亜人族は生きにくい。   作:アインツベルン

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第2話

 目が覚めた。枕元に置いてあるスマホを手に取る。時刻は早朝。午前四時だった。

 寝たのはいつも通りの時間だ。いつもなら、12時過ぎに寝れば起きるのは朝の10時やそこらだというのに、今日はやけに早起きだった。

 

 それだけ情報量の多い一日だったと言う事か。

 変に納得し、目が冴えたのでベッドから降りる。

 二日目だ。結局目覚めても男の体には戻らず、眼下には幼い少女の体がある。それは14歳ほどだと言う事を差し置いても幼く、体はどこもかしこの成長していない。それに、俺にロリ趣味はない。興奮もしなければ、まだ、これを売ろうとも思わない。

 

 ……こんなに早く起きても意味はない。

 

 俺はPCデスクの前に座り、鬼やエルフについてを調べることにした。

 

 鬼は葡萄が好きで豆を食べる。田畑を荒らし家畜を食べることもある。

 一方エルフは野菜好きで、肉などはめったに食べない草食主義の個体が多い。

 

 この二つを照らし合わせると、今の俺の体をうまく説明できるような気がした。

 

 エルフの菜食主義と鬼の好みが合わさり、肉が食べれなくなり、草系を特に美味しく感じているのかもしれない。

 

 だが結局、それだけじゃ自分が何者なのか知ることはできない。とりあえずはひとまず鬼とエルフのハーフだと思っていればいいのだろう。

 これからどうやって生きるかについては、また考える必要がありそうだった。

 

 ***

 

 あれから眠くなり、いつの間にか寝落ちしていた。再び起きた時には既に昼過ぎで、慌てて服を買いに出かける事にした。

 

「……かわいい」

 

 思わずそう呟く。手に取ったのは青っぽい色のふわふわした上着で、手触りが良くサイズもぴったりだった。

 そしてなによりかわいい。こういうシンプルなデザインは結構好きだ。それに、今の俺には似合うだろう。いや、待て。俺は何を考えているんだ?

 

 俺は一般三十路独身男性だ。何を少女に成りきっている。

 何故だか、俺の好みが少女の好みに侵食されてきている気がする。昔の俺なら、こんなものをかわいいとも着たいとも思わなかった。

 

 寒気がする。俺は一体どうなっているのだろうか。この見た目で、最早コスプレ制服を着ることにも慣れてしまったとでもいうのか。鳥肌が立つ。

 

 買い物かごの中には既に幾つかの服が入っていた。ベージュのニット。ニーハイソックス。中高生用の下着を何枚かと、女の子が着たらかわいいだろうゆったりとしたパジャマ。それと部屋着のためのダボっとした白いパーカー。白ニットに黒のスカート。

 

 ここまで夢中で買い物をしていた。それこそ我を忘れ、まるで自分が女の子そのものになったかのように服を見ていた。

 寒気が止まらない。このままでは、俺が俺自身として過ごしてきた自我がいつか消えてしまうのではないか。

 

 人の精神というのは、その時々の環境に大きく左右される。そのことを強く実感した瞬間だった。

 

「お会計、3万と7262円になります」

「カードで」

「……はい、こちらにどうぞ」

 

 クレカの決済音が耳に響く。

 大きな紙袋を引っ提げて帰路に就く。元から車などを使わず、普段は電車で移動していただけあり、大きな買い物をするときはその帰り道に苦労することもしばしばあった。

 

 少女の体になるとその苦労も増える。

 

 家に着く頃には疲れ切っていて、玄関を開けるなりその場に倒れ込んだ。

 この体は疲れやすすぎる。アパートの階段を上るだけでも息切れがするくらいだ。喉が渇いた。紙袋はその場に放置し、のそのそと這いつくばるようにリビングへ移動する。そのままテーブルに置きっぱなしになったコップを拾い上げ、流しで適当にゆすぎ、足元に置かれていた二リットルの天然水を注ぐ。

