前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~   作:パラレル・ゲーマー

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第9話 十六通りの「攻撃しない魔法」

 翌朝。

 

 王立魔法学園の第三演習場に足を踏み入れた俺は、少しだけ意外な顔をした。

 

 昨日まで、俺の顔を見るなり食ってかかってきた十六人の生徒たちが、今日は妙に静かだったのだ。

 

 全員がそれぞれの手に、魔法の式を書き込んだノートや羊皮紙、あるいは使い慣れた杖を握りしめている。

 

 中でも一番分かりやすかったのはマルクスだ。

 

 彼は壁に寄りかかって腕を組み、目を閉じているが、その目の下にはうっすらと隈ができていた。

 

「……アンタ、寝てないだろ」

 

 近くにいたセシリアが呆れたように声をかける。

 

「うるせえ。俺の勝手だろ」

 

 マルクスは不機嫌そうに言い返したが、その声にはいつものような刺々しさがない。

 

 逆に、一番弟子のエレノアはものすごく楽しそうに、自分のノートへ書かれた氷の結晶の図式を何度も見返している。

 

 巨大魔力のオスカーは、緊張しているのか、何度も杖を握っては離す動作を繰り返していた。

 

 そして理論型のルシアンに至っては、小脇に何十ページにも及ぶ分厚い資料の束を抱えている。

 

「……おい」

 

 俺はルシアンを指差した。

 

「宿題は、一人『一個』って言ったよな?」

 

「はい。昨晩の時点で候補を百以上挙げ、そこから実現可能性と魔力効率を算出し、最終的に二十七案まで絞り込みました。どれを選ぶべきか、先生の判断を仰ぎたいのですが」

 

「それを『一個』にするのが宿題だったんだよ。自分で決めろ」

 

「ですが、二十七案それぞれに異なる長所が――」

 

「一個」

 

「……はい」

 

 ルシアンがしょんぼりと資料へ視線を落とす。

 

 俺はため息をついた。

 

(……とはいえ)

 

 内心では、彼らの様子に少し感心していた。

 

 正直なところ、エレノアを除く十五人のうち何人かは、六歳児である俺への反抗心から宿題を適当に済ませるか、あるいはまったくやってこないだろうと予想していたのだ。

 

 だが、見れば全員が、自分なりに頭を抱え、悩み、何かしらの答えを持ってきている。

 

 あの血の気の多いマルクスですら、目の下に隈を作るまで考えてきたらしい。

 

(昨日まで俺をクソガキ扱いしてた連中が、なんだかんだで全員真面目に宿題やってきたのか)

 

 もちろん、昨日の決闘で俺が勝ち、「一ヶ月間、俺の授業中は指示に従う」という約束を取り付けたからでもある。

 

 だが、それだけではないだろう。

 

 昨日の「敵を倒さず、歩いているだけの俺を止める」という奇妙な授業そのものが、彼らの凝り固まった魔法への価値観を刺激したのだ。

 

 少しだけ、面白かった。

 

 だから一晩、自分なりの答えを考えた。

 

 教師としては、ちょっとだけ嬉しい瞬間だった。

 

 そんな顔は微塵も見せず、俺はパンッと手を叩いた。

 

「じゃあ、宿題の発表を始めるぞ。順番に出てこい」

 

     ◆

 

「始める前に、採点基準を再確認する」

 

 俺は十六人を前にして、指を三本立てた。

 

「一つ目。相手を傷つけないこと。これが最重要」

 

 一本目。

 

「二つ目。その魔法の目的を説明できること。『なんとなく邪魔になりそうだから』は駄目だ。相手のどの行動を、どう制限するのかを明確にしろ」

 

 二本目。

 

「三つ目。同じ現象を再現できること。一回まぐれで成功しました、じゃ実戦では使えない」

 

 三本目。

 

 そして、もう一つ。

 

「昨日も言ったが、他人の案をそのまま真似しただけなら不合格。ただし、似た発想でも、自分の魔法なら何が違うのか説明できるなら別案として認める」

 

 生徒たちが神妙に頷く。

 

「最後にもう一個だけ念押ししとく」

 

 俺は嫌な予感を覚えながら続けた。

 

「威力をわざと弱くしただけの攻撃魔法を持ってきた奴は、その場で不合格だからな」

 

 数人の生徒がサッと視線を逸らした。

 

「……お前ら」

 

 やっぱりいたか。

 

「じゃあ最初。お前」

 

