神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー   作:maiboo

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第22話 試練の終わり、風の予感

 

 ──互角。

 

 二層の水の刃が、巨大な暴風の玉を真っ向から押し返していた。

 

 雫裂・二式と、無刃・嵐玉。

 

 水と風。異なる二つの力が激しくぶつかり合い、周囲の空気を震わせる。

 

「ぐっ……!」

 カイは歯をくいしばる。

 

 ──ドゴォォォォォンッ!! 

 

 凄まじい爆発が起こった。 

 

 水の刃が砕け散り、暴風が弾け飛ぶ。

 

 水飛沫と風が入り乱れ、闘技場を覆い尽くした。

 やがて、それらは細かな霧となって辺りに漂い始める。

 

「なっ……!」

 

 視界が悪い。

 目の前にいるはずのシグの姿さえ、ぼんやりとしか見えなかった。

 カイは警戒を強め、布丸を構え直す。

 

 ──どうする? 

 考えろ。

 あの人なら、この状況をただの目くらましで終わらせるはずがない。

 きっと、シグさんなら──。

 

 

「無刃・宿地」

 霧の向こうで、シグが動いた。

 

 次の瞬間には、カイの背後へと回り込んでいる。

 砕かれた石畳。散乱する瓦礫。

 足場が悪いため、普段ほどの速度は出せない。だが、それでも十分だった。

 この視界では、カイがこちらの動きに対応するのは難しい。

 

 シグは剣を構え、カイの背中へと踏み込もうとした。

 ──詰みだ。

 そう判断した、そのとき。

 

 足を踏み出した瞬間、シグは違和感を覚えた。

 

「……ん?」

 

 足裏に伝わる、妙な感触。

 砕けた石を踏んだ感触とは違う。何か柔らかいものを踏みつけたような──。 

 

「まさか、この感触は……」

 シグが足元に目を向けた、その瞬間だった。

 

 ──今だ! 

「戻れ、布丸ッ!」

 

 カイの叫びに応じ、瓦礫の上に広がっていた布丸が、一気に収縮した。

 そう。カイは霧が周囲を覆う中。周囲に散らばった瓦礫の上へ、密かに布丸を伸ばして敷いていたのだった。

 

 そして今、シグがその上に足を踏み入れた。

 

 布丸が勢いよく引き戻される。

 

「っ!」

 足を引かれたシグの身体が傾いた。

 

 どれほど優れた剣技を持っていようと、足元をすくわれれば体勢は崩れる。

 

「なるほど……」

 シグは体勢を立て直そうとするが、足を取られ、踏み込みがわずかに遅れる。

 

 その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。

「考えたな……」

 

 カイはすかさず、布丸を操った。

 収縮した布丸が、今度は一気に伸びる。

 伸縮自在の布がシグの足元から這い上がり、その身体へと巻きついていった。

 

 シグが動こうとするよりも早く、布丸はその身体を幾重にも包み込んでいた。

 

 ──勝負あり。

 

 霧が少しずつ晴れていく。

 闘技場にいた者たちの目に映ったのは、布丸に拘束されたシグと、その前に立つカイの姿だった。

 

「……え?」

 

 コットが目を丸くする。

 シアも、シロも、言葉を失っていた。

 先ほどまで、圧倒的な実力差を見せつけていたシグが、今は身動きを封じられている。

 

 ハルテンは口を半開きにしたまま、二人を見つめていた。

「まさか……あの状況から、隊長を捕まえたのか?」

 

 トリアも驚きを隠せない様子だった。

 

 カイは荒い息を吐きながら、シグを見つめる。

 

 まだだ。

 油断はできない。

 相手は、あの八耀守の隊長なのだから。

 

 だが、シグは抵抗することなく、静かに口を開いた。

「見事だ」

 その声には、先ほどまでの試すような響きはなかった。 

 

「霧で視界を奪われた状況から、俺がどう動くかまで読んでいた。……いや、正確には、俺ならどう動くかを考えたんだな」

 

 カイは小さく頷いた。

「はい。シグさんなら、この状況を利用してくると思いました」

 

「なるほどな」

 シグは満足そうに笑った。

 

「認めよう」

 

「……え?」

 カイは一瞬、聞き間違いかと思った。 

 

「シルバーランクのクエスト、受注を認めよう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 カイの声が裏返った。

 

「ああ。約束だからな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、カイは張り詰めていた息を吐き出した。

「……よかった」

 力が抜けそうになる。

 

