神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
轟音が、闘技場を震わせた。
「無刃・
シグが剣を横薙ぎに振るう。
刀身を形作る風が唸りを上げ、その一部が鋭い刃となって解き放たれた。
──ギュオオオオッ!!
緑色の風刃が空気を切り裂き、カイ目がけて一直線に飛来する。
「っ、速い!」
避ける暇はない。
「布丸!」
カイは迫り来る風刃に意識を集中させた。
次の瞬間、風刃が布丸に触れる。
──シュウウウッ!
布丸が魔力を吸い上げ、風刃はカイに届く寸前で跡形もなく霧散した。
「……ほう」
シグがわずかに目を細める。
ハルテンも、驚きに目を見開き、思わず身を乗り出した。
「今のを無効化したのか!? いったい、どんな能力だ?」
驚愕の声が闘技場に響く。
だが、カイには周囲の反応を気にしている余裕などなかった。
防げた。
ならば、次はこちらの番だ。
「いくぞ、布丸!」
カイが魔力を込めると、布丸の表面を水の流動が覆った。水面のような輝きが、闘技場の光を受けてきらめく。
──水纏状態。
カイは腕を大きく振り抜いた。
「はあっ!」
布丸が勢いよく伸び、しなる鞭となってシグに襲いかかる。
しかし──。
「遅いな」
シグは涼しい顔のまま、わずかに身体を傾けた。
布丸の先端は、髪をかすめることすらなく空を切る。
避けられた。
ならば、追撃を──。
そう考えた瞬間だった。
「無刃・
シグの姿が、視界から消えた。
「なっ──!?」
違う。消えたわけじゃない。
一瞬にして、間合いを詰められたのだ。
気づけば、シグは目の前にいた。
すでに剣が振り上げられている。
「くっ!」
風をまとった刃が、カイの身体へと振り下ろされた。
考えるより先に、カイは地面を蹴った。
──ヒュンッ!
風刃が鼻先をかすめ、背後へと抜けていく。
あと一瞬、反応が遅れていたら。
まともに食らっていた。
「はっ……はっ……!」
カイは数歩後ずさり、荒い息を吐いた。
額を冷たい汗が伝う。
危なかった。
いや、そんな言葉で済ませられる状況ではない。
もしシグが本気で斬り込んできていたら、今ごろ自分はどうなっていたのか。
考えるだけで、背筋が冷たくなる。
カイは布丸を握り直し、目の前の男を見据えた。
──どうする。
遠距離からの攻撃なら、魔力吸収で対処できる。
だが、シグには一瞬で間合いを詰める技がある。離れていても安全とは限らない。
ならば、接近された瞬間に大技を叩き込むか。
──雫裂・二式。
あれなら、シグにも一撃を入れられるかもしれない。
しかし、すぐに思い直した。
駄目だ。
隙もない相手に、正面から技を放ったところで、あっさり避けられる可能性が高い。
今のままでは、当てられない。
どうにかして、隙を作らなければ──。
「考え事か?」
「──っ!」
声がした。
すぐ目の前から。
「無刃・宿地」
まただ。
シグが一瞬で距離を詰めてくる。
先ほどよりも近い。
これでは、身体をひねって避けることすらできない。
「間に合えっ!」
カイは反射的に布丸を腕へ巻きつけた。
同時に、布丸の繊維が硬質化し、鋼のような輝きを帯びた。
──ガキィィンッ!!
甲高い金属音が闘技場に響き渡る。
シグの風の刃と、鋼化した布丸が激突した。
衝撃が腕を駆け抜ける。
「ぐっ……!」
重い。
受け止めただけなのに、腕が痺れる。
シグは攻撃を防がれたにもかかわらず、動きを止めなかった。流れるように剣を引き、間髪入れずに次の斬撃を繰り出そうとする。
風で形作られた刀身が、再びカイへと迫る。
──待てよ。
カイの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
刀身を構成している風の魔力を吸い取れば──!
カイは布丸に意識を集中させた。
だが──。
速い!