 俺が指名したのは、風系統の魔法を得意とする男子生徒だった。

 

 彼は自信満々に前へ出る。

 

「はい! 俺は、いつもの《風刃》の威力を十分の一まで落としました! これなら先生を殺すことはありません!」

 

「不合格」

 

「えっ、まだ撃ってませんよ!?」

 

「撃たなくていい。戻れ」

 

「なんでですか!」

 

「あのなあ。それ、威力が弱い風刃だろ」

 

「はい! だから傷はつきません! ちょっとチクッとするくらいで――」

 

「俺、さっき何て言った?」

 

「……威力を弱くしただけの攻撃魔法は不合格」

 

「はい、不合格」

 

「そんな!」

 

 男子生徒がしょんぼりと列へ戻る。

 

「いいか。『ダメージが小さい』ことと、『攻撃を目的としていない』ことは別の話だ。今のは攻撃魔法を手加減しただけ。宿題の答えになってない」

 

 続いて、雷系統の魔法を扱う男子が意気揚々と出てきた。

 

「俺は、気絶しない程度の微弱な電撃を先生の足元から流して、筋肉を強制的に収縮させ――」

 

「不合格」

 

「最後まで言わせてください!」

 

「言わなくていい。思いっきり俺の身体に直接作用させてるだろ」

 

「でも怪我はしませんよ!?」

 

「怪我しなきゃいいって問題じゃないんだよ」

 

 俺は額を押さえた。

 

「お前ら、どうしても『敵そのものへ何をするか』ばっかり考えるんだな」

 

「……?」

 

「昨日もやっただろ。敵本人に触れなくても、行動は制限できる」

 

 俺は足元の地面を軽く踏む。

 

「地形。光。音。空気。視界。情報。進路。敵の周りにあるものを変えれば、結果として敵の行動も変わる」

 

 十六人を見渡す。

 

「相手の肉体をいじる前に、相手の周りの世界をいじれ。それが今回の宿題の裏テーマだ」

 

 最初に不合格を食らった二人も、黙ってこちらを見ていた。

 

「お前ら二人は、他の奴の発表を見ながら考え直せ。最後にもう一回やらせてやる」

 

「……はい!」

 

「分かりました!」

 

 これでいい。

 

 不合格で終わらせるのも授業だが、考え直す機会を与えるのも授業だ。

 

     ◆

 

「では、次は私が」

 

 昨日、土属性の生徒と連携していた水系統の少女が進み出た。

 

 彼女は杖を振るい、俺がこれから進もうとしている地面へ魔法を展開する。

 

 だが、水浸しにはならない。

 

 地面の表面へ、肉眼ではほとんど見えないほど薄い水膜が張られただけだ。

 

「目的は?」

 

「足場の摩擦を減らして、踏み込みにくくすることです」

 

 俺は実際にその上へ足を置く。

 

 ツルッ。

 

 靴底が滑り、僅かに姿勢が崩れた。

 

「なるほど。合格」

 

「やった……!」

 

 少女の表情が明るくなる。

 

「発想自体は昨日エレノアが使った薄氷に近いけど、水なら凍らせる工程がない分、発動も早い。場所によっては氷より遥かに目立たないな」

 

「はい。森や雨上がりの地面なら、気づかれにくいと思いました」

 

「そこまで説明できるなら別案として認める」

 

 強いか、弱いかではない。

 

 使う条件が違えば、同じ「滑らせる」という発想にも別の価値が生まれる。

 

 次は、光系統の魔法を扱う小柄な少女だった。

 

 彼女が魔法を発動すると、俺の進路の少し右側だけが、不自然に明るく照らされた。

 

 強烈な閃光ではない。

 

 ただ、周囲よりも明らかに目立つ。

 

 俺は無意識に、そちらへ視線を向けてしまった。

 

「……なるほど」

 

「目的は、視線の誘導と、進路判断の一瞬の遅延です」

 

「目潰しみたいな強い光にしなかった理由は?」

 

「強くしすぎると、先生の目への攻撃になってしまうと思ったので」

 

「合格」

 

 俺は素直に頷いた。

 

 前世で言えば、舞台照明や視線誘導、ミスディレクションに近い発想だ。

 

 あえて弱い光だからこそ、攻撃ではなく誘導になる。

 

 その後も、面白い案が続いた。

 

 土属性の生徒は、昨日のような巨大な壁を作るのをやめた。

 

