前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~   作:パラレル・ゲーマー

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第8話 敵を倒すな。歩かせるな

 翌朝。

 

 王立魔法学園の第三演習場には、エレノアを含む十六人の生徒たちが集まっていた。

 

 そのうち十五人は、少しの疲労の色と、それ以上に色濃い警戒心を浮かべている。

 

 無理もない。

 

 昨日は十五人がかりで六歳の特別講師に挑み、結果として一発の有効打も与えられずに完全敗北を喫したのだ。

 

 おまけに、今日から一ヶ月間、俺の授業中は指示に従うという約束まで背負わされている。

 

「……おい」

 

 マルクスが俺の顔を見るなり、眉間に皺を寄せて聞いてきた。

 

「今日は何Gだ」

 

「何の話?」

 

 俺がとぼけると、エレノアが横から得意げに解説を入れた。

 

「師匠の授業ですから、そろそろ地獄のような重力負荷が来る頃ですわ」

 

「来ないよ」

 

「では、内臓の奥底から鍛え直すような特殊な訓練とか?」

 

「お前、俺を何だと思ってる?」

 

 俺が呆れて突っ込むと、十五人の生徒たちが一斉に『内臓……?』と青ざめた顔でエレノアを見た。

 

 エレノアだけは俺の先行受講者なので、彼女の語る「地獄」の解像度が高すぎる。他の生徒たちへ無用な恐怖を与えるのはやめてほしい。

 

「変な脅しを入れるな。今日は普通に授業を始めるぞ」

 

 俺は咳払いを一つし、十六人へ向き直った。

 

「まず、昨日言ったルールの確認だ」

 

 俺の言葉に、マルクスが念を押すように身を乗り出した。

 

「昨日の、あれ。本気なのか?」

 

「何が?」

 

「今日から一ヶ月、俺たちの攻撃魔法を禁止するっていう狂ったルールだよ」

 

「ああ、本気だ」

 

 俺が頷くと、セシリアが不満そうに指先で小さな風を回した。

 

「アタシの風刃も?」

 

「駄目」

 

「《アイス・バレット》もですの?」

 

 エレノアまで聞いてくる。

 

「昨日駄目だって言っただろ」

 

 オスカーがおどおどと手を挙げた。

 

「ぼ、僕の場合……出力が制御できなくて、どこからが攻撃になるんでしょうか……」

 

「お前は特に気をつけろ」

 

 そこで俺は、改めてルールを正確に説明することにした。

 

「いいか。勘違いするなよ。俺は『炎を使うな』とは一言も言ってない」

 

 マルクスがピクリと反応する。

 

「『風を使うな』とも、『氷を使うな』とも言ってない。俺が禁止してるのは、『相手へ直接ダメージを与えること』を目的にして魔法を使うことだ」

 

 エレノアがハッとした顔をした。

 

「では、氷魔法そのものは使ってもよろしいのですのね?」

 

「当然」

 

 彼女の蒼い瞳がキラリと輝く。

 

「でしたら、《アイス・バレット》は……!」

 

「それは思いっきり、人に当てるための攻撃魔法だろ」

 

「くっ……!」

 

 エレノアが悔しそうに唇を噛んだ。

 

「炎でも、風でも、氷でも、土でも、水でも好きに使え。ただし『敵を傷つけて止める』って答えは禁止。それ以外の方法を考えろ」

 

「……面倒くせえルールだな」

 

「だから授業なんだよ」

 

 俺はそう言ってから、演習場の反対側を指差した。

 

 距離にして、およそ五十メートル。

 

 そこには一本の赤い旗が立てられている。

 

 十六人の視線が旗へ集まった。

 

「……旗?」

 

「今日の授業は死ぬほど簡単だ」

 

 俺はスタート地点へ立ち、赤い旗を指差した。

 

「俺が今から、あの旗に向かって歩く。お前らは、俺が旗に触るのを止めろ」

 

 沈黙。

 

「……は?」

 

 マルクスが間の抜けた声を出した。

 

「それだけ」

 