 

 一気に飲み干しソファに寝転がった。スカートがひらりと揺れる。ため息の一つにも少女が宿り、その息遣いにも少女を感じる。まるで自分が自分で亡くなったかのような強い喪失と違和感を覚える一方で、これが俺なのだという自覚が芽生えた。

 

 良く無い兆候だ。

 急いで玄関に戻り、紙袋を投げ捨てる。テレビを付けてソファに座り直し、スマホの電源を付けた。

 

『死体遺棄』

 

 という大見出しの元、アナウンサーが事件の説明をしている。俺はソシャゲの集会をしながら、耳だけはテレビに集中していた。

 

『先日、神奈川県横浜市で起きた死体遺棄事件について、捜査に進展がありました。遺体の身元はこの辺りに住む20代男性と見られており、警察は殺人事件として捜査を続けるとしています』

 

 物騒な世の中だなーと思ったところで、自分の格好が目に入った。一番物騒なのは、成人男性がコスプレしている事だ。

 

 しかし、なんとなく落ち着かないのもまた事実だった。

 ソシャゲの周回をブツ切りして、投げ捨てた紙袋を拾い上げる。中の袋を開けて、さっき買ってきた洋服を取り出した。

 

 部屋着にするならこの白いパーカーか? いや、でも、せっかくならこっちのワンピースを着てもいいかもしれない。

 

 独り言ちる。結局白ニットに黒のスカートを履いて、うきうきで姿見の前に立った。

 

「うん。かわいい」

 

 適当にポーズを決める。まるで美少女。まさに美少女だ。

 

「コンビニでも行くか」

 

 少し気分が良くなって、俺はその足でコンビニへと向かった。

 

『遺体の身元は、付近に住む会社員、須藤鉄平さんと見られ、現場に残されていた血痕からは——』

 

 ***

 

 この体になってから、一週間が経った。依然として、俺が何者になったのかはわからない。現状最も有力なのは、エルフと鬼のハーフ個体、という事だ。

 幸い、一週間ずっとカットレタスを食べていても不思議と飢えることはない。肉を食べたいと思う事はあっても、我慢できる程度にしかなかった。

 

 会社には休みの連絡を入れた。精神病という事にして休職したいが、そのための診断書を作る必要と、提出する必要がある。やはりその内退職届を出さなくてはいけないだろう。

 そう考えると少し憂鬱だった。

 

 カットレタスを頬張る。この前見たネットの情報を基に、いくつかの果物を実際食べてみたけれど、葡萄は甘くておいしかった。リンゴも、桃やミカンもおいしかった。ただ、缶詰だけはいつも通り腐臭がした。果物も野菜も、生の物じゃないと食べれないらしい。

 

 最近は毎日図書館に行って、民俗学系の本を読み漁っている。自分の正体について探る事と、後は単に暇つぶしだ。無闇に外出できないことと、外出してもできる事が限られていることから、こういうところで時間を潰すしかなかった。

 

 鬼の誕生、と書かれた本を手に取る。適当にページを捲り、元の場所に戻して次の本を手に取る。

 こういう本に書かれている内容は、良くも悪くも物語的で、いまいち信用ができない。エルフについては、日本に出てくる妖怪の類ではないから調べようがない。そもそもエルフは創作された亜人だ。指輪物語などの海外のファンタジー作品に出てくる架空の種族。

 

 日本古来の妖怪や怪物である鬼の方がまだ信ぴょう性が高い。

 

「鬼に興味があるの?」

 

 すると、横から女の子の声がした。驚いて本を畳む。声がした方に振り向くと、12、3歳くらいの髪の長い黒髪の女の子が上目遣いでこちらを見ていた。

 

 前髪は目が少し隠れる程度、華奢で、体格は俺より少し小柄。声も幼く、顔は、かなり整っている。

 

 俺が何も言えないでいると、白いワンピースを着た少女は後ろにある公共のソファに座って、俺を手招きした。

 

