黒いモスラの魔法少女   作:よよよーよ・だーだだ

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29、破壊神降臨

 サカキ=ハルオが士官学校で使った怪獣学の教本は、薄い本だった。

 二百ページに満たない。半分は目撃証言の抜粋で、残りの半分は推測である。遠い昔に世界じゅうで起きたことを、生き残った人間が思い出しながら書いた本だからそうなるのは仕方がない。

 その本を使った講義でサカキを教えた恩師は、当時いちばんセンセーショナルな説として注目を集めていた仮説について話したことがある。

 その仮説の題名は『ゴジラ=アース仮説』という。

 

 怪獣の出自にまつわる世間一般の通説は、単純だ。

 核兵器、環境破壊、地球温暖化、そういった人間の愚かな行為が怪獣という魔物を生んだ。怪獣の出現は人類が身の丈を超えた領域に手を出した報いであり、だから人類が行いを改めれば怪獣は現れなくなると学校では教えている。

 

 このゴジラ=アース仮説は、その順序を逆にしたものだ。

 核エネルギーの発見も、産業の膨張も、環境破壊も、すべて人類が自分の意思でやったつもりでいるが、実は逆だったのではないか。生態系の大きなシステムで考えればこれまで人類が発明してきたそれら様々なテクノロジーは自分たちのためではなく、この世に怪獣という生命体を産み落とすためのものだったのではないか……そう捉えることもできる。

 我々人類は文明と科学の発展のために日々努めているが、それらの発展は実は人類のためではなかったのではないか。地球というシステムが人類に叡智を授けたのは、次なる生命である怪獣出現のために必要な条件を揃えさせただけだったのではないか。ひいては人類とは、ゴジラという究極の生命を生むための前座に過ぎなかったのではないか……?

 

 この説の恐ろしいところは、人間に悔いる余地がないことである。

 通説であれば人類は加害者であり、当事者であり、主導権がある。この通説においては人類が世界の主権者であり、人類が心から反省して悔い改めれば世界はそれに応えてくれるという希望がある。

 しかしゴジラ=アース仮説では、人類は地球というシステムの道具であり、人類の文明も次なる工程へ進むための一段階に過ぎない。文明の発展を止められない人間は次の工程へ進むことも止められず、反省しようが悔い改めようが意味は無い。

 そして、役目を終えて耐用年数を迎えた道具はいずれ用済みになる。人類はやがて、この星の霊長の座を次なる生命へ明け渡すことになる。そのとき人間に取って代わるのは人類が作った条件から生まれた新しい生命、すなわち怪獣である。怪獣惑星と化した地球(Earth)、その頂点に立つ最強の一体をこの説では『ゴジラ=アース』と呼んでいた。

 

 

 そして、講義の余談として、恩師は別の仮説も教えてくれた。

 その説を提唱した学者の名前はマキ=ゴロウ。マキ博士は怪獣黙示録時代の研究者で、彼が書いていたのはゴジラ=アース仮説の『先』であった。

 博士はこう書いていたという。

 

 ――仮にゴジラ=アースがこの星の頂点に立ったとして、私が問いたいのはその次である。そこで止まる理由が、どこにあるのか。

 

 怪獣は強くなり続ける。糧を得て、環境に適応し、代を重ね、あるいは一体のまま形を変えて……そうやってより強大になってゆく過程に上限を設ける根拠を我々人類は一つも持っていない。

 そして、生態系というものには支えられる限界がある。ある生き物が強くなりすぎれば餌が尽き、餌が尽きればその生き物も死ぬ。それが生態系の理屈であり、だから頂点には自ずと上限がつく。

 だが、その上限を超えてしまったものはどうなるのか。マキ博士はこう問うた。滅びる、というのが常識的な答えだろうが、もし滅びなかったら?

