「バトラは、生まれるより前から死ぬことが決まっていたんだよ」
人間の頭というのは、聞きたくない文を聞くとまず文法から疑いにかかるらしい。生まれるより前に死ぬことが決まっていた。誰が。バトラが。単語はどれも知っているのに、繋がった形がどこにも収まらない。
わたしは訊ねた。
「……どういう意味?」
「そのままの意味さ。順番に話してやるよ。おまえたち人間のお粗末なオツムでも分かるようにね」
ベノヴェラはそう言って、膝を組んで座り直した。
「まず、この星には意思がある」
「地球に意思がある?」
いきなりぶっ飛んだことを言い出すな、と思ったがベノヴェラの表情は真剣そのものだ。
真面目な顔をしたままベノヴェラは言った。
「地球生命の意思、地球のバランスを保つ存在だ。おまえたち人間なら神だの仏だの呼ぶだろうね」
「ええと。それって、ガイア理論みたいなもの?」
そう言い出したのは、アヤノだった。
「何、それ」
わたしが訊くと、アヤノは少し考えてから答えた。
「地球全体を一つの大きな生命みたいに考える説。生き物とか海とか空気とかが、お互いに影響しながら環境を保ってる、っていう……」
「近いね。近いが、生ぬるい。その説を言った人間はたぶん、地球生命の意思を優しいものだと思ってる」
昔の話をしようか、とベノヴェラは空を見た。星のない場所が、さっきより少し大きくなっている気がした。
「昔、この星は世界中で怪獣が暴れていた。人間はそれを怪獣黙示録なんて呼んでるがね、あの締めくくりに二匹が刺し違えた」
「ゴジラと先代のバトラだよね」
カンナが口を挟んだ。
「モスラとバトラの二体でゴジラを止めて、ゴジラと先代のバトラは相打ちになったって。バトラは死んで、モスラも小惑星を迎え撃つために死んだって」
怪獣黙示録。世界中を焼いた戦乱の最後にゴジラとバトラは刺し違え、モスラは去った。恐ろしい怪獣たちは皆いなくなったと学校で教わった。
「そうだ。で、ここからが本題さ」
ベノヴェラは、指を一本立てた。
「それから何年かして、地球生命の意思はゴラスが接近してくるのを察知して計算した。あれを止めるには何がいるか。この星にあるもので、いちばん強いものは何か……答えは怪獣黙示録の頃に出ていた」
「つまりゴジラとバトラは、ゴラスを迎撃するために地球生命の意思によって復活させられたの?」
「そうさ。地球生命の意思は、死んだ二匹をもう一度こしらえたのさ」
明かされたゴジラ=アポストリとバトラの正体、それは地球生命の意思が作り出したゴラス迎撃の手段だった。
でも、なんで。
「どうして、その二体なの」
「生き残った実績があるからさ。最強種のゴジラとバトラ、そして怪獣黙示録の終わりまで絶滅しなかった人間。地球生命の意思が見たのはそれだけだ」
「人間?」
「バトラの器のことさ。あの子が人間の姿をしている理由を、考えたことはあるかい」
考えたことはある。学校の制服を着て、箸を使って、布団で眠る怪獣。バトラは怪獣の生まれ変わりなのに、わたしからは自分と同い年くらいの少女に見える。最終的には『そういうものなのだ』と思って自分を納得させていたけれど、バトラが結局どうして人間の姿をしているのかについてははっきりした答えはなかった。
その理由をベノヴェラはこう評した。
「便利だからさ」
あまりに簡単に言われて、意味が分からなかった。便利、便利ってどういうことだ。
その詳しいところをベノヴェラは説明してくれた。
「道路を使える。建物へ入れる。人間の通信を聞ける。報道を見られる。人の言葉で情報を集められる。巨大な怪獣が獲物を探して歩き回るより、ずっとコストが安い」
コストという言葉が、バトラやわたしたち人間について使われたことに腹が立った。地球生命の意思という奴が人間をバカにしているのは明らかだ。
そんなわたしの様子を察して、ベノヴェラは皮肉気に笑った。
