その日は休日でした。
新刊を探すため、私は駅前の大型書店へ向かいました。
漫画の新刊だけでなく、画集や設定資料集もよく置いてある店です。
SNSで話題になった本も早く入荷するので、月に何度か足を運んでいました。
店内は休日らしく混んでいました。
私は新刊コーナーを一通り見てから、美術書の棚へ向かいました。
資料になりそうな写真集を手に取り、ページをめくっていたときです。
「あ」
後ろから声がしました。
振り向くと、二十代くらいの男性が立っていました。
私と目が合うと、少し興奮したように言いました。
「素材の人ですよね?」
一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。
「え?」
男性は慌ててスマートフォンを取り出しました。
画面には、あの画像が映っていました。
私がパンフレットを読んでいる、あの姿勢です。
「これの人ですよね」
私は苦笑しました。
「……そうです」
「やっぱり!」
男性は本当に嬉しそうでした。
「本物初めて見ました」
本物。
また、その言葉でした。
私は曖昧に笑いました。
「ありがとうございます」
「写真、一枚だけお願いしてもいいですか?」
私は少し迷いました。
断る理由もありません。
店の邪魔にならない場所へ移動し、一枚だけ撮ってもらいました。
男性は深々と頭を下げました。
「ありがとうございます」
そのあと、少し照れたように言いました。
「実は、この画像全部保存してるんです」
画面には、私の画像が何枚も並んでいました。
文字違い。
色違い。
海外版。
動画から切り抜かれたものまであります。
「これ、本当に好きで」
「……そうですか」
「なんにでも使えるんですよ」
私は笑いました。
「便利ですよね」
「はい」
男性は嬉しそうに頷きました。
しかし、
最後まで、私の名前は一度も口にしませんでした。
私は、その背中を見送りながら思いました。
あの人は私の投稿を見ているのでしょうか。
それとも。
画像だけを見ているのでしょうか。
帰り道、電車へ乗ると、向かいの席に座っていた高校生二人がスマートフォンを覗き込んで笑っていました。
「あ、この画像」
「まだ流行ってる」
「なんにでも使えるよな」
一人が顔を上げました。
私と目が合いました。
一瞬だけ驚いた顔をして、
「あ」
と言いました。
「素材の人」
隣の友人も私を見ました。
「本当だ」
二人とも笑っています。
悪意はありません。
芸能人を見つけたような反応でした。
私は軽く頭を下げ、目を逸らしました。
降車駅に着くまで、二人は何度も私の方を見ていました。
ただ、一度も名前は口にしませんでした。
帰宅してから、私は何気なくあの画像を検索しました。
また新しい派生が増えていました。
コメント欄を眺めていると、一つだけ気になる書き込みがありました。
「この人、まだ実在するんだ」
私は、その一文を何度も読み返しました。
意味が分かりませんでした。
画像の中の人間が生きていることなど、不思議でも何でもありません。
なのに、その文章だけは妙に胸に残りました。
その夜。
nullが、その投稿を引用しました。
書かれていたのは、いつもどおり一行だけでした。
「素材との出会いは、本人より先です」