 

 ――生命のある星には、それぞれ我々人類と同等のヒト型種族がいて、ゴジラと同等の怪獣がいるだろう。それらを超えた果てにゴジラ=アースが生まれるのなら、そういったゴジラのうちのいくつかはすでに故郷の星を離れているはずである。

 

 むしろ人類も宇宙開発で宇宙へ飛び出してゆくのに、怪獣がそうならないと考えるのは楽観にすぎるのではないか。地球という枠から外れた存在、もはや星を超え母星を必要としない生命。宇宙へ進出した人類のように生態系の定位置を離れて、宇宙を渡っていくような存在へ進化してゆく可能性も考えられるのではないか。

 そういった宇宙的存在のことを、マキ博士は『ゴジラ=プラネテス』と名付けていた。

 プラネテス(Planetes)とは『惑星』を意味する古い言葉であり、同時に『さまよう者』という意味でもある。古代の人間は、天球に貼りついたまま動かない星々を恒星と呼び、そのあいだを勝手に動き回る点を惑う星:惑星と呼んだという。ゴジラ=プラネテスは『地球(Earth)を超えた惑星(Planetes)級の超ゴジラ』のことであり、同時に『宇宙をさまよう者』という意味も含んだダブルミーニングによる命名であったのだろう。

 

 『ゴジラ=アース仮説』はゴジラに関する立場の一つとして今も議論されている一方、この『ゴジラ=プラネテス仮説』は主流にならなかった。

 理由は下記のとおり、恩師が講義で補足したとおりである。

 ……ゴジラ=アース仮説は検証できる。核実験の年表と怪獣の出現記録を並べれば相関は出るし、因果の向きについては議論が尽きないがデータが手元にある。

 それに人類の行いが怪獣を生むというのなら、生成の条件を特定して抑制できるかもしれない。監視すべき数値があり、管理すべき項目があり、立てるべき予算がある。

 一方でゴジラ=プラネテス仮説はというと、ゴジラ=アース仮説自体がそもそも仮説でゴジラ=アースにあたるゴジラは未だこの世界には誕生していなかったし、宇宙を渡るゴジラ=プラネテスなんてものは空想上の存在として仮定されているだけでその実物は誰も観測していない。前提となるゴジラ=アース仮説すら仮説どまりなのに、ゴジラ=プラネテス仮説にあるのは子供じみたパワーインフレの論理の延長だけで反証すらできない。そんなものは科学の議論の対象にはならない。

 実務上の理由もあった。仮にそんなものがいたとして、どうするのか。来るのかどうかも分からない。来るとして何万年後かも分からない。監視すべき数値もなく、管理すべき項目もなく、立てるべき予算がない。

 だから誰も扱わなかったのだろう、とサカキも当時はそう理解して納得した。

 

 

 そしていま、白銀の機体の中で、宇宙から飛来したスペースゴジラの実物を目の当たりにしながらサカキは思った。

 ゴジラ=アース仮説には、実のところ救いがあったのだ。人類は席を譲っていずれ滅びるが、人類が滅んでも地球の物語は続く。器官としての役目には意味があり、生まれたものは地球のものになる。ゴジラ=アース仮説は人類を中心としない観点が刺激的ではあったが、結局は人類の存在には意味があるという説であり、だからあの説は受け入れられた。

 だがゴジラ=プラネテス仮説で語られるゴジラ=プラネテスはそれすらも超えてしまっている。地球が人類を使って作らせたゴジラ=アースは地球のものにならず、人類が懸命に文明を築き上げ、滅ぼされてまで作り出した成果物であるゴジラは、最終的には地球を捨てて出て行ってしまうという。

 

 ――救いもへったくれもない。だから相手にされなかったんだ。

 

 サカキは、正面のモニターを見た。

 全高数百メートル。三列の背びれ。灰色の岩肌。ゴジラに似た顔。

 ゴジラ=プラネテスの実物であるスペースゴジラは、地球でいちばん濃いものへ向かって進んでゆく。

 サカキは、操縦架を握り直しながら、会ったこともない男の名を呼んだ。

 

「……マキ博士。もしもあなたにこの未来が見えていたというなら、その実物と出会ったとき我々はどうすべきかその対策も書いておいてほしかったですよ」

 

 当然ながらマキ博士からの返事が返ってこない代わりに、副官の声が届いた。

 

〈中佐。ディメンションタイドの状況を報告します。空間圧縮機構の再充填に八時間。冷却に三時間。合計十一時間です〉

 

 サカキは目を閉じた。

 

〈短縮は可能ですが、機構の自壊確率が上がります。七時間まで詰めれば、六割で壊れます〉

「詰めろ」

〈中佐〉

「詰めてくれ。壊れて構わん。もう一発撃てればいい」

〈……砲術班に伝えます。八時間半で調整します。それ以上は、確率が跳ね上がります〉

「分かった」

〈しかし中佐……八時間半、どうやって保たせるおつもりですか〉

 