 だが、まだやることがあった。

 

「あ、すみません!」

 カイは慌てて布丸を緩めた。

 

 シグの身体を包んでいた布がほどけ、するするとカイの手元へ縮んでいく。

 

 自由になったシグは、拘束されていた腕を軽く回し、服についた埃を払った。

 

 それを合図にしたかのように、闘技場の端で見守っていた三人が駆け寄ってくる。

 

「カイー!」

 真っ先に飛び込んできたのはコットだった。

 

「終わったの!? どうだった!?」

 

「ああ……認めてもらえたよ」 

 

「やったああああっ!」

 コットは両手を上げて飛び跳ねた。

 

「ピュイーッ!」

 シロも目を輝かせ、嬉しそうに声を上げる。

 

「カイさん……!」

 シアは安堵した表情でカイの手を取った。

「本当に、ありがとうございます……!」

 

 深々と頭を下げるシアに、カイは慌てて首を横に振る。

「いや、まだこれからだよ。クエストを受けられるようになっただけだから」

 

「それでも……大きな一歩です」

 シアはカイの手をそっと握り直し、柔らかく微笑んだ。

 

 その笑顔を見て、カイも思わず照れくさそうに頬を掻く。

 

 まだ、宿を救えたわけではない。

 それでも、確かに一歩前へ進めた。

 その事実が、何よりも嬉しかった。

 

「いやあ、驚いたぞ!」

 豪快な笑い声とともに、ハルテンが歩み寄ってきた。

 

「まさか、あんな戦いが見られるなんてな!」

 ハルテンはカイの手にある布丸へと視線を落とした。

 

「それにしても、すごい神器だな! 魔力を吸収するわ、あんな大技を放つわ、挙げ句の果てには伸び縮みして相手を拘束する! いったい、どんな神器なんだ?」

 

「それが……俺自身、まだ分かっていないことも多くて」

 カイは布丸を見つめた。

 

 Stageというランク表記。

 そして、先ほどの戦いで感じた、あの不思議な拍動。

 

「そういえば!」

 コットが思い出したようにシグへ顔を向けた。

 

「シグさん、冒険者連盟で会ったとき、カイの神器に興味があるって言ってましたよね?」

 

「ああ、そうだったな」

 

「何か知っているんですか?」

 

 その問いに、シグはカイへと視線を移した。

「ソルテミアで初めて貴殿らを見たときだ」

 

 落ち着いた声で、シグは語り始める。

 

「明らかに、他の神器とは気の流れが違っていた」

 

「気の流れ……ですか?」

 コットが首を傾げる。

 

「シグさんは、神器の気の流れが見えるんですか?」

 

「ああ……以前よりも鮮明さは落ちているがな……」

 

 シグは自身のウィンドリンに視線を向けた。

 

「ウィンディア族が持つウィンドリンは、風を読む力だ。風の流れやわずかな変化を感じ取る。つまり、この羽そのものが、風を読むための研ぎ澄まされた感覚器官のようなものだ」

 

 そこで一度言葉を切り、コットを見た。

 

「そして、ウィンディア族の中には、ごく稀に、その感覚が五感にまで伝わる者がいる。風だけではなく、魔力や神器が持つ特異性までも感じ取ってしまうような者が──」

 

「えっ……!」

 コットが目を丸くする。

 

「コット、といったな。貴殿にも、その資質があるようだが」

 

「わ、私にも!?」

 思いがけない言葉に、コットは自分の胸元に手を当てた。

 

 しばらく考え込んだあと、はっと顔を上げる。

 

「もしかして……匂い、ですか?」

 

「そうだ」

 

「私、ウィンディア族の人ならみんな感じるものだと思ってました……」

 コットは驚きと戸惑いが入り混じった表情で、布丸を見つめた。

 

 

「巻神カイ」

 

「はい?」

 

「俺は、貴殿の神器を試してみたくなったんだ」 

 

 シグは真っすぐにカイを見据えた。

「いったい、どんな力を秘めているのか。どこまで成長する可能性を持っているのか。それを、この目で確かめたかった」 

 

「そうだったんですね……」

 カイは納得したように頷いた。

 

「でも、俺にもまだ、この神器について分かっていないことが多くて。使える能力も、少しずつ分かってきたばかりなんです」

 

「神器とは、そういうものだ」

 シグは静かに答えた。

 

「奥が深い。使い手自身が、そのすべてを把握しているとは限らない」

 そして、わずかに声を落とした。 

 