「地球生命の意思って奴は終始そういう奴なのさ。あの意思には心が無い。迷わない。同情しない。あるのは計算だけで、ただこの星の仕組みが続くように計算する。熱が上がれば下げ、増えすぎたものがあれば減らす。そして外から毒が入れば排除する」
「免疫みたいなもの? 心がないのに、計画なんて立てるの」
「立てるさ。熱が出れば汗をかく。菌が入れば熱を出す。誰も心なんか使っちゃいないよ。それでも、ちゃんと病気は治るだろう?」
「それは、そう、かもしれないけれど……」
地球生命の意思、ちっぽけな人間のわたしからすれば物凄い神様のようなもののように見えるけれど、現実の神様はずっと冷徹で、ちっぽけな人間なんかには興味など欠片も無いらしい。
それに、納得がいかないこともあった。
「なんで二体も作ったの。強いのが一体いれば済むでしょ。二体作って戦わせたら、片方は無駄になるじゃない」
「いい質問だ」
ベノヴェラは笑わなかった。
「より強いものを作るためさ。生存競争という言葉があるだろう、地球生命の意思はそれと同じことをやろうとした。違うパターンの怪獣を2種類作って競い合わせ、負けた方を取り込んでより強いものを作る」
だから2パターン作ったんだ、まるきり違うやり方でね。
ベノヴェラはそう言った。
「片方は、でかくて食うやつだ。餌を見つけて、食べて、そのぶん大きくなる。死んだら次の身体が前の記憶を全部引き継ぐ。あれは四匹じゃない、一つの生命が四度身体を替えただけだ」
ゴジラ=アポストリのことだ。アクアティリス、アンフィビア、テレストリス、そしてアース、あいつらはたしかにそういう存在だった。
そしてもう片方は、とベノヴェラは言う。
「そしてもう片方は、小さく作った。オリジナルと同じ大怪獣のまま作るのだと結局ゴジラと変わらないから、こっちはおまえたち人間の形を模した小さい形で、バトラの怪獣としての力と使命だけを宿した。子供の姿をしているのは伸びしろがあるからさ。だからおまえたちと同じ子供の姿をしている」
「女の子なのは?」
訊いたのは、アヤノだった。声はいつもどおりふわふわしていたが、こういうときのアヤノはわりと鋭い。
ベノヴェラは、なんでもないことのように言った。
「面倒だからさ。生き物ってのはね、放っておけば女になる。男にするには手間がいる。子を成す予定のない道具に、そんな手間をかける気はなかったんだろう」
わたしは、ベノヴェラの話す地球生命の意思とやらが心底嫌いだと思った。
地球生命の意思に心が無い、というのはきっと本当のことなのだろう。凄い神様のような存在のくせしてそこにはただ冷徹な計算しかなくて、それで作られた当事者がどう思うかとかどう感じるとか、そういうことは一切考慮されていない。
「それでも、勝ったのはバトラだったんでしょ」
そう言うわたしの声は、自分でも情けないくらい掠れていた。
「そうさ。あたしもそれは意外だったよ」
「じゃあ、それでいいじゃない。ゴジラは負けた。バトラが勝った。それで、終わりなんでしょ?」
「終わりじゃないんだよ」
ベノヴェラは、こちらを見た。
「本当ならね、こんなことになるはずじゃなかったのさ。この計画は本当はゴジラ=アポストリが勝つ前提で組まれていた。ゴジラが他の怪獣を食らって血肉に変え、地球からもエネルギーを吸い上げて、最後に最強の熱線を撃ち込んでゴラスに勝利する。それが計画の本筋だった」
「それじゃあ……」
「そうだよ。バトラは勝っちまったんだ」
黒い小美人は、そう言った。
「勝って、本来ゴジラが果たすべきだった使命がバトラに回ってきた。四体分ぜんぶ抱えて、この星でいちばん濃いものになって、そして行くのさ」
「どこに」
「ゴラスだよ」
わたしは、まだ理解していなかった。
いや、たぶん理解していて、理解していないふりをする作業を必死でやっていたのだと思う。
それがどういうことなのか、ベノヴェラははっきり口にした。
