神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー   作:maiboo

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第21話 カイvsシグ

 

 轟音が、闘技場を震わせた。

 

「無刃・飛鎌(ひれん)」

 

 シグが剣を横薙ぎに振るう。

 

 刀身を形作る風が唸りを上げ、その一部が鋭い刃となって解き放たれた。

 

 ──ギュオオオオッ!! 

 

 緑色の風刃が空気を切り裂き、カイ目がけて一直線に飛来する。

 

「っ、速い!」

 

 避ける暇はない。

 

「布丸!」

 

 カイは迫り来る風刃に意識を集中させた。

 

 次の瞬間、風刃が布丸に触れる。

 

 ──シュウウウッ! 

 

 布丸が魔力を吸い上げ、風刃はカイに届く寸前で跡形もなく霧散した。

 

「……ほう」

 

 シグがわずかに目を細める。

 

 ハルテンも、驚きに目を見開き、思わず身を乗り出した。

 

「今のを無効化したのか!? いったい、どんな能力だ?」

 

 驚愕の声が闘技場に響く。

 

 だが、カイには周囲の反応を気にしている余裕などなかった。

 

 防げた。

 

 ならば、次はこちらの番だ。

 

「いくぞ、布丸!」

 

 カイが魔力を込めると、布丸の表面を水の流動が覆った。水面のような輝きが、闘技場の光を受けてきらめく。

 

 ──水纏状態。

 

 カイは腕を大きく振り抜いた。

 

「はあっ!」

 

 布丸が勢いよく伸び、しなる鞭となってシグに襲いかかる。

 

 しかし──。

 

「遅いな」

 

 シグは涼しい顔のまま、わずかに身体を傾けた。

 

 布丸の先端は、髪をかすめることすらなく空を切る。

 

 避けられた。

 

 ならば、追撃を──。

 

 そう考えた瞬間だった。

 

「無刃・宿地(しゅくち)」

 

 シグの姿が、視界から消えた。

 

「なっ──!?」

 

 違う。消えたわけじゃない。

 

 一瞬にして、間合いを詰められたのだ。

 

 気づけば、シグは目の前にいた。

 

 すでに剣が振り上げられている。

 

「くっ!」

 

 風をまとった刃が、カイの身体へと振り下ろされた。

 

 考えるより先に、カイは地面を蹴った。

 

 ──ヒュンッ! 

 

 風刃が鼻先をかすめ、背後へと抜けていく。

 

 あと一瞬、反応が遅れていたら。

 

 まともに食らっていた。

 

「はっ……はっ……!」

 

 カイは数歩後ずさり、荒い息を吐いた。

 

 額を冷たい汗が伝う。

 

 危なかった。

 

 いや、そんな言葉で済ませられる状況ではない。

 

 もしシグが本気で斬り込んできていたら、今ごろ自分はどうなっていたのか。

 

 考えるだけで、背筋が冷たくなる。

 

 カイは布丸を握り直し、目の前の男を見据えた。

 

 ──どうする。

 

 遠距離からの攻撃なら、魔力吸収で対処できる。

 

 だが、シグには一瞬で間合いを詰める技がある。離れていても安全とは限らない。

 

 ならば、接近された瞬間に大技を叩き込むか。

 

 ──雫裂・二式。

 

 あれなら、シグにも一撃を入れられるかもしれない。

 

 しかし、すぐに思い直した。

 

 駄目だ。

 

 隙もない相手に、正面から技を放ったところで、あっさり避けられる可能性が高い。

 

 今のままでは、当てられない。

 

 どうにかして、隙を作らなければ──。

 

「考え事か?」

 

「──っ!」

 

 声がした。

 

 すぐ目の前から。

 

「無刃・宿地」

 

 まただ。

 

 シグが一瞬で距離を詰めてくる。

 

 先ほどよりも近い。

 

 これでは、身体をひねって避けることすらできない。

 

「間に合えっ!」

 

 カイは反射的に布丸を腕へ巻きつけた。

 

 同時に、布丸の繊維が硬質化し、鋼のような輝きを帯びた。

 

 ──ガキィィンッ!! 

 

 甲高い金属音が闘技場に響き渡る。

 

 シグの風の刃と、鋼化した布丸が激突した。

 

 衝撃が腕を駆け抜ける。

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 

 受け止めただけなのに、腕が痺れる。

 

 シグは攻撃を防がれたにもかかわらず、動きを止めなかった。流れるように剣を引き、間髪入れずに次の斬撃を繰り出そうとする。

 

 風で形作られた刀身が、再びカイへと迫る。

 

 ──待てよ。

 

 カイの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。

 

 刀身を構成している風の魔力を吸い取れば──! 