「それだけって……昨日十五人がかりで一発も当てられなかった奴を、今度は止めろってのかよ!」

 

「だから、今日は俺の方にもかなり厳しい制限をかける。今回は実力診断じゃなくて、純粋な授業だからな」

 

 俺は指を折りながら、自分に課す制限を数え上げた。

 

「走らない。跳ばない。《身体強化》も使わない。障害物を力任せに破壊しない。魔法も異能も使わない。お前らを物理的に押し退けない。当然、攻撃もしない。ただ普通の六歳児くらいの歩行速度で、あの旗まで歩くだけだ」

 

 ただし、と付け加える。

 

「横へ避ける。引き返す。回り道をする。足場を選ぶ。お前らが作った隙間を通る。その辺は自由」

 

「……本当に、歩くだけ?」

 

 マルクスが疑わしそうに聞いてくる。

 

「歩くだけ」

 

「本当に?」

 

 今度はセシリア。

 

「本当に」

 

 ルシアンが眼鏡を押し上げ、冷静に確認を始めた。

 

「我々の勝利条件は?」

 

「俺を三分間、旗へ触れさせなければ勝ち」

 

「三分……」

 

 ルシアンが五十メートル先の旗を見る。

 

 事前に同じ速度で歩いて計測してあるが、何も邪魔されなければ俺の到達時間はおよそ五十秒。

 

 つまり、少し遠回りさせる程度では三分には届かない。

 

「じゃあ、十六人全員で先生を囲んで、身体を直接押さえつければいいのでは?」

 

 前衛の男子生徒が、極めて物理的な解決策を口にした。

 

「それは禁止」

 

「なんでだよ!」

 

「魔法の授業だから」

 

 身体強化で組み付くのも当然禁止だ。

 

「あくまで魔法を使って、俺の進行を妨害すること。ただし、魔法で作った物体や地形、現象を利用するのは自由」

 

 これで課題の焦点は保たれる。

 

「準備時間は五分。相談して決めろ」

 

 十六人が集まり、ひそひそと作戦会議を始めた。

 

 彼らからすれば、六歳の子供が歩いてくるのを防ぐだけだ。

 

 当然、最初に出てくる発想は分かりやすい。

 

「壁を作ればいい」

 

 土属性の生徒が自信満々に言った。

 

「でしたら、わたくしの氷で正面を塞ぐのも簡単ですわ」

 

 エレノアも得意げだ。

 

「風で押し返すのは駄目なんだろ? だったら風の壁で進めなくするとか?」

 

 セシリアも案を出す。

 

 話し合いを聞く限り、彼らの基本方針は一つだった。

 

 俺の正面へ、とにかく頑丈な障害物を並べる。

 

 実に分かりやすい。

 

 ただ一人、マルクスだけが蚊帳の外で不貞腐れていた。

 

「……俺、何すりゃいいんだよ」

 

 彼の炎は、攻撃を禁止されると途端に使い道が分からなくなるらしい。

 

 燃える壁を作れば俺へ火傷を負わせかねない。爆発させれば論外だ。

 

 今は放っておこう。

 

「じゃあ、一回目。開始」

 

 俺は宣言し、赤い旗へ向かって歩き始めた。

 

 トコトコと進む俺の正面に、予想通り巨大な土壁がドスンと現れる。

 

 俺はその前で足を止めた。

 

「よし!」

 

 生徒たちが歓声を上げる。

 

 俺は土壁を見上げた。

 

 次に右を見る。

 

 そのまま普通に右へ向かって歩き出した。

 

「…………」

 

 壁の横を通り抜ける。

 

「おい!」

 

 マルクスが叫んだ。

 

「何?」

 

「回り込むなよ!」

 

「なんで?」

 

「俺たちが壁を作っただろ!」

 

「うん」

 

「だったら、そこで止まれよ!」

 

「嫌だよ」

 

 俺は普通に歩き続ける。

 

 慌てたセシリアが、俺の側面へ風の障壁を作った。

 

 では反対側へ。

 

 土壁が追加される。

 