「ゴラスを迎撃するのはバトラの役目になった。抱えてきたもの全部を一度に叩きつけて、打ち砕くか、もしくはせめて軌道を変える」
テレビでやっていたが、ゴラスの引力は地球の六千倍もあるという。そんな星に向かって行って、全力でぶつかって、ただで済むはずがない。
でも一縷の希望にすがりたくて、わたしはつい訊ねてしまった。
「じゃあ、帰りは……」
「ないよ。六千倍の引力の底で空っぽになって、いったいどうやって出てくるんだい」
あっさりとそう言われ、わたしはつい口にしてしまった。それがいったいどういうことなのか。
「そんなの、特攻じゃないか」
誰も、しばらく何も言わなかった。
ブランコが鳴っていた。街の明かりがついていた。誰かがまだ発電所にいて、誰かがまだ信号を灯していた。
わたしは、自分の指が冷たいのに気づいた。
「じゃあバトラは、それを知ってるの?」
わたしがなんとかそれだけ言うと、ベノヴェラははっきり答えた。
「生まれたときから知っていたさ。それがこうして生まれ変わった意義だからな」
……ああ、と思った。
夏のあいだじゅうにあいつが何度も口にしていた言葉が、順番に頭の中を通っていった。
使命だ。怖くなかったら誰でもやるだろう、だからわたしがやるしかない。
ぜんぶ、そういう意味だったのだ。
教室の全員が「かっこいい」と憧れてわたしが机に突っ伏して呆れていたあの朝、地球を守るために戦うかと問われたとき、あいつはこう言った。
『そのつもりだ』
あいつはあのとき、そう答えた。
全部、あいつはそのつもりだったんだ。
サカキ=ハルオ中佐がモナークのヤマナシ=タケル管理官を呼び出したのは、政府が妖星ゴラスの地球衝突を公表してから三時間後だった。
場所はGフォース極東方面隊司令部、地下第二作戦室。壁一面のモニターには、観測衛星が捉えた褐色矮星ゴラスの映像が映っている。褐色矮星の輪郭そのものは見えない。ただ、背後にある星々の光が歪み、円形に欠けていることで、そこに巨大な質量があると分かる。
画面の隅では予測進路を示す赤い線が地球へと伸びていて、何度計算を更新しても、その線は逸れなかった。
「管理官がお見えです」
副官のタニ少佐が告げ、扉が開いてヤマナシが入ってきた。
「忙しいところ悪いね……ずいぶん怖い顔だが、どうしたんだい」
ヤマナシはそう言って空いている椅子へ目を向け、腰かける。
ヤマナシはいつものスーツ姿だった。ただし、ネクタイが少し曲がっている。髪も整っていない。普段なら、どれほど状況が悪くても人前へ出る前には直す男だった。
垣間見えるわずかな綻びを見てとりながら、サカキは言った。
「先日のモナークの協力者の魔法少女……バトラが行方不明です」
「そうらしいね」
「そうらしい、で済ませるつもりですか」
サカキの指摘に、ヤマナシは何も言わなかった。
サカキは机の上へ薄い端末を置いた。画面には、バトラの最終確認記録が表示されている。
ツキシマ家を出た時刻。
市街地の監視映像から消えた場所。
Gフォース、モナーク双方の追跡網から反応が途絶えた時刻。
「彼女は正式な構成員じゃないからね」
「だから報告義務がないと?」
「そうは言ってないよ」
「では、どこにいるのか答えてください」
「俺も知らないなあ」
サカキの目が細くなった。
「本当に?」
「現在地は知らないね」
「言葉を選ばないでください」
「選ばないと、言えないことが多いんだ」
「……そうですね、それがあなたがたモナークだ」
サカキは言った。
「あなたたちはいつも秘密主義で、こそこそと何かを企んで、自分たちだけで何もかも決めて動かせると思っている。バトラのことも、ゴジラ=アポストリのことも、そして今回のゴラスのことも」
「手厳しいね」
サカキの言葉でヤマナシは視線を逸らし、壁の映像を見た。そこにはゆっくりと拡大してゆく星のない穴、つまりゴラスの影が映し出されていた。