 

 カイは布丸に意識を集中させた。

 

 だが──。

 

 速い! 

 

 魔力を吸い上げるよりも、シグが剣を振り抜く方が早かった。

 

 ──シュッ。

 

「っ……!」

 

 頬に、焼けつくような熱が走った。

 

 遅れて、細い痛みが襲ってくる。

 

 カイは咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 

 指先で頬に触れる。

 

 ぬるりとした感触。

 

 目を落とすと、指先には鮮やかな赤が滲んでいた。

 

 浅い傷だ。

 

 だが、間違いなく斬られた。

 

 闘技場の外から、小さく息を呑む音が聞こえた。

 

「カイさん……!」

 

 シアの声が、遠くに聞こえる。

 

 対するシグは、剣を構えたまま涼しい顔をしていた。

 

 まるで、まだ準備運動の途中だとでも言うように。

 

「どうした。この程度か?」

 

 静かな問いかけだった。

 

 挑発するというより、カイの実力を確かめるような声音。

 

 だからこそ、その言葉は重く響いた。

 

 ──強い。

 

 分かっていたつもりだった。

 

 八耀守は、この国でも選び抜かれた実力者たちだ。その隊長ともなれば、自分が簡単に勝てる相手ではない。

 

 それでも、想像していた以上の差があった。

 

 異世界に転生してから、カイの身体には魔力が宿った。その影響なのか、以前より身体は軽く、身体能力も格段に向上している。

 

 布丸という神器を得て、戦いを重ねるたびにその力を知り、使い方を覚えてきた。

 

 少しずつ、自分も強くなっている。

 

 そう思っていた。

 

 けれど──。

 

 今の自分では、この男の攻撃を避けるだけで精一杯なのか。

 

 カイは唇を噛んだ。

 

 手の中で、布丸が静かに揺れる。

 

 まだ、何もできていない。

 

 攻撃を吸収しても、決定打にはならない。反撃しようとしても、シグの動きについていけない。

 

 このままでは、勝負にすらならない。

 

 それでも。

 

 ここで引き下がるわけにはいかなかった。

 

 シアの宿を救うために。

 

 カイは頬の血を拭い、もう一度シグを見据えた。

 

 その視線を受け止めたシグが、わずかに目を細める。

 

「……いい目だ」

 

 呟きは、風の音に紛れて消えた。

 

 そして、シグは再び剣を構えた。

 

「無刃・飛鎌」

 

 轟音とともに、風が唸りを上げる。

 

「布丸!」

 

 カイは即座に魔力吸収を発動させる。

 

 迫り来る風の刃に布丸が触れた瞬間、その魔力を吸い上げた。

 

 ─シュウゥゥゥッ!

 

 それを見届けたシグは、わずかに顎を引いた。

 

「……やはり、この程度では駄目か」

 

 そう呟くと、手にした剣をゆっくりと天へ掲げた。

 

「それなら──」

 

 その構えを見た瞬間、トリアの表情が変わった。

 

「あれは……!」

 

 思わず声が漏れる。

 

 次の瞬間。

 

「無刃・嵐玉(らんぎょく)」

 

 剣の刀身を形作っていた風が、ふっと消えた。

 

 いや、消えたのではない。

 

 刀身を構成していた風のすべてが、剣の先端へと集約されていた。

 

 そこに生まれたのは、小さな風の玉。

 

 だが、それは見る間に膨張していく。

 

 ゴオオオオオオッ!! 

 

 渦巻く風が闘技場の空気をかき乱し、床に積もった砂埃を巻き上げた。

 

 風の玉は、なおも大きくなっていく。

 

 やがて、小さな玉だったものは、大型モンスターさえも飲み込めるほどの巨大な暴風の玉へと変貌した。

 

 その内部では、無数の風が複雑に絡み合い、荒れ狂っている。

 

 凄まじい魔力だった。

 

 先ほどの飛鎌とは、明らかに格が違う。

 

「うそ……あんなの……!」

 

 コットが息を呑む。

 

 シアもまた、胸の前で両手を固く握りしめていた。

 

 対するカイは、押し寄せる風圧に目を細める。

 

 肌を叩く風だけで、相手の攻撃がどれほどの威力を秘めているのかが伝わってくる。

 

 これをまともに食らえば、ただでは済まない。

 

「さあ、どうする?」

 

 問いかけと同時に、シグが剣を振り下ろす。

 

 ──ゴオオオオッ!! 