 サカキは、モニターを見た。

 無人機、残存百二十四機。MOGERA・轟天の損傷は、左増設ブースター一基停止、装甲背面熔損四割。相手は、直径二キロの岩塊を三分で食う四百メートルの怪物である。

 

「地球に着かせなければいい。八時間半、あいつの進路上に居続ける」

〈……盾になる、ということですか〉

「そうだ」

〈成功率の試算は〉

「するな。いま数字を聞くと、判断が鈍る」

 

 しばしの沈黙のあと、タニ少佐は答えた。

 

〈……了解しました〉

「そうしてくれ」

 

 サカキは、無線を全隊に開いた。

 

「全機へ。これから八時間半、我々は勝てない相手の前に立つ。撃っても効かん。避けきれん。何機残るかも分からん」

 

 サカキは正面のそれを見た。スペースゴジラのクリスタルの背びれがまばゆく明滅し、スペースゴジラはこちらを威嚇している。

 

「だが、我々の後ろには地球がある。奴の前に立て。それだけでいい」

 

 白銀の機体が、百二十四の光点を従えて、四百メートルの巨体の進路へ回り込んだ。

 最初の一時間は、作戦が成立していた。サカキは無人機を三群に分け、輪番で目標の正面を横切らせた。撃たせるためである。撃つたびに、あれは一秒か二秒、進路を修正する。それだけで足止めになる。

 想定通り、三十一機のドローンを失った。

 二時間目に、それが変わった。

 

〈中佐、目標が迎撃パターンを変更。個別に撃っていません。面で薙いでいます〉

 

 モニターの中で、スペースゴジラが身体を反らした。

 背中の三列が、根元から先端へ向けて順に白熱していく。肩の結晶も同じだ。宇宙の暗がりの中で、あれだけが青白く輝いた。

 そして、波動が放たれた。

 目に見えるものは何もない。ただ、波動が通過した空間で、無人機が順番に沈黙していった。爆発しない。破片も出ない。電源を抜かれたように光点が消えていく。

 

〈フォトン・ハリケーン、と呼称します。広域電磁パルスです。半径二百キロの電子系が焼かれます……無人機、四十七機ロスト〉

「無人機を下げろ。散開、二百五十キロ以遠」

〈それでは足止めになりません〉

「知っている。だが全滅させたら、あと六時間何も残らん」

 

 三時間目。サカキはMOGERA・轟天を単機で前へ出した。

 二百八十トンの機体を、四百メートルの正面へ滑り込ませる。プラズマメーサー砲を撃つ。

 だが、プラズマメーサーは当たらなかった。命中の直前で光条が逸れ、目標の表面をかすめてあらぬ方向へ流れていく。

 

〈……偏向です。目標周辺に、光子偏向場が形成されています。エネルギー系の攻撃は、接触前に軌道を変えられます〉

「熱線も、光線も、全部か」

 

 通らない、ということである。

 サカキは、二週間前のことを思い出した。ゴジラ=アースの生体シールドは、攻撃が届く場所へ肉体そのものを走らせて受け止めるものだった。

 大変喜ばしくないことに、順当にインフレしている。

 

「なら、スパイラルグレネードだっ!」

 

 光線が効かないなら、ドリル弾頭の物理攻撃である。

 MOGERA・轟天の両腕装甲が展開し、先端に削岩ドリルを備えた対怪獣貫通弾が現れる。スパイらるグレネードミサイル、MOGERAの必殺兵器である。

 右肩と左胸を狙って、二発撃った。

 

 一発目は、届かなかった。

 サカキは、モニターの中でそれを見た。何もない宇宙空間から、直径二百メートルほどの岩塊が滑り込んできて、弾道上に割り込んだのである。

 ゴラスの破片だ。弾頭が岩に突き刺さり、内部で起爆し、破片が散った。目標には届いていない。

 

〈……重力操作です〉

 

 タニの声が、少し遅れた。

 

〈目標が、周囲の岩塊を任意に加速させています。ゴラスの引力圏を形成していた力と、同じものと推定されます〉

 

 ゴラスの六千倍の重力、その正体がこれだ。スペースゴジラの奴は重力を自在に制御できるらしかった。

 