「おいで」

 

 彼女に流されるがまま少女の横に座る。

 

「ねえ、()()()()()()()の?」

 

 変な威圧感がある。少女の黒瞳はまっすぐに俺を捉え、まるで目を逸らしてはいけないような気がした。もし目を逸らせば、どこまでもついてきそうな。

 

「聞いてる?」

「……ああ、えっと、ごめん」

「いいよ」

 

 少女が笑った。気を緩めたのもつかの間、少女はされどまっすぐ俺の眼を見たまま、「それで、鬼に興味があるの?」と聞いた。

 

「どうして?」

「だって、ここでいつも鬼について調べてたから」

 

 さも当たり前、といった様子で答える。少女の言葉に嘘や偽りの感じはしない。幼くまっすぐな、純粋な疑問という感じがした。

 

「聞き方が良くない? じゃあ、なんで()()()()()調()()()()の?」

 

 答えあぐねる。なぜだか、この子には嘘をついてはいけないような気がする。それに俺は、鬼について調べているもっともらしい理由を持っていなかった。

 自分が鬼かもしれないなんて荒唐無稽な話、するわけにはいかない。

 

 でもこの子は、俺がここ数日間ずっと鬼について調べていたことを知っている。変な言い訳をしようものなら、追求されてボロが出てしまう。

 

 少女が本を開く。タイトルはなく、カバーは真っ白の変な本だった。

 

「早く答えて」

「えっと、逆に、俺、じゃなくて、なんで僕が鬼について調べてるか知りたいの……?」

 

 少女が大きくため息をついた。やれやれ、といった半眼に思わず背筋が凍る。明らかに年下の女の子に畏怖している。それが不思議でならなかった。

 

「……君、質問を質問で返すのは流石に礼儀知らずなんじゃない?」

「礼儀知らず?」

「知らないの? 亜人の中では常識だけど?」

「亜人?」

 

 聞き返す。亜人ってなんだ? 人ならざる者みたいな意味か?

 

「なにもしらないんだ。まあちょうどいいや」

 

 少女は本を畳み、再び俺の眼を見詰めた。

 

「君みたいな人間の事を亜人族っていうの。人間っぽいけど人間じゃない別の種族って意味」

「は、は? 急に何を、俺は普通の人間だけど、」

 

 いい終わる前に、フードを脱がされた。

 

「この耳は? いい? 私はここ一週間君の行動を監視してた。君は間違いなく亜人、だから話しかけた」

「……それで?」

「悪いようにはしないわ。私は君にとって有益な情報を提供できる。私についてきてくれる?」

 

 少女は俺に手を差し伸べ、そう微笑みかけた。まだ汚れていない白皙の手は細く、その指はとても滑らかで、なにかいい香りがするような気がした。

 

 ***

 

 俺は少女に目隠しされ、ある場所、とやらに連れてこられた。そこは、一見すると風俗ビルの空き家か廃墟のようで、部屋の端の方には埃が積もっている。

 少女は俺を見下ろす形でソファに座り足を組んでいて、俺はソファの足元に座らされている。

 

「脱いで」

 

 少女は、俺の目隠しを外すなり開口一番にそういった。

 意味が分からず聞き返す。

 

「は……? 一体どうして?」

「いいから脱いで。早く」

 

 俺は言われるがまま服を脱いだ。不思議と羞恥を覚えることはなく、しいて言えば寒い事だけが不満だった。

 

「は? 誰が下着は着てていいって言ったの?」

「……全部脱いだら寒いだろ」

 

 震えながら言う。先日買ってきた上下白の下着が、早くも年下の女の子に見られている。まったく興奮しないシチュエーションだ。

 

「はぁ。じゃあ上だけ脱いで。下はそのままでいい」

 

 言われるがまま下着を脱ぎ、足元に置いた。

 すると少女がおりてきて、俺の事を迷わず押し倒した。

 

「————ッ!!?」

 

 突然の出来事に思考が追い付かない。背中を伝う金属の冷たさが体に沁みて、心臓が早鐘を打つ。

 

 少女はゆっくりと俺に跨ると、肩を押さえつけ、「動かないで、やりにくいから」と冷たく言った。

 首に手が回される。喉の中央を親指で押さえられ、そこには明らかに体重がかけられている。彼女の手を両手で必死に抑えるも、こちらの抵抗など一切意味ない風に、その力は強まるばかりだった。

 

「ッ、か、」

 

 首を絞められている。殺されかけている。今、少女に、何故?

