神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー   作:maiboo

13 / 17
第13話 星見の丘と、静まり返る神々

 

「カイ! あれがキャラバンだよ!」

 セレンティアの街道を抜け、石畳が土へと変わるあたりで、コットが弾む声を上げた。

 

 朝の光を受けて揺れる彼女の指先。その先に、三台連なった幌馬車が停まっている。

 

 ──ただし。

 

「……馬、じゃないな」

 

 カイは足を止め、思わず目を凝らした。

 

 幌馬車を引いているのは、深緑色の毛並みを持つ大型のモンスター。

 胴は分厚く、脚は太く安定している。長旅に耐えるためだけに作られたかのような、無駄のない体躯。

 そして額には、短くも太い角が一本、生え揃っていた。

 

「驚くだろ?」

 

 近くで指示を出していたキャラバンの隊長が、こちらを振り返って笑う。

 

耐久型魔獣馬(グラース・ホルン)だ。力が強く、気性も穏やか。長距離輸送じゃ、これ以上の相棒はいない」

 

「モンスター……なんですよね?」

 

「ああ。ただし、アビス化──凶暴化の報告がほとんどない、珍しい種だ」

 

 隊長の言葉を裏付けるように、耐久型魔獣馬は大きな目を瞬かせ、ふうっと鼻を鳴らした。

 威圧感はなく、どこか眠たげで、街道を行く旅人の安全を当たり前のように受け入れている。

 

「……優しそうだな」

 

「ピュイ!」

 

 シロが小さな声で反応し、笑みがこぼれている。

 

「はは、気に入ったみたいだな。ようこそ! 遊商大隊(ノマド・ルーメン)のキャラバンへ。さあ、乗ってくれ。ソルテミア行きだ」

 

 

 ⸻

 

 キャラバンの扉をくぐった瞬間。

 

「……え?」

「わ、広っ!」

 

 思わず声が重なった。

 

 外から見た大きさでは、どう考えても説明がつかない。

 人がすれ違えるほどの通路が奥まで続き、左右には簡素だが清潔な寝台、積荷用の棚、旅人用の腰掛けが整然と並んでいる。

 

 天井も高い。

 圧迫感がなく、長時間いても疲れなさそうだ。

 

「……外より、明らかに広いな」

 カイは低く呟いた。

 

 異世界に来てから、不思議なものは散々見てきた。

 それでも、この感覚は別格だ。

 

「だよね」

 コットが得意げに頷く。

「これ、空間拡張だと思う。魔道具……それとも、神器の力?」

 

 問いかけに、隊長は答えなかった。

 ただ、どこか含みのある笑みを浮かべ、先へ進むよう促す。

 

 通路を歩くたび、カイは気づく。

 ──このキャラバンは、“乗り物”ではない。

 移動するための、小さな街だ。

 

 やがて辿り着いたのは、食堂のような空間。

 木製の長卓が並び、奥にはさらに区切られた部屋が見える。

 

「……!」

 

 コットが、その場で完全に足を止めた。

 

「魔道調理具……!」

 

 宙に浮く鍋。

 火を使わず、魔力で温度を制御する調理台。

 刻まれた魔法陣が、規則正しく淡く脈打っている。

 

「これ、温度と水分量を自動で管理してる……!」

 

「……見るだけで分かるのか」

 

「うん! 理想的すぎる!」

 

 まるで宝物を見るような目で、コットは調理具を眺めていた。

 

「ピュイ〜!」

 シロも辺りを行ったり来たりしながら興味津々な様子だ。

 

「あとで、ちゃんと見せてもらおうな」

 カイがそう言うと、コットは満面の笑みで頷いた。

 

 ⸻

 

 キャラバンが走り出すと、内部は自然と賑やかになった。

 

 荷を抱えた商人たち。

 行商帰りの夫婦。

 次の街で働き口を探す若者。

 

 向かいに座った年配の商人が、湯気の立つ茶を啜りながら言う。

 

「商いってのは、情報が命でね」

 

「情報、ですか」

 

「街道の安全、相場、流行……全部、移動してる間に集まってくる」

 

