神器がバスタオルだなんて聞いていない! ボロ宿から始める、温泉宿✖️異世界バトルファンタジー 作:maiboo
首都ソルテミアの北西。
山々に囲まれた渓谷の奥深くに、ホームクラフト族が暮らす小さな集落がある。
その名も──『
「おおっ! すっげぇ……!」
里に足を踏み入れた瞬間、カイは思わず声を上げた。
目の前に広がっていたのは、これまで訪れたどの街とも違う、不思議な光景だった。
山肌に沿って、大小さまざまな建物が段々に建ち並んでいる。
その外壁には木材だけでなく、青白く輝く鉱石や、鈍い銀色の金属板が組み込まれていた。
建物同士は宙に架けられた通路や金属製の橋で繋がれ、その下には幾重もの水路が張り巡らされている。
集落の中央には透き通った川が流れ、その流れを受けて巨大な水車がゆっくりと回っていた。
だが、驚くのはそれだけじゃない。
水車から伸びた太い軸には、大小さまざまな歯車が幾重にも噛み合っている。
しかも、その歯車には青や緑に淡く発光する鉱石が埋め込まれていた。
カチャン、カチャン、カラカラカラ──。
規則正しい音とともに歯車が回り、そこから伸びた鎖が荷物を吊り上げる。
さらに、坂道に敷かれた金属製のレールの上では、荷物を載せた台車がひとりでに走っていた。
「……おおっ!」
思わず声が漏れる。
見上げれば、建物の壁には透明な管が張り巡らされ、その内部を淡い光の粒子が流れている。
屋根の上では、金属と鉱石を組み合わせた小さな風車が回転し、時折、青白い光を放っていた。
中には、空中に浮かんだ小さな足場まである。
足場の四隅には紫色の鉱石が取り付けられており、作業員を乗せたまま、ゆっくりと上下していた。
(なんだここ……。まるで街全体が、一つの巨大な機械みたいだ)
水や風の力に加えて、魔力を宿した鉱石まで利用しているらしい。
歯車と魔力が組み合わさった、まったく見たことのない光景だった。
「わあぁ! 見て見て、カイ! あの荷物、勝手に運ばれてるよ!」
「ピュイッ! ピュイピュイ!」
コットが目を輝かせ、その隣ではシロも興奮した様子で飛び跳ねている。
「ふふっ。本当に素敵な里ですね」
シアも楽しそうに周囲を見渡していた。
そのときだった。
「あのぉ……もしかして、冒険者の方々ですか?」
声のした方を振り向くと、一人の女性が立っていた。
肩ほどまで伸びた赤茶色の髪に、作業用らしい革のエプロン。腰には小さな工具がいくつも吊るされている。
よく見ると、エプロンの留め具には琥珀色の小さな鉱石が埋め込まれていた。
(年齢は俺と同じくらいだろうか)
柔らかな笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
「そうなんです。俺たちはソルテミア支部から来ました。シルバーランクの依頼を受けに」
「やっぱり! よかったぁ!」
その女性は胸の前で両手を合わせ、ぱっと表情を明るくした。
「お待ちしてました! 私はリペット。この里に住んでいるホームクラフト族です!」
「俺はカイ。こっちはコットとシア、それからシロだ」
「よろしくねっ!」
「よろしくお願いします」
「ピュイ!」
「はい! 皆さん、よろしくお願いします!」
リペットは一人ひとりに笑顔を向けた。
そのとき、カイは彼女の瞳に奇妙な模様があることに気づいた。
(……ん?)