 代わりに作ったのは、俺の歩幅より少し狭い間隔で並ぶ、小さな波状の隆起だ。

 

 怪我はしない。

 

 簡単に乗り越えられる。

 

 だが、全速力で走ろうとすれば酷く邪魔になる。

 

「敵が走ってきたら?」

 

「速度を落とすか、隆起のない別の道を選ぶと思います」

 

「それでいい。合格」

 

 音系統の生徒は、俺が進みたい方向とは逆側の死角から、突然大きな足音を響かせた。

 

「目的は、警戒による判断の遅延です。振り向かせられれば、一瞬でも足が止まると思いました」

 

「合格」

 

 植物系統の生徒は、足を直接縛る蔓ではなく、俺の膝下ほどまで伸びる柔らかな草を一気に生やした。

 

「足元を確認しながら歩かせます。転ばせるんじゃなく、走りにくくするためです」

 

「合格」

 

 霧や水分を扱う生徒は、演習場全体を濃霧で覆わなかった。

 

 俺の足元、地面すれすれにだけ薄い霧を這わせる。

 

「目的は、地面の状態を見えにくくして、進行速度を落とすことです」

 

「いいね。合格」

 

(同じ『敵を止める』でも、一晩でこれだけ違う答えが出るか)

 

 俺は内心で感心していた。

 

 昨日、攻撃魔法を禁止すると宣言した時には、何もできなくなったような顔をしていた連中だ。

 

 それが一日でこれだ。

 

 他人の発表を聞いていたルシアンが、手元のノートに猛烈な勢いで何かを書き込んでいる。

 

 俺が後ろから覗くと、そこには、

 

『移動を制限する――土、水』

 

『視界を制限する――光、霧』

 

『判断を遅らせる――音』

 

『姿勢を崩す――植物』

 

 などと書かれていた。

 

「分類してるの?」

 

「はい。まだ仮分類ですが」

 

 ルシアンはペンを止めずに答える。

 

「先生の授業には共通する構造があります。こうして目的別に整理しておけば、別属性の魔法でも似た用途を探しやすくなると思いまして」

 

(やっぱり、こいつ理論家としては本物だな)

 

 俺なら一万八百の異能知識から似た現象を探せる。

 

 だがルシアンは、初めて見た十数個の事例から、自力で共通項を抜き出し始めている。

 

「その分類、あとで借りるぞ」

 

「え?」

 

「続けて」

 

「は、はい」

 

 その顔が、ほんの少し嬉しそうだった。

 

     ◆

 

「次は、わたくしですわ!」

 

 エレノアが自信満々に進み出た。

 

 杖を振るわず、地面へ視線を向ける。

 

 俺が歩き出すと、細い帯状の霜が一本、地面へ現れた。

 

 それを避けて右へ行こうとすると、今度は斜め前へ二本目。

 

 さらに避ける。

 

 三本目。

 

 気づけば俺は、滑りやすい霜の帯を避けるように、エレノアが意図した方向へジグザグに歩かされていた。

 

「なるほど」

 

 単なる薄氷ではない。

 

 滑る場所を線状に配置することで、物理的な壁を作らずに進路を設計している。

 

「師匠を完全に止めるのではなく、師匠が『選びたくない道』を配置しましたわ。結果として、わたくしの望む経路へ誘導できます」

 

「いいじゃん」

 

「さすがわたくしですわ!」

 

「でも、水膜の子と『滑らせる』って部分は近いぞ」

 

「違いますわ!」

 

 エレノアが即座に反論した。

 

「わたくしは単純に足場を滑りやすくしているのではありません。霜を帯状に配置し、その配置そのもので進路を設計しています。さらに霜なら必要な水分も少なく、巨大な氷壁より魔力消費も遥かに低く抑えられますわ!」

 

「そこまで違いを説明できるなら合格」

 

「当然ですわ!」

 

「ただし、昨日の発想の発展形だから新規性は少し減点」

 

「評価が厳しすぎますわ!」

 

 一番弟子だからといって贔屓する理由はない。

 

 他の十五人から小さな笑いが起きた。

 

 エレノアも以前なら、周囲から遠巻きに見られる側だったはずだ。

 

 こうして文句を言われ、笑われる方が、よほど普通の同級生らしい。

 

「次はアタシだね」

 

 セシリアが進み出た。

 

 彼女の案は、さらに一段高度だった。

 

 俺が右へ進もうとすると、右側からごく弱い風が吹く。

 

