素材   作:null_user2388

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第2章 切り抜き

私が顔を出したのは、本当に偶然でした。

毎年開かれているアニメイベントへ、いつものように一人で出かけた日のことです。

目的は新刊でもコスプレでもありません。

素材探しでした。

面白い展示があれば撮る。

変わったポップがあれば撮る。

会場の空気そのものが、数日分のネタになることもあります。

 

イベントの帰り道、私はあるフォロワーと初めて顔を合わせました。

会う約束をしていたわけではありません。

向こうが私のアカウント名に気づいて、声を掛けてきたのです。

 「いつも見てます」

そう言われるのは悪い気分ではありませんでした。

少し立ち話をして、その人は言いました。

「写真、一枚いいですか」

私は少し笑って、

「顔は写さないでくださいね」

と言いました。

「もちろん」

その人はそう答え、私の背中越しに会場を撮るような構図でシャッターを切りました。

私も深く考えませんでした。

顔なんてほとんど写っていないだろうと思ったからです。

 

その日の夜でした。

タイムラインに、その写真が流れてきました。

『今日は██さんに会えました!』

私の後ろ姿が小さく写っています。

約束どおり、顔は分かりません。

私は「ありがとうございました」とだけ返信しました。

 

翌朝、その写真を見て少し驚きました。

私が写っている部分だけ切り抜かれ、別の投稿に使われていたのです。

会場でパンフレットを読んでいる、中途半端な姿勢でした。

キャプションには、

『オタク特有のこの姿勢』

と書かれていました。

笑ってしまいました。

確かに、少し面白い格好だったのです。

引用は伸びました。

さらに翌日には、

 

『イベントで財布を落とした俺』

『限定グッズ完売を知った瞬間』

『推しが結婚したとき』

 

そんな文字が次々と貼られ、私の姿は別の意味を持ち始めました。

もう、私ではありませんでした。

一枚の姿勢だけが、歩き始めていました。

私は、自分でも一枚保存しました。

よく出来ていると思ったからです。

少し悔しかったのは、私より面白く加工している人が何人もいたことくらいでした。

 

数日後、フォロワーと通話していたときのことです。

「そういえば」

相手が笑いながら言いました。

「あの画像、めっちゃ伸びてますね」

「あの画像?」

「イベントの」

「ああ、あれ」

私はすぐ分かりました。

相手は続けました。

「もう十万くらい保存されてるんじゃないですか?」

「そんなに?」

「見ました? 海外でも使われてますよ?」

 

私は検索してみました。

本当でした。

知らない言語。

知らない文章。

それでも、私の姿だけは同じでした。

「まあ、面白いですから」

私はそう答えました。

相手は少し黙ってから、不思議そうに言いました。

 

「そういえば」

「なんですか?」

「お名前、なんでしたっけ?」

冗談だと思いました。

「いや、ずっと話してるでしょう」

「ですよね」

相手は笑いました。

「なんか思い出せなくて」

私は自分のプロフィールリンクを送りました。

「ああ、それそれ」

相手は納得したようでした。

私は、そのときは何も気にしませんでした。

ネットでは、名前なんて案外見ないものです。

アイコンと投稿だけで、誰だか分かってしまう。

それだけの話だと思っていました。

 

その夜。

nullが、私の切り抜き画像を引用しました。

添えられていた文章は、一行だけでした。

 

「本人は、一度しか写っていません」

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