ARC RAIDERS ―名古屋地下第三区画―   作:タラバ554

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第三話「地上で拾うもの」

## 第3話

 

旧名駅西地区。

二人は目的の施設へ向かい、建物の裏手へ回り込んでいた。

周囲には崩れた建物が並び、道路には放置された車が何台も残されている。

男は建物の角で足を止めた。

 

「ちょっと待て」

 

端末を取り出し、管理局から渡された記録を確認する。

 

「前回ここに来たのは?」

「三日前です」

 

男は頷き、入口へ視線を戻した。

床には薄く埃が積もっている。その中央部分だけ、周囲よりわずかに薄い。

男はしゃがみ込み、指先で床をなぞった。

 

「……人間が歩いた跡?」

「違う」

 

男は立ち上がり、今度は壁を見る。

入口脇にある低い突起。そこに積もっていた埃も、一部分だけ薄くなっていた。

 

「ここを見ろ」

「……?」

 

イギーが目を凝らす。

 

「床だけじゃない」

 

男は壁の突起を指差した。

 

「この高さだけ埃が飛んでる。何かが出入りした跡だ」

 

イギーが周囲を見回す。

 

「ARC……ですか?」

「たぶんな」

 

男は建物の奥へ視線を向ける。

 

「飛ぶ奴が入ってきたってことは?」

「……地上型も近くにいる可能性がある」

「そう考える」

 

イギーが地面を見回す。

 

「でも、地上を移動した跡は……」

「ぱっと見じゃ分からんな」

 

男も周囲を確認する。

道路。建物の隙間。入口。

どこにも、はっきりした痕跡はない。

 

「中にまだいるかもしれんな」

 

イギーが息を呑む。

男は地図を取り出した。

 

「さて」

 

地図をイギーへ渡す。

 

「ここからどう入る?」

「え?」

「考えてみろ」

 

イギーが地図を見る。

 

「ARCが中にいる可能性がある。正面から入るか?」

「……危険です」

「じゃあ?」

「裏側……」

「続けろ」

「裏手に回って、建物の北側から入ります」

「何でだ?」

「正面より遮蔽物が多いからです」

「その先は?」

 

イギーが地図を指で追う。

 

「制御室は中央付近なので、北側から入って西側の通路を使えば……」

「待て」

 

男が指を差す。

 

「そこは?」

 

イギーが地図を見る。

 

「……吹き抜け?」

「そうだ」

「ARCが上から来る可能性があります」

 

男は頷いた。

 

「なら、そこは使わない」

 

イギーが地図を見直す。

 

「東側の階段を使います」

「階段は狭い」

「でも、上から来られても射線を絞れます」

「悪くない」

 

男は地図を返した。

 

「ただし現地で変わったら捨てる」

「ルートを?」

「全部だ」

 

男は歩き出した。

 

「考えた通りに動くのと、考えた通りにしか動けないのは違う」

 

イギーは一瞬だけ考え、それから後を追った。

 

「はい」

 

二人は建物の正面を避け、壁沿いに進んでいく。男は何度も足を止め、周囲を確認する。

イギーも少しずつ、その意味を理解し始めていた。

目の前だけを見るのではない。

進む先。逃げる方向。そして、何かが現れた時にどこへ身を隠すか。

地上では、その全部を考えながら歩かなければならない。

やがて二人は、予定していた裏手へ回り込んだ。裏口の扉は、すでに壊れていた。

男が先に中へ入る。

銃を構え、左右を確認する。

音はない。

少なくとも、近くに動いているものは見えなかった。

 

「入れ」

「はい」

 

イギーが続く。

建物の内部は薄暗かった。

割れた窓から差し込む光が、床に細長く伸びている。壁には古い設備案内が残っていた。

文字の一部は剥がれ落ちている。

イギーが足を止めた。

 

「……ここです」

「分かるのか?」

「図面と同じです」

 

青年は壁に残された表示を確認しながら進む。

 

「発電制御室は、この先です」

「先行していい、ただし、ゆっくりな」

「え?」

「お前が見た方が早いんだろ?」

 

少し驚いた顔をしたあと、イギーが頷く。

 

「はい」

 