 二発目は、通った。右目に突き刺さり、螺旋の刃が回転しながら食い込んで、内部で起爆した。頭が吹き飛び、赤黒い断面が覗いた。

 

〈命中! 目標、右肩部に損傷!〉

 

 サカキは離脱しながら、その損傷部を見ていた。

 スペースゴジラの顔が半壊していたが、すぐにみるみる塞がっていく。岩肌が波打って、砕けた縁から結晶が伸びて、数十秒で元の形に戻った。

 傷跡さえ、残らなかった。

 

〈……再生を確認〉

「補給はどこから来ている」

〈背びれと肩部結晶です。恒常的に何かを吸収し続けています。星の光か、宇宙線か、その両方か……解析は追いつきません〉

 

 肩の結晶から宇宙のエネルギーを吸収して再生している。ゴジラにも再生能力があったが、スペースゴジラも再生能力持ちか。

 地球のゴジラは補給を断たれた瞬間から死に向かい、二週間前の作戦はそれが成立したから勝てた。だが、目の前のスペースゴジラは宇宙から無限に補給を受けられるらしい。

 

「……宇宙そのものが補給線か」

 

 サカキは、残された選択肢を数えた。光線は逸らされる。物理弾は防がれるか、通っても塞がる。

 ならば、答えは一つしかない。

 

「全兵装、開放。一斉射(オール・ウェポン)だ。プラズマメーサー、スパイラルグレネード、ミサイルポッド、対怪獣魚雷……あるものを全部だ!」

 

 白銀の機体が、開いた。

 胸部装甲が左右へ割れ、肩の発射口が展開し、腕部のハッチが跳ね上がる。二百八十トンの機体が、持てるものを全部同時に外へ向けた。

 

「オール・ウェポン、発射(Fire)!!」

 

 宇宙が、白く光った。

 青いプラズマの奔流。螺旋を描く貫通弾。数十本のミサイルの航跡。それらが同時に、四百メートルへ殺到する。

 かつてゴジラ=アースを屠った飽和攻撃がスペースゴジラに襲い掛かった。

 

 スペースゴジラも即応した。背鰭と肩の結晶を光らせながらシールドを展開し、重力を操って隕石でガードする。

 プラズマメーサーはシールドに弾かれ、ミサイルの半分は割り込んできた岩塊に阻まれた。

 残りの半分と貫通弾は通った。爆ぜて、スペースゴジラの岩肌に穴を穿つ。左腕。脇腹。首の付け根、いずれも致命傷に至る深手のはずだ。

 

「よし!」

 

 サカキは勝ったと思ったが、しかし数十秒後に傷は全て塞がった。

 実弾、光線、貫通弾、三種類の攻撃を、スペースゴジラは三種類の方法で同時に処理したのである。逸らし、防ぎ、塞ぐ。どれか一つを潰しても、残りの二つが埋める。

 傷跡は、どこにも残っていない。

 

「……くそ!」

 

 吐き捨てた矢先に、スペースゴジラの口からオレンジ色の熱線が来た。

 最初の一射は外れて、その先で無人機が十二機まとめて消えた。オレンジ色の柱が、宇宙を数百キロにわたって貫く。

 コロナビームの二射目が、MOGERA・轟天を捉えた。

 

「回避……!」

 

 間に合わなかった。

 右舷をかすめただけである。かすめただけでコクピットに衝撃で火花が降り、右側の装甲が根こそぎ持っていかれた。機体が横向きに投げられ、サカキの身体がシートベルトに食い込んだ。

 

〈MOGERA・轟天、応答してください!〉

 

 警報が全部鳴っていた。サカキは姿勢制御をかけた。かかった。三基のブースターのうち、二基が生きている。

 

「……こちらMOGERA・轟天。生きている」

〈右舷装甲、喪失を確認。冷却系第一系統も……中佐、ディメンションタイドの冷却が〉

「使えるか」

〈使えます。ただし、あと一回の被弾で機構が保証できません〉

「上等だ」

 

 スペースゴジラは、口からの光線の掃射でMOGERA・轟天に詰めにかかった。

 スペースゴジラの猛威は波状としてサカキたちGフォースを襲った。MOGERA・轟天は直撃は避けられたが躱すのに必死で反撃どころではなく、その他のドローンたちは叩き潰されたムシケラのように為す術もなく落ちてゆく。

