黒いモスラの魔法少女   作:よよよーよ・だーだだ

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26、行け!バトラ ~『ゴジばん』より~

 街の中心部へ向かう道は、途中から人がいなくなった。

 

 ゴジラ=アースに焼かれてから二週間、この一帯は住民が戻っていない。だが十字路を二つ越えたあたりで、それが名残りではないと分かった。

 道の真ん中に、コーンとバリケードが並んでいる。

 

 ――関係者以外立入禁止 連合政府/Gフォース極東方面隊

 

 三人でバリケードの前に立ったとき、アヤノの鞄が鳴った。

 アヤノは鞄を開け、中身を確認した。どうやらアヤノのスマホが鳴っているらしい。いったん切れて、また鳴ったが、アヤノは出る様子は無い。

 

「……出ないの?」

「…………。」

 

 ゴロザウルスの一件以降、アヤノには送迎の車と、門限と、位置情報の共有がついた。オバナザワ家のご令嬢が危険な現場に行って危険な目に遭ったのだから当然の処置だろうと思う。

 アヤノはスマホを開いてしばらく見つめたあと、意を決した様子で位置情報の共有を切り、それからスマホの電源を落として鞄の底に押し込んだ。

 

「……怒られない?」

「怒られるよぉ」

 

 アヤノは、いつもの声で言った。

 

「でも良いんだあ、別に。だからツグミちゃんも気にしないで」

「……ありがと、アヤノ」

 

 そこからわたしたちは中心地に向かって進んだ。

 バリケードは二百メートル進むごとに増え、そのたびに看板の文字が短くなっていった。最後のほうは「立入禁止」の四文字だけになる。文字数が減るというのは、たぶん、本気の度合いが上がるということである。

 わたしたちはそのバリケードを七つ越え、八つ目には人がいた。

 仮設のゲートである。単管パイプに金網を張っただけの簡単なものだったが、その手前に照明が立てられていて、迷彩の作業服を着たGフォースの人が二人いた。

 ライトが、こちらを向いた。

 

「そこの君たち、止まりなさい」

 

 立入禁止の看板は、そこで文字が消えていた。

 文字の代わりに、腰のホルスターがあった。

 

「ここから先は封鎖区域だ。残留放射線と地盤崩落の危険がある」

 

 いちばん近くにいた人がそう言った。声がまだ怒鳴り方を覚えていない感じで、たぶん二十代の人である。

 

「避難所は逆方向だよ。送っていこうか」

「あの……」

 

 わたしが口を開きかけたとき、隣から声がした。

 

「ごめんなさぁい。道に迷っちゃってぇ」

 

 アヤノだった。

 その声を、わたしは知っている。営業のときの声だ。この子が社交界だか何だかで身につけた、大人に対していちばんよく効く周波数である。

 いかにもおっとりしたご令嬢っぽい喋り方で、アヤノはGフォース隊員に近づいた。

 

「あのぉ、この先に父の会社の倉庫があってぇ。オバナザワっていうんですけど、聞いたことあります? マルトモの」

「ああ、うん、あるけど……」

「よかったぁ。あのね、社員証、持ってるんですけどこれ見てもらえますかぁ?」

 

 アヤノは鞄を開けた。中を探しながらゲートのほうへ二歩近づき、見張りの二人のうち一人の視線がそこへ行った。

 

「あ、あれぇ、ないなぁ。どこいっちゃったんだろ……」

「ちょっと、君、下がって」

「ごめんなさぁい、すぐ出しますからぁ」

「こら、近づいちゃ駄目だって!」

 

 アヤノが一人の気を惹いている一方で、今度はカンナの方が動き出した。

 鞄からカメラを出し、電源を入れて、レンズをゲートのほうへ向けて、そして録画ランプを点けた。

 

「あ、あの!」

 

 カンナの声が裏返る。演技ではない。あの子は本当に緊張していた。

 

「あたし、大怪獣のカナリアってチャンネルやってて、その、いま生配信してるんですけど!」

 

 二人目が、はっきりとそちらを向いた。

 

「立入禁止区域の封鎖状況を撮ってて、あの、これ、Gフォースの方ですよね! 一言いただけませんか!」

「おい、待て、撮るな……」

「これ何人でやってるんですか! ここ何時から封鎖ですか! 中に人がいるって聞いたんですけど!」

「撮るなって言ってるだろ!」

 

 残る一人もカンナの方へと向かい、ゲートの前が空く。二人が気を惹いているあいだ、わたしだけがフリーだった。

 不意にアヤノとカンナが声を上げた。

 

