。

 

 今までそう評価され続けてきたなら、そう考えても不思議ではない。

 

 だが、俺が見たいのは出来なかったところだけじゃない。

 

 何が出来たのか。

 

 何が出来なかったのか。

 

 その両方だ。

 

「昨日初めてチームを組んだばかりにしては、かなり上出来だ。誇っていい」

 

「……僕たちの動き」

 

 ルシアンが、信じられないものを見るような目で俺を見た。

 

「全部、見ていたんですか?」

 

「そのための試験だからな」

 

「…………」

 

「ただ」

 

 俺の声色が変わると、十五人の表情も自然と引き締まった。

 

「全員に共通して、一個だけ死ぬほどでかい問題がある」

 

「……なんだよ」

 

 マルクスが警戒する。

 

「お前ら」

 

 俺は言った。

 

「攻撃魔法に頼りすぎ」

 

「……は?」

 

「俺が前衛の後ろへ入った時、お前らの攻撃、完全に止まっただろ」

 

「当たり前だ! 味方がいたからだ!」

 

「なら拘束すればいい」

 

「……」

 

「視界を塞ぐ。壁を作って移動先を限定する。足場を崩す。索敵を切る。味方を強化する。なんで誰も、ほとんど選ばなかった?」

 

「それは……」

 

「お前らの頭の中で、『魔法使いは敵へ攻撃魔法を撃つもの』っていう選択肢が強すぎるんだよ」

 

「それの何が悪いんだよ」

 

「勘違いするな」

 

 俺はすぐに否定した。

 

「今まで学園で教わった戦い方そのものが間違ってるって言ってるんじゃない。大規模戦なら、役割分担は合理的だ」

 

 騎士が前衛。

 

 魔法使いが火力。

 

 治癒術師が回復。

 

 結界術師が防御。

 

 一人に全部覚えさせるより、それぞれの専門家を揃えた方が効率がいい。

 

「自分の専門を伸ばすこと自体は正しい」

 

「だったら――」

 

「でも、自分が生き残るための最低限の手札まで他人へ丸投げするな」

 

 俺はマルクスの言葉を遮った。

 

 前衛が倒れたら。

 

 詠唱中に敵が来たら。

 

 護衛とはぐれたら。

 

 味方が射線へ入ったら。

 

 迷宮で一人だけ別の場所へ落とされたら。

 

「『俺は火力役だから、それ以外は何もできません』じゃ、その瞬間に詰むぞ。専門化することと、専門外の事態に無力であることは違う」

 

「…………」

 

 俺の頭の中では、もう次の授業が組み上がり始めていた。

 

 マルクスには炎の効率。

 

 セシリアには管制能力。

 

 オスカーには魔力出力の調整。

 

 ルシアンには思考処理の省略。

 

 それ以外の十一人にも、一人ずつ問題があり、それ以上に伸ばせるところがある。

 

 全部やりたい。

 

 だが、個別調整は後だ。

 

 まずは全員に共通する、もっと根本的な穴を塞ぐ。

 

 こいつらは戦術的な語彙が少なすぎる。

 

 焼く。

 

 凍らせる。

 

 吹き飛ばす。

 

 切り裂く。

 

 それ以外にも、魔法で出来ることはいくらでもある。

 

「で」

 

 俺はマルクスを見る。

 

「約束通りだ」

 

「…………」

 

「今日から一ヶ月、俺の授業中は俺の指示に従ってもらう」

 

 マルクスはしばらく黙っていたが、やがて悔しそうに息を吐いた。

 

「……分かったよ」

 

「負けたもんはしょうがないね」

 

 セシリアが肩をすくめる。

 

「異論ありません」

 

 ルシアンも頷いた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 オスカーもおずおずと頭を下げる。

 

 他の生徒たちも、渋々だったり、少しだけ期待を滲ませたりしながら、それぞれ了承した。

 

 これでようやく。

 

 十五人全員が、正式に俺の生徒になった。

 

「で?」

 

 マルクスが嫌そうな顔で聞いてくる。

 

「明日から、何やらせる気だよ」

 

「そうだな」

 

 俺は少し考えるふりをした。

 

「まず、簡単なところからだな」

 

 十五人が、ほんの少しだけ安心した顔をする。

 

 安全区域のエレノアだけは、『また師匠の最悪な授業が始まりますわ』とでも言いたげな目で俺を見ていた。

 

「明日から一ヶ月――俺の授業中、お前らは攻撃魔法の使用禁止」

 

「…………」

 

 静寂。

 

「…………は?」

 

「はああああああああ!?」

 

 十五人の絶叫が、第三演習場へ響き渡った。

 

「俺から炎取ったら、何が残るんだよ!」

 

「それを見つけるための授業だよ」

 

「風刃も駄目!?」

 

「攻撃に使うなら駄目」

 

「ぼ、僕は……?」

 

「むしろお前はちょうどいい」

 

「具体的に何を使用するんですか!?」

 

 ルシアンの質問に、俺は指を折って答える。

 

「拘束、防御、移動、索敵、撹乱、支援。敵をぶっ飛ばす以外にも、魔法には仕事があるってことを、明日から身体に叩き込んでもらう」

 

「そんな……」

 

「一ヶ月も……」

 

「鬼かよ……」

 

 十五人の顔が、絵に描いたように引きつっていく。

 

「楽しみですわね、皆様!」

 

 その中で、エレノアだけが嬉しそうに微笑んでいた。

 

「……ん?」

 

 俺はそちらを見る。

 

「何を他人事みたいな顔してるんだ?」

 

「……はい?」

 

「お前もだぞ、エレノア」

 

「…………」

 

 笑顔が固まった。

 

「わ、わたくしもですの!?」

 

「当たり前だろ。お前も俺の生徒だ」

 

「ですが、わたくしは先行受講者で――」

 

「だから?」

 

「…………」

 

「お前、今のところ身体強化以外は氷系統にかなり偏ってるだろ」

 

「そ、それは……」

 

「最初に言ったよな。もし氷が使えなくなった絶望的な状況でも死なないために、二番目、三番目の手段を身体に刻めって」

 

「…………」

 

 エレノアの顔が、見る見るうちに青ざめていく。

 

「というわけで、一ヶ月。氷の攻撃魔法も禁止」

 

「横暴ですわぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「お前もかよ!」

 

 マルクスが思わず叫んだ。

 

「当たり前だろ。弟子だからって特別扱いする理由ないし」

 

「し、師匠! せめて《アイス・バレット》だけでも!」

 

「駄目」

 

「小さいのを一発だけ!」

 

「駄目」

 

「氷の針一本!」

 

「攻撃に使うなら駄目」

 

「悪魔ですわ!」

 

 今度は十五人の方から、エレノアへ僅かな同情の視線が向けられた。

 

 ついさっきまで、俺の恐ろしさを知る唯一の先行受講者として余裕の笑みを浮かべていた少女が、一瞬で自分たちと同じ側へ転落したのだ。

 

(さて)

 

 俺は、揃って不満を訴え始めた十六人の生徒たちを眺める。

 

 攻撃魔法という、一番分かりやすい答えに頼りすぎている十六人。

 

(まずは、そこの常識から徹底的に壊していくとするか)




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