 隙間を抜ける。

 

 エレノアが氷柱を並べる。

 

 その間を歩く。

 

 十六人は必死になって、俺が向かおうとしている「目の前」へ障害物を追加していく。

 

 そして俺は、そのたびに少しだけ方向を変えて歩き続けた。

 

 結果。

 

 一分二秒。

 

 俺は赤い旗へ到着し、先端へ軽く触れた。

 

「はい、一回目終了」

 

「…………」

 

 十六人が、信じられないものを見るような顔で黙り込んだ。

 

「いやいやいやいや!」

 

 マルクスが頭を抱える。

 

「師匠が意地悪ですわ!」

 

 エレノアまで抗議してきた。

 

「俺、普通に歩いて避けただけだぞ」

 

 実際その通りだ。

 

「ちなみに、何もなければ俺が旗まで歩くのにだいたい五十秒」

 

「……」

 

「お前ら十六人で壁をあれだけ作って、稼いだ時間は十二秒」

 

「…………」

 

 今度こそ、本当に誰も何も言わなくなった。

 

「じゃあ、一回反省会な」

 

 俺はスタート地点へ戻り、木の枝を拾って地面へ簡単な図を描いた。

 

 スタート地点。

 

 ゴール。

 

 その間に一本の壁。

 

「お前ら、さっきの巨大な土壁で俺に何をした?」

 

「……進路を塞ぎましたわ」

 

 エレノアが悔しそうに答える。

 

「本当に?」

 

 聞き返すと、ルシアンが少し考えて口を開いた。

 

「……正面から最短距離で進む経路を、一つだけ塞いだ」

 

「そう」

 

 俺は頷いた。

 

「お前らは俺を『止めた』んじゃない。俺が選べるいくつもの道の中から、一個だけ選択肢を減らしたんだ」

 

 十六人が少しだけハッとした顔になる。

 

「じゃあ、根本的な質問」

 

 俺は枝を放り投げた。

 

「『拘束』って何だ?」

 

 前衛の男子生徒が答える。

 

「敵を動けなくすることです」

 

 セシリアが続いた。

 

「身体を縛り上げること」

 

 マルクスは腕を組む。

 

「敵が無理やり動こうとしても動けねえくらい、強い魔法で押さえ込むことだろ」

 

「全部、最終的な結果としては間違ってない」

 

 俺は十六人を見渡した。

 

「でも、その考え方だと、お前らは敵を拘束するたびに『相手より強い拘束魔法』を真正面から用意しなきゃいけない」

 

 相手の筋力が百なら、百一以上の力で縛る。

 

 身体強化で二百に上がったなら、二百一以上。

 

「敵が強くなるほど、必要な魔力も出力もどんどん増える。それ、死ぬほど効率悪くない?」

 

「……」

 

 俺は今度は地面へ、中心から複数の矢印が伸びる簡単な図を描いた。

 

「俺の考え方は違う。拘束っていうのは、必ずしも相手を一ミリも動けなくすることじゃない」

 

 一人の人間が、その場から取れる行動。

 

 前へ進む。

 

 右へ避ける。

 

 左へ逃げる。

 

 後ろへ下がる。

 

 跳ぶ。

 

 しゃがむ。

 

 攻撃する。

 

 詠唱する。

 

「相手より強い力で全部まとめて封じるんじゃなくて、こういう選択肢を一個ずつ消していく」

 

 正面へ壁を作れば、前へ進む選択肢が消える。

 

 右も塞げば右が消える。

 

 左側だけ歩きにくくすれば、左を選ぶ可能性が下がる。

 

 後ろへ戻りづらい状況を作れば、後退も選びにくくなる。

 

「最後に、一番楽に選べる道が一個しか残ってなかったら?」

 

 ルシアンが目を見開いた。

 

「……その道を、相手に選ばせることができる」

 

「そう」

 

 俺は笑った。

 

「道が一個も残らなければ、結果として完全に動けなくなる。つまり完全拘束だ」

 