二人は制御室へ入った。

中央には大型の制御装置が残されていた。埃を被っているが、完全に壊れているようには見えない。

イギーが装置の周囲を確認する。

 

「電源は落ちてますけど、制御ユニット自体は生きてます」

「回収できるか?」

「たぶん」

「たぶん?」

「固定ボルトが固着してなければ」

 

男は壁にもたれ、外の様子を確認する。

 

「やってみろ」

「はい」

 

イギーが工具を取り出した。

作業が始まる。

男は窓際に立ち、外を見張った。

しばらくして、工具の音が止まる。

 

「……先輩」

「なんだ」

「これ、かなり固いです」

「壊すなよ」

「壊したら怒ります?」

「怒る」

「ですよね」

 

イギーが苦笑して再び工具を動かす。

男は外を見る。

道路。建物。屋上。空。

何もない。

だが、何もないことと安全であることは違う。

男は時計を見る。

 

「一旦止めろ」

「はい?」

「一回休憩」

「まだ途中ですけど」

「水分、装備、周囲の確認。それと――」

 

廊下の先を見て言う。

 

「用を足すなら今のうちだ」

「……トイレですか?」

「そういうこと」

「ここで?」

「建物の中ならまだいい」

 

男は外を指差した。

 

「外で済ませるな」

「でも、ARCってそこまで――」

「分かってない」

 

男は言葉を切った。

 

「何で探知してるのか全部分かってるわけじゃない。音かもしれん。熱かもしれん。匂いかもしれん」

「……」

「人間が何かをした痕跡は、なるべく残さない」

 

イギーは真面目な顔で頷いた。

 

「分かりました」

「今のうちに済ませろ」

「はい」

 

しばらくして、イギーが戻ってくる。

 

男は再び窓の外を見た。

その時だった。

遠くから、微かな機械音が聞こえた。

男の視線が上がる。

 

「……来るぞ」

「ARCですか?」

「たぶんな」

 

二人は窓から離れる。

建物の奥へ移動する。

男はイギーのライフルを見る。

 

「それ、サプレッサーは?」

「付いてません……支給されて無いです……」

 

男は自分の装備から予備のサプレッサーを取り出した。

 

「付けろ」

「え?」

「予備だ」

「でも、先輩のじゃ……」

「俺はもう一個ある」

 

イギーは慌てて受け取る。

 

「ありがとうございます」

「礼は後でいい。早くしろ」

 

イギーがサプレッサーを取り付ける。

男は窓の外を確認した。

建物の向こうを、ARCが移動している。

 

小型の飛行型ARC。

ワスプ。

一機。

 

その動きを追いながら、男は自分のハンドガンを抜いた。

イギーが目を向ける。

 

「それで撃つんですか?」

「今回はな」

 

男はワスプを見ながら答える。

 

「胴体を撃つ必要はない」

 

銃口で空を指す。

 

「スラスターを狙う」

「スラスター……」

「左右前後にある」

 

男はイギーを見る。

 

「俺が右。お前が左」

 

イギーがワスプを見る。

 

「一発で?」

「一発でいい」

 

男は建物の角を指差した。

 

「お前はここで待て」

「はい」

「俺が反対側へ回る」

 

男は歩き出した。

 

「合図するまで撃つな」

「分かりました」

 

男は音を立てずに移動する。

建物の反対側へ回り込む。

ワスプが建物の間へ入ってくる。

イギーは銃を構えた。

呼吸を整える。

やがて、男の姿が角の向こうに見えた。

男がこちらを見る。

 

一度。

二度。

 

そして手を上げる。

 

イギーは息を止めた。

男の手が下がる。

二人が同時に引き金を引いた。

 

乾いた銃声が二つ。

 

左右のスラスターが同時に弾けた。

 

ワスプが大きく姿勢を崩す。

そのまま建物の脇へ落下した。

静寂が戻る。

イギーは銃を下ろさない。

男が周囲を見る。

 

屋上。道路。空。

それから落ちたワスプ。

 

「クリア」

 

イギーも周囲を確認する。

 

「……倒した」

「そうだな」

「俺が……」

「浮かれるな」

「はい」

 

男はワスプへ近付く。

 

