神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
シグの後を追い、カイたちは首都ソルテミアの北側──ヴァルハイト区へと足を踏み入れていた。
ソルテミアの街は、大きく五つの区に分かれている。
中央に位置するルーメン区。
東のフォルガ区。
西のエルム区。
南のマトレス区。
そして、北のヴァルハイト区。
その中でも、このヴァルハイト区は明らかに他の場所とは空気が違っていた。
「おぉ……」
思わず、カイの口から声が漏れる。
足元には、隙間なく敷き詰められた白い石畳。
道の両脇には手入れの行き届いた街路樹が並び、その間には色とりどりの花が植えられている。
白を基調とした建物には細かな装飾が施され、通りを進むたびに、大小さまざまな噴水が目に入った。
遠くには、青空へ突き刺さるように伸びた大聖堂の尖塔。
さらにその奥には、巨大な魔導学院の建物まで見える。
道を行き交う人々の服装もどこか上品だ。
「ここ……同じソルテミアなんだよね?」
コットが周囲を見回しながら呟く。
「なんだか、別の街みたい」
「俺もそう思う」
カイも思わず周囲を見渡した。
これまで訪れた場所とは、明らかに雰囲気が違う。
そして何より──。
「ピュイ……!」
隣を歩いていたシロが、目を輝かせていた。
白い石畳。
色鮮やかな花。
噴水から舞い上がる水しぶき。
遠くにそびえる大聖堂。
見るものすべてが珍しいのか、シロはあちらこちらへ視線を向けている。
「シロちゃん、そんなに珍しい?」
シアが微笑みながら尋ねる。
「ピュイ!」
シロは大きく頷く。
そして、道端に咲いていた花を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「ふふっ。気をつけてくださいね」
シアが優しく声をかける。
「ピュイ!」
振り返ったシロは、満面の笑みを浮かべていた。
その姿に、カイも自然と頬を緩める。
──こういう姿だけを見ていれば、本来の姿はモンスターだなんてとても思えない。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて目の前に巨大な門が現れた。
その先には、さらに広大な敷地が広がっている。
門の周囲には、淡い光を帯びた魔法陣がいくつも浮かんでいた。
「……ここって」
カイが呟く。
シグは歩みを止めることなく答えた。
「ソルテミア城へと伸びる広大な敷地だ」
門の先へ進む。
すると、空気が一瞬だけ揺らいだ。
何かに触れたような感覚。
だが、シグが何の躊躇もなく進んでいくため、カイたちもそのまま後に続いた。
「今の……?」
コットが不思議そうに振り返る。
「敷地内に入るための結界だ」
シグが淡々と答える。
「ソルテミア城は二重の結界で守られている」
「二重……?」
「ああ」
シグは前を向いたまま続ける。
「一つ目は、城内部へ侵入する者を防ぐためのもの」
「そしてもう一つが、この敷地そのものを守る結界だ」
カイは周囲を見渡す。
広々とした庭園。
整然と並ぶ白亜の建物。
まさに、この国の中心。
そんな場所だった。
だが──。
シグは城とは反対方向へ進んでいく。
「シグさん」
カイが声をかける。
「大闘技場って、どこにあるんですか?」
「もう近い」
短い返事。
しばらく歩くと、建物群を抜け、少し開けた場所へ出た。
そこには巨大な建造物があった。
円形に造られたその建物は、遠くからでも圧倒されるほどの大きさを誇っている。
高くそびえる外壁。
幾重にも刻まれた魔法陣。
そして、正面には巨大な門。
その上部に刻まれた文字を見て、カイは足を止めた。
「もしかして……ここが?」
カイが呟く。
シグは振り返る。
「ああ」
そして、巨大な闘技場を見上げた。
「ソルテミア王立大闘技場だ」
その言葉を聞いた瞬間、カイの胸が高鳴る。
ここで──自分は八耀守の隊長と戦う。
相手がどれほどの強さなのか、想像もつかない。
カイが無意識に布丸へ触れた、その時だった。
シグがふと足を止める。
「……先約がいたようだ」
「え?」
カイたちが一斉に顔を上げる。
シグの視線の先──。
そこには、二人の男女がいた。
「──
緑色の髪を揺らし、一人の少女が宙へ舞い上がる。