「やはりゴラスと関係があるんですね。バトラが姿を消したのは、政府発表の直前です。あなたとインファントの小美人たちも同時に連絡を絶った。偶然とは思えない」
「…………」
サカキが言ったことをヤマナシは否定しなかった。
サカキは一度息を整えて続けた。
「ゴラスは通常の天体ではありません」
ゴラスを発見したのはアマチュア天文家であったという。当初はただの恒星と見られていたが、その後無人探査船JX-1ハヤブサの観測によりその異常な性質が明らかになった。
「ゴラスを観測したハヤブサは、ゴラスに接近した途端急激に引き込まれ、脱出することもかなわずに破壊されました。このとき観測されたゴラスの質量は地球のおよそ六千倍。通常なら接近するよりはるか以前から周囲の天体軌道へ影響が出るはずですが、出ていない」
その後に送り込まれた無人探査船JX-2オオトリの観測で、ゴラスの詳細が判明した。
ゴラスの引力圏は極めて特殊な性質を持っていた。本当は六千倍の質量と引力を持ちながら、ある一定のフィールドに入らない限りその引力は発揮されない。だからこそゴラスは、ここまで警戒されることなく地球に接近することが出来たのだ。まるで本性を隠して迫る捕食者のように。
「惑星も小惑星も、ゴラスが存在しないかのように動いている。ゴラスは外からは何ものにも干渉せず、近づいたものだけを確実に捕らえる。そんな褐色矮星が、惑星の配置も重力も無視して、まっすぐ地球を目指している。まるで、地球だけを標的にしているように」
そして、サカキは言った。
「そしてゴジラ=アポストリは、同一の生命系統が身体を更新しながら戦闘情報を継承していた」
ゴジラ=アポストリの話になった途端、ヤマナシの表情がわずかに変わった。ほんの少しだったが、サカキは見逃さなかった。
「アクアティリス。アンフィビア。テレストリス。アース。個体が死ぬたび、次の身体が前の戦闘を引き継いだ。最後のゴジラ=アースに至っては、それまでの全情報を統合していた」
「推測だよ」
「ええ。では、もう一つ推測しましょうか」
サカキはモニターの表示を切り替えた。
ゴジラ=アースとバトラの戦闘記録。倒れたアースの身体から赤い粒子が流れ出していった。
「アースが死んだ直後、バトラのエネルギー反応が一時的に異常上昇した」
「何が言いたいんだい?」
「アースは、バトラに何かを渡した」
「何か、って何を?」
「情報。使命。次の行動を」
「…………。」
ヤマナシの顔からいつもの薄い笑みが消え、作戦室の空調音が急に大きくなったように感じられた。
「あなたがたはゴジラとバトラを競わせた。ゴジラとバトラ、二つの系統を戦わせて進化させ、最後に生き残った方へすべてを集約してゴラスにぶつける、そういう計画だったのではありませんか。ゴラスを撃退できる最強の一匹を作るために」
ヤマナシは肯定しなかったが、否定もせず、サカキにはそれで十分だった。
サカキは奥歯を噛み締めた。
「問題はその後です。ゴラスを撃退したとして、それを果たした側はどうなるんです。地球に帰れるのですか?」
ヤマナシが小さく息を吐いた。
「……優秀な指揮官は嫌いだよ」
「光栄です」
「褒めてないんだけどねぇ」
「こちらも冗談を言っているつもりはありません」
サカキは机へ両手をついた。
「ゴラスを破壊するには、六千倍の引力を持つゴラスの勢力圏内へ肉薄し、全エネルギーを放出する必要がある。離脱する余力は残らない。ゴジラなら放射熱線でも撃ち込めば良かったのかもしれないが、バトラの場合は事実上の特攻になる。違いますか?」
「…………。」
ヤマナシは何も言わない。それが答えだった。
長い沈黙のあと、サカキの拳が震えた。
「……大自然に人間は隷属し共存を目指すべき、それがあなたがたモナークの立場でしたね。こんな自分たちより弱い誰かを追い詰めて自己犠牲を強いるやり方が、あなたがたモナークや小美人たちの言う『大自然との共存』ですか?」