 酸素が頭に回らない。呼吸がうまくいかない。今、何が起きている。わからない。

 何が、何が?

 

「はあ、は、あ、」

「君はエルフ? それともサキュバス?」

 

 少女の声が頭の奥の方で響く。気付けば少女は俺の首から手を離していて、俺は涙やら何やらを垂れ流したまま意識を飛ばしかけていたらしい。

 

 呼吸を整える。

 

「なんのつもりだ、?」

「検証。君が何者なのか。知りたがってたでしょ? ずっと」

 

 少女がぽつりと話し出す。

 

「君みたいに、人間から亜人に変化する人って、実は亜人の中じゃそう珍しい物じゃないの。尤も、亜人自体がかなり珍しいから、全体数で言えばほとんど存在しないけれどね」

 

 地面に落ちていた下着を拾い、俺の首に落とした。

 依然俺に跨ったまま、俺にはジト目を向けている。あるいはジト目が平常なのだろうか。

 

「なんで俺がこの体になったことを知ってるんだ?」

「なんでって、ずっと観察してたからってさっき言ったじゃん」

 

 大和撫子系の少女は俺を見下ろす形で、そういった。

 

「亜人には他の亜人に気付く能力がある個体があるの。それが私」

「じゃあ、お前は何の亜人なんだ?」

「なんだと思う?」

「知らないから聞いてるんだろ」

 

 吐き捨てるように言う。

 

「今の状況を忘れたの? 身の程はわきまえた方がいいよ」

 

 少女が首に手をやった。それにまた少しずつ力が込められてく。

 

「わかった、わかった考えるから! もうやめて!」

「従順なのは良いこと」

「えっと、サキュバス?」

 

 適当に言うと、「私のどこにサキュバスっぽさがある?」と真顔で言われた。

 

「僕、いや、俺を剥いたところとか」

「なんで言い換えたの? まあいいや。そんなことでサキュバスにしないでほしい」

「……じゃあなんなんだよ」

「知りたい?」

 

 悪戯な笑みを浮かべる。

 

「もったいぶるな、教えてくれ」

「じゃあ、これから私の言う事を何個か聞いてくれるなら、教えてあげなくもないよ」

「は? じゃあいい——」

 

 いい終わる前に首を絞められた。

 

「お願いします、教えてください」

「わかった。じゃその前に、私の仕事を手伝って」

「……仕事? 亜人に仕事なんかあるのか? つかお前、仕事なんかできる年齢には見えないけど」

「私がオフィスワーカーに見えるの? 亜人には亜人の仕事があるの。って言っても、収益とは一切関係ない趣味みたいなものだけどね」

 

 立ち上がり歩き出す少女を横目に、脱ぎ捨てた下着と服を手に取る。もう下着をつけることも、女物の服を着る事にも抵抗がなくなった。

 

 ***

 

「ついた。案内するよ。ここが私の仕事場」

 

 街の真ん中で少女が振り返った。スマホを弄る右手を止める。顔を上げると、高層ビルと飲食店の立ち並ぶ都会の真ん中に来ていた。

 夜ならば、あるいはネオン街とでも呼ばれるのだろうか。色を犇めき合うように照らされた看板の類が、空高くまで無数に掲げられて明滅している。

 

「……歌舞伎町だろ、ここ」

「そうだけど? ここが私の仕事場なの。私というより、大半の亜人にとっての」

「は?」

 