 左へ進路を変える。

 

 すると今度は、左側からだけ弱い風が吹いた。

 

 演習場全体へ強風を吹かせているわけではない。

 

 俺が決められた範囲から出ようとした瞬間、その方向からだけ必要最低限の風を当てている。

 

「ずっと全体に風吹かせたら、アタシが疲れるからさ」

 

「俺の位置を見て、外れようとした時だけ?」

 

「そう。見えない柵みたいなものかな。先生が右へ出ようとしたら右から戻す。左なら左から」

 

(こいつ、無意識にフィードバック制御みたいなこと始めやがった)

 

 対象の位置を観測する。

 

 基準から外れたことを検知する。

 

 必要な分だけ作用させて戻す。

 

 セシリアが十五枚の紙片を同時に操作し、昨日は十五人の味方を風の網で追跡していたからこそ可能な方法だ。

 

「お前、やっぱり風の威力そのものより、『複数の対象や場所を同時に見る能力』の方が才能だな」

 

 俺が言うと、セシリアは少し黙った。

 

「……またそれ?」

 

「十五枚の紙も、昨日の索敵も、今の風の柵も全部そこだろ。少なくとも俺には、そっちの方が珍しく見える」

 

「……ふん」

 

 セシリアは少しだけ俯き、

 

「まあね」

 

 と、小さく呟いた。

 

 実家では、土魔法を扱えないことばかりを見られてきた。

 

 だが俺からすれば、使えない属性よりも、誰にも真似できないことの方がずっと重要だ。

 

     ◆

 

「ぼ、僕の番です……」

 

 オスカーが、杖を握りしめながら前へ出た。

 

 昨日ようやく、服の裾を揺らす程度の極小出力に成功したばかりだ。

 

 俺が歩き出す。

 

 ふわ。

 

 弱い風が正面から当たった。

 

 一歩。

 

 ふわ。

 

 また弱い風。

 

 一発一発は本当に何でもない。

 

 だが俺が足を出すタイミングに合わせ、正面から弱い逆風を当て続けることで、僅かずつ行き足が削られていく。

 

「一回で完全に止めようとすると……どうしても、いつものように大きな魔力が出ちゃうので」

 

 オスカーは額へ汗を浮かべながら言う。

 

「だったら、一回で止めなくてもいいと思って。小さい力を何回も使えば、その分だけ遅くできるかなって……」

 

(お)

 

 昨日教えた「完全に止めなくてもいい」という考え方を、自分自身の出力問題へ繋げてきた。

 

 途中。

 

「うわっ!」

 

 一度だけ魔力が大きく膨らみかける。

 

「止めるな。そのまま下げろ!」

 

「は、はい!」

 

 オスカーは魔法そのものを解除せず、膨らんだ出力を自分で絞り直した。

 

 再び。

 

 ふわ。

 

 弱い風。

 

 最後まで続ける。

 

「……やっぱり、弱すぎましたよね?」

 

 終了後、オスカーが不安そうに聞く。

 

「さっき何回危なかった?」

 

「……一回です」

 

「昨日までなら?」

 

「たぶん……全部、大きくなってました」

 

「なら大成功だろ」

 

「え?」

 

「お前の魔力量が減ったわけじゃない」

 

 俺はオスカーの杖を指差す。

 

「お前が扱える魔力の『最小単位』が小さくなったんだよ。それが一番重要」

 

「最小……単位」

 

「最大で百までしか出せないけど、1から100まで好きに使える奴と。最大千あるけど、0か1000しか選べない奴。どっちが便利?」

 

「……前者、です」

 

「今のお前は後者だ」

 

 オスカーが黙って杖を見る。

 

「だから、最大出力を増やす必要はない。まず『1』を作る練習をしろ。1が安定したら2。次は3。それができるようになった時、お前の馬鹿みたいな魔力量は本当の武器になる」

 

「……はい!」

 

 オスカーの顔に、明確な希望が浮かんだ。

 

「次は僕ですね」

 

 ルシアンが、大量の紙を抱えたまま進み出る。

 

「俺、宿題は一個って言ったよね?」

 

「はい。魔法は一個です」

 

「じゃあその紙の山は?」

 

「僕の魔法に対し、先生がとる可能性のある四十七通りの例外行動と、それぞれへの対応策です」

 

「捨てろ」

 

「えっ」

 

 クラスの生徒たちから笑いが起きた。

 

