神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
炎氷魔蛇・デラパイゾン《黒紋体》が、三つの首をゆらりと持ち上げた。
炎。
氷。
霧。
三つの属性が渦を巻き、森の空気そのものがねじれ始める。
その殺気の中心で──
カイは一歩、静かに前へ踏み出した。
胸の奥で、何かが“はじける”。
──カチリ。
《観測:高鳴る闘志の確認&一定濃度の魔力を感知。Stage昇格条件達成》
《 Stage2 ー
《新スキル:【魔力吸収】解放》
《技能変動:【雫裂】→【雫裂・二式】》
《能力:魔力吸収=布丸の周囲にある魔力を吸収》
Stage昇格直後、脳裏に、ふいに“白い影”が走った。
視界の端に、羽ばたく影。
白銀の翼を持つ……“獣”。
顔は見えない。
全体像も掴めない。
だが、確かにそこに、凜と佇む気配だけがあった。
(……なんだ、今の……?)
思考が追いつくより早く、三頭蛇が動いた
炎の咆哮。
氷の奔流。
そして──霧の爆裂。
「来るぞ!!」
ベリオスの声が跳ねる。
だが。
「……やってみるか……魔力吸収……!」
カイは布丸を軽く振った。
風が逆流するように、霧が──ひゅるる、と吸い込まれる。
炎も。
氷も。
霧で形成された分身すらも。
すべて、布丸の一点へ吸い込まれた。
「は……? え……?」
レヨンの瞳が揺れる。
「三属性まとめて……消えた……?」
ニムが息を呑む。
「……嘘でしょ、下位神器で……?」
テンが震えた声を漏らす。
レヨンたちの声が裏返る中、カイは一歩踏み出した。
デラパイゾンの尾が横薙ぎに迫る。
コットを狙っているのが、明らかだった。
「させないッ!」
カイが滑るように前へ。
次の瞬間──
水気が爆ぜる。《水纏状態》の流動が布丸を包む。
同時に、金属のように軋み、《鋼化》が発動した。
水と鉄が重なる、前例のない併用形態。
ゴッ!!
風をきるように振られた布丸と尾の衝撃が森を割った。
「うあっ……!」
テンが思わずしゃがみ込む。
だが──折れたのは尾の側だった。
黒い鱗に、ビキィッと白い亀裂。
「……ヒビが……入った……?」
ベリオスが絶句する。
「ありえない……あの鱗にタオルで……?」
ニムが震える手で口を押えた。
カイはデラパイゾンの間合いに入り込む。
さらに振り下ろした一撃が、
黒い鱗に直撃。
──ギィィン!!
重く鈍い音が響き、
黒紋の鱗に──
ヒビが走った。
「嘘でしょ!? ベリオスさんの攻撃でも傷がほとんど入らなかったのに!?」
コットも叫ぶ。
テンが呆然と呟く。
「アイツ……何者なんだ……?」
三頭の魔蛇が怒り狂うように吠えた。
霧が膨れ、黒紋が脈動し──
三属性の極大波が再び形を成す。
カイは一歩前へ踏み込み、布丸を構えた。
「終わりにするぞ──」
布丸の先端に、ひとしずくの光が生まれる。
“濃縮された水圧の刃”が、静かに重なる。
空気がわずかに震えた。
「《雫裂・二式》──!」
まず、一層目の水刃が──
世界を細く、美しく裂く“初閃”。
刹那、裂け目の奥へ潜るように、
二層目の水圧刃が遅れて侵入する。
外から“切り裂き”、
内から“爆ぜる”。
二重の断層破壊。
──パアンッ!!!
白い閃光が二度走り、
三属性の波動ごと霧が断ち切られる。
次の瞬間──
デラパイゾンの巨体に、
まっすぐな白い線が走った。
音もなく、
その線が広がり──
ドサリ。
それだけだった。
巨体は抵抗もなく、
真っ直ぐ倒れた。
霧が、静かに散っていく。
ベリオスも呆然としたまま言葉を絞り出す。
「防御も攻撃も……吸収まで……何だその力は……」
コットは、胸に手をあてながら震えていた。
(カイ……こんな……強かったんだ……?)
カイ自身は答えず、倒れたデラパイゾンを見下ろす。
崩れたデラパイゾンの胸で、
黒紋が“生き物のように脈打った”。
「……黒喰」
布丸が黒紋を吸収した瞬間──
最後に、カイの目がとらえた。
倒れたデラパイゾンの胸元で、
黒い“鎖”のような光。がゆらりと揺れた。
(……なんだ、これ……?)