「……なるほど。移動するキャラバンそのものが、情報を売り買いする市場なんですね」

 

 納得したように頷くコットに、商人は満足げに頷いた。

 

「その通り。だからこそ、このキャラバンは単に荷物を運ぶだけじゃなく、“人と情報が集まる広さ”が必要なんだよ」

 

 

 ──その時。

 

「あっ……!」

 

 幼い声と共に、小さな影が通路でつまずいた。

 

「いた……」

 

 女の子が膝を押さえ、涙を堪えている。

 血が、じわりと滲んでいた。

 

 瞬間、背後に控えていた護衛らしき男が動く。

 腕や首筋の皮膚が、岩石のように変質し、筋肉が隆起する。

 

「……近づくな」

 

 低く、重い声。

 

「癒すだけです」

 カイは静かに言い、布丸を掲げた。

「危険なことはしません」

 

 男は布丸を鋭く見据える。

「《転換布癒》……!」

 布丸を膝に当てると、温かな光が滲み、傷がゆっくりと塞がっていった。

 

「……あれ?」

 女の子が目を丸くする。

「いたく、ない……」

 

 次の瞬間。

 

「ありがとう! タオルのお兄さん!」

 

「治ってよかった」

 安堵するカイ。

 

「タオルのお兄さん、すごい!」

 

 ぱっと笑顔が咲いた。

 

 周囲の緊張が、一気に緩む。

 護衛の男は一歩下がり、それ以上は踏み込まなかった。

 

(……護衛か。身分が高い家系なのか?)

 

 カイの胸に、小さな疑問が残る。

 だが、今はそれ以上、詮索する理由もなかった。

 

 

 夕刻。

 

 キャラバンは、なだらかな丘の麓で静かに停車した。

 

星見(ほしみ)の丘だ」

 隊長が言う。

「人々の感謝や祈りが、積み重なった場所には──時々、精霊が訪れる」

 

 丘の上には、古い石碑と小さな祠があった。

 風雨に晒されながらも、何度も手入れされた跡が残っている。

 誰かが、何度も、ここで立ち止まってきた証だ。

 

「精霊って、いつも現れるわけじゃないんですか?」

 コットが尋ねる。

 

「そうだな」

 年配の商人が応じる。

「精霊は気まぐれだ。だが──感謝や祈りが溜まった場所には、寄ってくることがある」

 

「人に、仕える精霊もいるって聞いたことがあります」

 別の旅人が言った。

「土地を守る精霊、家を見守る精霊……街に住み着くのもいるとか」

 

「力の大小じゃない」

 隊長が静かに言う。

「“想い”に応える存在だ」

 

 カイは、その言葉を胸に刻んだ。

 

 ⸻

 

 夜。

 

 焚き火を囲み、誰もが自然と空を見上げていた。

 

 その時。

 

 空気が、ゆっくりと澄んでいく。

 

「……あ」

 

 淡い光が、ひとつ。

 またひとつ。

 

「精霊……」

 

 小さな光の存在が、丘の上を漂い始める。

 音もなく、争いもなく、ただ静かに。

 

 精霊たちは、人々の祈りをなぞるように巡り──

 やがて、布丸の周りに集った。

 

 くるり。

 くるり。

 

「……反応してる」

 

「ピュイ……」

 

 精霊は、布丸に触れるわけでも、力を示すわけでもない。

 ただ、そこに“在る”ことを確かめるように、周囲を巡っている。

 

 幼い女の子が、そっと近づく。

 

「ねえ、タオルのお兄さん」

 

「ん?」

 

「やっぱり、すごいね!」

 

 精霊は、しばらくその光を揺らし──

 やがて、星空へと溶けていった。

 

 ⸻

 

 そして。

 

 静寂が戻る、ほんの一瞬の間。

 

 どこからか、音が鳴り始めた。

 

 弦を弾く、澄んだ音。

 風を震わせる、低い管の響き。

 

「始まったな」

 隊長が、楽しそうに言う。

「キャラバン名物だ」

 

 音楽隊だった。

 

