ARC RAIDERS ―名古屋地下第三区画― 作:タラバ554
昇降路の出口は、かつて地下街と地上を繋いでいた出入口の一つだった。
周囲には崩れた建物と、ところどころ原型を残した道路が広がっている。
遠くには、名古屋駅周辺の高層建築が見えた。
その姿は地下で見ていた古い写真とは、まるで違っていた。
壁面は黒く汚れ、窓のほとんどが割れている。
建物の間には植物が伸び、道路には放置された車が何台も残されていた。
イギーが足を止める。
「すごい……」
「止まるな」
「はい」
「見るなとは言ってない。歩きながら見ろ」
「……さっき言ってたやつですね」
「そういうこと」
男は先に進んだ。
大通りには出ない。
建物の影を選び、道路を横切る時だけ周囲を確認する。
イギーもその後ろをついて歩く。
「先輩」
「なんだ」
「どうして大通りを使わないんですか?」
「見通しが良すぎる」
「ARCに見つかるから?」
「それもある」
男は足を止め、前方を指差した。
「それと、あそこ」
イギーが目を凝らす。
道路の先に、黒く焦げた跡があった。
「……何ですか?」
「分からないなら近付くな」
「ARCの痕跡ですか?」
「たぶんな」
男はしゃがみ込み、双眼鏡を使って路面を見る。
焦げ跡の近くには、小さな金属片が落ちていた。
形を確認してから立ち上がる。
「前回の帰還時には、ここまで濃くなかった」
「前回もこの辺を?」
「少し離れた場所だけどな」
男は周囲を見回した。
「ARCは昨日いた場所に今日もいるとは限らん。逆も同じだ」
「……じゃあ、毎回確認するんですか?」
「毎回だ」
即答だった。
「地上で昨日の地図を信じると死ぬ」
イギーは黙って頷いた。
それからしばらく、二人は会話をしなかった。男は歩きながら何度も周囲を見る。
建物の屋上。
交差点。
道路脇。
そして、時折地面。
何かを探しているようにも見えた。やがて男が手を上げた。
イギーが慌てて立ち止まる。
男は振り返り、満足そうに頷いた。
「それでいい」
「今の、止まれの合図ですか?」
「ああ」
「覚えました」
「あとで他にも教える」
「はい」
男は再び歩き始めた。目的地まで、まだ距離がある。
しばらくして、遠くから低い機械音が聞こえてきた。
男の足が止まる。
「……伏せろ」
今度は声だった。
二人はすぐに建物の陰へ身を隠す。
イギーが顔を上げようとする。男の手が、それを制した。
「まだ見るな」
「はい……」
機械音が近付いてくる。
やがて建物の隙間から、空を横切る影が見えた。
小型の飛行型ARC『ワスプ』。
一機。
その後ろを、少し離れてもう一機。
イギーが息を呑む。
男は空ではなく、その先を見ていた。
「……前に来た時は、あれはもっと西を飛んでた」
「巡回範囲が変わったんですか?」
「そうかもしれん」
「じゃあ、予定のルートは……」
「今考えてる」
男はしばらく動かなかった。
飛行型ARCが遠ざかり、音が小さくなる。
それでも男はすぐには立ち上がらない。
数十秒待ってから、ようやく口を開いた。
「行くぞ」
二人は建物の陰から出て少し進んだ先、古い店舗跡の中へ入った。
「休憩する」
「ここで?」
「ここなら三方向が壁だ。入口も一つ」
「なるほど……」
「それに屋根がある」
男は床に腰を下ろした。
「十分休む」
イギーも隣に座る。
「地上って、もっと自由に歩けると思ってました」
「自由だぞ」
「……そうですか?」
「死ぬ場所も自分で選べる」
「それ、自由って言います?」
「言うだろ」
イギーが苦笑する。
男は壁の隙間から外を確認した。
「さっきのARC。どう見る?」
突然聞かれ、イギーが戸惑う。
「え?」
「巡回してたろ。今まで見た範囲で考えてみろ」
「……東から来て、北へ抜けていったように見えました」
「うん」
「なら、旧名駅西地区へ向かうなら、さっきの通過地点を避けて西側から入るのが安全だと思います」
「その先は?」
「発電制御ユニットは施設の北側です。だから――」
イギーは持ってきた簡易地図を広げた。
「ここから建物沿いに北へ回って、裏側から入ります」
男は地図を見る。
「帰りは?」
「同じルートで」
「それだと?」
「……」
イギーが地図を見直す。
「ARCと鉢合わせする可能性があります」
「さっきの奴らが戻ってくるかもしれん」
「じゃあ、帰りは東側へ抜けて……」
「東側は開けてる」
「……そうでした」
イギーが考え込む。男は急かさない。
しばらくして、イギーが指を動かした。
「こっちならどうですか」
「理由は?」
「施設の南側から出て、旧地下街入口を通ります。通信ビーコンの確認も、その途中でできます」
男が地図を見る。
「ビーコンを見た後は?」
「そのまま西へ戻る」
「避難所跡は?」
イギーが地図を見る。
「……少し遠回りになります」
「それでも行く」
「分かりました」
男は頷いた。
「悪くない」
イギーの顔が少し緩む。
「本当ですか?」
「ただし、現地でARCの動きが変わったら捨てる」
「ルートを?」
「依頼そのものを」
「発電制御ユニットも?」
「死ぬよりは良いだろ」
男は時計を見る。
「あと五分休む」
「はい」
イギーが地図を畳む。視線をズラすと知ってるモノがあった。
「これ、まだ使えるんですか?」
「ん?自販機?」
「あ、やっぱりコレが自動販売機なんですね」
「案外叩いたら中身出るんじゃないか?」
「へ? 叩くと出るんですか?」
「場合によっては」
「でもARC寄ってきません?」
「状況によるだろ」
男が近寄って弄る。動いてはいないが……ツールを使って中身を開く。
存外中身は残っていたので消費期限を見てから投げ渡す。
「飲めるんですか?」
「大体は、年数的にまだ平気」
自ら手に持ったプルタブを開けて飲んで見せる。
「……先輩」
「なんだ」
「こうやってルートを考えるのも、レイダーの仕事なんですね」
男は少しだけ笑った。
「地上で拾うのは物だけじゃない」
「?」
「情報も拾う」
その時だった。
建物の外から、機械の駆動音がかすかに聞こえた。
二人は同時に顔を上げる。
男は立ち上がらない。
ただ、音の方向へ視線を向けた。
しばらくして、音は遠ざかっていった。
「……今のは?」
イギーが小声で聞く。
「分からん」
「確認しないんですか?」
「しない」
「でも――」
「分からないものを確認するために、わざわざ近付く奴は長生きできん」
男は時計を見る。
「休憩終わり」
立ち上がり、装備を確認する。
「行くぞ」
「はい」
二人は建物の外へ出た。
男は一度だけ空を見上げる。
まだ青い。
だが、遠くの雲が少しずつ厚くなっていた。
「……帰り、降るかもしれんな」
「雨ですか?」
「たぶんな」
「じゃあ、早めに戻った方が――」
「そういうことだ」
男は歩き出す。
その背中を追いながら、イギーも歩き始めた。
目的地は、もう近い。
旧名駅西地区。
発電制御ユニットの回収。
通信ビーコンの確認。
そして、余裕があれば物資の回収。
地上に出てから初めての遠征は、まだ始まったばかりだった。