神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー   作:maiboo

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第16話 女将シア・メーン

 

「……え?」

 

 カイは思わず聞き返した。

 

「泊めてもらえるんですか?」

 

 女性は穏やかに微笑む。

 

「ええ。宿を営んでおりますので」

 

 その笑顔は、どこか儚く、それでいて優しかった。

 

「申し遅れました。わたくしは、シア・メーンと申します」

 

 そう言って、和装にも似た衣装の裾を軽くつまみ、一礼する。

 

「俺は巻神カイです」

 

「コットです!」

 

「ピュイッ!」

 

「……でも、俺たち……お金がなくて」

 

 するとシアは、すぐに笑みを浮かべた。

 

「お代のことでしたら、大丈夫ですから」

 

「え?」

 

「まずは参りましょう。宿までは少し距離がありますので」

 

 シアは道端に停められていた乗り物へ案内した。

 

 木製の車体に青銅色の装飾。

 

 前方には二枚の風受け板が付いており、その中央では淡い緑色の魔石が静かに輝いている。

 

 魔石の力で風を取り込み、推進力へ変える魔導車──風走車(ウィンド・キャリッジ)

 

 馬を必要とせず、四、五人ほどが乗れる小型の移動車両だった。

 

「すごっ!」

 

 コットは目を輝かせる。

 

「これ初めて乗る!」

 

「旅人の方には珍しいかもしれませんね」

 

 四人が乗り込むと、シアが魔石へ手をかざす。

 

 ブォォ……

 

 静かな風が巻き起こり、車体がゆっくりと動き出した。

 

「速い……!」

 

 石畳の上を滑るように進む乗り物に、カイは思わず感心する。

 

「ソルテミアって、こんな便利なものまであるんだな」

 

「首都ですから」

 

 シアは少しだけ誇らしそうに微笑んだ。

 

 

 ──それにしても、お代が大丈夫とはどういうことなのか? 

 

 カイは、さっきのシアの言葉を思い返した。

 

 ただの好意なのか。それとも、何か別の理由があるのか。

 

 そんな疑問が頭をよぎる。

 

 だが、ちらりとシアの横顔を見る。

 

 穏やかな口調も、柔らかな笑顔も、どこか裏があるようには見えなかった。

 

 車窓から流れる街並みを眺めながら、四人は自然と旅の話になり、気付けば車内には笑い声が響いていた。

 

 

 やがて街の中心部を離れ、人気の少ない丘の上へ。

 

 風走車がゆっくり止まる。

 

「着きました」

 

 シアが微笑む。

 

 カイは期待を胸に外へ降りた。

 

 そして──

 

「…………え」

 

 三人の動きが止まった。

 

 目の前に建っていたのは、大きな木造建築。

 

 しかし、その姿はあまりにも痛々しかった。

 

 屋根瓦はところどころ崩れ落ち、壁には無数のひびが入っている。

 窓ガラスは割れ、庭は雑草に覆われていた。

 

「ここが──わたくしの営む、癒泉(いやし)の宿・ヒーリアです」

 

 夕暮れの薄暗さも相まって、まるで幽霊屋敷だった。

 

「……お化け屋敷?」

 

 カイが思わず呟く。

 

「ピュ……」

 

 シロもコットの後ろへ隠れる。

 

「……すみません」

 

 シアは申し訳なさそうに俯いた。

 

「驚かせてしまいましたね」

 

 先ほどまで浮かべていた笑顔は、もう消えていた。

 

「この宿も……昔は、多くのお客様で賑わっていたそうです」

 

 シアは建物を見つめながら、静かに話し始める。

 

「ここ、ソルテミアの西側にある区画は、エルム区と呼ばれています」

 

 カイたちは黙ってシアの話を聞いていた。

 

「今では、この通りもすっかり寂れてしまいましたけど……昔は、ソルテミアの商業と交易の中心地だったそうです」

 

 シアは少しだけ寂しそうに笑う。

 

「父がこの宿を建てた頃は、大陸中から商人や旅人が集まる、とても賑やかな場所だったそうです」

 

「だから、お父さんはここに宿を?」

 

 カイが尋ねる。

 

「はい」

 

 シアが頷く。

 

「商人も旅人も多く、長く滞在されるお客様もたくさんいました。だからこそ、父はここなら宿をやっていけると思ったんだと思います」

 

 そして──

 

「このヒーリアも、首都でも人気の宿だったと聞いています」

 

 シアの声が、少しだけ誇らしげになる。

 

 だが、その表情はすぐに曇った。

 

「……でも、街は少しずつ変わっていきました」

 

「魔力発電所が完成すると、中央街を中心に新しい都市機能が発達していきました」

 

「さらに、大陸間を移動できる魔道船が普及すると、交易の中心も変わっていったそうです」

 

「その結果……人の流れは、エルム区から他の区へ移っていきました」

 

 シアは、静かになった通りを見渡す。

 

「昔は人でいっぱいだった通りから、店が一軒……また一軒と、なくなっていったんです」

 

「薬屋や花屋、それからいくつかの小さな店を残して……今では、ほんのわずかしか残っていません」

 

 シアは一度、言葉を止める。

 

「宿も……同じでした」

 

「お客様が減っていけば、当然、宿の収入も減ってしまいます」

 

「そして最後まで残った宿が……ここだったんです」

 

 シアは、自分たちの宿を見上げた。

 

「ヒーリアを建てるために借りたお金もまだ、残っていましたし、父はどうにか立て直そうとしていました」

 