「違う」
初めて、ヤマナシの声が強くなった。
「何が違うんです」
「計画したのは俺たちじゃない」
「でも知っていたでしょう。知った時点で止めなかった」
「止められなかった」
「同じことです」
「違う!」
今度はヤマナシが声を荒げて机へ手をついた。普段の軽薄そうな仮面は、いまや完全に剥がれ落ちていた。
「地球生命の意思が、何千年、何万年先まで見て仕込んだ計画だ。ゴラスが来ることも、ゴジラとバトラを作り直すことも、俺たちが知ったときにはほとんど終わっていた」
「ほとんど?」
「アポストリはもう動き出していた。バトラも生まれていた。小美人たちだって、好きで従ったわけじゃない」
「だから責任はないと?」
「そうは言ってない」
「では何を言っているんです」
ヤマナシが口を開くが、言葉が出ない。
サカキはさらに詰めた。
「小美人たちは地球生命の意思に従った。モナークはそれを把握し、秘匿した。政府は現在も国民へ何も知らせていない」
「知らせてどうなる」
「少なくとも本人には知らせるべきだった」
「同意は取ったさ。小美人たちが説明した。バトラは受け入れたと言っていた」
「それは同意ではないでしょう。生まれたときから、それが生きる意味だと教え込まれた子供の『分かった』を、自由な同意と呼ぶつもりですか」
「…………。」
ヤマナシは何も言えなかった。
サカキはさらに追及を続ける。
「ツキシマ=ツグミたちは? 彼女の家族は? バトラを学校へ通わせ、友人を作らせ、一般家庭で生活させた。それに巻き込まれた人たちには何も知らせなかったんですか?」
「……そうだ」
サカキは机を拳で叩いた。端末が跳ねる。
「それが利用でなくて何なんです!」
作戦室の外にまで響く声だった。
「ツキシマ=ツグミたちを、彼女に人間社会を学ばせるための環境として使った。戦う理由を作り、帰る場所を与え、最後にはそこから黙って引き剥がした! こんな残酷な仕打ちが許されると思っているんですか!?」
「違う」
「何が!?」
「あの子たちは計画じゃない」
ヤマナシも叫んだ。
「あの子たちが友達になったのは、誰かが指示したからじゃない。バトラがあの家で暮らしたのも、学校へ通ったのも、全部が地球生命の計画だったわけじゃない」
「でも手配したのはあなたですよね。なぜですか。バトラを監視しやすくするためですか? 戦闘後のメンタルケアのため?」
「違う」
「では、何のためです」
ヤマナシは目を伏せ、やがて口を開いた。
「……かわいそうだと思ったよ」
顔を上げないまま語るヤマナシの声は小さかった。
「最初に知ったときは、何かの間違いだと思った。少女に生まれ直した怪獣一匹を、別の怪獣と戦わせて、勝った方を地球を守るために使い潰す。そんなものを計画と呼ぶのかって。だからせめて何か残してやりたかった」
「何を」
「思い出だよ。ゴジラに敗れて食い殺されるか、勝ち残ってもゴラスに特攻して死ぬか、そんな『使命』しか知らないまま死ぬのはあまりにも酷いと思った」
サカキの眉が動く。
「小美人の話から、ツキシマ=ツグミなら普通に扱ってくれると思った。怪獣でも、魔法少女でも、特攻兵器でもなく、単なる一人の少女として」
小さく笑うが、笑い声にはならなかった。
「学校へ行って、飯を食って、くだらないことで喧嘩して。友達ができて。夏祭りへ行って。そういうものを一つでも多く知ってから行ければ、少しはましなんじゃないかって」
「それは、死ぬ運命の子供へ楽しい思い出を作ってやったという意味ですか」
サカキの言葉にヤマナシの顔が歪み、しばらく逡巡の末に答えた。
「……きっと最低だと思うだろうね。あの子が笑うようになるほど、帰りたくなる場所が増える。死にたくなくなる。なのに俺はそれを止めなかった。それでも、何も知らないまま死ぬよりはいいと思ったんだ」