 十六人の中で、それまでの「拘束」という認識が音を立てて組み変わっていく。

 

 これは、前世で覚えた柔道やレスリングなどの組技で使われる「崩し」にも近い。

 

 強い相手を止める時ほど、真正面から筋力だけで押し潰そうとはしない。

 

 姿勢を崩す。

 

 重心を外す。

 

 逃げられる方向を減らす。

 

 関節が動ける範囲を限定する。

 

 盤上遊戯でも似た考え方がある。

 

 相手の駒をひたすら取るだけではなく、安全に動ける場所や逃げ道を減らし、次に選べる手そのものを狭めていく。

 

 魔法でも同じことをやればいい。

 

「よし。第二回」

 

 俺の宣言に、マルクスが顔を引きつらせた。

 

「もうやんのかよ!」

 

「今分かったことを、すぐ使わないと頭でっかちになるだろ」

 

 再び五分間の作戦会議。

 

 今度は、十六人の話している内容が明らかに違う。

 

「正面を完全に止める必要はない」

 

「右へ行かせたくないなら、右を通りづらくすればいい」

 

「じゃあ、わざと左へ誘導する?」

 

「いや、左へ行った先に次の障害を――」

 

 ルシアンが地面へ簡単な経路図を描き始める。

 

 セシリアも演習場を見渡し、どこへ風を置けば効果的か考えている。

 

 エレノアも地面を睨みながら、自分の氷をどう使えばいいか真剣に考えていた。

 

 五分後。

 

「第二回、開始」

 

 俺は再び普通に歩き始めた。

 

 今度は、正面へ巨大な壁は現れない。

 

 代わりに、小さな土の隆起が足元へ現れた。

 

 乗り越えられないほどではない。

 

 だが、そのまま直進するより右へ避けた方が楽そうだ。

 

 俺は右へ進路を変える。

 

 そこには、エレノアが極めて薄く張った氷の床があった。

 

(へえ)

 

 今まで彼女にとって氷は、弾丸であり、完全凍結であり、分厚い壁だった。

 

 だが今回は違う。

 

 俺が進んでほしくない場所だけを薄く凍らせ、「通れない道」ではなく「選びたくない道」へ変えている。

 

 試しに踏んでみる。

 

 ツルッ。

 

 足が滑った。

 

 転ぶほどではないが、姿勢を立て直すために何歩か余計な動きが必要になる。

 

「止まりませんわ!」

 

 エレノアが悔しそうに言う。

 

「でも俺、今何秒遅れた?」

 

 ルシアンが時間計測用の魔道具へ目を落とした。

 

「……四秒ほどです」

 

「じゃあ成功」

 

「え?」

 

「完全に止める必要なんてないだろ。四秒遅らせられたなら、四秒分仕事したってことだ」

 

 百の速度をゼロにする必要はない。

 

 百を八十へ落とす。

 

 たったそれだけでも、戦闘では十分意味がある。

 

「遅延も立派な拘束だ」

 

 俺が氷床を避けて左へ向かうと、今度はセシリアの風が吹いた。

 

 吹き飛ばすような強風ではない。

 

 俺が歩いている方向とは真逆から、ごく弱い向かい風が絶え間なく吹き続ける。

 

 身体へ害はない。

 

 それでも、一歩ごとに僅かな抵抗があり、確実に歩行速度を削られる。

 

「……なんか、地味」

 

 セシリアが自分の風を見ながら呟く。

 

「地味でいいんだよ」

 

「風の天才がやることが向かい風って……」

 

「その向かい風で俺は遅くなってるだろ」

 

「……まあ」

 

 さらに数秒。

 

 今度は土属性の生徒が、地面へ浅い溝と小さな隆起を作った。

 

 最初のような巨大な壁ではない。

 

 怪我をさせる落とし穴でもない。

 

 純粋に歩幅を乱し、真っ直ぐ歩きづらくする程度の地形変化だ。

 

 そこへ水属性の少年が少量の水を流した。

 

 大量の水で押し流すのではなく、土使いが作った浅い窪みにだけ水を溜める。

 