どろりと濁った魔力の──
不気味な枷。
問いが胸に浮かぶより早く、
鎖もまた吸収され、消えてしまった。
ただ、
胸に冷たい違和感だけが残った。
デラバイソンを撃破した一行は、薄れゆく霧の中を戻ってきた。
門が見えた瞬間──待っていた街の人々がどっと駆け寄る。
「戻ったぞー! ギルドの連中もいる!」
「ベリオスさんも無事だ!」
「……って、その真ん中の黒髪の兄ちゃん……!」
視線が一点に集まる。
黒い紋様を断ち、霧を裂き、暴走モンスターを両断した英雄。
その名が、瞬く間に伝わりはじめる。
「もしかして……あの人が、《黒紋》を祓った冒険者?」
「新星かよ……いや、英雄だろもう!」
ざわめきと期待が渦巻く中、当の本人──カイは首の後ろをかきながら小さく苦笑していた。
「お、俺そんな大層なもんじゃ……」
「謙遜しすぎだからアンタは!」
シロも肩に乗り、誇らしげに胸を張る。
「ピュイッ!」
そうして、セレンティアは今、静かに一人の英雄の名を刻み始めていた。
だが、レヨン、テン、ニム。
彼らの表情には、悔しさがにじんでいた。
「……全部、あの男が持っていったな」
テンが拳を固く握る。
「ギルドを作って、せっかく一儲けできると思ったのに……下位の神器とか言ってたけど、あれ、嘘だったのか?」
ニムの声は震えていた。
「くそ……! 俺たちじゃ、あの黒紋には歯が立たなかった……」
そう言うレヨンの瞳も、深い影を落としている。
小さな悔恨が、胸の奥で重く沈む。
「……もっと、力があれば」
「戦える力が……」
そのつぶやきは、闇に消えたようで──
しかし確かに、“何か”を呼び寄せる始まりだった
翌日。
慌ただしさが落ち着いた頃、カイはシロと共にコットの店を訪れた。
「来てくれてありがとう! こっち座って!」
店内にはスモークの香りが満ちている。
テーブルに置かれたのは──
《ミロル湖魚の
淡い青光を帯びた珍魚ミロルフィッシュを、果樹チップで燻し、炙りで皮をパリッと仕上げたもの。
表面の脂がじゅわりと溶け、柑香草の香りがふわりと立ち上る。
「うわ……いい匂い……」
「ふふん、昨日助けてもらったお礼だよ。遠慮せず食べて!」
カイが一切れ口に運んだ瞬間──
「……っ、これは……!」
燻香の奥から、深い旨味が広がった。
魚の身はほろりとほどけ、後味に爽やかな草の香りが残る。
「うまぁぁ……」
「ピュイ……! (おいしすぎ……!)」
コットは満足げに腕を組む。
「ところで、カイはこれからどうするの?」
問われ、カイは少しだけ迷った。
けれど、この料理と、この空気に背中を押されるように、ぽつりと語り始めた。
「……俺は、この世界の生まれじゃない」
シロが小さく振り返り、コットの手がぴたりと止まる。
「元の世界で、俺は……
毎日毎日、朝から夜までパソコンに向かって、
ただ、しわ寄せを押しつけられるだけの、無機質な仕事してた」
カイの声は、静かだが熱を帯びていた。
「怒鳴られたり、数字だけ見られたり……
自分が何の役に立ってるのか、誰のために働いてるのか……
もう、わからなくなってた。
俺じゃなくてもいい仕事ばかりでさ」
コットの瞳が、ほんの少し揺れる。
「そんな中で……唯一、生き返る瞬間があったんだ」
カイはゆっくり視線を落とす。
思い出しただけで、肩の力が抜けるような、あの温度。
「風呂だったんだ。湯に浸かっている時の癒されている感覚」
「湯に浸かってると、
『今日の俺、確かに頑張ったよな』って……
そんなふうに思えたんだ。
湯が、俺を肯定してくれた」
「少しだけだけど、この世界を旅して気づいたよ。
この世界にも疲れてる人がたくさんいる。
戦いに疲れた人、傷を抱えた人も……」
カイは拳を握る。
「だから──」
視線がまっすぐになる。
「俺は、決めたんだ。
今度は俺が誰かを癒す側になろうって」
シロが胸元でそっと鳴く。「ピュイ……」
その瞳は、かつての自分を重ねていた。
「そういう人たちに、『また明日も生きてみるか』って思える場所を作りたい。武器じゃなくて……湯で救う。そんな場所を首都ソルテミアで作りたいんだ」
コットの手が止まる。
カイの目はまっすぐだった。
静寂のあと──
「……よし、決めた!」
コットが手を叩いた。
「は?」
「アナタの夢、乗った! あたしもついていくよ!」
「…………!? え─────!?」
「ピュッ!?」
──コットの真意とは。
第10へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》》