 使われている楽器は、カイの知らないものばかりだ。

 弓で擦ると空気が震える石弦琴。

 息を吹き込むと、魔力で音程が変わる螺旋管。

 拍を刻むのは、薄く削られた魔獣角の板。

 

 旋律は、どこか単調で、しかし心に残る。

 道の長さを、旅の重さを、そして帰る場所を語るような音だった。

 

「……不思議な音楽だな」

 

「この世界の旅唄だよ」

 商人が言う。

「言葉がなくても、意味が通じる」

 

 それは、国も種族も超えて共有される、

 “旅そのもの”のための音楽だった。

 

 焚き火の周りで、人々は静かに体を揺らした。

 精霊が去った後でも、その余韻が、音に溶け込んでいく。

 

 カイは、布丸を膝に置いたまま、目を閉じた。

 

 ──この世界は、優しい。

 

 少なくとも、今は。

 

 ⸻

 

 夜が更ける前。

 

 カイは、キャラバンの後方区画を見せてもらっていた。

 

 そこには、人が乗る空間とは別に、広大な積荷庫があった。

 木箱、麻袋、樽。

 食料、資材、街から街へ運ばれる生活の一部。

 

「旅人だけを運んでるわけじゃないんですね」

 

「ああ」

 隊長が頷く。

「このキャラバンは、大陸内の血管みたいなもんだ」

 

 人と物と情報。

 すべてを繋ぎ、街を生かす。

 

 カイは、キャラバンという存在の重みを、初めて実感した。

 

 ⸻

 

 翌朝。

 

 馬車がゆっくりと減速する。

 

《ソルテミアに到着しました。降車の準備をお願いします》

 

 扉が開き、朝の空気が流れ込む。

 

 新しい街の気配。

 

 カイ、シロ、コットの3人は、一歩、外へ踏み出した。

 

 

 ♦︎

 

 その頃、神々の会合にて。

 

 ──ここは、世界のどこにも属さぬ場所。

 

 星々の運行から切り離された、白と金の狭間。

 円環状に並ぶ玉座に、神々が集っていた。

 

「報告があります」

 

 若き神が一歩前に出る。

 手にした観測板は、見慣れぬ光を帯びていた。

 

「転生者、巻神カイ。

 授与神器《布丸》に関する観測結果です」

 

「あの布か」

「形態変化しか持たぬ下位神器だな」

「今頃、雑巾か包帯か……はは」

 

 軽い笑いが、場に広がる。

 

 若き神は、一瞬だけ言葉を選び──続けた。

 

「……そのランク表示に、異常が発生しています」

 

「異常?」

 

「はい」

 

 観測板を掲げる。

 

「既存の分類に該当しない段階が表示されました」

「観測装置は《Stage》と記録しています」

 

 一拍。

 

「……Stage?」

「そんなランクは聞いたことがない」

「新しい下位区分か?」

 笑いが、また起きかける。

 

 その時、

 最奥に座す長が静かに口を開く。

 

「……未知の段階、か」

 

 神々が息を呑む。

 

 

「言い伝えだが──」

 

 

「我々が生まれる以前から、すでに闇はあった」

 その声は、深い、低い。

 

「世界が闇に満ちるたび、それを押し戻してきた者がいる」

「神器でもなければ、軍勢でもない」

 

「ただ自らの“在り方”をもって、世界を救い続けてきた存在だ」

 

 

「──────そして」

 

 一呼吸の溜めののち、声は静かに告げた。

 

「その者には……ある獣が仕えていたという」

 

 

「名も形も、我々の記録には残っておらぬが──確かに、いたとのことだ」

 

「では、今回の転生者と……?」

 

 問いに、長はしばし沈黙した。

 

「わからぬ」

 

 だが。

 

「無関係とも、思えん」

 

 その言葉が落ちた瞬間。

 

 嘲笑は消え、

 軽口は凍り、

 場には、重い静寂だけが残った。

 

 ──巻神カイ。

 その存在は、まだ小さい。

 だが、確実に、世界の奥深くへと触れ始めている。

 神々が言葉を失った、その同じ時。

 

 首都ソルテミアにて──

 新たな物語が、今、始まろうとしていた。

 

 

 第14話へ続く。

 

《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態/魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。