 少女が屈託のない笑みで言った。この街には似合わない。いや、むしろ似合いすぎているまばゆい笑みだ。

 人々の往来は激しく、昼の歌舞伎町は繁華街としてそれなりに繁盛している。こうしてみると、歌舞伎町だからと言って偏見を持つ必要などないのだとも思う。

 

「亜人族は、個体によっては、自分の見た目の制御ができないの。君もでしょ?」

 

 少女が俺の耳に目を向けながら言った。指先で耳に触れる。常にフードを被っているからだろうが、相変わらず尖ったままの耳にはまだ慣れない。

 少女はそのまま振り返り、また勝手に進んでいく。 まるで、俺が付いてきているかはどうでもいいみたいな足取りだった。

 

 少し不安になる。この衆目の中で彼女とはぐれたら、どうなるかわからない。

 

 少女はというと、迷わずスナックの裏道に入り、その角からこちらを手招きしていた。

 

「早くして、見せたい物があるの」

 

 言われるがままついていくと、少し開けた暗がりに出た。

 

「はい、着いた」

 

 少女が満足気に言った。案内されたのは、裏路地に入ったところにあるよくわからない店の前だった。

 店名も無ければ看板もない。あるのは『営業中』と書かれた掛札のみ。妖しさしかない見た目。

 

「入って入って」

「は、はあ」

 

 扉を開けて最初に目に入ったのは、露出度の高いメイド服を着た少女だった。

 

「あ、おかえりなさい!!」

 

 少女の顔を見るなり、ぱあと明るい表情を浮かべ、満面の笑みで挨拶をする中学生くらいのメイド少女。なるほど。ここはメイドカフェか。と変に納得した。

 よく見ると、箒を持っている少女の指は赤く変色し、首には名状しがたい幾何学的な模様が入っている。髪は青と緑を混ぜたような色で、何より目についたのは、その尖った耳だった。

 

「……その子は、エルフか?」

「わ! びっくりした! そちらの方は……?」

 

 メイド少女が甲高い声を上げる。ふりふりのスカートが揺れ、髪留めで止められた前髪がかわいらしく跳ねた。

 

「お客さん。社会科見学に来てもらったの」

「お客さん?」

「そう。最近人間から亜人になった、えっと。名前、まだ聞いてなかったかも」

「へぇ。えっとじゃあ、なんで読んだらいいですか?」

 

 メイド少女が上目遣いで言った。といってもそれは、あざといしぐさというよりは、身長差的にそうならざるを得ない、といった感じだ。背丈は、俺より低く少女より高い。

 今の俺の身長が158程度だから、目算多分153とかそのくらいだろう。

 

「名前、名前か。なんだろう」

 

 失念していた。名前について考えてなかった。ここにきて、豊橋五郎なんていう男くさい本名を使うわけにはいかない。……五郎なんて言う女の子がいてたまるか。せっかくならもっとかわいい名前をくれてやりたい。

 

「……俺。俺の事は澪花と呼んでくれ」

「れいか?」

「そう。澪花」

「……わかりました!」

 

 メイド少女がお日様のような笑みで頷く。それを傍で見ていた小柄な少女は、顰め面をしながら肩を震わせていた。

 

「何がおかしい」

「澪花なんて名前で一人称が俺なの、おかしいと思わない人の方が少ないんじゃない?」

 

 ついには吹きだし、精一杯笑った後、「その見た目ならせめて僕か私だね」と言った。

 

「あー。気を付ける」

 

 いうと少女は、傍に置いてあった椅子に座り、「私は朱音。そっちのメイドの子は鎖奈」と呟いた。呼ばれた鎖奈はスカートの端を持ち、恭しく礼をする。

 

「それで、ここはお前の仕事となんの関係があるんだ?」

「……さっき、亜人族の中には自分の見た目を自在に変えることができない個体がいるって言ったよね?」

 