ヤマナシは両手で顔を覆った。
組んだ両手は、指先が白くなるほど力が入っていた。
「代わりのアイデアも検討はしたさ。核ミサイル。ゴラスの進路を変える方法。砕くんじゃなくて別の天体へ誘導する方法。移民船を建造して地球を脱出する案や、南極にロケットを据え付けて地球の公転軌道を変える、なんて馬鹿げたアイデアも検討した」
「結論は?」
ヤマナシは、モニターを見た。
「どれも間に合わない。既存の人類の兵器だけでは出力が足りない。届いても、ゴラスの重力場に潰される。移民脱出や地球移動作戦は時間が足りなすぎる。ゴジラか、バトラか。そのどちらかだけだった」
「だから受け入れたと?」
「他に方法がなかった!」
ヤマナシは顔を上げた。
「どちらにせよ地球が滅べば、バトラも死ぬ。ツグミちゃんも、あの家族も、全員死ぬ。彼女一人を止めて世界を終わらせることが、正しいとでも言うのかあんたは?」
「言っていません」
「じゃあどうしろっていうんだ」
「考えるんです」
「考えた!」
「足りない!」
サカキの一喝に、ヤマナシが息を止めた。
「それで行き着いた結論が十四歳の少女一人をむざむざ特攻に送り出すことなら、考え終わった顔をするな。人ひとりに命を捧げる犠牲を強いるそれを計画なんて呼ぶな。そこで諦めないで最後まで抗ってください、あなたも人間なのだから」
「…………。」
サカキの声は低く、ヤマナシは俯いたまましばらく動かなかった。
サカキはしばらく黙っていた。地球生命の意思とかいう存在が計画した『たったひとつの冴えたやりかた』、それはバトラを犠牲にして地球を救う特攻だった。それに翻弄されたヤマナシや小美人の立場や判断について同情することはできたし、心情は理解できる。怪獣黙示録以来、人間が理不尽な展開に涙を呑むのは今に始まったことでもない。
だが、それを素直に受け容れることとは違う。大自然の調和とやらを保つ地球生命の意思の計画は怪獣や人間の命を計算でのみ捉えていて、しかもその計算にはそこで生きる者たちの意思や感情がこれっぽっちも加味されていない。
サカキが赤い予測線を睨みながら呟いた。
「……まったく、ナメられたもんだな。俺たち人類も」
それからサカキは、隣に控えていたタニ少佐に問い掛けた。
「タニ少佐、MOGERAの状況は」
サカキが訊くと、タニはすぐ端末を操作しながら答えた。
「月面運用を想定した推進器換装は六十二パーセント。生命維持系は、無人運用へ切り替えれば省略可能です」
「無人にはしない。無線操縦はゴラスの引力の影響を受けるし、それに現場で判断できる人員が必要だ」
「承知しています。そう思って、有人運用想定で準備を進めています」
「よし、それで最終兵器は?」
「砲身部は調整中。空間圧縮機構に不安定要素が残っています」
「搭載を続行する。壊れても構わん、撃てればいい」
「はい」
着々とサカキとタニが話し合っている中、ヤマナシが立ち上がった。
「本気で行くつもりか」
「最初からそのつもりです」
「ゴラスの重力圏に入れば、MOGERAでも持たない。バトラの力でも帰れないんだぞ」
「彼女一人ならそうでしょう」
サカキは振り返った。
「でも、今回は一人で行かせない」
タニが作戦室全体へ通信を開く。
「全整備班へ。MOGERA宇宙戦仕様への改修を最優先。通常勤務区分を解除します。交代制を厳守し、連続作業は六時間まで」
作戦室の人員が動き出す。モニターの一部がMOGERAの設計図へ切り替わる。脚部推進器。背部ブースター。宇宙航行用の追加燃料槽。機首に搭載される、まだ完成していない巨大砲。
その光景を眺めながら、ヤマナシが呟いた。
「……それで、俺に何をしろと?」
サカキは淡々と答えた。
「モナークの全資料を提出してください」
「機密指定が」
「解除させてください」
「簡単に言うねえ」