「ツグミちゃん!」「ツグミ!」

 

 それを合図に、わたしは一気にスタートした。がら空きのゲートをくぐり抜け、柵を飛び越えて先へ行く。

 道は焼けたあとの直線である。両側の建物が全部倒れているので、遮るものが何もない。アスファルトはひび割れているが、走れないほどではない。障害物は、瓦礫が七つか八つ。

 

「あ、こら、そこの君、止まりなさい!」

 

 わたしがゲートを突破しようとしていることに気づいたGフォースの人たちが呼び留めようとするが、そんな二人にアヤノとカンナがまとわりついて足を引っ張る。

 

「あのぉ、うちの父に電話しますねぇ。オバナザワですって言ったら、たぶん出ますからぁ……」

「あっあっ、天下のGフォースが幼気な子供を捕まえようとするんですか!? 配信しますよ、いいんですか!?」

「おいこら、邪魔するんじゃない!」

 

 ……ごめんなさい、Gフォースの人。そしてありがと、二人とも。それらを口にする代わりに、わたしは脇目もふらずに全力でダッシュした。

 最初の三歩でつま先が地面を捉え、四歩目から腰が乗り、十歩でフォームが戻ってきた。腕は横に振れていない。呼吸の位置も合っている。踵から入っていない。地面を後ろへ押している。

 背後の足音が、遠くなっていくのが分かる。

 

「待て、待ちなさい……!」

 

 わたしは振り返らないまま全力で突っ走り、追手を全力で振り切った。

 

 

 街が終わったところに、大穴はあった。

 そこから先だけ世界が途中で切り取られたみたいだ。道路も、建物も、地下の配管も、すべてがまとめて落ち込み黒い円形の裂け目になっている。

 穴の底も見えない。地面の奥から冷たい風が吹き上がり、焦げた土と海水の匂いを運んでくる。八月の終わりに、全高二百四十メートルの怪獣がここに頭を突っ込んで、この星を飲んでいた場所である。

 そして、その縁にあいつは立っていた。わたしはその名を叫んだ。

 

「……バトラ!」

 

 わたしに呼びかけられてバトラはびくっと反応したが、こちらには振り返らなかった。

 風の音の中で、答える声は妙にはっきり聞こえた。

 

「なぜ来た」

 

 声はいつもどおりだった。平らで、冷静で、わたしがここまで全速力で走ってきたことなんて、少しも気にしていないような声だった。

 けれどわたしは言うべきことを言った。

 

「ベノヴェラに聞いたよ、あんたの本当の『使命』のことも」

「……あの黒い小美人か。余計なことを」

 

 心底腹立たしい様子で吐き捨てると、振り返らないままバトラはわたしに言った。

 

「帰れ」

 

 ……帰れ、と来たか。ムカついたので、わたしはムカついた気持ちのまま答えた。

 

「嫌」

「ここは危険だ」

「知ってる」

「なら帰れ」

「嫌だって言ってるでしょ」

 

 バトラがゆっくり振り返り、赤い目がわたしを見た。

 その表情は怒ってはいなくて、淡々とわたしに訊ねた。

 

「全部聞いたのか」

 

 バトラに問われて、わたしは頷いた。

 

「全部聞いた。地球生命の意思のことも、ゴジラと競わされてたことも……勝ったから、『順番』が回ってきたことも」

「……そうか」

 

 バトラは少し考えてから、冷たい調子で口を開いた。

 

「そこまでわかっているならもう用はないだろう。帰れ」

「用ならあるよ」

「なんだ」

「連れて帰りに来た」

 

 風が鳴り、あいつはしばらくわたしを見ていた。

 それから、ふ、と息を漏らした。笑ったのだと思う。

 

「バカか、おまえは。わたしがこのまま家に帰ったら地球が砕けるんだぞ」

「だけど、このまま行かせたらあんたが死ぬよ」

「同じことだ。わたしが死ななければ、みんな死ぬ」

「同じじゃない」

 

 わたしは、もう一歩踏み出した。今度は止められなかった。

 

「あんたが死ぬってことはは、あんたが死ぬってことなんだよ。世界が助かることと、あんたが死ぬことは別の話でしょ」

 

 小泉構文めいたわたしの主張に、バトラはうんざりした様子で答えた。

 

「わたしのことを可哀想だなんて思っているなら、それは思い違いも甚だしいし余計なお世話だ。わたしは最初から決まっていたことを果たそうとしているだけ、邪魔をするな」

 

 ……ホント頑固な奴。まあわたしもだけど。

 わたしは手を変えることにした。

 