「実戦で紙めくって確認するつもりか?」

 

「しかし、想定外の事態に備えるには――」

 

「今ここで紙一枚にまとめろ」

 

「一枚!?」

 

「三分」

 

「む、無理です!」

 

「開始」

 

「先生!」

 

 三分後。

 

 半泣きになったルシアンが、羊皮紙一枚だけを持って戻ってきた。

 

 披露された魔法は、極めて彼らしいものだった。

 

 演習場に、三本の目に見えない魔力の線を引く。

 

 俺が一つ目の線を越える。

 

 その瞬間、右側へ低い壁が自動的に出現した。

 

 左へ避ける。

 

 二本目の線を越えると、今度は左側に壁。

 

 さらに進むと、三本目で正面の地面が僅かに盛り上がる。

 

「お前……戦闘中に判断してないな?」

 

「……はい」

 

「事前に決めた条件を、術式側へ入れた?」

 

 ルシアンが頷いた。

 

「昨日、僕は先生の動き一つ一つに対応しようとして、途中で処理が追いつかなくなりました。ですから今日は、戦う前に判断できることは、あらかじめ術式に組み込んであります」

 

 既存の警報結界や罠にもある、「一定条件を満たせば術式が発動する」仕組みの応用。

 

 原理そのものは新しくない。

 

 だが、使い方が違う。

 

「正解」

 

「……!」

 

「昨日のお前は、頭を速く動かそうとした。でも違う」

 

 俺は目に見えない三本の線を見る。

 

「戦う前に考えられることまで、戦闘中に考える必要はない。先に済ませられる判断は済ませて、戦ってる最中に考える量そのものを減らせ」

 

「考える……量を減らす」

 

「お前の頭が悪いんじゃない。良すぎるから、全部処理しようとするんだよ」

 

 ルシアンはしばらく黙り、

 

「……なるほど」

 

 と、小さく呟いた。

 

 こいつの進む方向も見えてきた。

 

     ◆

 

「さて。最初に不合格だった二人」

 

「はい……」

 

「もう一回考えた?」

 

 二人が顔を見合わせた。

 

 まず、風刃を十分の一にしてきた男子。

 

「……今度は、刃を作りません」

 

「ほう」

 

「先生が杖を構えたと仮定して、その杖の周囲だけに横風を作ります」

 

 男子が杖を振るう。

 

 俺が適当な木の棒を杖代わりに構えると、その周囲の空気だけが不規則に流れ始めた。

 

 強く押されるほどではない。

 

 だが、袖や杖先が僅かに揺れ、狙いを固定しようとすれば細かな修正が必要になる。

 

「目的は?」

 

「相手を傷つけるんじゃなく、杖や腕の周囲を乱して、正確な照準を取りづらくすることです」

 

「今度は合格」

 

「よし!」

 

「ただし、相手が杖を使わない魔法使いなら効きづらい」

 

「……はい」

 

「そこまで含めて、用途を考えろ」

 

「分かりました!」

 

 次は雷系統の男子。

 

「俺は……先生の身体に電撃を流すのをやめます」

 

「当たり前だ」

 

「代わりに、先生が進もうとする地面の少し先へ、弱い放電を走らせます」

 

 杖の先から小さな雷光。

 

 バチッ。

 

 俺の進路上を、青白い火花が走った。

 

 人体へ届かない。

 

 熱もほとんどない。

 

 だが、突然目の前で火花と音が生まれれば、知らない相手なら反射的に警戒する。

 

「目的は、放電そのものによる攻撃じゃなく、音と光で一瞬進行を躊躇させることです」

 

「なるほど」

 

 俺は実際に一瞬だけ足を止める。

 

「合格」

 

「やった!」

 

「ただし、害がないって分かった相手には効果が落ちる」

 

「……はい」

 

「でも、それも立派な条件だ。知ってる相手と知らない相手で、魔法の価値は変わる」

 

 最初は「攻撃を弱くする」ことしか思いつかなかった二人が、他人の答えを見て、自分たちの魔法の別の使い道を考え直した。

 

 それで十分だ。

 

「さて」

 

 これで残るのは。

 

 全員の視線が、一斉にマルクスへ集まった。

 

「見るな」

 

 壁に寄りかかっていたマルクスが凄む。

 

 誰も目を逸らさない。

 

「煙?」

 

 セシリアがニヤニヤしながら尋ねる。

 

「違う!」

 

「じゃあ何?」

 