 

〈中佐!〉

「ドローンは諦めろ! まだディメンションタイドは生きている!」

〈残存無人機、十九機です!〉

 

 百二十四機あったドローンの宇宙艦隊が、五時間で十九機になった。

 一言で言うならそれはまさに、破壊神降臨。スペースゴジラの猛威は、まさに破壊の神そのものであった。

 

「タニ少佐、ディメンションタイドは」

〈冷却及びチャージの完了まであと二時間十分〉

 

 間に合わない。サカキは、正面のそれを見た。

 六時間かけて、こちらは腕を一本失い、装甲を半分失い、無人機を百五機失った。

 向こうは、無傷である。さきほどスパイラルグレネードで抉った傷は、今や塞いだ肩の傷跡さえもう分からない。

 

 やがて、スペースゴジラが改めてMOGERA・轟天を見た。

 サカキには、それが分かった。四百メートルの巨体の頭がわずかに下を向いて、こちらを視野の中心に入れた。邪魔だと認識したのだとわかった。

 口が開き、喉の奥にオレンジの光が溜まっていく。三列の背びれが根元から白熱する。この距離で撃たれたら、さしものMOGERA・轟天も蒸発するだろう。

 

〈中佐、離脱を!〉

 

 サカキは、操縦架を握った。

 離脱すれば、生き延びられる。生き延びれば、二時間後に撃てる。それが最も合理的だった。

 だが間に合わない。喉の光が限界まで膨れたそのとき、サカキの視界の端を黒いものが横切った。

 

 横切った黒い影は、素早かった。

 

 スペースゴジラの顎の下を、それは掠めるように通過した。通過しながら、額の一点からマゼンタの光を放った。

 プリズム光線は偏向場で逸れた。逸れたが、当たらなくてもよかったのだ。四百メートルの頭が跳ね上がり、撃つ直前の一拍を外から潰され、喉に溜まっていたオレンジが行き場を失ってあらぬ方向へと噴き出した。宇宙の暗がりに太いオレンジの破壊光線が一本、無意味に伸びていった。

 

〈……中佐!〉

 

 タニの声が裏返った。

 

〈バトラ、戦域に到達! 予測より三十八分早い到着です!〉

 

 サカキは、モニターを見上げた。

 バトラが広げた黒い翅は、かつて見たときよりも大きくなっていた。この夏何度も見た数値の倍以上あり、翅の稲妻模様が赤と黄に脈打っている。黒い翅を背負った小さな少女の身体が、四百メートルのスペースゴジラの正面に浮いている。

 

 そして、その子はこちらを見た。通信は繋がっていない。声が届くはずがない。

 届くはずがないのに、バトラが何を言ったのかサカキには分かった。いつものような仏頂面で、きっとこんなふうに言ったのだろう。

 

 ――すまない、遅れた。

 

「……いや」

 

 サカキは、白銀の機体の残った右腕を上げて答えた。

 

「間に合ったよ。ゆこう、バトラ」

 

 MOGERA・轟天と共に、黒いモスラの魔法少女は宇宙怪獣スペースゴジラへと向き直った。




・ゴジラ=アース仮説
人間の文明の発展とそれによる悪影響(核実験、環境汚染、開発)がゴジラたち怪獣を生み出したというのが通説だが、実は順序が逆で、人間の文明は人間のためのものではなく、怪獣という生命を生み出すための前座に過ぎなかったのではないか、という仮説。人類はいずれゴジラのような怪獣に取って代わられ、霊長の座を譲り渡すことになるのではないか、と考えられている。この仮説において、人類に代わって地球を支配することになる最強のゴジラを「ゴジラ=アース」と呼ぶ。要はアニゴジ三作目の序盤でマーティン博士が言ってた奴である。

・ゴジラ=プラネテス仮説
マキ=ゴロウ博士が提唱した仮説。ゴジラ=アース仮説の「先」を仮定した仮説であり、ゴジラ=アースも超えてパワーアップし続けたゴジラはやがて地球の生態系という枠組みからも外れて宇宙怪獣になってしまうのではないか、という仮説。この仮説で仮定されている超ゴジラのことは「ゴジラ=プラネテス」と呼ばれる。

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