素材   作:null_user2388

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第8章 証明

翌朝、私はアカウントを削除することに決めました。

一晩考えて出した結論でした。

画像が消えないことくらい分かっています。

保存されたものも、転載されたものも残るでしょう。

それでも。

少なくとも、自分から素材を増やすことだけはやめようと思いました。

 

設定画面を開きます。

退会。

確認。

もう一度確認。

画面には、「この操作は取り消せません」と表示されました。

その下に、小さな案内がありました。

「削除前に、公開データのアーカイブをダウンロードできます」

投稿。

返信。

引用。

画像。

プロフィール。

これまで公開してきたデータを、ZIP形式で保存できるという説明でした。

 

私は少しだけ考えて、「ダウンロード」を選びました。

数分後、アーカイブの作成が完了し、ZIPファイルが保存されました。

これなら少なくとも私がここにいた証拠だけは残る。

そう思ってから、もう一度退会画面へ戻りました。

私は迷いませんでした。

指先でタップしました。

画面が切り替わります。

「アカウントは削除されました」

 

それだけでした。

静かなものでした。

通知も来ません。

音も鳴りません。

まるで最初から何も存在しなかったかのようでした。

私は深く息を吐きました。

これで終わる。

そう思いました。

 

数日後。

私は会社の帰りに駅前の喫茶店へ入りました。

本を読もうと思ったのです。

パソコンやスマートフォンばかり見ている生活をやめよう。

紙の本を読もう。

そんな気分でした。

 

注文を済ませ、席へ座ると、店員がコーヒーを運んできました。

カップを置こうとしたその手が止まります。

「あ」

また、その声でした。

店員は少し考えるような顔をして、

「素材の人」

と言いました。

私は苦笑しました。

「もうSNSはやめたんですけど」

店員は困ったように笑いました。

「そうなんですか。でも、まだよく見ます」

私は返事をしませんでした。

店員は仕事へ戻っていきました。

名前は聞かれませんでした。

もちろん、呼ばれもしませんでした。

 

私は窓の外を見ました。

駅前を人が歩いています。

誰も私を知りません。

そのはずでした。

それなのに。

ガラス越しに目が合ったサラリーマンが、小さく口を動かしました。

「素材」

声は聞こえません。

けれど、そう言ったことだけは分かりました。

私は思わず目を逸らしました。

本を開きます。

一ページも頭に入りません。

気付けば、店内の誰かが私を見ています。

一人。

また一人。

何かを思い出したような顔になります。

そのたびに、

「あ」

という表情をします。

私は耐えられなくなって店を出ました。

 

帰宅すると、私は保存しておいたZIPファイルを展開しました。

投稿。

返信。

引用。

プロフィール。

画像。

どこにも変わったところはありません。

フォルダを閉じようとして、ふと、ひとつだけ見慣れないファイルがあることに気付きました。

『summary.txt』

そんな名前のファイルを、自分で作った覚えはありません。

開くとなかには、数行の文章がありました。

 

・このユーザーは、アニメ・漫画作品を中心に活動したミーム制作者である。

・後に、自身がミーム素材として広く流通した。

・詳細は投稿履歴から推定した。

 

私は息を止めました。

最後の一行だけ、妙に浮いて見えました。

 

・詳細は投稿履歴から推定した。

 

誰が何を推定したのでしょう。

私はスクロールしました。

その先には何もありません。

その三行だけです。

作成日時を見ると、今日の日付になっていました。

私はこのファイルを作っていません。

運営が生成したのでしょうか。

それとも。

スマートフォンが震えました。

メールではありません。

通知でもありません。

画面には、文字が一行だけ表示されていました。

送信者の名前はありません。

 

「記録だけで、人は要約できます」

 

その文章を見た瞬間、私は誰の言葉なのか理解しました。

理解してしまったからこそ、画面を閉じることができませんでした。

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