 恐る恐る語りだす。

 

「そういう子たちは、原理的に擬態ができない。つまり、今の君と同じく人の社会で暮らすことができないの」

 

 そこでようやく、なぜ朱音歌舞伎町を仕事場と呼んだのかが分かった。

 

「そういう子は大体流れ者になって、男は犯罪者に、女の子は体を売り出す。そう言うのを事前に見付けて保護するのが私の仕事なの」

「だから俺の事を監視してたのか?」

「そう。最初手荒にしたのは、君に暴力性や衝動性があるかどうか確かめただけ。別に他意はないよ」

「なら、もし亜人が人に見つかったらどうなる? 俺は人間だったけど、亜人を見たことは一度もなかった」

「それは知らない。けど、見つかって帰ってきたのを見たことはないかな」

 

 ……つまり、亜人は人に見つかったらどうなるかわからず、男は略奪や殺人などで食い繋ぎ、女の子は体を売ることで食い繋いでいるらしい。

 

 そして朱音は、そういう状況に陥るのを未然に防ぐために、危険性のある日本中の亜人族を探して回っている。

 

「この店の裏にも何人かキャストさんいるけど見てく? ここ表向きにはコンカフェだから。モンスター娘の」

「コンカフェなのかよ。てっきりメイドカフェとかかと思ったけど」

「特殊メイクってことにすれば大体何とかなるんだ」

「道理で」

 

 いいながら、スタッフルームと思われる部屋の扉を開ける。何を話しているのかは聞こえないが、朱音はそのまま部屋の中に消えていった。

 

「……」

 

 気まずい時間が流れている。おそらく20以上年下の女の子と雰囲気のあるカフェに二人っきり。鎖奈は度々こちらを見たかと思えばすぐに目を逸らし、何か言いたそうにしているけれど結局何も言わない。もどかしくなってくる。

 

 朱音がいる時の威勢と愛想の良さはどこに行ったのだろうか。

 

「えっと。鎖奈? さんは、エルフ?」

 

 体感では数分が経っていた。帰ってくる様子のない朱音に内心苛立ちつつ、意を決して話しかけてみた。

 

「は! あ、えと、多分、部分的に? そうとも言える、みたいな……?」

「……つまりどういうこと?」

「えっと、その。この模様の通りで……」

 

 鎖奈は顔を赤くして、首元に描かれた幾何学模様に触れる。

 俺にはその意味は分からないが、この子にとっては何か重要な意味を孕んだものなのだろう。

 

「……わかりませんか?」

 

 しばらく沈黙していると、鎖奈の方から質問をしてきた。

 

「ごめん。俺、じゃなくて僕、この見た目になってからまだ日が浅くて」

「そうなんですね……。えっと、体に模様がある人って、その、」

 

 言い淀む。もったいぶらずに早く教えてほしい。どんな答えだとしても俺は絶対に笑ったりしないと誓える。

 

「サキュバスの血筋で……」

 

 消え入りそうな声でそういった。顔は真っ赤で、既に煙が上がり、今にも燃え尽きそうになっている。テーブルを見詰め、こちらを見ないようにしているのだろうか。

 サキュバスとは思えない様子がかわいいらしくてニヤニヤしてしまう。

 

「サキュバスのエルフのハーフって事?」

「朱音さんが言うには、多分そうだと思うって」

「エルフってことは寿命も長いの?」

 

 急いで軌道修正する。

 

「……そうですね。眠っていた時間が長いので正確な時間はわからないけど、多分100年は生きてると思います」

「100年!?」

 

 思わず叫んでしまった。

 丁度その時スタッフルームの扉が開き、中から朱音が手招きしているのが見えた。

 

「あ、えっと、朱音が呼んでる、かも」

「あ、その、私は今店番ですから。行ってていいですよ」

 

 この子はコミュ障なのだろうか。目を合わせることなく、俯いたままそういうので、俺はそそくさを席を立ち朱音の方へ向かった。

 

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