ショートヘアの髪が風を受けて翻った。
その足元に、淡い光が次々と生まれる。
空中に足場など存在しない。
それにもかかわらず──。
トンッ。
少女は何もない空間を蹴った。
次の瞬間には、遥か上空。
さらにもう一度、空中を蹴る。
右へ。
左へ。
上へ。
そして、突然軌道を変えて斜め下へ。
まるで星々の間を舞うように、少女の身体が空中を縦横無尽に駆け巡る。
「速っ……!」
コットが思わず声を漏らした。
カイも目を見張る。
あれほど自由に空中を移動できるなど、まるで空そのものを地面としているようだった。
「中位神器……
シグが静かに呟く。
その声に反応したのか、少女──第七耀・迅風隊副隊長トリアが空中で身体を捻った。
「いきますよ! ハルテンさん!」
「こい!」
向かいに立つ男が両腕を構える。
ハルテン。
第六耀・鉄衛隊副隊長──そして、
その両腕は、人の腕とは明らかに異なっていた。
肩から伸びる腕そのものが、黒鉄のような鉱石で覆われている。
幾重にも重なった鉱石の層は、まるで鎧のようでありながら、その身体から生まれたものだと一目で分かる。
そして、その拳から肘までを覆う巨大な手甲──
中位神器──
「
ハルテンが両腕を地面へ突き出す。
ドンッ──!
地面が震えた。
次の瞬間、ハルテンの前方に巨大な鉱物の壁がせり上がる。
分厚く、重く、巨大な盾。
まるで一枚の鉄壁そのものだった。
その直後──。
トリアの姿が消えた。
いや。
速すぎて、目で追えない。
空中を蹴った瞬間、一気に加速する。
そして──。
一直線。
天空から地上へ。
流星が落ちるように、トリアの身体が急降下した。
「
轟ッ──!!
凄まじい勢いで繰り出された飛び蹴りが、巨大な鉱物の盾へ叩き込まれる。
衝撃音が闘技場に響き渡った。
──ドォンッ!!
地面が大きく抉れ、周囲の空気まで震えた。
シグは二人の戦いを眺めながら、静かに口を開く。
「神器だけの力ではない」
「本人たちの鍛錬があってこそ、あの動きができる」
カイは黙って二人を見る。
──そして
「あれを見ろ」
シグの視線がトリアの髪へ向く。
「トリアの髪に留めているピンが見えるか?」
「え?」
カイは目を凝らす。
「……あれは、
翼の形をした小さなピン。
「超高速移動の際に発生する猛烈な風圧から、着用者の視界と身体を守る。そして、空気抵抗を極限まで減らす」
「へぇ……魔装具か」
カイは感心したように呟く。
「神器、魔装具。そして本人の技量」
「それらを組み合わせることで、力を最大限に引き出していく」
その言葉には、長年戦場を見てきた者だからこその重みがあった。
「……ふぅ」
トリアが片膝をつきながら息を整える。
その目の前では、ハルテンが両腕を交差させたまま立っていた。
グランドアイゼンの表面には大きな亀裂が入っている。
「見事だ」
ハルテンが腕を下ろす。
鉱物の盾が、砕けるように消えていく。
「最初に比べれば、ずいぶんと腕を上げたな」
「本当ですか!?」
トリアがぱっと顔を明るくする。
「ああ」
ハルテンは大きく頷いた。
「やった!」
トリアが嬉しそうに拳を握る。
その時だった。
「ずいぶん熱心だな」
二人の背後から、聞き慣れた声が響いた。
「──シグ隊長?」
トリアが振り返る。
そこに立つのはシグと──その後ろにはカイ、シア、コット、シロの姿。
「お疲れ様です、隊長!」
トリアが敬礼する。
ハルテンも振り返り、軽く頭を下げた。
シグは二人に事情を説明した。
シルバーランクのクエストへの挑戦。
そのためのカイとの一騎打ち。
「なるほど……」
トリアはカイを見る。
そして、何かを思いついたように手を上げた。
「それなら──」
トリアは胸を張る。
「副隊長である私が、実力を見ればいいのでは?」
「いや」
シグは即答した。
「俺がやる」
「……え?」
トリアの笑顔が固まった。
「俺が、この男の力を見極める」
「……」
トリアはシグを見つめる。
普段、他人にそこまで興味を示さない。
そんなシグが、目の前の男には明らかに興味を持っている。
「……そうですか」
トリアの頬が、ほんの少し膨らんだ。
「隊長が、そこまで興味を持つなんて……珍しいですね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も!」
