あの画像が流行してから、私はほとんど新しい投稿をしなくなりました。
何を書いても、反応は同じでした。
画像が引用される。
誰かが「素材の人」と書く。
コメント欄は、その話ばかりになる。
投稿の内容を読んでいる人は、ほとんどいないように思えました。
それでも、毎日のように通知だけは届きます。
その日も、SNSを眺めていました。
ちょうど新しい通知はありませんでした。
何となく、一年前の投稿まで遡ってみました。
その頃は、画像ではなく作品の感想を書くことが多かったはずです。
「あの演出は良かった」
「構図が面白い」
「伏線の回収が綺麗だった」
そんな短い文章が並んでいました。
読み返しているうちに、不思議なことに気付きました。
感想の内容は思い出せます。
投稿した日のことも覚えています。
けれど、どうしてその感想を書いたのか。
そこだけが思い出せませんでした。
私は通知欄へ戻りました。
昔から交流のあるフォロワーが、私の三年前の投稿を引用していました。
添えられていた文章は、一行だけでした。
「昔からこういう人だった」
私は首をかしげました。
何が「こういう人」なのでしょう。
そこには、ごく普通のアニメの感想しか書かれていません。
しばらくして、そのフォロワーへ連絡しました。
「これ、どういう意味ですか?」
すぐに返信が来ました。
「え? そのままですよ」
「どういう人だと思ったんですか?」
既読が付き、少し間が空きました。
「うまく説明できません。でも……」
「昔から、この画像みたいな人だったじゃないですか」
私はスマートフォンを持つ手に力が入りました。
「この投稿は、画像が流行る前ですよ」
返事はありませんでした。
十分ほど経ってから、短い返信が届きました。
「そうでしたっけ」
その夜、私は自分のアカウントを最初まで遡りました。
最初の投稿。
最初の返信。
最初の引用。
何時間もかけて読み返しました。
私は確かに、ここで生きていました。
作品について笑い、怒り、誰かと議論し、時には失敗もしていました。
そのはずでした。
けれど、コメント欄だけは違いました。
古い投稿へ、新しい返信が少しずつ増えていたのです。
「この頃から素材感ある」
「まだキャラが固まってない」
「後のテンプレになる」
投稿日は昨日。
今日。
ほんの数分前。
三年前の私を見ているはずなのに。
誰も、三年前の私として読んでいませんでした。
まるで現在の画像から過去を逆算するように、
昔の私まで書き換えていました。
私は慌てて投稿を削除しようとしました。
しかし、指が止まりました。
消したところで画像は残ります。
引用ポストもスクリーンショットされて残ります。
私が消したいのは、投稿ではありません。
「私はあの素材の人」という認識でした。
その瞬間、初めて気付きました。
この三年間、
私が毎日見返していたのは、自分の記憶ではありません。
投稿履歴でした。
イベントへ行った日付。
誰と話したか。
何を考えていたか。
全部、投稿を読み返して思い出していました。
もし、その履歴まで、誰かの認識に書き換えられたら。
私は何を頼りに、自分を思い出せばいいのでしょう。
通知音が鳴りました。
nullでした。
引用されていたのは、私が三年前に投稿した、ごく短い感想でした。
添えられていた文章は、一行だけでした。
「人は、思い出す前に記録を読みます」