神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
──所持金ゼロ。
その事実を、三人はしばらく噛み締めていた。
「……なあ」
沈黙を破ったのは、カイだった。
「このままじゃ、ほんとに野宿だぞ」
「うん」
コットは素直に頷く。
「……それは、やだ」
その瞬間、コットの脳裏に、ひとつの場所が浮かんだ。
「……冒険者連盟」
「え?」
「ソルテミア支部があったはず!
クエストを受ければ、すぐお金になる!」
一拍。
そして──
「それだ!!」
カイが、ぱんっと手を叩いた。
こうして三人は、
街の中心部にある冒険者連盟ソルテミア支部へと向かった。
♦︎
連盟支部の中は、想像以上に賑わっていた。
鎧姿の男たち。
杖を抱えた魔術師。
掲示板の前で腕を組む熟練者たち。
「……すごい」
カイは、思わず息を呑む。
「ここが、冒険者の本拠地か……」
「まずは受付だよ!」
コットに背中を押され、
カイはカウンターへ向かった。
受付にいたのは、
きっちりした制服を着た女性──受付嬢だった。
「いらっしゃいませ。
冒険者連盟ソルテミア支部です。
ご用件は?」
「えっと……クエスト、受けたいんですけど」
「初めてのご利用ですか?」
「はい」
受付嬢は、にこやかに頷く。
「でしたら、まずはランク登録からですね」
そう言って示されたのは、掲示板の区分だった。
──ビギナー
──ブロンズ
──シルバー
──ゴールド
──プラチナ
「冒険者ランクは、この五段階に分かれています」
受付嬢は、指先で一番下を示す。
「初めての方は、全員ビギナーから。
いくつかクエストを達成し、条件を満たすことで、
上位ランクのクエストが閲覧・受注可能になります」
「なるほど……」
討伐、採取、配達、雑務。
初心者向けには、
危険度の低い依頼が用意されているらしい。
カイは頷きながら、視線を上へ──
その時だった。
「……あ」
掲示板の一角。
新着と書かれた札の下に、ひときわ目を引く依頼が貼られていた。
──シルバーランク。
「これ……報酬、桁違いじゃないか?」
思わず声が漏れる。
「シルバー!?」
「……すごい」
コットとシロも覗き込む。
「これなら、宿代どころか、
一気に余裕できるんじゃ……?」
カイは、受付嬢を見る。
「これ、受けられませんか?」
だが。
受付嬢は、申し訳なさそうに首を振った。
「申し訳ありません。
現在のランクでは、シルバーランクのクエストは受注できません」
「……ですよね」
「はい。
原則として、ランク要件を満たしていない場合は受けられないんです」
原則として。
その言葉が、妙に引っかかった。
「ちなみに……」
カイは、少しだけ前のめりになる。
「ゴールドとプラチナって?」
受付嬢は、一瞬だけ声を落とす。
「その二つは、
特定の実績を持つ方のみが閲覧できます。
この支部でも、目にできる方は限られていますね」
──選ばれた者だけ。
「ま、まずはビギナーだね!」
コットが、明るく背中を叩く。
「地道にいこ!