「うるせえ!」

 

 俺自身も少し楽しみだった。

 

 俺なら、煙。

 

 熱。

 

 上昇気流。

 

 発光。

 

 空気膨張。

 

 その辺りを候補にする。

 

(さて。炎の馬鹿は、一晩でどこまで考えたかな)

 

     ◆

 

 マルクスが前へ出た。

 

 無言で杖を振るう。

 

 次の瞬間。

 

 俺の進路上へ、巨大な炎の柱が立ち上がった。

 

 真紅の炎。

 

 高さもある。

 

 見た目だけなら、昨日までのマルクスが放っていた高火力魔法と大して変わらない。

 

「おお……」

 

 周囲の生徒たちから感嘆の声が漏れる。

 

 俺は一歩近づき、手をかざした。

 

「……熱くないな」

 

「ああ」

 

 マルクスが腕を組む。

 

 炎は派手に燃え盛っている。

 

 だが、出力自体は極端に抑えられており、近づいても火傷するほどの熱はない。

 

「目的は?」

 

「普通の奴なら、目の前でこんだけ派手な炎が燃えてたら、自分から突っ込もうとはしねえだろ」

 

「なるほど」

 

 俺は頷いた。

 

 物理的に通れないわけではない。

 

 だが、相手が「危険だ」と思えば、その道を自分から選択肢から外す。

 

 心理的な進路制限。

 

「発想は合格」

 

 マルクスが少しだけ得意げな顔をする。

 

「でもな」

 

 俺はそのまま歩いた。

 

「おい」

 

 炎の中へ入る。

 

「おい!」

 

 そのまま通り抜ける。

 

「なんで入るんだよ!」

 

「安全だって知ってるから」

 

「……」

 

 俺は振り返る。

 

「知らない相手にはかなり効くと思う。でも、正体を見抜かれたら一気に効果が落ちる。相手の『危険だ』って認識に依存してるからな」

 

「……」

 

「それでも、炎を敵を燃やす以外の用途に使った。条件付きで合格」

 

 十分褒めていい答えだった。

 

 だが。

 

 マルクス本人は納得しなかった。

 

 昨日までなら、「ふざけんな」と不貞腐れて終わっていたかもしれない。

 

 今日は違う。

 

「……もう一回」

 

「ん?」

 

「もう一回やらせろ」

 

「宿題の発表は一人一回だぞ」

 

「いいから! ちょっと待て!」

 

 ギリッと奥歯を噛み、何かを考えている。

 

 失敗した。

 

 だから、その場で直す。

 

 その姿勢は嫌いじゃない。

 

「いいよ。やってみろ」

 

 意外なことに。

 

 マルクスは、先ほどまでの巨大な炎を完全に消した。

 

(?)

 

 そして俺の進路の少し横。

 

 何もない空間へ向かって魔力を集中させ始める。

 

 だが。

 

 炎が出ない。

 

 代わりに、その場所の空気だけが急速に温められていく。

 

(熱……?)

 

 肌に僅かな熱気を感じる。

 

 火傷するほどではない。

 

 何をやる?

 

 数秒後。

 

 俺が演習場の奥にある赤い旗を見た、その瞬間だった。

 

 旗の輪郭が。

 

 ゆらり。

 

 揺れた。

 

「……おい」

 

 思わず声が漏れる。

 

 地面の距離感まで僅かに歪み、周囲の景色が、水越しに見ているように波打っている。

 

 マルクスが息を切らしながら、ニヤリと笑った。

 

「火の上ってさ」

 

「……」

 

「向こうの景色、揺れて見えるだろ」

 

 俺はもう一度、揺れる景色を見る。

 

「煙が駄目なら……火そのものじゃなくても、視界の邪魔くらいできると思ってよ」

 

 マルクスは、おそらく正確な理屈を知らない。

 

 空気の温度。

 

 密度。

 

 光の屈折。

 

 そんな知識を習ったわけではないはずだ。

 

 だが彼は、炎を扱う一族に生まれ、幼い頃から何度も炎を見てきた。

 

 訓練場。

 

 暖炉。

 

 鍛冶場。

 

 巨大な炎の向こう側で、景色がゆらゆらと歪んで見える。

 

 その経験を覚えていた。

 

(……マジかよ)

 

 俺は内心で、本当に驚いていた。

 

 俺が予想していた炎の別用途は、煙や上昇気流、熱による進路制限などだった。

 

 だが、マルクスは違った。

 