さらにサカキは言った。
「彼女へ思い出を与えた責任を取るのでしょう? それくらいしないで、どうやって責任を取るんです」
ヤマナシは苦い顔をしたが、それでも頷いた。
「……分かった」
話が終わったあと、ベノヴェラは最後にこう言った。
「あたしが腹を立てているのはね、人間が滅びるかもしれないからじゃない。それなら、まあ、自業自得というものさ。環境破壊。戦争。核兵器。怪獣が現れるたびに、自分たちのやったことは棚に上げて被害者面だ。滅びるなら勝手に滅びればいい」
だけど、とベノヴェラは言う。
「地球生命の意思は、
たしかにそうだ、とわたしも思った。
なんてひどい話なのだろう。地球生命とやらがいくら偉いんだか知らないし、仕方のない事情もあったのかもしれないが、だからって何をしてもいいわけじゃないはずだ。
そのことを言うとベノヴェラはふんと鼻を鳴らして答えた。
「人間のおまえが言うのかい」
「言うよ。人間がやったら駄目なことは、地球がやっても駄目でしょ」
視線を逸らさずにいうと、ベノヴェラの口元が少し上がった。
「……たしかにね。人間にしては道理がわかってるじゃないか」
「エコテロリストに褒められても嬉しくないんだけど」
わたしは、ベンチから立ち上がった。
「バトラはいまどこにいるの」
「それを知ってどうするんだい。止めるのかい?」
ベノヴェラの問いかけに、素直に答える。
「分からない」
「世界とあの子、どちらを選ぶか訊かれたら?」
「分からないって言ってるでしょ」
声が強くなる。
「でも、会いたいの」
ベノヴェラがこちらを見る。
「ずいぶん無計画なことだね」
「計画どおりに死なせるよりはましでしょうが」
黒い小美人は一瞬黙った。
それから、声を上げて笑った。
「ヒャハハッ! いいねえ。地球生命の意思が聞いたら、さぞ嫌な顔をするだろうよ」
バトラはあそこさ、ベノヴェラはガルガルに跨りながら街の向こうを指した。
「ゴジラ=アースが地面に開けた大穴、その淵にバトラはいる」
ゴジラ=アースに焼かれた区域のさらに先、ゴジラが岩盤に穴をあけて地球からエネルギーを吸い上げた場所だ。あそこは今も封鎖されていて、残留放射線で政府の許可がなきゃ入れないということになっている。
だからあの子もあそこを選んだのさ、とベノヴェラは言う。
「あの穴を使えば地球のエネルギーを受けて宇宙に飛び立つことが出来る。そしてなにより、立ち入り禁止区域だ。あそこなら誰にも止められない」
わたしは手首に巻いた白い組紐を握った。
光ったりしないし、温かくもならない。何の役にも立たない。
それでも握ったまま、歩き出す。
「……ツグミちゃん」
アヤノに呼ばれて、わたしは振り返る。
「行くんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、わたしも行くよぉ」
「危ないよ」
「また外すの?」
「……」
それを言われると、何も言えなくなる。
続いてカンナもバッグを背負った。
「当然あたしも行くから」
「撮るため?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ何で」
「友達だから」
言った本人が、一番気まずそうな顔をした。小悪魔キャラを目指してたんじゃなかったのか。まあもはやあってないようなものだけれど。
そのことにカンナ当人も思うところがあったのか、渋々という顔で呟いた。
「……こういうの、あたしのキャラじゃないんだけどねぇ」
「いまさら言うの」
「うるさいな」
決まるが早いか、わたしは街の中心部へ向かって進みだした。
アヤノとカンナの足音が続く。
今度は一人ではない。
バトラも、一人にはしない。
地球生命の設定はゴジラVSモスラの「地球生命が怒ってるんです!」っていうセリフから。
好きなキャラは?
-
バトラ
-
ツグミ
-
カンナ
-
アヤノ