ね、カイ」
「ああ……そうだな」
シロも、小さく頷いた。
「……ピュイ!」
「まずは、こちらがおすすめです」
そう言って差し出されたのは、
雑務のクエスト札。
カイは、それを受け取った。
「……これなら、いけそうだな」
「うん、まずは堅実にいこ!」
シロも、小さく頷く。
──こうして。
無一文から始まったソルテミア生活は、
思いのほか、あっさり動き出した。
♦︎
ソルテミア王城、円卓の間。
蒼白の魔導灯が静かに灯る中、重厚な扉が閉じられた。
「──全員、揃ったな」
凛とした声で告げたのは、第七耀《迅風隊》隊長、シグだった。
「定例会を始める」
その言葉に、場の空気が引き締まる。
円卓には、ソルテミア王国の中枢を担う者たちが集っていた。
その中心には、現国王──カロナス王。
深い皺の刻まれた顔には、老獪さと威厳が同居している。
その傍らには王を支えるギリアム補佐官。
そして八耀守の隊長たち。
第八耀《巡察隊》のミーナは、まだ若く、隊長に就任したばかりということもあって、背筋をぴんと伸ばして緊張を隠しきれない。
隣の第六耀《鉄衛隊》、ドワーフのガルムは、腕を組み、岩のように動かない。
第五耀《牙狼隊》、狼獣人のラグは椅子に深く腰掛け、尾を揺らしながら不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
第四耀《紅蓮隊》、レオンハルトは、変わらず端正な姿勢で静かに座している。
シグは一瞬、空いている席に視線を向けた。
「……第二耀、第三耀は任務で不在」
わずかに眉をひそめる。
「第一耀も欠席だ」
ラグが鼻で笑った。
「またかよ。
相変わらず自由な野郎だな」
「……彼はそういう男だ」
シグはそれ以上言及せず、話を切り替えた。
「では、報告に入る。
第五耀、ラグ」
ラグはぐっと前に身を乗り出す。
「首都近郊、第三防衛線外縁で黒紋モンスターを討伐した」
その一言で、場がざわりとする。
「見た目は獣型だったが──普通じゃねぇ」
鋭い爪で、空中に線を引く。
「明らかに異形体。そして身体の胸部に、鎖みたいなオーラを纏ってやがった」
「鎖……?」
ミーナが思わず声を漏らす。
「物理的なものか?」
シグの問いに、ラグは首を横に振った。
「いや。
斬った感触はあるが、実体が曖昧だ。
魔力の塊……いや、“縛ってる”感じが近い」
ガルムが低く唸る。
「拘束系の呪縛か」
「俺が仕留めた瞬間──」
ラグは、ぎゅっと拳を握った。
「その鎖は、霧みたいに消えた。
……まるで、回収されるみてぇにな」
沈黙。
シグが口を開く。
「操られていた可能性は?」
「否定はできねぇ」
その言葉を受け、カロナス王が静かに口を開いた。
「……もし、黒紋体のモンスターを遠隔で操る者がいるとすれば」
王の視線が一人ひとりを見渡す。
「それができるのは──
「……!」
ミーナが目を見開いた。
「こ、黒天王廷……?」
その反応に、ギリアム補佐官が静かに補足する。
「闇の力をもつ者たちが集った組織。
詳細な構成や人数は不明です」
ギリアムは一度言葉を切り、重い表情で続けた。
「以前、第三耀の隊員たちが、アビス化した神器の使い手と交戦しました」
「戦いの末、相手を追い詰めることには成功したのですが……」
ギリアムの眉間に、わずかに皺が寄る。
「あと一歩というところで、逃げられてしまったようです」
「そして──」
ギリアムの声が低くなる。
「その時、敵の男が口にしていた名が……黒天王廷です」
カロナス王は、ゆっくりと頷いた。
「目的は未だ掴めぬ」
そして、重く告げる。
「だが──
世界を崩そうとしているのは、間違いない」
魔導灯が、かすかに揺れた。
重い沈黙を破ったのは、第四耀《紅蓮隊》隊長──レオンハルトだった。
「……私からも、報告があります」
穏やかな口調だが、その声音はいつになく硬い。
「先日、首都外縁で黒天王廷の一人と思われる者と交戦しました」
円卓の視線が一斉に集まる。
「相手は
噂通りの黒い尾を持ち、右目には深い切り傷がありました」
ミーナが息を呑む。
「その者は、自らを──
黒天七座の一人と名乗りました」
ざわり、と空気が震えた。
レオンハルトは、手袋をはめた指を見つめるようにして続ける。
「指には、欠けた六芒星。
その中央に、歪な“4”と刻まれた指輪を嵌めていました」
「序列、か……」
シグが低く呟く。
「交戦結果は?」
カロナス王の問いに、レオンハルトは一瞬、目を伏せた。
「……敗北です」
静かな断言。