 乾いた地面が、そこだけ柔らかな泥へ変わった。

 

(組み合わせたか)

 

 一歩踏み込むと、靴底が僅かに沈む。

 

 足を抜く。

 

 また数秒。

 

 別方向では、光魔法を使う少女が、地面の一角だけへ強い光を反射させていた。

 

 目潰しになるほどではない。

 

 だが、わざわざそちらを向いて歩きたいとは思わない程度には眩しい。

 

(これも「通れない」じゃなくて「通りたくない」か)

 

 少しずつ、理解し始めている。

 

「オスカー!」

 

 ルシアンが声を上げた。

 

「はい!」

 

「先生の右側。ほんの少しだけ空気を押してください!」

 

「えっ!?」

 

 オスカーが青ざめる。

 

「ぼ、僕がやったら吹き飛んじゃうよ!」

 

「吹き飛ばしたら攻撃だから失格な」

 

「無茶だよ!」

 

「でもやれ」

 

「先生まで!?」

 

 オスカーは半泣きになりながら杖を構えた。

 

 昨日なら、ここで大量の魔力が一気に噴き出していただろう。

 

 だが今回は違う。

 

 魔力を集める。

 

 止める。

 

 また少し流す。

 

 何度も失敗しかけながら、必死に出力を抑える。

 

「う、うう……これくらい……?」

 

 ふわっ。

 

 俺の服の裾が僅かに揺れた。

 

 それだけだった。

 

 オスカー本人が、一番驚いた顔をする。

 

「……出た」

 

 弱い。

 

 攻撃ですらない。

 

 だが、その僅かな空気の流れが、目の前にある泥水の表面を揺らした。

 

 俺は反射的に足場の状態を確認するため、一歩だけ速度を落とした。

 

「今の、二秒」

 

「え?」

 

「二秒稼いだぞ」

 

「……僕が?」

 

「そう」

 

 オスカーが自分の杖を呆然と見つめる。

 

 大量の魔力を放たなくても。

 

 相手を吹き飛ばさなくても。

 

 役に立つ。

 

 たった二秒。

 

 でも、それでいい。

 

 小さな成功を確認しながら歩いていると、俺はいつの間にか演習場中央の細く曲がった経路へ誘導されていた。

 

(そうそう。こういうことだ)

 

 巨大な壁で道そのものを消す必要はない。

 

 氷。

 

 向かい風。

 

 段差。

 

 泥。

 

 光。

 

 一つ一つは大したことがない。

 

 だが、それぞれが「こっちへ行くのは面倒だ」と思わせることで、俺が選びやすい道を少しずつ限定している。

 

 敵を殺すための地形ではない。

 

 敵に「通ってほしい場所」を決めるための地形だ。

 

 ただ一人。

 

 マルクスだけが、何もできずに立ち尽くしていた。

 

「…………」

 

「マルクス、お前何してんの?」

 

 俺がわざとらしく聞くと、彼は顔を真っ赤にして怒鳴った。

 

「考えてんだよ!」

 

「何を?」

 

「炎を使って! お前を傷つけずに! 止める方法をだよ!」

 

「それが今日の授業だからな」

 

「炎ってのは、そもそも敵を燃やすためのもんだろ!」

 

「そう?」

 

「そうだろ!」

 

「じゃあ考えろ」

 

「くそっ……!」

 

 今回は答えを教えない。

 

 マルクスにとって、これは今回の授業そのものだからだ。

 

 炎が何のために存在するか。

 

 どう使えば敵を燃やさずに行動へ干渉できるか。

 

 自分でそこへ辿り着いてもらう。

 

 俺は再び歩き始めたが、やがて一度足を止めた。

 

「止まった!」

 

 生徒たちから歓声が上がる。

 

 俺の周囲には、土の隆起、泥、薄氷、弱い向かい風、眩しい光。

 

 どれも突破できる。

 

 だが、どこへ行くのも少しずつ面倒だ。

 

「俺、もう動けないと思う?」

 