 

「じゃあ、今はお父さんと一緒に宿をやってるの?」

 

 コットが何気なく尋ねる。

 

 シアは──静かに首を横に振った。

 

「……いいえ」

 

 シアは、少しだけ視線を落とした。

 

 

「三年前のことです」

 

「父は、高額な報酬が出るクエストを受けました」

 

「危険な魔物の討伐でしたが……成功すれば、宿の借金を一気に返済できるほどの報酬だったそうです」

 

「母は……わたくしが生まれてすぐに、病気で亡くなったと聞いたので……」

 

「きっと……なんとか一人で、この宿を盛り返そうと思っていたんだと思います」

 

 シアは唇を噛む。

 

「でも──」

 

 一瞬、シアの声が震えた。

 

「父は……帰ってきませんでした」

 

 討伐隊の生き残りから聞かされた。

 

 強力な魔物に襲われたこと。

 最後まで仲間を逃がすため、父が一人で立ちはだかったこと。

 

 そして──そのまま消息を絶ったこと。

 

「おそらく……亡くなっています」

 

 シアは俯いた。

 

「父がいなくなってから……お客様は、さらに減ってしまいました」

 

「従業員も、自分たちの生活がありますから……皆、辞めていきました」

 

「今では……わたくし一人です」

 

 宿を維持するだけでも精一杯だった。

 

 それでも、借金だけは残り続けている。

 

「この宿を建てた時の借金も……もう、返せそうにありません」

 

 シアはもう一度、古びた宿を見上げた。

 

「だから……そろそろ、この宿を畳もうと思っています」

 

「…………」

 

 カイも、コットも、シロも何も言えなかった。

 

 そんな三人を見て、シアは無理に笑顔を浮かべた。

 

「ですから……どうせ部屋も空いておりますし」

 

「最後くらい……お客様を迎えられたら嬉しいですから」

 

 そう言って、シアは宿へと視線を向けた。

 

 古びた壁。

 傷んだ窓。

 父から受け継いだ、この宿。

 

 シアは何も言わず、それを見つめている。

 

 その瞳が、かすかに揺れていた。

 

 宿を見つめるその瞳は──まるで、シアの揺れる心を映しているようだった。

 

 カイには、そんなふうに感じられた。

 

 

 沈黙が流れる。

 

 

 

 その時だった。

 

 

「お──い、シアちゃ〜ん♡」

 

 場違いなほど明るい声が、静かな丘に響いた。

 

 全員が振り返る。

 

 坂道を上がってきたのは、二人の男。

 

 年齢は三十代前半ほど。

 

 よく見れば、切れ長の目や鼻筋など、顔立ちにはどこか似たところがある。

 

 兄弟なのだろう。

 

 だが、纏う雰囲気はまるで違っていた。

 

 兄のポリンは、長い赤紫色の髪を後ろで束ね、切れ長の目をしていた。大きな耳飾りを揺らしながら、赤を基調とした派手なスーツを着こなしている。

 

 唇には赤い口紅。

 

 歩き方も姿勢もどこか堂々としていて、顎を少し上げたその姿は、まるで舞台の上に立つ役者のようだった。

 

 一方、弟のテリーは、青紫色の髪を短く整え、青を基調としたスーツに身を包み、こちらは青い口紅を引いていた。

 

 ポリンより少し小柄で、歩くたびに身体を揺らし、兄の横からひょこひょこと顔を出している。

 

 二人とも派手な格好ではあるものの、どこか妙に似合っていた。

 

 ポリンが腕を組み、シアを見つめる。

 

「約束の日よ〜? もちろん、お金は用意できてるわよねぇ〜?」

 

 切れ長の目を細める。

 

 すると、テリーが兄の横から顔を覗かせる。

 

「まさか、『ありません』なんて言わないわよねぇ〜?」

 

「「オ〜ッホッホッホッホ♡」」

 

 二人は息ぴったりに笑う。

 

 コットが小声でカイに耳打ちする。

 

「……兄弟?」

 

「たぶんな」

 

 シアはぎゅっと拳を握り締める。

 

「……申し訳ありません。もう少しだけ、お時間をいただけませんか」

 

 テリーが困ったように眉を下げた。

 

「こっちだってお仕事なのよぉ〜。シアちゃんが困ってるのは、あたしも分かってるんだけどねぇ」

 

 ポリンがちらりと弟を見る。

 

「テリー。余計なこと言わないの」

 

「だってぇ……」

 

「借りたものは返す」

 

 ポリンはシアへ視線を戻す。

 

 その声音だけは、先ほどまでの軽さが少し消えていた。

 

「それが世の中のルールなのよねぇ〜」

 

 テリーも、今度は笑顔を少しだけ引っ込めて頷く。

 

「そういうことなのよぉ」

 

 二人はシアを囲むように歩み寄る。

 

 ポリンはゆっくりと。

 

 テリーはその後ろをついてくるように。

 

「それともぉ……」

 

 ポリンが口元に笑みを浮かべる。

 

 テリーが横からひょいと顔を出した。

 

「この宿を、今日ここで差し押さえちゃうぅ?」

 

 その言葉に、シアの肩がびくりと震えた。

 

 夕暮れの風が、壊れかけた《癒泉の宿・ヒーリア》の看板を、ギィ……と寂しげに揺らした。

 

 

 第17話へ続く──

 

 

《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態

 /魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》

 

 

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