魔力を吸い上げるよりも、シグが剣を振り抜く方が早かった。
──シュッ。
「っ……!」
頬に、焼けつくような熱が走った。
遅れて、細い痛みが襲ってくる。
カイは咄嗟に後ろへ飛び退いた。
指先で頬に触れる。
ぬるりとした感触。
目を落とすと、指先には鮮やかな赤が滲んでいた。
浅い傷だ。
だが、間違いなく斬られた。
闘技場の外から、小さく息を呑む音が聞こえた。
「カイさん……!」
シアの声が、遠くに聞こえる。
対するシグは、剣を構えたまま涼しい顔をしていた。
まるで、まだ準備運動の途中だとでも言うように。
「どうした。この程度か?」
静かな問いかけだった。
挑発するというより、カイの実力を確かめるような声音。
だからこそ、その言葉は重く響いた。
──強い。
分かっていたつもりだった。
八耀守は、この国でも選び抜かれた実力者たちだ。その隊長ともなれば、自分が簡単に勝てる相手ではない。
それでも、想像していた以上の差があった。
異世界に転生してから、カイの身体には魔力が宿った。その影響なのか、以前より身体は軽く、身体能力も格段に向上している。
布丸という神器を得て、戦いを重ねるたびにその力を知り、使い方を覚えてきた。
少しずつ、自分も強くなっている。
そう思っていた。
けれど──。
今の自分では、この男の攻撃を避けるだけで精一杯なのか。
カイは唇を噛んだ。
手の中で、布丸が静かに揺れる。
まだ、何もできていない。
攻撃を吸収しても、決定打にはならない。反撃しようとしても、シグの動きについていけない。
このままでは、勝負にすらならない。
それでも。
ここで引き下がるわけにはいかなかった。
シアの宿を救うために。
カイは頬の血を拭い、もう一度シグを見据えた。
その視線を受け止めたシグが、わずかに目を細める。
「……いい目だ」
呟きは、風の音に紛れて消えた。
そして、シグは再び剣を構えた。
「無刃・飛鎌」
轟音とともに、風が唸りを上げる。
「布丸!」
カイは即座に魔力吸収を発動させる。
迫り来る風の刃に布丸が触れた瞬間、その魔力を吸い上げた。
─シュウゥゥゥッ!
それを見届けたシグは、わずかに顎を引いた。
「……やはり、この程度では駄目か」
そう呟くと、手にした剣をゆっくりと天へ掲げた。
「それなら──」
その構えを見た瞬間、トリアの表情が変わった。
「あれは……!」
思わず声が漏れる。
次の瞬間。
「無刃・
剣の刀身を形作っていた風が、ふっと消えた。
いや、消えたのではない。
刀身を構成していた風のすべてが、剣の先端へと集約されていた。
そこに生まれたのは、小さな風の玉。
だが、それは見る間に膨張していく。
ゴオオオオオオッ!!
渦巻く風が闘技場の空気をかき乱し、床に積もった砂埃を巻き上げた。
風の玉は、なおも大きくなっていく。
やがて、小さな玉だったものは、大型モンスターさえも飲み込めるほどの巨大な暴風の玉へと変貌した。
その内部では、無数の風が複雑に絡み合い、荒れ狂っている。
凄まじい魔力だった。
先ほどの飛鎌とは、明らかに格が違う。
「うそ……あんなの……!」
コットが息を呑む。
シアもまた、胸の前で両手を固く握りしめていた。
対するカイは、押し寄せる風圧に目を細める。
肌を叩く風だけで、相手の攻撃がどれほどの威力を秘めているのかが伝わってくる。
これをまともに食らえば、ただでは済まない。
「さあ、どうする?」
問いかけと同時に、シグが剣を振り下ろす。
──ゴオオオオッ!!
巨大な暴風の玉が、カイ目がけて放たれた。
「くっ……!」
カイは布丸を構え、魔力吸収を発動させる。
暴風の玉に触れた布丸が、その魔力を吸い上げ始めた。
だが──。
「な、なんだよ、この魔力量……!」
吸収しても、吸収しても、終わりが見えない。
風の玉はわずかに勢いを衰えさせたものの、止まる気配はなかった。
むしろ、吸収しきれない魔力が布丸を激しく揺さぶり、カイの腕にまで衝撃を伝えてくる。
このままでは、間に合わない!
「カイ、危ないっ!!」
コットの叫びが響き渡った。
「だったら……!」
カイは布丸を両手で握りしめた。
吸収しきれないのなら、別の方法で防ぐしかない。
布地がみるみる硬質化し、鋼化を発動させる。
巨大な盾。
それを身体の前に構えた直後だった。
──ドゴォォォォォンッ!!
「ぐああああっ!!」
暴風が盾に激突した。
凄まじい衝撃が全身を貫く。
踏ん張った足が床を滑り、カイの身体が盾ごと後方へと吹き飛ばされた。
「カイさんっ!」
シアの悲鳴が闘技場に響く。
カイは地面を転がり、どうにかして身体を止めた。
「ぐっ……はぁっ……!」
肺から空気が押し出される。
全身が痺れていた。
コツ、コツ、コツ。
闘技場に響く足音。
シグがゆっくりと歩いてくる。
まるで、カイが立ち上がるのを待っているかのようだった。
「転換布癒……!」
カイは布丸を傷ついた身体に押し当て、回復の力を巡らせた。
じわりと温かな感覚が広がり、身体に残る痛みが和らいでいく。乱れていた呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻した。
「攻撃を吸収するだけでなく、回復までできるのか。なかなか幅広い能力を持っているな」
感心したように、シグが声を漏らす。
だが、カイに返事をする余裕はなかった。
どう戦うか。
この圧倒的な実力差を、どう埋めるか。
答えを探そうとした、その瞬間──。
「いくぞ」
シグが踏み込んだ。
「っ!」
風をまとった剣が、カイへと襲いかかる。
右からの斬撃。
カイは咄嗟に身をかがめ、刃をかわした。直後、今度は逆方向から風を切る一撃が迫る。
「くっ!」
腕に布丸を巻きつけ、どうにか受け流す。その勢いを利用して後方へ飛び退いた。
しかし、シグは追撃の手を緩めない。
剣が振るわれるたび、風が唸りを上げる。頬を、肩を、衣服のすぐそばを、鋭い風圧がかすめていった。
避ける。
受け流す。
また、避ける。
攻撃に転じる隙など、どこにもなかった。
このままでは、いずれ反応が遅れる。
カイは奥歯を噛みしめた。
シグの強さは、剣技だけではない。
ウィンディア族ならではの身軽さ。無駄のない身のこなし。そして、こちらの動きを先読みするかのような判断力。
どれか一つでも厄介なのに、それらすべてが組み合わさっている。
まともに打ち合えば、勝ち目はない。
カイは斬撃を紙一重でかわし、どうにか距離を取った。
──離れた!
