神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
──それは、街というより要塞だった。
「……すご……ここが……首都、ソルテミア王国」
思わず、カイは声を漏らす。
視界いっぱいに広がるのは、白と蒼を基調にした巨大な都市。
高い城壁、その上を覆うように──薄い膜が、空気を歪ませていた。
光のヴェールのようなそれは、近づくほどに存在感を増す。
「ね? あれ」
コットが指を差す。
「首都防衛の結界だよ。
神器の力で張られてるって言われてる」
「……神器で、首都全体を?」
カイは目を見開いた。
その横で、シロ──
人化した姿のまま、白銀の髪を揺らしながら結界を見上げていた。
門前は、想像以上に混雑していた。
商人、冒険者、巡礼者。
そして──検問。
「次の方!」
金属音と共に、列が少しずつ進む。
カイたちの前で、ひと悶着が起きていた。
「だから! 仕事で必要なんだ!」
「分かりますが……」
声を荒げる男の足元には、檻。
中には、角を持つ獣型モンスターが伏せている。
「この子は大人しい! 運搬用で──」
「申し訳ありません。
現在、モンスターの入国は全面禁止です」
検問官の声は硬い。
「アビス化、黒紋体の発現──
万が一を考えれば、通せません」
男は歯噛みしながらも、引き下がるしかなかった。
「……厳しいな」
「今は特に、だね」
コットが小さく頷く。
「私たちは、あっち」
そう言って、別の列を指す。
「神器検査場に回される」
「検査……?」
嫌な予感が、胸をかすめる。
「神器所持者、こちらへ」
簡易的な検査場。
リディアの工房にあった精密機とは違い、
台座と結晶柱だけの、簡素な装置だ。
検査官は、慎重な目つきで言った。
「現在、闇属性反応には特に警戒しています」
カイは、布丸を握る。
(……闇は、吸った。でも……)
「次。神器を置いてください」
指示に従い、布丸を台座に置いた──その瞬間。
カッ──
一瞬だけ。
結晶柱が、眩いほどの光を放った。
「……!?」
検査官が、目を見開く。
周囲がざわつく。
「光属性……?」
「いや、違う……」
検査官は、結晶の数値を確認し、眉をひそめた。
「闇反応……ゼロ」
「それどころか……」
もう一度、布丸を見る。
「……非常に澄んだ波形だ」
不思議そうに、しかし警戒は解けた。
「問題ありません。通行を許可します」
カイは、内心で息を吐いた。
「よかった……」
神器検査を終え、通行証の刻印を受けたカイたちは、門をくぐる直前まで進んだ。
「次、三名」
通行管理者が、淡々と視線を走らせる。
カイ。
コット。
そして──シロ。
その視線が、一瞬だけ、止まった。
「……ちょっと待て」
空気が、ぴしりと張りつめる。
「え?」
コットの声が裏返る。
カイの心臓が、どくりと跳ねた。
シロは、きょとんとした顔で立っている。
白銀の髪。
透けるように白い肌。
管理者は一歩近づき、首をかしげた。
「……顔色が、やけに白いな」
「えっ」
コットが思わず前に出る。
「だ、大丈夫です! この子、もともと色が白くて……」
カイも、できるだけ平静を装う。
「……体調は悪くないか?」
問いかけられ、シロは一瞬だけ戸惑い──
それから、小さく頷いた。
管理者は、じっと観察するように見つめてから、ふうっと息を吐いた。
「そうか。
最近は寝不足や疲れで、倒れる者も多い」
そして、少しだけ声を落とす。
「首都は人が多い。
無理をするな」
シロは、ぺこりと頭を下げた。
管理者は視線を戻し、板を打ち鳴らす。
「通行、問題なし」
──解放。
門の内側へ一歩踏み出した瞬間。
「……はぁ……」
コットが、思い切り息を吐いた。
「ちょ、ちょっと心臓止まるかと思った……!」
「……だな」
カイも苦笑する。
シロは、少し申し訳なさそうに二人を見る。
「ピュイ……」
「いいのいいの!」
コットが、ぱっと笑った。
「むしろ守ってあげたくなるって言われるくらい、色白ってこと!」
「……ピュ?」
意味はよく分からないが、悪いことではなさそうだと察し、シロは首を傾げる。
こうして──
誰にも正体を疑われることなく、
三人は無事、ソルテミア王国へと足を踏み入れた。
門を抜けた瞬間──
空気が変わった。
「……すご……」
思わず、カイの口から声が漏れる。
石畳の道はどこまでも整えられ、行き交う人々の装いは多種多様だ。
鎧姿の兵、魔導書を抱えた研究者、商人、旅人。
それぞれが違う目的を持ちながら、同じ“中心”へ向かって流れている。
カイは、自然と視線を北へ向けた。
街の奥──
青白く輝く巨大な城郭が、空を切り取るようにそびえ立っている。
「あれが……ソルテミア王城!」
コットが誇らしげに言う。
白銀に近い石材で築かれた王城は、淡く光を放ち、
まるで月光そのものを固めたかのようだ。
防壁には幾重もの魔法陣が刻まれ、
遠目にも分かるほどの魔力の流れが、城を包んでいる。
「きれい……だけど、近寄りがたいな」
「防衛結界が常時稼働してるからね」
コットが肩をすくめる。