瞳の奥に、小さな歯車のような紋様が浮かんでいる。
しかも、よく見ると手の甲から指先にかけて、細かな目盛りのような線が刻まれていた。
まるで定規をそのまま手に描いたような、不思議な模様だ。
「あの、リペットさん。その目と手の模様って……」
「あっ、これですか?」
リペットは自分の手を持ち上げ、指を広げて見せた。
「私たちホームクラフト族の特徴なんです。こっちは測定ラインっていって、物の長さや細かな寸法を測るときに便利なんですよ!」
「へぇ……!」
彼女が指先を動かすと、目盛りのような線が淡く浮かび上がった。
その指は細くしなやかで、一本一本が驚くほど滑らかに動いている。
(なるほどな。物作りに特化した種族ってわけか)
「それじゃあ皆さん、さっそく
「……グラン・ギア?」
聞き慣れない言葉に、カイは首を傾げた。
「はい! この里をまとめている、長のような方です!」
「私たちの里では、歯車はみんなを繋ぐ大切なものなんです。だから、里をまとめる方もそう呼ばれているんですよ」
そう言って、リペットは歩き始めた。
「こちらです! ついてきてください!」
カイたちは彼女の後を追い、里の中心へと続く道を進んでいった。
道の両脇には、小さな工房がいくつも並んでいる。
その屋根には色とりどりの鉱石が埋め込まれ、煙突のような金属管からは、白い蒸気が細く立ち上っていた。
窓の向こうでは職人たちが赤く熱した金属を叩き、別の工房では青白く光る鉱石を削っている。
さらに奥の工房では、宙に浮かぶいくつもの工具が、職人の手の動きに合わせて木製の歯車を組み立てていた。
カンッ、カンッ。
ギギギ……カチャン。
槌の音と歯車の音が、あちらこちらから響いてくる。
すれ違う住人たちも、どこか独特だった。
赤茶色の髪をした男性。銀色がかった灰色の髪を後ろで束ねた女性。煤のように真っ黒な髪の少年。
髪色こそさまざまだが、どれも鉄や銅を思わせる落ち着いた色合いをしている。
そして、誰の瞳にも歯車の紋様があり、手にはあの細かな目盛りが浮かんでいた。
腰に工具を下げた者も多く、作業着や革の手袋を身につけた姿が目立つ。
「みんな、何か作ってるんだね!」
コットが興味津々に工房を覗き込む。
「はい! この里では、生活に必要なものはできるだけ自分たちで作るんです。道具も、家具も、建物の仕組みも!」
「すごいですね。あの水車も、皆さんで作られたんですか?」
「もちろんです! 何世代もかけて改良してきた、里の自慢なんですよ!」
リペットは誇らしげに胸を張った。
けれど──。
(……あれ?)
歩いているうちに、カイはあることに気づいた。
さっきから聞こえてくる槌の音。
最初は何かを作っている音だと思っていたが、どうも様子が違う。
建物の外壁には新しい金属板が継ぎ足され、ひび割れた鉱石を交換している職人の姿があった。
水路の脇では数人が歪んだ歯車を取り外し、別の場所では砕けた魔鉱石の破片を拾い集めている。
よく見れば、道端には折れた金属管や割れた木材、光を失った鉱石が積み上げられていた。
先ほど見上げた空中の通路も、一部が崩れたままになっている。
巨大な水車の一つは羽根が何枚も欠け、埋め込まれた鉱石の光も消えていた。
(……これ、作ってるんじゃなくて、直してるのか?)
そう思って改めて見渡すと、里のあちこちに修復の跡があった。
こちらの視線に気づいたのか、
「……皆さんは、ガルドームというモンスターをご存じですか?」
リペットは少し俯きながら、そう切り出した。
「ガルドーム……?」
聞き覚えのない名前に、カイは首を傾げる。
「いや、初めて聞くなぁ…」
「私も知らないなぁ。どんなモンスターなの?」
コットが尋ねると、リペットはゆっくりと口を開いた。
「ガルドームは、岩背獣とも呼ばれ、人の二倍ほどもある巨体に、異常なほど発達した両腕を持つモンスターです。背中には黒鉄や赤銅色の鉱石が、まるで岩山のように無数に生えていて……」
「うわぁ……。なんだか、すっごく強そう……」
「はい。特にその両腕は恐ろしく、太い木でさえ簡単になぎ倒してしまうほどなんです」
カイはその姿を頭の中に思い浮かべた。
巨大な体に、岩のような両腕。そして、背中を覆う無数の鉱石。
できれば遭遇したくない相手だ。
「そのガルドームが、この辺りにいるのか?」
「はい。もともと、この里から比較的近い山中に生息しているモンスターなんです。ただ……」
リペットは一度言葉を切り、修復中の建物へ目を向けた。
「一週間ほど前、そのガルドームが突然、里に現れたんです」
「……え?」
「何の前触れもなく集落に入り込んできて、建物や水車を壊しながら暴れ始めて……」
「私たちは必死に避難しました……幸い、ある方のおかげで、どうにか騒ぎは収まったのですが……」
リペットは胸元でぎゅっと両手を握りしめた。
「こんなこと、今まで一度もなかったんです。ガルドームが里に入ってくるなんて……」
「それで、あちこち修理してたのか……」
カイは改めて周囲を見渡した。
壊れた水車。補強された家の壁。道端に積み上げられた木材。
(どれも、そのモンスターが残した爪痕というわけか)
「でも……それだけじゃないんです」
リペットの声が、さらに沈んだ。
「騒動が収まったあと、私たちはもっと大変なことに気づいてしまって……」
「大変なこと?」
「はい。この里に祀られていた、大切な宝が……何者かに盗まれていたんです」
「盗まれた!?」
コットが驚きの声を上げる。
「最初は、騒ぎに紛れてどこかへ移されただけだと思ったんです。だから、里のみんなで手分けして探しました。でも、どこを探しても見つからなくて……。手掛かりすら得られませんでした」
「なるほど……」
カイは腕を組み、リペットの話を整理する。
突然現れたガルドーム。
荒らされた集落。
そして、騒動のあとに消えていた宝。
(偶然……なのか?)
