神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー   作:maiboo

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第10話 セレンティアの英雄

 

 炎氷魔蛇・デラパイゾン《黒紋体》が、三つの首をゆらりと持ち上げた。

 

 炎。

 氷。

 霧。

 

 三つの属性が渦を巻き、森の空気そのものがねじれ始める。

 

 その殺気の中心で──

 カイは一歩、静かに前へ踏み出した。

 

 胸の奥で、何かが“はじける”。

 

 ──カチリ。

 

《観測:高鳴る闘志の確認&一定濃度の魔力を感知。Stage昇格条件達成》

 

《 Stage2 ー蒼錬布(そうれんふ)ー 到達 》

 

《新スキル:【魔力吸収】解放》

《技能変動:【雫裂】→【雫裂・二式】》

《能力:魔力吸収=布丸の周囲にある魔力を吸収》

 

 Stage昇格直後、脳裏に、ふいに“白い影”が走った。

 

 視界の端に、羽ばたく影。

 白銀の翼を持つ……“獣”。

 

 顔は見えない。

 全体像も掴めない。

 だが、確かにそこに、凜と佇む気配だけがあった。

 

(……なんだ、今の……?)

 

 思考が追いつくより早く、三頭蛇が動いた

 

 炎の咆哮。

 氷の奔流。

 そして──霧の爆裂。

 

「来るぞ!!」

 ベリオスの声が跳ねる。

 

 だが。

 

「……やってみるか……魔力吸収……!」

 

 カイは布丸を軽く振った。

 

 風が逆流するように、霧が──ひゅるる、と吸い込まれる。

 

 炎も。

 氷も。

 霧で形成された分身すらも。

 

 すべて、布丸の一点へ吸い込まれた。

 

「は……? え……?」

 レヨンの瞳が揺れる。

 

「三属性まとめて……消えた……?」

 ニムが息を呑む。

 

「……嘘でしょ、下位神器で……?」

 テンが震えた声を漏らす。

 

 レヨンたちの声が裏返る中、カイは一歩踏み出した。

 

 デラパイゾンの尾が横薙ぎに迫る。

 コットを狙っているのが、明らかだった。

 

「させないッ!」

 

 カイが滑るように前へ。

 

 次の瞬間──

 

 水気が爆ぜる。《水纏状態》の流動が布丸を包む。

 同時に、金属のように軋み、《鋼化》が発動した。

 

 水と鉄が重なる、前例のない併用形態。

 

 ゴッ!! 

 

 風をきるように振られた布丸と尾の衝撃が森を割った。

 

「うあっ……!」

 テンが思わずしゃがみ込む。

 

 だが──折れたのは尾の側だった。

 

 黒い鱗に、ビキィッと白い亀裂。

 

「……ヒビが……入った……?」

 ベリオスが絶句する。

 

「ありえない……あの鱗にタオルで……?」

 ニムが震える手で口を押えた。

 

 カイはデラパイゾンの間合いに入り込む。

 

 

 さらに振り下ろした一撃が、

 黒い鱗に直撃。

 

 ──ギィィン!! 

 

 重く鈍い音が響き、

 

 黒紋の鱗に──

 ヒビが走った。

 

 

「嘘でしょ!? ベリオスさんの攻撃でも傷がほとんど入らなかったのに!?」

 コットも叫ぶ。

 

 テンが呆然と呟く。

 

「アイツ……何者なんだ……?」

 

 

 三頭の魔蛇が怒り狂うように吠えた。

 

 霧が膨れ、黒紋が脈動し──

 三属性の極大波が再び形を成す。

 

 カイは一歩前へ踏み込み、布丸を構えた。

 

「終わりにするぞ──」

 

 布丸の先端に、ひとしずくの光が生まれる。

 

 “濃縮された水圧の刃”が、静かに重なる。

 

 空気がわずかに震えた。

 

「《雫裂・二式》──!」

 

 まず、一層目の水刃が──

 世界を細く、美しく裂く“初閃”。

 

 刹那、裂け目の奥へ潜るように、

 二層目の水圧刃が遅れて侵入する。

 

 外から“切り裂き”、

 内から“爆ぜる”。

 

 二重の断層破壊。

 

 ──パアンッ!!! 

 

 白い閃光が二度走り、

 三属性の波動ごと霧が断ち切られる。

 

 次の瞬間──

 

 デラパイゾンの巨体に、

 まっすぐな白い線が走った。

 

 音もなく、

 その線が広がり──

 

 ドサリ。

 

 それだけだった。

 

 巨体は抵抗もなく、

 真っ直ぐ倒れた。

 

 霧が、静かに散っていく。

 

 

 ベリオスも呆然としたまま言葉を絞り出す。

 

「防御も攻撃も……吸収まで……何だその力は……」

 

 コットは、胸に手をあてながら震えていた。

 

(カイ……こんな……強かったんだ……?)

 

 カイ自身は答えず、倒れたデラパイゾンを見下ろす。

 

 崩れたデラパイゾンの胸で、

 黒紋が“生き物のように脈打った”。

 

「……黒喰」

 

 

 布丸が黒紋を吸収した瞬間──

 

 最後に、カイの目がとらえた。

 

 倒れたデラパイゾンの胸元で、

 黒い“鎖”のような光。がゆらりと揺れた。

 

(……なんだ、これ……?)

