神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
「……待って」
最初に動いたのは、リディアだった。
叫びも混乱もひと呼吸で飲み込み、
白銀の少女──シロを、食い入るように見つめる。
「人化……?」
眼鏡をずらし、ぐっと距離を詰める。
「いや、待て。落ち着け私。
でも……これは……」
「ち、近い近い!?」
コットが一歩引く。
シロはというと、よく分からないまま、また首を傾げた。
「……ピュ?」
リディアはシロから離れると、戸棚から厚めの本を出して、早々とめくり始めた。
「……あぁ、やっぱり」
リディアは、確信めいた声で頷いた。
「この子、アオラント大陸のモンスターじゃないね」
「え?」
カイが思わず声を出す。
「どういうことだ?」
リディアは、工房の壁に刻まれた地図を指した。
「この大陸──
私たちがいる《アオラント大陸》はね」
「七つある大陸の“中心”だ。
人が住みやすく、争いも比較的少ない。
その代わり……世界としては、いちばん小さい」
「へぇ……」
コットが素直に感心する。
「アオラント大陸を囲むように、六つの大陸がある。
それぞれ、環境も文化も、生き物もまるで違う」
リディアの視線が、再びシロへ戻る。
「そして──
この子は、おそらくその中でも」
一拍。
「《魔獣大陸ガルダーム》に関わりがあるのかもしれない」
空気が、少しだけ重くなる。
「ま、魔獣大陸……?」
コットがごくりと喉を鳴らす。
「聞いたことある……
モンスターが支配してるって噂の……?」
「うん。噂じゃなく、事実に近い」
リディアは苦笑した。
「人間の国がない。
強いモンスターが、強いままに生きている大陸。7つある大陸の中でも、モンスターの数、種類が圧倒的に多いんだ。だから確率的にはガルダームに関係している可能性が1番高いと思う」
「そして、ガルダームには───」
「神器を喰らったモンスターがいる、って話もある」
「神器を食べたってこと!?」
大きく丸いコットの目がさらに大きくなる。
「噂レベルの話だけどね。ちなみに──」
考え込むように顎に手を当てたリディアが、さらりと言った。
「魔獣大陸や他の大陸へはね、
各国の精鋭やギルドが定期的に向かっているよ」
「え、行けるんだ?」
カイが身を乗り出す。
「うん、向こうでしか採れない素材や、
その大陸でしか作れない道具があるからね。
危険でも、挑む価値はある」
「それで──」
「アオラント大陸は中心にある。
だからこそ、大陸間貿易の中継地として機能してる」
「なるほど……」
カイはゆっくり頷く。
「各大陸の素材が、ここに集まるんだな」
「そう。
表に出回るのは一部だけどね」
リディアは、ちらりと意味深な視線を向ける。
「“本物”は、だいたい裏で動く」
その言葉に、カイの胸が少しだけ高鳴った。
(……行ってみたい)
まだ見ぬ大陸。
知らない素材。
癒しの形も、きっと一つじゃない。
──もっと、知りたい。
そんな気持ちが芽生えた、その時。
コットが無意識に、シロの方を見る。
白銀の少女は、悪びれもなく手を振った。
「ピュイ」
「……怖く見えないんだけどなぁ」
「見た目と中身が一致するとは限らないよ?」
そう言いながらも、
リディアの声に警戒よりも好奇心が勝っているのが分かる。
「でも、問題はそこじゃない」
リディアは、顎に手を当てる。
「大陸間の移動は、限られたルートしか存在しない。
それも、国や組織が管理しているものばかりだ」
「つまり……」
カイが言葉を継ぐ。
「他の大陸から、どうやってこの大陸に来れたのか?」
「正解」
リディアは、少し楽しそうに頷いた。
「偶然?
事故?
それとも──誰かの意図?」
沈黙。
カイは、無意識に布丸を握っていた。
「……なぁ」
ふと、口を開く。
「この世界、思ってたより……広いんだな……」
コットが、ぽんと手を叩いた。
「つまりさ!」
二人を見る。
「世界には、まだまだ知らない“癒せる可能性”も、
“美味しい素材”も、いっぱいあるってことだよね?」
「……君は本当にブレないね」
リディアが吹き出した。
カイは、小さく笑って、シロを見る。
「なぁ……
お前、どこから来たんだ?」
少女は、少しだけ考えるように首を傾げ──
「……ピュ」
それだけ言って、
カイの袖を、きゅっと掴んだ。
答えは、まだ先。
けれど──
世界は、確実に広がり始めていた。
ひとしきり話が落ち着いたあと、
リディアはふと、当然のように口にした。
「それで──
ソルテミアへは、キャラバンで行くんだろう?」
「うん! さすがリディア!」
コットが即答する。
「……え?」
そこで、カイだけが固まった。
「……キャラバン?」
「ほらね、やっぱり」
リディアは肩をすくめて、くすっと笑う。
「ソルテミア行きなら、
巡回キャラバンを使うのが一番安全だよ。
コットが一歩前に出て、にやっと笑った。
「行ってからのお楽しみだよ、カイ」
「……お楽しみ?」
「うん。
びっくりすると思う!」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
リディアはその様子を見て、楽しそうに目を細める。
「ソルテミアは、首都というだけあって情報も人も集まる場所だ。君たちの夢にとっても、悪くない」
「ありがとう、リディアさん」
カイが頭を下げると、
彼女は慌てて手を振った。
「いやいや!