 俺が教えたのは、

 

『敵を傷つけなくても行動は制限できる』

 

『目的から考えろ』

 

 その二つだけ。

 

 そこから。

 

 俺が教えてもいない答えへ、自分で辿り着いた。

 

(そっちに行ったか)

 

「どうだ。旗が揺れて見えるだろ」

 

「……ああ。三本くらいに増えて見える」

 

「成功じゃねえか!」

 

 マルクスが拳を握る。

 

「でも、範囲が狭すぎる」

 

「うっ」

 

「維持にも魔力使いすぎ」

 

「うっ……」

 

「あと俺が目閉じて歩いたら効かない」

 

「それはズルだろ!」

 

「敵は平気でズルするぞ」

 

「くそっ……!」

 

 マルクスは悔しそうに周囲を見る。

 

 その視線が、一瞬だけエレノアの霜と、土属性の生徒が作った小さな隆起へ向いた。

 

 俺は何も言わなかった。

 

 一つの魔法に穴があるなら。

 

 別の魔法で、その穴を塞げばいい。

 

 そこまで気づくのは、次でいい。

 

「でも」

 

 俺はマルクスを見る。

 

「完璧な合格」

 

「……!」

 

「お前は今日初めて、『炎で敵を燃やす』以外の方法を、自分の頭で作った」

 

「……」

 

「しかも、俺が答えを教えてない方法だ。よくやった」

 

 マルクスの顔に、ひどく嬉しそうな表情が一瞬だけ浮かぶ。

 

 すぐに、そっぽを向いた。

 

「……別に。こんくらい普通だろ」

 

 セシリアがマルクスの顔を覗き込む。

 

「その目の下のすごい隈で言われても説得力ないんだけど」

 

「うるせえ!」

 

 そのやり取りを見ていたエレノアが、少しだけ口を尖らせた。

 

「師匠。わたくしの霜の誘導の方が、魔力効率も実用性も上でしてよ?」

 

「何の勝負してんの?」

 

「重要な問題ですわ!」

 

「競うところそこなの?」

 

 一番弟子が、初めてクラスメイトへ対抗心を燃やしている。

 

 それも悪くない。

 

     ◆

 

「よし。じゃあ最後にまとめるか」

 

 俺はルシアンを呼んだ。

 

「さっきの仮分類、見せて」

 

「はい」

 

 差し出されたノートを開く。

 

 俺はそこへ、今日最後までに出た魔法を書き足していった。

 

「ルシアンの分類を借りるなら……まず、『移動そのものを制限する』」

 

 土。

 

 水。

 

 氷。

 

 風。

 

「次に、『視界や情報を制限する』」

 

 光。

 

 霧。

 

 音。

 

 マルクスの熱による視界の歪み。

 

「それから、『判断を誘導する』」

 

 見せかけの炎。

 

 雷の火花。

 

 音による警戒。

 

「『姿勢や速度を制限する』」

 

 植物。

 

 オスカーの微弱な風。

 

「最後に、ちょっと毛色が違うけど、『発動条件やタイミングそのものを制御する』」

 

 ルシアンの条件発動。

 

「……なるほど」

 

 ルシアンが、自分のノートへ俺の加筆を書き写していく。

 

「まだ仮分類だけどな」

 

「はい」

 

「でも、こういうの得意なんだろ?」

 

「……はい」

 

「じゃあ今後も頼む」

 

 ルシアンが一瞬固まった。

 

「僕が、ですか?」

 

「お前以外に誰がやるんだよ」

 

「……分かりました」

 

 眼鏡を押し上げる。

 

 その口元は、僅かに緩んでいた。

 

 俺は十六人へ向き直る。

 

「攻撃魔法禁止って言われた時、お前ら、自分には何もできないって思っただろ」

 

 誰も返事をしない。

 

「でも、たった一晩考えただけでこれだけ出た」

 

 移動。

 

 視界。

 

 情報。

 

 判断。

 

 姿勢。

 

 速度。

 

 タイミング。

 

「しかも、新しい高位魔法なんて一個も覚えてない。ほとんどが、お前らが元から使えた魔法だ」

 

 十六人の顔を見る。

 

「使い方を変えただけ」

 

 昨日まで、「弱い」と思われていた魔法。

 

「実戦では役に立たない」と切り捨てられていた用途。

 

 それらも、目的が変われば武器になる。

 

「別に俺は、攻撃魔法を一生捨てろって言ってるわけじゃない」

 