 問いかけると、十六人が周囲を見る。

 

 右へも行ける。

 

 左も行ける。

 

 引き返すことだってできる。

 

「……完全には止まってない」

 

「そう。でも、今の俺が一番楽に進める道は?」

 

 ルシアンが、地面に作られた経路を見る。

 

「……中央の道」

 

「それを作ったのは?」

 

「僕たちです」

 

「そういうこと」

 

 俺は笑った。

 

「お前ら、今初めて俺の行動を決めたぞ」

 

「……これが拘束?」

 

 セシリアが狐につままれたような顔をしている。

 

「広い意味ではな。敵を鉄鎖で縛り付けることだけが拘束じゃない」

 

 右へ行け。

 

 そこから出るな。

 

 この道を通れ。

 

 三秒そこへいろ。

 

 どれも、相手が自由に選べる行動を減らしている。

 

「戦闘で楽なのは、敵が次にどこへ行くか分かってることだ。もっと言えば、何秒後にどこへ来るかまで分かれば最高」

 

「そこへ攻撃魔法を撃てば……」

 

 マルクスが反射的に呟く。

 

「そう。まあ今は禁止だけどな」

 

「早く解禁しろよ!」

 

 俺は笑いながら、残された経路を歩いていく。

 

 十六人も必死に妨害を追加したが、まだ完成度が足りない。

 

 最終的には遠回りさせられながらも、俺は赤い旗へ辿り着いた。

 

「そこまで!」

 

 ルシアンが計測用の魔道具を見る。

 

「二分……二十秒」

 

「くそおおおっ!」

 

 マルクスたちが崩れ落ちた。

 

 三分には届かなかった。

 

 負けは負け。

 

 だが。

 

「一回目、何分だった?」

 

 俺が尋ねると、ルシアンが表示を切り替える。

 

「一分二秒です」

 

「今は?」

 

「二分二十秒」

 

 セシリアが目を丸くした。

 

「……倍どころじゃないじゃん」

 

「そういうこと」

 

 何も邪魔しなければ、およそ五十秒。

 

 一回目は一分二秒。

 

 たった十二秒しか稼げなかった。

 

 二回目は二分二十秒。

 

 今度は九十秒近く、俺の到達を遅らせたことになる。

 

「一回目の七倍以上、時間を稼いだ」

 

「……」

 

「同じ十六人。同じ魔法。別に魔力量が増えたわけでも、新しい術式を覚えたわけでもない」

 

 それでも結果は大きく変わった。

 

「考え方を変えただけだ」

 

 十六人が、それぞれ自分たちの作った障害物を見た。

 

 巨大な壁ではない。

 

 弱い風。

 

 薄い氷。

 

 浅い溝。

 

 泥。

 

 光。

 

 服の裾を僅かに揺らす程度の空気。

 

 どれも昨日までの彼らなら、「弱い」「役に立たない」と切り捨てていたかもしれない。

 

「例えば、お前らが絶対に倒せない強敵に出会ったとする」

 

 俺は授業の総括に入った。

 

「でも、妨害魔法で十秒稼げたら?」

 

「味方の詠唱時間を稼げます」

 

 ルシアンが答える。

 

「三十秒なら?」

 

「援軍が来るかもしれない」

 

 別の生徒。

 

「一分なら?」

 

 少し考えてから、エレノアが答えた。

 

「民間人を逃がす時間を作れますわ」

 

「そう」

 

 俺は頷いた。

 

「敵を止めるっていうのは、永遠に一歩も動けなくすることじゃない」

 

 必要なのは目的によって変わる。

 

「何秒止めたいのか。どこへ行かせたくないのか。逆に、どこへ行かせたいのか。それを先に決めろ」

 

 ルシアンが、何かに気づいたように顔を上げる。

 

「……完全な正解を、作る必要はない?」

 

「必要がないならな」

 

「……」

 

「三分遅らせれば目的達成なのに、永久に動けない拘束術を作る必要ある?」

 

「ありません」

 

「なら、必要な精度だけ満たせばいい」

 