「……冬になったら、うち、こたつ出すんだって」

 

 こたつ、の単語でバトラの肩が跳ねた。手応えを感じたので、わたしは続けた。

 

「前に説明したでしょ。机の下に布団がついてて、入ったら出られなくなるやつ。まだ見てないでしょ」

「やめろ」

「上半身と下半身で二段階なんでしょ。じゃあ確認しないと。みかんをどこに置くかで三段階になるかもしれない」

「やめろと言っている」

「焼き芋も食べてない」

「やめろ!」

 

 わたしの言葉に堪えきれなくなった様子で、とうとうバトラが声を荒げた。

 いつも平然とした態度を崩さないバトラにしては、初めて見る表情だった。肩で息をしながら、バトラは口を開いた。

 

「……わたしは、この星になくなってほしくない」

 

 息を吸い、拳を握って、赤い目が揺れる。

 

「おまえも、おまえの両親も、アヤノも、カンナも、ヤマナシやGフォースの連中も、学校の人間も、チタノザウルスも、バランも、ゴロザウルスも、全部なくなってほしくない。それらを守れるなら、命だって惜しくない。覚悟は、とっくに決まっていた。もともとわたしはそのために造られた。わたしが行けばみんな生き残れる。それでいい、それでよかったんだ」

 

 それはきっとバトラの本音なのだろう。本気でこの星を守りたいと思っていたし、そのためなら命だって惜しくなかったし、覚悟だって本当に決まっていたのだろう。

 けれど、声が裏返る。

 

「なのに、おまえたちのせいでいまさら死ぬのが惜しくなってしまったじゃないか。どうしてくれるんだ」

 

 そう語るバトラの頬に一粒、伝った。

 それに気づいたバトラが指先で触れる。

 

「……なんだ、これは」

 

 指についた濡れたものを見る。

 

「目から水が出る。故障か」

「違うよ、バトラ。それは涙って言うんだよ」

 

 わたしが説明している間にももう一粒落ちる。赤い目を見開き、顔をこすりながらバトラはわたしを問い詰めた。

 

「なら、止め方を教えろ。おまえは人間だろう」

「涙の止め方なんて、人間でも知らないよ」

「役に立たないな」

「うん」

「……嘘をつくのは、思ったより疲れる。おまえは、よくこんなものを毎日やっているな」

「慣れてるから」

 

 とうとう声が崩れた。バトラの両目から涙がぽろぽろと零れ落ちてゆく。一度決壊すると止まらない様子だった。

 両手で顔を覆いながら、バトラは続けた。

 

「……この世界で生きることが、こんなに楽しいなんて知らなかった。この世界がどれほど価値があって、そこで生きることがどれだけ素晴らしいかなんて、知らなければよかった。知らなければ、迷わず行けた。使命だけ知っていれば、それでよかったのに!」

 

 それからバトラは声を張り上げた。

 

「おまえのせいだ! アヤノも、カンナも、おまえの母親も父親も、どいつもこいつも余計なものばかり教えた! わたしは、わたしは……」

 

 わたしを責める声が途切れ、やがてぽつりと言った。

 

「本当は、もっと生きていたかった」

 

 大丈夫とは言わなかったし、助かるとも言わなかった。どちらも、いま言えば嘘になる。

 ただ、わたしはバトラの傍に寄り添って肩を抱いた。

 

「……ツグミ」

 

 名前を呼ばれて、わたしはバトラの背中へ回した腕へ力を込めた。バトラは滔々と本音を口にし続けた。

 

「怖い。帰れないのが怖い。一人で行くのが怖い。死ぬのが怖い」

 

 そうだろうと思った。だからわたしも答えた。

 

「わたしもあんたがいなくなるのが怖いよ、バトラ……」

 

 かといって、どうしようもなかった。世の中というのはなんと理不尽で、不条理で、どうしようもないことばっかりなのだろう。死にたくないという人に死ぬことを迫るのだ。

 そう思った、そのときだった。

 

 大穴の底から、地面を叩く音が響いた。

 どん。わたしたちは、抱き合ったまま顔を上げた。

 もう一度。どんどん。今度ははっきり聞こえた。暗闇の底から震動が轟く。

 

「何、今の……?」

 

 次に震動が来たとき、穴の内壁が揺れた。

 小石が落ち、足下から低い鳴き声が聞こえた。

 

「……まさか」

 

 バトラがわたしから離れ、穴を覗き込む。

 暗闇の中に、二つの目が浮かんだ。続いて、大きな鼻先。岩のようにごつごつした頭。

 その名をわたしは口にした。

 