次に、視線は街の中央へ。
そこには──
巨大な円筒状の施設が鎮座していた。
金属と魔石で組み上げられた外殻。
管のような構造が蜘蛛の巣のように街中へ伸びている。
「……あれ、タンク?」
「うん。
魔力発電機」
さらりと、コットが言った。
「街全体の照明、工房の稼働──
ほとんど、あそこ一基で賄ってるの」
「そんなのが……一つで?」
カイは、思わず唾を飲み込む。
魔力が“個人の力”ではなく、
都市の基盤として使われている。
その事実に、異世界に来たのだと、改めて実感させられる。
そして──
南。
カイは、思わず立ち止まった。
「……あれは……船?」
街の南端。
巨大な桟橋の向こう、空に浮かぶ影。
帆ではない。
翼でもない。
船体そのものが、空に浮かんでいる。
船腹には魔導紋が走り、淡い光を噴き上げながら、ゆっくりと高度を調整していた。
「空界巡航船だよ」
コットの声が、少しだけ弾む。
「大陸間を移動できる、数少ない手段の一つ」
「……空で、他の大陸へ……」
カイは、言葉を失う。
北に王城。
中央に魔力の心臓。
南に、大陸を越える船。
──ここは、ただの街じゃない。
「ソルテミア王国はね」
コットが言う。
「この世界の“交差点”なんだ」
人も、物も、情報も。
そして──運命さえも。
カイは、無意識に布丸へと手を伸ばした。
この街で、
何かが動き出す。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに膨らんでいった。
しばらく歩いていると、街の喧騒が、ふっと薄れた。
理由はすぐに分かった。
──人の流れが、自然と道の端へ寄っていく。
「……?」
カイが首を傾げた、その時。
石畳を踏む、揃った足音が聞こえてきた。
重くない。だが、軽すぎもしない。
無駄のない、研ぎ澄まされた歩調。
現れたのは、五人。
全員が軽装だが、鎧の継ぎ目や布の締め方が、明らかに“慣れている”。
刃を隠す者。
風を纏うような魔導装備を身につける者。
視線だけで周囲を制圧している者。
「……強そうだ」
カイが思わず呟く。
コットが、声を潜めた。
「八耀守だよ」
「……はち、ようしゅ?」
「ソルテミア王国の最高戦力。
八つの部隊があって、それぞれ特徴があるの」
その瞬間、カイは気づいた。
彼らの肩──
外套の留め具に、同じ意匠の紋章が刻まれている。
円環の中に、走る翠銀色の7本の剣。
「第七耀《迅風隊》」
コットが、少しだけ誇らしげに言う。
「高速展開と殲滅を得意とする部隊。
索敵、奇襲、追撃……全部、あの人たちの領分」
五人は、並んで歩いているわけじゃない。
互いに微妙な距離を保ち、死角を潰す配置。
視線は散っているのに、
意識は一つにまとまっているのが、素人目にも分かった。
「……でも、七なんだな」
カイがそう言うと、コットは頷く。
「うん。
八耀守はね──」
指を折って説明する。
「数字が小さいほど、部隊としての総合力が高いって言われてる」
「……じゃあ」
「一耀、二耀は、もう別格」
迅風隊の一人が、ふと、足を止めかけた。
いや──
止めたように、見えただけかもしれない。
先頭を歩く人物。
他の隊員より、わずかに背が高く、
風を思わせるマントを肩にかけた人物。
──隊長。
その視線が、一瞬だけ。
まっすぐ、カイの方を向いた。
ほんの刹那。
だが、空気が張りつめたのが分かった。
次の瞬間、何事もなかったかのように視線は逸れ、
迅風隊はそのまま通り過ぎていく。
風が抜けた後のような、静けさ。
「……今の」
カイが、無意識に息を吐く。
「見られてた?」
カイが、そんなことを感じた矢先、
「あーっ!」
背後から、やけに間の抜けた声が響いた。
「……?」
振り返ると、コットが両手でポケットを探っている。
「ど、どうした?」
「……ない」
「何が?」
コットは、青ざめた顔で顔を上げた。
「財布」
「…………」
「財布が……ない……!」
沈黙。
カイの脳裏に、いくつかの言葉が浮かんでは消える。
「……それって」
恐る恐る、確認する。
「金は?」
コットは、にこっと笑った。
──笑ってから、舌をぺろっと出した。
「てへ!」
「てへ、じゃない!」
思わず声が裏返る。
「え、ちょ、待て。
今この街、物価高いんだろ!?
宿は!? 飯は!?」
「……」
コットは、空を見上げた。
「……野宿?」
「うそだろ!?」
「ピュイ!?」
さっきまでの、
迅風隊だの、八耀守だの、見られている気配だの──
全部、一気に吹き飛んだ。
コットは、胸を張る。
「だ、大丈夫だよ!
なんとかなるって!」
「ならない可能性の方が高い!」
カイは、遠い目をした。
──この街、来たばかりなんだけど。
──英雄扱い、されたばかりなんだけど。
──癒しの場所を作るために、ここにきたんだけど。
まさかの所持金ゼロスタート。
さっそくピンチ!?
そんなナレーションが、
聞こえた気がした。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》