少なくとも、無関係だと決めつけるには妙な話だ。
「なるほど。だから今回の依頼内容が、『里の宝を見つけてほしい』だったんですね」
「はい……。私たちだけでは、もうどうすることもできなくて。冒険者ギルドにお願いしたんです」
リペットは申し訳なさそうに頭を下げた。
「どうか、力を貸してください」
「もちろん。そのために俺たちは来たんだから」
「そうだよ! 私たちに任せて!」
「ピュイッ!」
コットが力強く頷くと、シロも同意するように片手を上げた。
「ありがとうございます……!」
リペットの表情が、ほんの少し明るくなる。
するとコットが、ふと思い出したように首を傾げた。
「ねえねえ、リペットさん。その祀られてた宝って、一体何なの?」
「あっ、まだお話ししていませんでしたね」
リペットは頷き、静かに答えた。
「その宝は、数十年前からこの里で大切に祀られてきたものなんです。先人たちが、私たちに残してくれた──」
そこで一度、言葉を区切る。
「上位神器、『
「……上位神器!?」
カイは思わず声が出た。
「追悼の織杖は、私たちが作るものに、不思議な温かみを与えてくれていたんです」
「温かみ……?」
「はい。例えば、誰かを想って作った椅子なら、座ったときに、その人の優しさが伝わってくるような……。壊れたものを修復すれば、それを使っていた頃の大切な思い出が、ふっと蘇ることもあるんです」
「へぇ……!」
「それって、とても素敵な力ですね」
シアが優しく微笑んだ。
リペットも小さく頷く。
「私たちホームクラフト族にとって、物作りはただの仕事ではありません。作ったものを通して、誰かの想いや思い出を未来へ繋いでいく……。追悼の織杖は、そんな私たちの暮らしを、ずっと支えてくれていたんです」
(物に込められた想いを、伝える神器……か)
カイは近くの工房へ目を向けた。
そこでは一人の職人が、壊れた木製の椅子を丁寧に修理していた。
何度も表面を撫でながら、慎重に木片を組み合わせている。
きっと、あの椅子にも誰かの思い出が詰まっているんだろう。
「でも……神器が失われてから、変わってしまったんです」
リペットがぽつりと呟いた。
「変わった?」
「はい。新しく作ったものからも、修復したものからも……以前のような温かみが感じられなくなってしまって」
「……そうだったのか」
「もちろん、道具としては今までどおり使えます。壊れたものだって、ちゃんと直せます。でも……何か、大切なものが抜け落ちてしまったような気がして……」
リペットは寂しそうに、自分の手を見つめた。
物作りを大切にしてきた種族だからこそ、その変化は大きいのだろう。
「それは……つらいですね」
シアの言葉に、リペットは静かに頷いた。
「はい。でも、それだけなら、まだよかったんです」
「……え?」
カイは顔を上げた。
リペットの表情が、再び曇る。
「実は、数日前から……もっと深刻な問題が起き始めているんです」
「もっと深刻な問題?」
「はい。里の人たちの中に、ある異変が現れ始めていて……」
彼女は少しためらったあと、意を決したように口を開いた。
「その人が大切にしていた記憶の一部が……突然、なくなってしまうんです」
「…………」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……記憶?」
「はい。ずっと覚えていたはずの、大切な思い出が……まるで最初から存在しなかったかのように、消えてしまうんです」
「な……っ!?」
カイの声が、静かな里に響いた。
《神器“布丸” ランク:Stage 2 ー蒼錬布ー》
《スキル:変幻自在/布界収納・小/水纏状態
/魔力吸収》
《限定スキル:雫裂・二式》
《特殊スキル:黒喰/転換布癒/微癒の湯化》