「それに──神器には意思がある」

 

「えっ!?」

 

 コットが勢いよく顔を上げた。

「神器って、生きているってこと!?」

 

「いや、そういう類いのものではないだろう」

 シグは苦笑するように首を振った。

 

「……時々、感じることはないか?」 

 

「感じる?」

 

「神器から伝わる、拍動のようなものを」

 

 その言葉に、カイの手がぴくりと動いた。

 

 ──拍動。

 先ほどの戦いで、確かに感じた。

 布丸を握りしめた瞬間、手のひらに伝わってきた、あの感覚。

 ドクン、ドクン、と。

 まるで、布丸自身が脈打っているかのような感触だった。

 

 偶然ではなかったのだろうか。

 

 カイは手元の布丸を見つめた。

 

「まだ、自分の神器のことが分からないと言ったな」

 シグの声に、カイは顔を上げた。

 

「神器とともに戦い、困難を乗り越えていく。そうすれば、きっと理解できるはずだ」

 

 

「──『キシツ』を」

 

 

「キシツ……?」

 聞き慣れない言葉に、カイは首を傾げる。

 

「少々、語らいすぎたな」

 シグは少しだけ頬が緩み、笑みがこぼれていた。

 

 その横で、トリアがじっとカイを見つめていた。 

 

 腕を組み、眉間にしわを寄せた険しい表情。

 明らかに、何か言いたげな様子だった。

 

 その視線に気づいたシアは、そっとコットの耳元へ顔を寄せる。

「……コットさん。なんだか、トリアさんからカイさんに対して敵意のようなものを感じるのですが……」

 

「え? あっ……!」

 コットもトリアの様子を窺い、小さく頷いた。

 

「た、たしかに……」

 

 二人がひそひそと話していると、すぐそばでハルテンがにやりと笑った。

 

「ありゃ、嫉妬だな」

 

「「……嫉妬?」」

 コットとシアの声が重なる。

 

 ハルテンは腕を組み、得意げに頷いた。

「そうだ。つまりだな──」

 

「つまり……?」

 二人は思わず身を乗り出す。

 

 ハルテンは、ちらりとトリアのほうを見てから、にやにやと笑った。

 

「恋ってやつだ!」

 

「「こ、こ、恋ぃぃぃっ!?」」

 コットとシアの顔が、一瞬にして真っ赤に染まった。 

 

「そ、それって、トリアさんがシグさんのことを──」

 

 その声に、トリアがぴくりと反応する。

「ちょっと、ハルテンさん! 変なことを言わないでください!」

 

「わっはっは! 図星か?」

 

「違います!」

 トリアは顔を赤くする様子を見て、ハルテンはますます愉快そうに笑う。

 

「ハルテン、あまりトリアをからかうな。……さて、早速許可証を用意しよう」

「貴殿らは、俺たちが通ってきた門のところで待っていてくれ。ソルテミア城の敷地内に入るための門だ。そこで合流しよう」

 

「分かりました。ありがとうございます、シグさん!」

 

 カイたちは改めて礼を告げ、闘技場の出口に向かって歩き始めた。

 

 コットがすぐさまカイの顔を覗き込んだ。

「カイ、大丈夫?」

 

「ああ、もう平気だよ。転換布癒で治したしな」

 

「でも、あんなに吹き飛ばされたんだよ? どこか痛いところない?」

 

「大丈夫だって」

 心配そうに見つめるコットに、カイは苦笑した。

 

 シアも胸を撫で下ろしながら、安堵の笑みを浮かべる。

「カイさんが無事で本当によかったです……。これで、クエストに挑戦できるんですね」

 

「ピュイーッ!」

 シロも嬉しそうに声を上げた。

 

「うん。やっと、ここまで来られたな」

 カイは仲間たちの顔を見回した。

 

 シアの宿を救うために、どうしても必要だった一歩。

 その道が、ようやく開けたのだ。

 

 しかし、カイの胸には、ひとつだけ引っかかっていることがあった。

 

 ──シグさん、本気だったのか? 