そう思った、次の瞬間。
「無刃・宿地」
「またかよっ!」
シグの姿が、目の前に現れた。
「くそっ!」
カイは慌てて身体をひねる。
直後、風をまとった刃が鼻先をかすめた。
あと少しでも反応が遅れていれば、まともに斬られていた。
やはり駄目だ。
近距離では、剣技で圧倒される。
距離を取れば、無刃・宿地で一気に詰められる。
さらに、遠距離にはあの無刃・嵐玉がある。
どこにいても安全ではない。
このまま正面から戦い続けても、勝ち目はない。
ならば──。
カイは一気に後方へ跳び、シグとの距離を広げた。
そして、鋼化を発動。
そのまま腕を大きく振り抜く。
「はああっ!」
鋼と化した布丸が、鞭のようにしなり、闘技場の床へと叩きつけられた。
──バゴォンッ!!
轟音とともに石畳が砕け散る。
破片が宙を舞い、床に深い亀裂が走った。
カイは間髪入れず、さらに布丸を振るう。
──ドガンッ! バキィッ!
次々と石畳が砕かれ、大小の瓦礫が床一面に散乱していく。
やがて、カイの周囲には足場の悪い空間が広がった。
これなら、シグも簡単には踏み込めないはずだ。
無刃・宿地で一瞬にして距離を詰められたとしても、着地する場所が不安定なら、動きに制限が生まれる。
少なくとも、先ほどまでのように自由自在には動けないはず。
カイは布丸を構え直し、シグの出方をうかがった。
だが──。
「俺を間合いに入らせたくないのは分かる。だが……」
シグは砕けた床を見渡し、わずかに口元を緩めた。
次の瞬間、再び剣を天へと掲げる。
「おいおい、やりすぎだろ……」
その姿を見たハルテンが、呆れたように呟いた。
シグの剣の先端に、風が集まり始める。
小さな玉が生まれ、渦を巻きながら膨張していった。
「……また、あれかよ」
カイの顔が引きつる。
無刃・嵐玉。
足場を崩したところで、あの攻撃を止められなければ意味がない。
──分かってる。
こんな小細工だけで、シグを封じられるはずがない。
それでも、ここで簡単に終わらせるわけにはいかなかった。
カイは布丸を握りしめる。
魔力吸収では、シグの力を吸収しきれない。
なら、どうする?
答えは決まっている。
吸収できないなら、押し勝つ!
カイは布丸に魔力を込めた。
狙うのは、雫裂・二式。
今の自分にできる、最大級の攻撃だ。
──ここで俺が認めてもらえなければ、シアの宿は救えない。
脳裏に、シアの顔が浮かんだ。
あの宿を守りたい。
その思いが、布丸を握る手に力を込めさせる。
指先が白くなるほど、強く。
その瞬間だった。
ドクン。
「……え?」
手の中で、何かが脈打った。
一瞬、気のせいかと思った。
だが──。
ドクン。ドクン。
再び、確かな感触が伝わってくる。
手のひらを通して感じる、力強い鼓動。
温かい。
力強い。
そして──今までに感じたことのない、確かな手応え。
カイは思わず目を見開いた。
──なんだ、これ……?
考える間もなく、シグの嵐玉が完成した。
轟音を響かせながら、巨大な暴風の玉が渦巻いている。
荒れ狂う風が闘技場を揺らし、周囲の瓦礫を巻き上げた。
「隠された力があるのなら、見せてみろ!」
シグが剣の柄を振り下ろす。
次の瞬間、嵐玉が解き放たれた。
「雫裂・二式ィィィッ!!」
カイもまた、布丸を振り抜く。
水の魔力をまとった布丸から、鋭い一撃が放たれた。
放った瞬間、カイは確信した。
──違う。
以前、デラパイゾンを討ち取ったときとは、明らかに違う。
カイの雫裂・二式と、シグの無刃・嵐玉。
二つの力が、真正面から激突した。
────ドゴォォォォォォンッ!!
闘技場を揺るがす轟音。
暴風が荒れ狂い、砕けた石畳の破片が宙を舞う。
激突した二つの力がせめぎ合い、周囲の空気を激しく震わせた。
──はたして、勝負の行方は。
22話へ続く。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》