「ゴロザウルス……?」

 

 かつて街の地下施設に迷い込んできたゴロザウルスが、再び地上の世界へ姿を現わそうとしていた。

 ゴロザウルスの子供は淵まで上がると、バトラの前へ鼻先を突き出した。

 

「なぜ、ここに」

 

 答える代わりに、ゴロザウルスは後脚を地面へ叩きつけた。

 どん。

 穴の底から、いくつもの音が返ってくる。

 どんどん。

 一つではない。暗闇の奥で、何十という足音が動いている。

 

 

 続いて、上空から白い影が降りてきた。

 前脚から胴へ広がる皮膜。風へ身体を預け、羽ばたかずに舞い降りる。

 

「バラン!」

 

 かつて山で助けた山の神、バランがわたしたちの横へ着地する。首元にはカンナがかつてつけてやった、カメラの形をしたチャームがぶら下がっていた。

 山から飛んできたのか、と思ったのと同時、地下空洞から鼻を突く匂いがした。

 潮の匂いだ、と気づいたとき、穴の向こう側から巨大な尾が持ち上がった。

 扇のような尾鰭が開き、空気が押し出されて強い風が地表を走った。

 海水をまとった赤色の巨体。

 長い首。老いた海の怪獣。

 

「チタノザウルス……!」

 

 チタノザウルスは穴の底に流れ込んだ地下水路を通り、海からここまで来たらしかった。巨体すべてを地上へ出すことはできず、上半身だけを穴の縁へ寄せている。

 大きな目が、まっすぐバトラを見ている。

 バトラは訊いた。

 

「どうして、なぜ、おまえたちがここにいる」

 

 答えは言葉では返らない。チタノザウルスが低く唸り、バランも鳴いて、ゴロザウルスが地面を踏む。

 続いて穴の奥から現れたものを、わたしは指さした。

 

「見て、さらに怪獣が……!」

 

 わたしは、そのあと上がってきた怪獣たちの名前をほとんど知らない。あとでカンナに写真を見せたら、あの怪獣オタクは三十分ぶっ通しで喋り「どうして居合わせなかったんだ」と途中で二回泣いた。

 角のあるやつがいた。甲羅みたいな背中のやつがいた。翼を持ったやつが二頭、飛んできた。犬くらいの大きさのが十匹くらい固まっていて、その後ろにビルより大きいのが一頭いた。

 地下から集まってきた怪獣たちを見ながら、わたしはゴロザウルスを助けたときにカンナが言っていた話を思い出した。

 ブルックス博士の地底空洞説。地球の内部には巨大な空洞世界(ホロウ・アース)が存在し、地上で絶滅した生態系が今も維持されている。

 

 そしてこいつらはホロウ・アースの怪獣たちだ。

 

 ホロウ・アースを通じて集まってきた怪獣たちは、今、バトラのために集まってきていた。

 何日かけて集まったのかは知らない。バトラが助けた三頭が声をかけて回って、その三頭がまた別の誰かに声をかけて、そうやって集まってきたのだと思う。

 怪獣たちはバトラを囲んだ。襲う様子はなく、ただバトラを見ている。

 

「何のつもりだ。おまえたちに出来ることなど……」

 

 バトラがそう問いかけたとき、ゴロザウルスの子供がバトラの手へ鼻先を押しつけた。

 その皮膚の奥から、淡い光が浮かんだ。暖かい緑の光で、光は細い糸になり、ゴロザウルスからバトラへ流れていく。

 続いてバランの身体からも白い光が溢れた。風のように軽い光が、バトラの背中へ入っていく。

 チタノザウルスの胸元からは、深い青色の光が上がった。海の底に積もった時間そのもののような、重く静かな光。それが大穴を渡りバトラへ届く。

 バトラが震える声で拒もうとした。

 

「こんなもの要らない。助けたからといって、恩を返せとは言っていない」

 

 けれど、怪獣たちは止まらない。ゴロザウルス、バラン、チタノザウルスから放たれた光がバトラの体に流れ込んだのを皮切りに、それぞれの身体から異なる色の光が立ち上がる。

 赤。青。緑。白。金。無数の光が夜空へ伸び、バトラへ集まる。

 ゴジラ=アポストリが、他の怪獣を食ったり地球に穴を開けてエネルギーを吸い上げることでエネルギーを集めようとしていたことを思い出した。だが、この怪獣たちは自らバトラにエネルギーを分け与えようとしている。

 

「だが、何のために……」

 