 

 どろりと濁った魔力の──

 不気味な枷。

 

 問いが胸に浮かぶより早く、

 鎖もまた吸収され、消えてしまった。

 

 ただ、

 胸に冷たい違和感だけが残った。

 

 

 

 デラバイソンを撃破した一行は、薄れゆく霧の中を戻ってきた。

 門が見えた瞬間──待っていた街の人々がどっと駆け寄る。

 

「戻ったぞー! ギルドの連中もいる!」

「ベリオスさんも無事だ!」

「……って、その真ん中の黒髪の兄ちゃん……!」

 

 視線が一点に集まる。

 

 黒い紋様を断ち、霧を裂き、暴走モンスターを両断した英雄。

 その名が、瞬く間に伝わりはじめる。

 

「もしかして……あの人が、《黒紋》を祓った冒険者?」

「新星かよ……いや、英雄だろもう!」

 

 ざわめきと期待が渦巻く中、当の本人──カイは首の後ろをかきながら小さく苦笑していた。

 

「お、俺そんな大層なもんじゃ……」

「謙遜しすぎだからアンタは!」

 

 シロも肩に乗り、誇らしげに胸を張る。

「ピュイッ!」

 

 

 そうして、セレンティアは今、静かに一人の英雄の名を刻み始めていた。

 

 だが、レヨン、テン、ニム。

 彼らの表情には、悔しさがにじんでいた。

 

「……全部、あの男が持っていったな」

 テンが拳を固く握る。

 

「ギルドを作って、せっかく一儲けできると思ったのに……下位の神器とか言ってたけど、あれ、嘘だったのか?」

 ニムの声は震えていた。

 

「くそ……! 俺たちじゃ、あの黒紋には歯が立たなかった……」

 そう言うレヨンの瞳も、深い影を落としている。

 

 小さな悔恨が、胸の奥で重く沈む。

 

「……もっと、力があれば」

「戦える力が……」

 

 そのつぶやきは、闇に消えたようで──

 しかし確かに、“何か”を呼び寄せる始まりだった

 

 

 翌日。

 慌ただしさが落ち着いた頃、カイはシロと共にコットの店を訪れた。

 

「来てくれてありがとう! こっち座って!」

 

 店内にはスモークの香りが満ちている。

 テーブルに置かれたのは──

 

《ミロル湖魚の燻し炙り(スモーク・フィレ)

 

 淡い青光を帯びた珍魚ミロルフィッシュを、果樹チップで燻し、炙りで皮をパリッと仕上げたもの。

 表面の脂がじゅわりと溶け、柑香草の香りがふわりと立ち上る。

 

「うわ……いい匂い……」

 

「ふふん、昨日助けてもらったお礼だよ。遠慮せず食べて!」

 

 カイが一切れ口に運んだ瞬間──

 

「……っ、これは……!」

 

 燻香の奥から、深い旨味が広がった。

 魚の身はほろりとほどけ、後味に爽やかな草の香りが残る。

 

「うまぁぁ……」

「ピュイ……! (おいしすぎ……!)」

 

 コットは満足げに腕を組む。

 

「ところで、カイはこれからどうするの?」

 

 問われ、カイは少しだけ迷った。

 けれど、この料理と、この空気に背中を押されるように、ぽつりと語り始めた。

 

「……俺は、この世界の生まれじゃない」

 

 シロが小さく振り返り、コットの手がぴたりと止まる。

 

「元の世界で、俺は……

 毎日毎日、朝から夜までパソコンに向かって、

 ただ、しわ寄せを押しつけられるだけの、無機質な仕事してた」

 

 カイの声は、静かだが熱を帯びていた。

 

「怒鳴られたり、数字だけ見られたり……

 自分が何の役に立ってるのか、誰のために働いてるのか……

 もう、わからなくなってた。

 俺じゃなくてもいい仕事ばかりでさ」

 

 コットの瞳が、ほんの少し揺れる。

 

「そんな中で……唯一、生き返る瞬間があったんだ」

 

 カイはゆっくり視線を落とす。

 思い出しただけで、肩の力が抜けるような、あの温度。

 

「風呂だったんだ。湯に浸かっている時の癒されている感覚」

 

「湯に浸かってると、

『今日の俺、確かに頑張ったよな』って……

 そんなふうに思えたんだ。

 湯が、俺を肯定してくれた」

 

「少しだけだけど、この世界を旅して気づいたよ。

 この世界にも疲れてる人がたくさんいる。

 戦いに疲れた人、傷を抱えた人も……」

 

 カイは拳を握る。

 

「だから──」

 

 視線がまっすぐになる。

 

「俺は、決めたんだ。

 今度は俺が誰かを癒す側になろうって」

 

 シロが胸元でそっと鳴く。「ピュイ……」

 

 その瞳は、かつての自分を重ねていた。

 

「そういう人たちに、『また明日も生きてみるか』って思える場所を作りたい。武器じゃなくて……湯で救う。そんな場所を首都ソルテミアで作りたいんだ」

 

 コットの手が止まる。

 カイの目はまっすぐだった。

 

 

 

 静寂のあと──

 

 

「……よし、決めた!」

 

 コットが手を叩いた。

 

「は?」

 

「アナタの夢、乗った! あたしもついていくよ!」

 

「…………!? え─────!?」

「ピュッ!?」

 

 

 ──コットの真意とは。

 

 第10へ続く。

 

《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態/魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》》

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