「まだ終わってない」

「え?」

「拾うぞ」

 

男は周囲を確認してから機体を調べる。

使えそうな部品をいくつか外す。

イギーが手を伸ばす。

 

「手伝います」

「いい。まだ近付くな」

「でも……」

「こういうのは慣れてからだ」

 

男は部品を回収する。

 

「壊れてても動く奴はいる」

「……分かりました」

 

男は立ち上がる。

 

「戻るぞ」

 

二人は再び制御室へ戻った。

イギーが作業を再開する。

今度はさっきよりも早い。

 

「……外れました」

「持てるか?」

「はい」

「じゃあ行くぞ」

 

発電制御ユニットを運び出し、二人は建物を後にした。

戦闘があった以上、周囲の状況は変わっている。

男は何度も立ち止まりながら進んだ。

 

「さっきのワスプ、どこから来たと思う?」

「……東側です」

「理由は?」

「機体の進行方向と、さっき確認した巡回跡から」

「よし」

 

男は地図を広げる。

 

「次はここ」

 

指差したのは旧地下街入口だった。

 

「通信ビーコン?」

「そう」

 

二人は慎重に進んだ。

しばらくして、目的の設備が見えてくる。

イギーが足を止めた。

 

「ここですね」

「周囲を見てから」

「はい」

 

イギーは周囲を確認してから設備へ近付く。

通信ビーコンは外装の一部が破損していた。

青年は工具を取り出し、内部を確認する。

 

「電源は生きてます」

「通信は?」

「弱いですけど通ってます」

「修理できそうか?」

「ここでは無理です。部品が足りません」

「なら状態だけ記録」

「はい」

 

イギーが端末へ情報を入力する。

その途中で、横に落ちていた部品に目を留めた。

 

「先輩」

「なんだ?」

「これ、持って帰った方がいいんじゃないですか?」

 

男が見る。

確かに使えそうな部品だった。

 

「重量は?」

 

イギーが持ち上げる。

 

「……結構あります」

「どれくらいだ」

「たぶん五キロ以上」

 

男は自分の荷物を見る。

発電制御ユニット。

ワスプの部品。

それに弾薬と装備。

少し考える。

 

「……やめとけ」

「でも使えるかもしれません」

「分かってる」

 

男は荷物を叩く。

 

「もう十分重い」

「……」

「帰りに動けなくなったら、全部ただの荷物だ」

 

イギーは部品を見る。

それから頷いた。

 

「分かりました」

「拾わない判断もレイダーの仕事だ」

 

イギーが部品を戻す。

 

「……覚えておきます」

「それでいい」

 

二人は通信ビーコンを後にした。

その先に、もう一つ物資反応がある。

第1目標でも第2目標でもない。

ただの「ついで」だ。

二人は反応地点の近くまで進んだ。

男が手を上げる。

イギーが止まる。

 

「どうですか?」

「……ARCがいる」

 

遠くに、機械の影が見える。

 

「行きます?」

 

男は少しだけ考えた。

 

「やめる」

「確認もしないんですか?」

「もう十分持ってる」

 

男は来た道を見る。

 

「これ以上は帰りが危なくなる」

 

イギーが頷く。

 

「分かりました」

 

二人は反応地点を離れ、帰還ルートへ向かった。

その途中、空から一滴の雨が落ちてきた。

男の頬に当たる。

 

「……来たか」

 

イギーが空を見る。

雲が厚くなっている。

 

「雨ですね」

「ああ」

「早く戻った方が――」

「だから避難所跡へ行く」

 

男が進行方向を変える。

 

「ここからなら近い」

「でも、帰還ルートは――」

「天気が崩れたら予定通りに動く方が危ない」

 

雨粒が少しずつ増えていく。

遠くで雷鳴が響いた。

二人は足を速めた。

男は一度だけ振り返る。

来た道の向こう。

薄暗くなった街並みの中に、ARCの影は見えない。

だが、見えないからといって、いないとは限らない。

男は前を向く。

 

「あそこなら地下への旧搬入口が残ってる。雨が強くなっても一旦潜れる」

「はい!」

 

二人は雨の降り始めた名古屋の街を抜け、避難所跡へ向かった。

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