 バトラは、立ちつくしていた。

 もう支えは要らなかった。ただ、声は震えていた。

 ……まだわからないのか、まあこいつらしいけれど。わたしはわかりきっていることを説明してやった。

 

「みんな、あんたに生きて帰ってきてほしいんだよ」

 

 バトラは、しばらく動かなかった。

 光は流れ続けていた。赤、青、緑、白、金。穴の縁じゅうから立ちのぼって、風に乗って、全部あの子のところへ集まっていく。

 バトラは、それを止めようとして手を上げて、上げたまま下ろせなくなっていた。

 

「……わたしは」

 

 声が掠れていた。

 

「わたしは、おまえたちを助けたわけじゃない。ゴジラに餌を渡さないためだ。おまえたちを食わせないほうが、こちらの得だった。それだけだ」

 

 嘘のつけない奴が嘘をついた。

 いや、たぶん嘘ではないのだ。バトラの中では本当にそうなのである。あれは全部、効率の話だった。バトラはずっとそう説明してきたし、たぶん自分でも信じている。

 けれど誰も帰らなかった。この夏じゅう、一頭もその言い訳を信じていない。

 わたしは、そこで少しだけ笑いそうになった。

 

 ……ベノヴェラの言っていた地球生命の意思とやらは、ゴラスを迎撃するために怪獣たちを共食いさせて使い潰す計画を立てた。その計算に心はなく、間違いもない。

 ただ計算違いだったのは、使い潰される怪獣たちにも心があったということ。怪獣だって受けた恩を返したいと望むのだという当たり前のことが、偉大なる地球生命の意思の計算には入っていなかったのだ。

 

 そのうち、バトラの身体が変わっていった。

 翅が広がった。畳まれていた黒い翅がゆっくりと開いて、開いて、それから止まらなくなった。倍。三倍。もっと大きく広がってゆく。

 さらに額の角が伸び、バトラの足が地面から離れた。高度が上がっていく。五メートル。十メートル。

 強い風が起きて、わたしは目を開けていられなくなった。腕で顔を庇いながら、それでも見上げた。

 

 見上げると、夜空の下に黒い翅があった。

 広大な黒い翅に稲妻の模様が光っていて、赤と黄がまるで内側に電流が通ったみたいに脈打っている。

 バトラの翅の姿はこの夏何度も見てきたはずのものだったけれど、今はぜんぜん違って見えた。

 

 ……ああ、と悟った。

 これが、戦闘破壊獣バトラの真の姿なのだ。

 

「……ツグミ」

 

 声が、上から降ってきた。

 バトラの顔は、いつものあの顔だった。むすっとしていて、目が赤くて、まだ泣いたあとが残っている顔である。

 

「行ってくる」

 

 わたしは、そこで、たくさんのことを言おうとした。行くなとか、絶対に帰ってこいとか、約束しろとか、そういうことである。実際口は開いたし、言おうとも思った。

 けれど、言わなかった。

 ……こいつは嘘がつけない。だから「必ず帰る」と言わせたら、バトラはそれを守るためにたぶん無茶をする。

 それに、わたしはもう一つのことを知っている。

 行ってくる、と言ったバトラは必ず帰ってくるのだ。だから代わりにわたしは言った。

 

「……うん。行ってらっしゃい」

 

 バトラの目が、少しだけ丸くなった。

 三か月で四度目か五度目の顔である。相変わらず笑うのが下手くそで、口の端が片方しか上がっていなくて、それでもたしかにバトラは笑っていた。

 

「……焼き芋。寒くなってからだと言ったな」

「言った」

「間に合うか」

「間に合わせて」

 

 風が強くなった。

 

「約束だから」

「……わかった」

 

 わたしの押しつけがましい約束に応えるように頷き、バトラは大空へと飛び立った。

 黒い点がマゼンタの尾を引いて、真上へ向かって伸びていく光の中を昇ってゆく。街の焼け跡がその光で下から照らされて、一瞬だけ昼になった。

 怪獣たちがいっせいに鳴いた。名前を知らないやつも、知っているやつも、全部が空を向いて咆哮を響かせた。地面が震え、夜が揺れた。

 わたしは、地面に座ったままそれを見ていた。

 

 黒い点が星と区別がつかなくなり、区別がつかないまま東のほうへ動いていった。

 星のない場所、ゴラスの方へ。

 

「……絶対、帰ってきてよ」

 

 もちろん返事はなかったから、わたしはただ待つことにした。




タイトルはYouTubeに上がってるゴジラの人形劇『ゴジばん』に出てくるバトラのテーマソングから。

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