神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
「……え?」
カイは思わず聞き返した。
「泊めてもらえるんですか?」
女性は穏やかに微笑む。
「ええ。宿を営んでおりますので」
その笑顔は、どこか儚く、それでいて優しかった。
「申し遅れました。わたくしは、シア・メーンと申します」
そう言って、和装にも似た衣装の裾を軽くつまみ、一礼する。
「俺は巻神カイです」
「コットです!」
「ピュイッ!」
「……でも、俺たち……お金がなくて」
するとシアは、すぐに笑みを浮かべた。
「お代のことでしたら、大丈夫ですから」
「え?」
「まずは参りましょう。宿までは少し距離がありますので」
シアは道端に停められていた乗り物へ案内した。
木製の車体に青銅色の装飾。
前方には二枚の風受け板が付いており、その中央では淡い緑色の魔石が静かに輝いている。
魔石の力で風を取り込み、推進力へ変える魔導車──
馬を必要とせず、四、五人ほどが乗れる小型の移動車両だった。
「すごっ!」
コットは目を輝かせる。
「これ初めて乗る!」
「旅人の方には珍しいかもしれませんね」
四人が乗り込むと、シアが魔石へ手をかざす。
ブォォ……
静かな風が巻き起こり、車体がゆっくりと動き出した。
「速い……!」
石畳の上を滑るように進む乗り物に、カイは思わず感心する。
「ソルテミアって、こんな便利なものまであるんだな」
「首都ですから」
シアは少しだけ誇らしそうに微笑んだ。
──それにしても、お代が大丈夫とはどういうことなのか?
カイは、さっきのシアの言葉を思い返した。
ただの好意なのか。それとも、何か別の理由があるのか。
そんな疑問が頭をよぎる。
だが、ちらりとシアの横顔を見る。
穏やかな口調も、柔らかな笑顔も、どこか裏があるようには見えなかった。
車窓から流れる街並みを眺めながら、四人は自然と旅の話になり、気付けば車内には笑い声が響いていた。
やがて街の中心部を離れ、人気の少ない丘の上へ。
風走車がゆっくり止まる。
「着きました」
シアが微笑む。
カイは期待を胸に外へ降りた。
そして──
「…………え」
三人の動きが止まった。
目の前に建っていたのは、大きな木造建築。
しかし、その姿はあまりにも痛々しかった。
屋根瓦はところどころ崩れ落ち、壁には無数のひびが入っている。
窓ガラスは割れ、庭は雑草に覆われていた。
「ここが──わたくしの営む、
夕暮れの薄暗さも相まって、まるで幽霊屋敷だった。
「……お化け屋敷?」
カイが思わず呟く。
「ピュ……」
シロもコットの後ろへ隠れる。
「……すみません」
シアは申し訳なさそうに俯いた。
「驚かせてしまいましたね」
先ほどまで浮かべていた笑顔は、もう消えていた。
「この宿も……昔は、多くのお客様で賑わっていたそうです」
シアは建物を見つめながら、静かに話し始める。
「ここ、ソルテミアの西側にある区画は、エルム区と呼ばれています」
カイたちは黙ってシアの話を聞いていた。
「今では、この通りもすっかり寂れてしまいましたけど……昔は、ソルテミアの商業と交易の中心地だったそうです」
シアは少しだけ寂しそうに笑う。
「父がこの宿を建てた頃は、大陸中から商人や旅人が集まる、とても賑やかな場所だったそうです」
「だから、お父さんはここに宿を?」
カイが尋ねる。
「はい」
シアが頷く。
「商人も旅人も多く、長く滞在されるお客様もたくさんいました。だからこそ、父はここなら宿をやっていけると思ったんだと思います」
そして──
「このヒーリアも、首都でも人気の宿だったと聞いています」
シアの声が、少しだけ誇らしげになる。
だが、その表情はすぐに曇った。
「……でも、街は少しずつ変わっていきました」
「魔力発電所が完成すると、中央街を中心に新しい都市機能が発達していきました」
「さらに、大陸間を移動できる魔道船が普及すると、交易の中心も変わっていったそうです」
「その結果……人の流れは、エルム区から他の区へ移っていきました」
シアは、静かになった通りを見渡す。
「昔は人でいっぱいだった通りから、店が一軒……また一軒と、なくなっていったんです」
「薬屋や花屋、それからいくつかの小さな店を残して……今では、ほんのわずかしか残っていません」
シアは一度、言葉を止める。
「宿も……同じでした」
「お客様が減っていけば、当然、宿の収入も減ってしまいます」
「そして最後まで残った宿が……ここだったんです」
シアは、自分たちの宿を見上げた。
