素材   作:null_user2388

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第4章 素材の人

その画像が流行り始めてから、一か月ほど経った頃でした。

私は別のアニメイベントへ出かけました。

例の件があってから、人前へ出ることを少しだけ気にするようにはなっていました。

とはいえ、イベントへ行く理由は変わりません。

新しい素材を探すためです。

 

会場へ着いて間もなく、知らない男性に声を掛けられました。

「すみません」

私は振り返りました。

「素材の人ですよね」

一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。

「え?」

「あ、違ったらごめんなさい」

男性はスマートフォンを取り出しました。

画面には、あの画像が映っていました。

私がパンフレットを読んでいる、あの姿勢です。

「これの人ですよね」

私は苦笑しました。

「そうです」

「やっぱり」

男性は嬉しそうに笑いました。

「本物初めて見ました」

 

本物。

 

その言葉に少しだけ引っ掛かりました。

けれど、悪意はありません。

私は曖昧に笑って、

「ありがとうございます」

とだけ答えました。

「応援してます」

男性はそう言って去っていきました。

最後まで、私の名前は呼びませんでした。

 

昼過ぎになると、昔から交流のあったフォロワー数人と合流しました。

ほとんどが五年以上の付き合いです。

直接会うのは久しぶりでしたが、毎日のようにSNSでは話しています。

「お疲れ」

私が声を掛けると、一人が笑いました。

「あ、素材の人」

みんな笑いました。

「その呼び方やめてくれよ」

「いや、もうそれしか出てこない」

「ほんとに」

 

冗談だと思いました。

私は自分のアカウント名を言おうとして、一瞬だけ口が止まりました。

もちろん思い出せます。

ただ、相手に言わせたくなったのです。

「俺の名前、言える?」

全員黙りました。

誰かがスマートフォンを取り出しました。

「えっと……」

「ほら……」

「アイコンは浮かぶんだけど……」

「待って」

画面を見ながら、一人が首を傾げました。

「……なんだったっけ」

私は笑いました。

「冗談だろ?」

「いや、本気」

「昨日も話したじゃん」

「話した」

「でも……」

全員が困った顔をしていました。

その様子が妙に揃っていて、私は少しだけ笑えなくなりました。

「プロフィール見ればいいじゃん」

「いや、それは反則」

一人がそう言って笑いました。

「思い出せそうなんだけどね」

 

結局、誰一人として答えられませんでした。

代わりに、一人が言いました。

「でも……」

「なんですか?」

「画像は保存してる」

ほかの三人も頷きました。

「俺も」

「僕も」

「何回も使った」

次々とスマートフォンが差し出されました。

保存フォルダには、あの画像が入っています。

文字を変えたもの。

色を加工したもの。

海外で使われていたもの。

私自身も見たことのない派生までありました。

「これ便利なんだよ」

「なんにでも使える」

「最近また伸びてるよね。」

 

誰も、悪気はありませんでした。

むしろ、私の画像を褒めているつもりでした。

私は、その画面を眺めながら言いました。

「俺のアカウント、フォローしてるよね」

「もちろん」

「固定ポストも見てる」

「毎日流れてくる」

「じゃあ、名前は」

また沈黙が落ちました。

さっきより長い沈黙でした。

一人が苦笑しました。

「ごめん、本当に出てこない」

 

その瞬間、背中に冷たいものが走りました。

毎日のように会話している相手です。

通知欄にも、昨日のやり取りが残っています。

それなのに。

名前だけが、誰の口からも出てきません。

私は笑うしかありませんでした。

「そんなこと、ある?」

誰も答えませんでした。

代わりに、一人がスマートフォンを見ながら呟きました。

「あ」

「なに?」

「また使われてる」

あの画像でした。

新しい投稿です。

数分前に投稿されたばかりでした。

もう何千件も「いいね」が付いています。

私は無意識に投稿者のプロフィールを開きました。

そこには見慣れたアカウントがありました。

null。

投稿文は、いつも通り短く、一行だけでした。

 

「名前は、思い出そうとすると消えます」

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