 ルシアンが黙り込んだ。

 

 かなり刺さったらしい。

 

 こいつは何でも完全な解答を作ろうとしすぎる。

 

 だが現実では、必要以上の正確さはただの浪費になることもある。

 

 その横では、オスカーが自分の杖をまだ眺めていた。

 

「……あんなに少ない魔力でも、ちゃんと魔法になるんだ」

 

「なるよ」

 

「僕、今まで……魔法って、ちゃんと出すには大量の魔力を流さないと駄目だと思ってて……」

 

「それも後で直す」

 

「は、はい!」

 

 本人にとっては、たった二秒が大きな発見だったようだ。

 

「よし。今日の授業はここまで」

 

 俺が言うと、何人かが露骨に安心した顔をする。

 

「最後に宿題」

 

 その顔が一斉に曇った。

 

「一人一個。自分の得意な魔法を使って、『相手を絶対に傷つけない妨害方法』を考えてこい」

 

「またかよ……」

 

「条件は、直接ダメージ禁止。完全拘束じゃなくてもいい。一秒でも遅らせられれば合格候補」

 

 さらに指を一本立てる。

 

「他人の案をそのまま真似しただけなら不合格。ただし、似た発想でも『自分の魔法ならどう違うか』を説明できればいい」

 

 足場を悪くする。

 

 視界を狭める。

 

 移動方向を限定する。

 

 詠唱を邪魔する。

 

 武器を使いづらくする。

 

 情報を遮る。

 

 逃げ道を選ばせる。

 

「何を制限するための魔法なのか。それも必ず説明すること」

 

 マルクスが頭を抱えた。

 

「炎で、傷つけずに邪魔する……?」

 

「煙でも出せば?」

 

 セシリアが軽く言う。

 

「それお前、今言うな! 俺が考えるネタだろうが!」

 

「別に煙を使っちゃ駄目とは言ってないだろ?」

 

 俺が口を挟む。

 

「でもセシリアの案をそのまま持ってきたら不合格」

 

「聞かなかったことにする!」

 

「もう聞いてるじゃん」

 

「うるせえ!」

 

 その場に小さな笑いが起きた。

 

 昨日までは、互いを「同じ隔離クラスへ押し込まれた問題児」としか見ていなかった連中だ。

 

 少しずつではあるが、同じ課題へ頭を悩ませる仲間らしい空気が生まれ始めている。

 

 俺は授業が終わった後、一人で演習場へ残った。

 

 最初に作られた巨大な土壁。

 

 二回目に作られた小さな段差。

 

 薄い氷。

 

 泥。

 

 僅かな風の痕跡。

 

 どれも、一つ一つなら敵を倒せるような力はない。

 

 むしろ、昨日までの彼らなら「弱すぎて戦闘では使えない」と評価していたかもしれない。

 

 だが、それらを目的に合わせて組み合わせただけで、俺の到達時間は五十秒から二分二十秒まで伸びた。

 

(そうなんだよな)

 

 強力な魔法一発で、何もかも解決する必要なんてない。

 

 弱い現象でもいい。

 

 使う場所。

 

 使う順番。

 

 他の魔法との組み合わせ。

 

 そして何より、何を達成したいのか。

 

 そこが正しければ、弱い魔法だって十分に強い。

 

 遠くから、生徒たちの声が聞こえてきた。

 

「風はずるいだろ! 見えねえんだから!」

 

「属性に文句言うなよ!」

 

「土なんて道そのものを変えられるじゃないですか!」

 

「氷も十分ずるいですわ!」

 

「くそっ、炎はどうすりゃいいんだよ!」

 

 すでに宿題について言い争っている。

 

 俺は少しだけ笑った。

 

(まず一つ)

 

(『攻撃しない魔法』って考え方は、頭に入ったかな)

 

「先生!」

 

 遠くからマルクスが叫ぶ。

 

「煙はセシリアが先に言ったから、俺が自分で考えた扱いにはならねえよな!?」

 

「自分で考えろ!」

 

「くそおおおっ!」

 




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