ぷいっと顔を逸らす。
その様子を見たハルテンが、わずかに肩を揺らした。
「……?」
シグだけが気づいていない。
「では、話は決まりだ」
シグはそう言って、カイへ向き直った。
トリアとハルテンは少し離れた場所へ下がる。
「カイさん……」
「どうか……決して無理はなさらないでくださいね」
「うん。分かってる」
シロもカイの服の裾を握った。
「ピュイ……」
「大丈夫だよ、シロ」
カイが笑って頭を撫でる。
その隣で、コットが小声で呟いた。
「……カイ」
「ん?」
「漂う気の匂いで分かる」
「匂い?」
「うん」
コットは、シグの腰に差された刀身のない柄へと視線を落とした。
「きっと、あの柄がシグさんの神器……。すごく鍛え上げられているのが伝わってくる」
その言葉に、シグが振り向いた。
「……神器の放つ気を、匂いで感じとれるのか?」
「はい」
コットは素直に頷く。
「そうか」
シグはそれ以上何も言わなかった。
ただ、その瞳には一瞬だけ、何かを確かめるような光が宿った。
コット、シロ、シアの3人も闘技場の端へ下がり、中央に残ったのは──カイとシグ。
いざ、一騎打ちが始まろうとする中、ハルテンの豪快な笑い声が響いていた。
「わっはっは!」
「しかし武器を持たずにどうやって隊長と戦うんだ!?」
「武器ならちゃんと持ってるでしょ!」
間髪入れず、コットが突っ込んだ。
「持ってるって……あるのは首にかかったバスタオルしか……」
「カイのタオルは立派な神器!!」
「じ、神器!? あのタオル、神器なのか!?」
「そうだよ!」
「すっごい神器なんだからね!」
「お、おう……そうなのか」
ハルテンは悪気なく頷いた。
「いや、すまん。だが……流石にあのタオルが神器だとは思わなくてな」
一方、シアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめている。
「カイさん……」
その声には、隠しきれない不安が滲んでいた。
「では、始めよう」
シグが翠色のマントへ手をかける。
ふわりと外されたマントの下から、白い衣服と──。
「……羽?」
コットが目を見開いた。
シグの背中。
そこには、淡い翠色を帯びた翼があった。
「やっぱり……!」
コットの声が弾む。
「シグさん、ウィンディア族だったんだ!」
だが──。
シグがマントを完全に脱いだ、その瞬間。
「……え?」
コットの表情が凍った。
片翼。
もう一方の翼が、ない。
まるで何かに喰われたかのように。
いや──。
根元から、引きちぎられたように失われていた。
「……そんな」
カイも言葉を失う。
トリアが静かに口を開いた。
「……あの翼は」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
その声は、いつもの明るさを失っていた。
「──奪われたんだ」
「奪われた……?」
コットが聞き返す。
「それって、どういう──」
「始まるぞ」
ハルテンの低い声が遮った。
全員の視線が、シグへ向く。
シグは腰へ手を伸ばした。
そこにあるのは、刀身の存在しない剣の柄。
翠色の水晶が、淡い光を放つ。
シグはそれを静かに抜いた。
「──
その瞬間。
ゴォォォッ──!!
柄の先で空気が爆ぜた。
翠色の風が渦を巻き、瞬く間に一本の刃を形作っていく。
それは、風そのものを刃とした剣。
エメラルドグリーンの刀身が鋭く伸び、その周囲では無数の風が唸りを上げながら舞っている。
空気が震える。
大地さえも、その力を感じ取ったかのようにざわめいた。
シグは剣をゆっくりと構える。
「あれが……シグさんの神器……!」
コットが息を呑み、目を見開いて呟く。
「そう。上位神器──
トリアは静かに頷き、その視線はシグの掲げる柄に注がれていた。
シグの瞳から、穏やかさが消える。
戦士の目だった。
「──いくぞ」
カイは布丸を握りしめる。
目の前の男が放つ威圧感は、これまでカイが感じたどんな相手よりも強かった。
二人の視線が交差する。
──次の瞬間。
風が、爆ぜた。
21話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》