わたしはただ、好奇心で動いてるだけだから!」
そう言ってから、ふと背後を振り返る。
「……あ」
「?」
「……あれ?」
工房の奥。
さきほど途中まで組んでいた装置が、
不穏な音を立てていた。
キィィ……
ボンッ……
じわじわと、赤い光。
「……リディア?」
「えーっと……」
額に汗を浮かべ、目を泳がせる。
「おかしいな……
出力、ちゃんと抑えたはずなんだけど……」
カイが嫌な予感に後ずさる。
「それ、爆発するやつじゃ……」
「だ、大丈夫!
たぶん、まだ──」
バチンッ!!
青白い火花が散った。
「危ない!!」
「うわぁぁぁ!?」
コットが即座にカイの腕を引く。
「外! 外出よ!」
三人が工房を飛び出した瞬間──
──ドンッ!
中から、軽めだが確かな爆発音。
煙が、もくもくと窓から漏れ出す。
「…………」
しばしの沈黙。
工房の中から、
リディアが顔を出した。
「……あはは」
前髪が、ちりっと焦げている。
「失敗、失敗」
「リディア!!」
「だ、大丈夫だから!
ほら、建物は無事だし!」
親指を立てるリディア。
そうして、カイたちは工房を後にする。
明日から始まる旅。
キャラバン。
ソルテミア。
翌朝。
キャラバン乗り場へ向かう道の途中で、
一人の男が待っていた。
「──カイ」
ベリオスだった。
「わざわざ……?」
「改めて、礼を言いに来た」
深く、頭を下げる。
「セレンティアを救ってくれた。
街を代表して──感謝する」
「そんな……」
カイは慌てて手を振る。
「俺は、やれることをやっただけだ」
「それでもだ」
ベリオスは顔を上げ、真っ直ぐに言った。
「お前は、この街の英雄だ」
「……行くんだな。ソルテミアへ」
「はい」
「なら──気をつけてな」
「ありがとう。ベリオスさん」
カイ、コット、シロ、三人の背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。
その様子を、ベリオスは静かに見送っていた。
ふと──
視線が、シロに留まる。
(……あんな子、街にいたか?)
白銀の髪が、朝日にきらりと光る。
(いや……)
胸の奥に、微かな引っかかり。
(──あの色)
一瞬、脳裏をよぎった噂。
白いモンスター。
腐敗霧の奥で目撃された、異質な存在。
(……まさかな)
ベリオスは、小さく首を振った。
「考えすぎだな」
英雄と、その仲間。
それだけの話だ。
そう思いながら──
ベリオスもその場をあとにした。
♦︎
一方その頃。
とある一室にて、闇が軋んだ。
湿った空気の奥で、黒い魔力が脈動する。
「……消えた?」
低く、苛立ちを含んだ声。
ガラクの眼前には、
外周に不規則な棘を備えた黒鉄の輪が浮かんでいた。
完全な円ではないその輪の内側──
影そのもののような第二の輪が、静かに回転している。
そして、その中心空間には、黒紋が刻まれていた。
その異様な輪に、ガラクは指先で触れる。
「……おかしい」
指が、空を掴む。
本来、そこにあるはずの“感触”が、ない。
デラパイゾンに施した鎖の契約。
それは自らの力の一部であり、
鎖を伝う信号によって──
デラパイゾンが倒されたことは、すでに分かっていた。
にもかかわらず。
「戻ってくるはずの俺の力が……なぜ?」
信号が途絶えた、その直後。
鎖そのものが──消失している。
あり得ない。
倒されれば、力は必ず還る。
そのはずだった。
次の瞬間。
闇が、爆ぜた。
ゴッ──と鈍い音を立て、床が沈む。
輪の中央で、黒紋が狂ったように脈打った。
「消された……!? 奪われた……!?」
怒号が、闇を裂く。
「この俺の力を……誰が……!」
歯を食いしばり、
抑えきれぬ殺気が、室内に溢れ出す。
その時。
「──無様だな、ガラク」
静かな声が、背後から響いた。
振り返る。
そこに立っていたのは、
黒衣を纏った男──フェルド。
その魔力は、
ガラクと同等、あるいはそれ以上。
「……フェルド」
「何かへまをしたんだろう」
そして、淡々と告げる。
「玉座から、集合の合図が出た」
その言葉に──
闇が、一瞬だけ凍りついた。
「……玉座から?」
「ああ」
フェルドの視線が、遥か彼方を射抜く。
「俺たちの知らないところで“想定外”の何かが動き始めている」
ガラクは、ゆっくりと拳を握った。
「……なら、行くしかねぇな」
低く、獣のように笑う。
「俺の力を奪った“何か”
必ず、引きずり出してやる」
闇が、静かに閉じていく。
第13話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》