「ヒーリアを建てるために借りたお金もまだ、残っていましたし、父はどうにか立て直そうとしていました」
「じゃあ、今はお父さんと一緒に宿をやってるの?」
コットが何気なく尋ねる。
シアは──静かに首を横に振った。
「……いいえ」
シアは、少しだけ視線を落とした。
「三年前のことです」
「父は、高額な報酬が出るクエストを受けました」
「危険な魔物の討伐でしたが……成功すれば、宿の借金を一気に返済できるほどの報酬だったそうです」
「母は……わたくしが生まれてすぐに、病気で亡くなったと聞いたので……」
「きっと……なんとか一人で、この宿を盛り返そうと思っていたんだと思います」
シアは唇を噛む。
「でも──」
一瞬、シアの声が震えた。
「父は……帰ってきませんでした」
討伐隊の生き残りから聞かされた。
強力な魔物に襲われたこと。
最後まで仲間を逃がすため、父が一人で立ちはだかったこと。
そして──そのまま消息を絶ったこと。
「おそらく……亡くなっています」
シアは俯いた。
「父がいなくなってから……お客様は、さらに減ってしまいました」
「従業員も、自分たちの生活がありますから……皆、辞めていきました」
「今では……わたくし一人です」
宿を維持するだけでも精一杯だった。
それでも、借金だけは残り続けている。
「この宿を建てた時の借金も……もう、返せそうにありません」
シアはもう一度、古びた宿を見上げた。
「だから……そろそろ、この宿を畳もうと思っています」
「…………」
カイも、コットも、シロも何も言えなかった。
そんな三人を見て、シアは無理に笑顔を浮かべた。
「ですから……どうせ部屋も空いておりますし」
「最後くらい……お客様を迎えられたら嬉しいですから」
そう言って、シアは宿へと視線を向けた。
古びた壁。
傷んだ窓。
父から受け継いだ、この宿。
シアは何も言わず、それを見つめている。
その瞳が、かすかに揺れていた。
宿を見つめるその瞳は──まるで、シアの揺れる心を映しているようだった。
カイには、そんなふうに感じられた。
沈黙が流れる。
その時だった。
「お──い、シアちゃ〜ん♡」
場違いなほど明るい声が、静かな丘に響いた。
全員が振り返る。
坂道を上がってきたのは、二人の男。
年齢は三十代前半ほど。
よく見れば、切れ長の目や鼻筋など、顔立ちにはどこか似たところがある。
兄弟なのだろう。
だが、纏う雰囲気はまるで違っていた。
兄のポリンは、長い赤紫色の髪を後ろで束ね、切れ長の目をしていた。大きな耳飾りを揺らしながら、赤を基調とした派手なスーツを着こなしている。
唇には赤い口紅。
歩き方も姿勢もどこか堂々としていて、顎を少し上げたその姿は、まるで舞台の上に立つ役者のようだった。
一方、弟のテリーは、青紫色の髪を短く整え、青を基調としたスーツに身を包み、こちらは青い口紅を引いていた。
ポリンより少し小柄で、歩くたびに身体を揺らし、兄の横からひょこひょこと顔を出している。
二人とも派手な格好ではあるものの、どこか妙に似合っていた。
ポリンが腕を組み、シアを見つめる。
「約束の日よ〜? もちろん、お金は用意できてるわよねぇ〜?」
切れ長の目を細める。
すると、テリーが兄の横から顔を覗かせる。
「まさか、『ありません』なんて言わないわよねぇ〜?」
「「オ〜ッホッホッホッホ♡」」
二人は息ぴったりに笑う。
コットが小声でカイに耳打ちする。
「……兄弟?」
「たぶんな」
シアはぎゅっと拳を握り締める。
「……申し訳ありません。もう少しだけ、お時間をいただけませんか」
テリーが困ったように眉を下げた。
「こっちだってお仕事なのよぉ〜。シアちゃんが困ってるのは、あたしも分かってるんだけどねぇ」
ポリンがちらりと弟を見る。
「テリー。余計なこと言わないの」
「だってぇ……」
「借りたものは返す」
ポリンはシアへ視線を戻す。
その声音だけは、先ほどまでの軽さが少し消えていた。
「それが世の中のルールなのよねぇ〜」
テリーも、今度は笑顔を少しだけ引っ込めて頷く。
「そういうことなのよぉ」
二人はシアを囲むように歩み寄る。
ポリンはゆっくりと。
テリーはその後ろをついてくるように。
「それともぉ……」
ポリンが口元に笑みを浮かべる。
テリーが横からひょいと顔を出した。
「この宿を、今日ここで差し押さえちゃうぅ?」
その言葉に、シアの肩がびくりと震えた。
夕暮れの風が、壊れかけた《癒泉の宿・ヒーリア》の看板を、ギィ……と寂しげに揺らした。
第17話へ続く──
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》