素材   作:null_user2388

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第5章 優先順位

その日は休日でした。

新刊を探すため、私は駅前の大型書店へ向かいました。

漫画の新刊だけでなく、画集や設定資料集もよく置いてある店です。

SNSで話題になった本も早く入荷するので、月に何度か足を運んでいました。

店内は休日らしく混んでいました。

 

私は新刊コーナーを一通り見てから、美術書の棚へ向かいました。

資料になりそうな写真集を手に取り、ページをめくっていたときです。

「あ」

後ろから声がしました。

振り向くと、二十代くらいの男性が立っていました。

私と目が合うと、少し興奮したように言いました。

「素材の人ですよね?」

一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。

「え?」

男性は慌ててスマートフォンを取り出しました。

画面には、あの画像が映っていました。

私がパンフレットを読んでいる、あの姿勢です。

「これの人ですよね」

私は苦笑しました。

「……そうです」

「やっぱり!」

男性は本当に嬉しそうでした。

「本物初めて見ました」

 

本物。

 

また、その言葉でした。

私は曖昧に笑いました。

「ありがとうございます」

「写真、一枚だけお願いしてもいいですか?」

私は少し迷いました。

断る理由もありません。

店の邪魔にならない場所へ移動し、一枚だけ撮ってもらいました。

男性は深々と頭を下げました。

「ありがとうございます」

そのあと、少し照れたように言いました。

「実は、この画像全部保存してるんです」

画面には、私の画像が何枚も並んでいました。

文字違い。

色違い。

海外版。

動画から切り抜かれたものまであります。

「これ、本当に好きで」

「……そうですか」

「なんにでも使えるんですよ」

私は笑いました。

「便利ですよね」

「はい」

男性は嬉しそうに頷きました。

しかし、

最後まで、私の名前は一度も口にしませんでした。

私は、その背中を見送りながら思いました。

あの人は私の投稿を見ているのでしょうか。

それとも。

画像だけを見ているのでしょうか。

 

帰り道、電車へ乗ると、向かいの席に座っていた高校生二人がスマートフォンを覗き込んで笑っていました。

「あ、この画像」

「まだ流行ってる」

「なんにでも使えるよな」

一人が顔を上げました。

私と目が合いました。

一瞬だけ驚いた顔をして、

「あ」

と言いました。

「素材の人」

隣の友人も私を見ました。

「本当だ」

二人とも笑っています。

悪意はありません。

芸能人を見つけたような反応でした。

私は軽く頭を下げ、目を逸らしました。

降車駅に着くまで、二人は何度も私の方を見ていました。

ただ、一度も名前は口にしませんでした。

 

帰宅してから、私は何気なくあの画像を検索しました。

また新しい派生が増えていました。

コメント欄を眺めていると、一つだけ気になる書き込みがありました。

「この人、まだ実在するんだ」

私は、その一文を何度も読み返しました。

意味が分かりませんでした。

画像の中の人間が生きていることなど、不思議でも何でもありません。

なのに、その文章だけは妙に胸に残りました。

その夜。

nullが、その投稿を引用しました。

書かれていたのは、いつもどおり一行だけでした。

 

「素材との出会いは、本人より先です」

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