「!」

 

 マルクスの顔が明るくなる。

 

「最終的には当然使う」

 

「よし!」

 

「ただし」

 

 全員が身構えた。

 

「攻撃魔法を撃つ前に、敵が『当たる場所』へ来る状況を自分で作れ」

 

「……」

 

「敵がどこへ避けるか分からないから、範囲を馬鹿みたいに広げる。外れるかもしれないから、何十発も撃つ。そういう方法だけじゃなくていい」

 

 右を塞ぐ。

 

 左を塞ぐ。

 

 視界を奪う。

 

 判断を遅らせる。

 

 進路を一つにする。

 

「そこまでやった後なら、最後の一発は小さくても当たる」

 

 マルクスが、先ほど自分が見ていた霜や隆起へもう一度目を向けた。

 

 今度は、はっきり分かった。

 

 何か考えている。

 

「というわけで」

 

 俺はパンッと手を叩いた。

 

「最初に不合格だった二人も再提出で通った。今日の宿題は全員合格」

 

「おお……!」

 

 十六人が心底安心したように息を吐いた。

 

「だから明日は」

 

 その安心した顔が、一瞬で曇った。

 

「今度は、歩いてるだけの俺じゃなくて、動く相手に使ってもらう」

 

「……」

 

「二人一組」

 

 俺は笑った。

 

「片方が旗を奪う。もう片方は攻撃魔法禁止で妨害する。簡単な鬼ごっこだ」

 

「楽しそうですわ!」

 

 エレノアだけが目を輝かせる。

 

「お前、昨日まで一緒に被害者だったの忘れてねえか?」

 

 マルクスが呆れたように言った。

 

「成長のためですもの!」

 

「切り替え早すぎんだろ!」

 

 十六人が騒ぎ始める。

 

 その声を聞きながら、俺は少しだけ考えた。

 

 一つの妨害魔法には、必ず穴がある。

 

 視界を邪魔するなら、見なければいい。

 

 足元を滑らせるなら、ゆっくり歩けばいい。

 

 弱い風なら、踏ん張れば進める。

 

 だが。

 

 一つで駄目なら、二つ使えばいい。

 

(次は、そこかな)

 

     ◆

 

 授業が終わり、生徒たちがわいわいと文句を言いながら帰り支度を始めた。

 

 演習場の隅では、安全監督役の教師が黙々と記録を書き込んでいる。

 

 使用された術式。

 

 ほぼすべてが、初級から中級の基礎魔法。

 

 高位魔法も。

 

 失われた秘術も。

 

 特別な魔道具もない。

 

 教師は、驚きと困惑の入り混じった顔でノートを見た。

 

(……新しい魔法を教えたわけではない)

 

 昨日まで生徒たちが使っていた魔法。

 

 その用途を変えただけ。

 

(それなのに、教育成果として報告すべき内容が多すぎる……)

 

 宮廷魔術師長への報告書をどうまとめるべきか。

 

 教師は深く頭を抱えていた。

 

 俺はその様子には気づかず、帰っていく生徒たちを見ていた。

 

 マルクスだけは、少し離れた場所で自分の掌へ小さな炎を灯している。

 

 その向こうの景色が。

 

 ゆらり。

 

 僅かに揺れた。

 

「まだやってんの?」

 

 セシリアが声をかける。

 

「うるせえ」

 

「でも、それ結構面白いじゃん」

 

「……だろ」

 

 マルクスが、少しだけ誇らしそうに笑った。

 

 俺は離れた場所から、その光景を眺める。

 

(俺が前世の知識を持ってて、一万八百の異能の理屈を知ってるからって)

 

 別に。

 

(俺が魔法の『全部の答え』を知ってるわけじゃないんだよな)

 

 今日、マルクスが出した答えは。

 

 俺が教えたものじゃない。

 

 俺の一万八百の知識から、そのままコピーしたものでもない。

 

 炎と一緒に育ってきたマルクス自身の経験から生まれた答えだった。

 

(むしろ、こいつらが俺の知らない答えを、自分たちで勝手に作るようになったら――)

 

 そこで、自分の本来の目的を思い出す。

 

 強い奴を育てる。

 

 そいつらに働いてもらう。

 

 俺は安全な後方で、何もせず楽して暮らす。

 

(最高じゃん)

 

 俺はニヤリと笑った。

 

(よし。もっと勝手に育ってもらおう)

 




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