 

 巨大な暴風の玉が、カイ目がけて放たれた。

 

「くっ……!」

 

 カイは布丸を構え、魔力吸収を発動させる。

 

 暴風の玉に触れた布丸が、その魔力を吸い上げ始めた。

 

 だが──。

 

「な、なんだよ、この魔力量……!」

 

 吸収しても、吸収しても、終わりが見えない。

 

 風の玉はわずかに勢いを衰えさせたものの、止まる気配はなかった。

 

 むしろ、吸収しきれない魔力が布丸を激しく揺さぶり、カイの腕にまで衝撃を伝えてくる。

 

 このままでは、間に合わない! 

 

「カイ、危ないっ!!」

 

 コットの叫びが響き渡った。

 

「だったら……!」

 

 カイは布丸を両手で握りしめた。

 

 吸収しきれないのなら、別の方法で防ぐしかない。

 

 布地がみるみる硬質化し、鋼化を発動させる。

 

 巨大な盾。

 

 それを身体の前に構えた直後だった。

 

 ──ドゴォォォォォンッ!! 

 

「ぐああああっ!!」 

 

 暴風が盾に激突した。 

 

 凄まじい衝撃が全身を貫く。

 

 踏ん張った足が床を滑り、カイの身体が盾ごと後方へと吹き飛ばされた。

 

「カイさんっ!」 

 

 シアの悲鳴が闘技場に響く。

 

 カイは地面を転がり、どうにかして身体を止めた。

 

「ぐっ……はぁっ……!」

 

 肺から空気が押し出される。

 

 全身が痺れていた。

 

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 闘技場に響く足音。

 

 シグがゆっくりと歩いてくる。

 

 まるで、カイが立ち上がるのを待っているかのようだった。 

 

「転換布癒……!」

 

 カイは布丸を傷ついた身体に押し当て、回復の力を巡らせた。

 

 じわりと温かな感覚が広がり、身体に残る痛みが和らいでいく。乱れていた呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻した。

 

「攻撃を吸収するだけでなく、回復までできるのか。なかなか幅広い能力を持っているな」

 

 感心したように、シグが声を漏らす。

 

 だが、カイに返事をする余裕はなかった。

 

 どう戦うか。

 

 この圧倒的な実力差を、どう埋めるか。

 

 答えを探そうとした、その瞬間──。

 

「いくぞ」

 

 シグが踏み込んだ。

 

「っ!」

 

 風をまとった剣が、カイへと襲いかかる。

 

 右からの斬撃。

 

 カイは咄嗟に身をかがめ、刃をかわした。直後、今度は逆方向から風を切る一撃が迫る。

 

「くっ!」

 

 腕に布丸を巻きつけ、どうにか受け流す。その勢いを利用して後方へ飛び退いた。

 

 しかし、シグは追撃の手を緩めない。

 

 剣が振るわれるたび、風が唸りを上げる。頬を、肩を、衣服のすぐそばを、鋭い風圧がかすめていった。

 

 避ける。

 

 受け流す。

 

 また、避ける。

 

 攻撃に転じる隙など、どこにもなかった。

 

 このままでは、いずれ反応が遅れる。

 

 カイは奥歯を噛みしめた。

 

 シグの強さは、剣技だけではない。

 

 ウィンディア族ならではの身軽さ。無駄のない身のこなし。そして、こちらの動きを先読みするかのような判断力。

 

 どれか一つでも厄介なのに、それらすべてが組み合わさっている。

 

 まともに打ち合えば、勝ち目はない。

 

 カイは斬撃を紙一重でかわし、どうにか距離を取った。

 

 ──離れた! 

 

 そう思った、次の瞬間。

 

「無刃・宿地」

 

「またかよっ!」

 

 シグの姿が、目の前に現れた。

 

「くそっ!」

 

 カイは慌てて身体をひねる。

 

 直後、風をまとった刃が鼻先をかすめた。

 

 あと少しでも反応が遅れていれば、まともに斬られていた。

 

 やはり駄目だ。

 

 近距離では、剣技で圧倒される。

 

 距離を取れば、無刃・宿地で一気に詰められる。

 

 さらに、遠距離にはあの無刃・嵐玉がある。

 

 どこにいても安全ではない。

 

 このまま正面から戦い続けても、勝ち目はない。

 

 ならば──。

 

 カイは一気に後方へ跳び、シグとの距離を広げた。

 

 そして、鋼化を発動。

 

 そのまま腕を大きく振り抜く。

 

「はああっ!」

 

 鋼と化した布丸が、鞭のようにしなり、闘技場の床へと叩きつけられた。

 

 ──バゴォンッ!! 