「圧倒的な魔力でした。
紅蓮隊は壊滅寸前となり、撤退を余儀なくされました」
だが、その瞳に諦めの色はない。
「それでも、生きて戻れた。
だから──次は負けません」
その言葉に、円卓の誰もが否定しなかった。
ガルムが、腕を組んだまま口を開く。
「黒天七座……
名の通りなら、王廷の幹部格だろう」
低く、重たい声。
「もし我ら八耀守と同じく順列制ならば──
“四”より上が、少なくとも三人はおる」
「……つまり」
ミーナが喉を鳴らす。
「もっと、強い敵が……?」
「そういうことだ」
ガルムは頷いた。
「そして、おそらくその頂点に立つのが──
「……天闇の神器?」
ミーナが小さく呟いた。
「天闇の神器って……あの、
ガルムが静かに頷く。
「そうだ」
「強大な闇の力を操る神器。
そして──闇の眷属を生み出し、世界を滅ぼす力を持つと伝えられている」
ミーナの顔から、わずかに血の気が引いた。
そんなものが、もし本当に存在するのなら──。
「そんな神器を操るなんて……」
「その黒天王廷の王とは……いったい何者なんですか?」
カロナス王は、ゆっくりと目を閉じた。
「目処は、ついておる」
静かな声が、過去を呼び起こす。
「わしが生まれる、三十年ほど前の話だ」
円卓に、言葉が落ちる。
「その者はこの国の出身。
ソルテミア始まって以来──
最も武に長けた者だったと」
レオンハルトの背筋が、わずかに強張る。
「だが、ある時を境に……
闇に落ち、天闇の神器を発現させたと聞く」
王は、はっきりと告げた。
「名は──────ルシフェル」
沈黙。
「……まだ、生きているのですか?」
ミーナの声は、かすれていた。
「おそらくな」
王は目を開ける。
「天闇の神器の力は、計り知れぬ。
寿命すら、意味をなさぬ可能性がある」
レオンハルトが、深く息を吸った。
「我らは、首都だけを見ていてはならない」
紅蓮隊長の声は、静かだが確信に満ちていた。
「王国全域──
いえ、大陸全体に意識を向けるべきです」
カロナス王は、しばし沈黙した後、頷いた。
「……その通りだ」
「本日の会議は、ここまでとする」
魔導灯が、再び静かな光を取り戻していた。
♦︎
一方その頃──
カイたち三人は。
いくつかのビギナークエストをこなし、
空が西へ傾き始めた頃。
三人は、再び冒険者連盟ソルテミア支部のカウンター前に立っていた。
「はぁ……」
カイは、半ば体重を預けるようにカウンターにもたれかかる。
「今日のクエスト完了報酬、受け取りに来ました」
「はい、確認しますねー」
受付嬢が魔道端末を操作し──
次の瞬間、指が止まった。
「あ……」
その一音で、嫌な予感が胸をよぎる。
「申し訳ありません。
現在、報酬管理システムに不具合が発生しておりまして……」
「……え?」
「出金処理に、およそ三日ほどかかる見込みです」
「三日!?」
コットの声が、支部内に響いた。
「はい……。
報酬は必ず支払われますが、本日はお渡しできず……」
受付嬢は、深く頭を下げる。
沈黙。
カイの脳裏に浮かぶのは──
宿代、食事、そして野宿。
「……わかりました」
カイは、なんとか笑顔を作る。
「三日後、また来ます」
支部を出た瞬間。
「……つかれたぁぁ……」
コットが道端にしゃがみ込み、力なく声を漏らす。
「……もうヘトヘト……」
「……ピュイ〜」
シロも、肩を落とした。
夕暮れのソルテミアは、息を呑むほど美しい。
石畳に反射する橙色の光、遠くに灯り始めた街の明かり。
だが今の三人には、
その煌めきがやけに遠く感じられた。
「このままだと……」
カイは空を見上げる。
「ほんとに、野宿かもな」
その時──
「──宿を、お探しですか?」
澄んだ声が、背後から届いた。
「……?」
振り返ったカイの視界に映ったのは、
長い黒髪を背に流し、
この街では珍しい、和装にも似た衣を纏った女性。
年の頃は、カイと同じくらい。
落ち着いた佇まいで、柔らかく微笑んでいた。
「もし、よろしければ……」
夕焼けの中で、彼女は静かに言う。
「わたくしの宿に、いらっしゃいませんか?」
「……え?」
コットが目を丸くし、
シロが不思議そうに首を傾げる。
沈みかけていた一日の終わりに、
ふいに差し込んだ、小さな希望。
そう、まさにこの出会いこそが──
後にカイが、“温泉宿の主人”として、この世界で生きていく、すべての始まりだった。
第16話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》