 

 確かに、あの剣技は凄まじかった。

 それでも、最後に布丸で拘束できたことが、どうにも気になっていた。

 

 あの実力なら、もっと別の戦い方もできたのではないか。

 もちろん、認めてもらったことは嬉しい。

 だが、手放しで喜んでいいのか、少しだけ迷いが残っていた。

 

 ──今は、考えても仕方ないか。

 カイは小さく息を吐き、気持ちを切り替える。

 

 まずは、シルバーランクのクエストだ。

 

 それを達成しなければ、シアの宿を救うことはできない。

 

「よし、行こう!」

 

「うん!」

「はい!」

「ピュイーッ!」

 

 四人の姿は、闘技場の出口から、城の敷地へと続く門の方角へ遠ざかっていった。

 

 その後ろ姿を、闘技場に残った三人が見送っていた。

 

「いやあ、まさかシグ隊長とあそこまで渡り合うとはなぁ」

 ハルテンが腕を組み、感心したように唸った。

 

「相手は、あのタオルだぞ? 最初に見たときは、どうやって戦うつもりなのかと思ったが……。いやはや、驚いた」

 

「……でも」

 トリアが、遠ざかるカイの背中を見つめたまま口を開いた。

「隊長は、本気ではありませんでした」

 

「ほう?」

 ハルテンが隣を向く。

 

「まだ使っていない技もありましたし……何より、本来の隊長なら──」

 そこまで言いかけて、トリアは口を閉ざした。

 

 そして、俯く。

「……すみません。私のせいで」

 

「トリア?」

 ハルテンが怪訝そうに眉を上げた。

 

 対するシグは、静かに首を横に振る。

「貴殿のせいではない。俺の力不足だっただけだ」

 

「ですが……」

 

「気にするな」

 シグの声には、責める響きなど微塵もなかった。

 むしろ、トリアを気遣うような穏やかさがあった。

 

 ハルテンは二人の様子を見比べ、やがて何かを察したように表情を改めた。

「……それは、もともと隊長にあった、あの羽のことか?」

 その問いに、トリアは沈黙した。

 

 シグも、しばらく何も答えなかった。

 やがて、残された片翼をわずかに揺らし、静かに口を開く。

 

「……そうだ」

 

 ハルテンの表情から、笑みが消えた。

「【風翼(ふうよく)の古族伝承詩(フォークロア)】に出てくる、伝説の四つの羽……か」

 

 続けて低い声で呟く。

「現在、存在が確認されているのは二つ。風翼の民の王女がもつ《翠春羽(ハニエル)》。そして、シグ隊長の《蒼夏羽(ナハーツ)》」

 

 シグは、残された片翼に視線を向ける。

 

「蒼夏羽は、もう俺のものではないがな」

 

 淡々とした言葉だった。

 しかし、その声音の奥には、簡単には語れない過去が滲んでいた。

 

「種族を喰らう種族、か……」

 ハルテンは険しい顔で腕を組んだ。

 

「また厄介な敵が現れたものですな。それにしても、伝説だと思われていた羽が、この世界に現れた。しかも、同じ時代に二つも……」

「いったい、何が起きようとしているのやら」

 

「……さあな」

 シグは静かに答えた。

 

「だが、世界で何かが変わり始めているのかもしれない」

 闘技場を吹き抜ける風が、三人の間を通り抜けた。

 

「残る未確認の羽は二つ。とはいえ、伝説の羽だ。そう簡単にお目にかかれるものでもないだろう」

 ハルテンがそう締めくくった、そのときだった。

 

「いや……」

 

 シグが、ふと呟いた。 

 

「意外と、そうでもないかもしれないぞ」

 

「……何か、あてがあると?」

 ハルテンが目を向ける。

 

 シグは答えず、ただ、わずかに目を細めた。

 

「いや。そんな“気”がしただけだ」

 

 そう言いながら、シグは闘技場の出口へと視線を向ける。

 その出口の先には、仲間たちと並んで歩くコットの姿があった。

 

 彼女の背中に、風がそっと吹き抜ける。

 

 シグはその姿を見つめたまま、静かに目を閉じた。

 

 ──もしかすると。

 伝説は、まだ終わっていないのかもしれない。

 

 

 

 こうしてカイたちはシグから認可証を受け取り、シルバーランクのクエストに挑む資格を手に入れた。

 

 目指すは、ホームクラフト族が暮らす集落──

『槌音と木漏れ日の里(クラフトヴェイル)』。

 

 シアの宿を救うため、カイたちは新たな一歩を踏み出す。

 

 しかし、彼らはまだ知らない。

 その里で、これまでにない脅威が待ち受けていることを──。

 

 次回、シルバーランククエスト、始まる。

 

《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》

《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態

 /魔力吸収》

《限定スキル:雫裂・二式》

《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》

 

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