 

 轟音とともに石畳が砕け散る。

 

 破片が宙を舞い、床に深い亀裂が走った。

 

 カイは間髪入れず、さらに布丸を振るう。

 

 ──ドガンッ! バキィッ! 

 

 次々と石畳が砕かれ、大小の瓦礫が床一面に散乱していく。

 

 やがて、カイの周囲には足場の悪い空間が広がった。

 

 これなら、シグも簡単には踏み込めないはずだ。

 

 無刃・宿地で一瞬にして距離を詰められたとしても、着地する場所が不安定なら、動きに制限が生まれる。

 

 少なくとも、先ほどまでのように自由自在には動けないはず。

 

 カイは布丸を構え直し、シグの出方をうかがった。

 

 だが──。

 

「俺を間合いに入らせたくないのは分かる。だが……」

 

 シグは砕けた床を見渡し、わずかに口元を緩めた。

 

 次の瞬間、再び剣を天へと掲げる。

 

「おいおい、やりすぎだろ……」

 

 その姿を見たハルテンが、呆れたように呟いた。

 

 シグの剣の先端に、風が集まり始める。

 

 小さな玉が生まれ、渦を巻きながら膨張していった。

 

「……また、あれかよ」

 

 カイの顔が引きつる。

 

 無刃・嵐玉。

 

 足場を崩したところで、あの攻撃を止められなければ意味がない。

 

 ──分かってる。

 

 こんな小細工だけで、シグを封じられるはずがない。

 

 それでも、ここで簡単に終わらせるわけにはいかなかった。

 

 カイは布丸を握りしめる。

 

 魔力吸収では、シグの力を吸収しきれない。

 

 なら、どうする? 

 

 答えは決まっている。

 

 吸収できないなら、押し勝つ! 

 

 カイは布丸に魔力を込めた。

 

 狙うのは、雫裂・二式。

 

 今の自分にできる、最大級の攻撃だ。

 

 ──ここで俺が認めてもらえなければ、シアの宿は救えない。

 

 脳裏に、シアの顔が浮かんだ。

 

 あの宿を守りたい。

 

 その思いが、布丸を握る手に力を込めさせる。

 

 指先が白くなるほど、強く。

 

 その瞬間だった。

 

 ドクン。

 

「……え?」

 

 手の中で、何かが脈打った。

 

 一瞬、気のせいかと思った。

 

 だが──。

 

 ドクン。ドクン。

 

 再び、確かな感触が伝わってくる。

 

 手のひらを通して感じる、力強い鼓動。

 

 温かい。

 

 力強い。

 

 そして──今までに感じたことのない、確かな手応え。

 

 カイは思わず目を見開いた。

 

 ──なんだ、これ……? 

 

 考える間もなく、シグの嵐玉が完成した。

 

 轟音を響かせながら、巨大な暴風の玉が渦巻いている。

 

 荒れ狂う風が闘技場を揺らし、周囲の瓦礫を巻き上げた。

 

「隠された力があるのなら、見せてみろ!」

 

 シグが剣の柄を振り下ろす。

 

 次の瞬間、嵐玉が解き放たれた。

 

「雫裂・二式ィィィッ!!」

 

 カイもまた、布丸を振り抜く。

 

 水の魔力をまとった布丸から、鋭い一撃が放たれた。

 

 放った瞬間、カイは確信した。

 

 ──違う。

 

 以前、デラパイゾンを討ち取ったときとは、明らかに違う。

 

 

 カイの雫裂・二式と、シグの無刃・嵐玉。

 

 二つの力が、真正面から激突した。

 

 ────ドゴォォォォォォンッ!! 

 

 闘技場を揺るがす轟音。

 

 暴風が荒れ狂い、砕けた石畳の破片が宙を舞う。

 

 激突した二つの力がせめぎ合い、周囲の空気を激しく震わせた。

 

 

 ──はたして、勝負の行方は。

 

 22話へ続く。

 

《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態

 /魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》

 

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