ARC RAIDERS ―名古屋地下第三区画―   作:タラバ554

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第4話「地上の洗礼」

避難所跡へ向かうにつれて、雨脚が強くなっていた。

空は厚い雲に覆われ、昼間だというのに街は薄暗い。

雨に煙る建物の輪郭も、少し先から先はもうはっきりとは見えない。

男は歩みを緩めた。

 

「……止まれ」

 

イギーが足を止める。

男は前方を見た。

雨音の向こうから、微かな機械音が聞こえていた。

 

「ARC……ですか?」

「たぶんな」

 

男は銃に手をかける。

二人は建物の陰に身を寄せ、音の方向を警戒する。

しばらくして、雨の向こうに機械の影が見えた。

 

地上型。一体。

 

男は動かない。

ARCの動きを追っている間、イギーも周囲を確認する。

 

道路。

建物。

足元。

 

そして、避難所跡へ続く地面に目を止めた。

 

「……先輩」

「なんだ」

 

イギーが指を差す。

 

「これ……」

 

男が視線を落とす。

雨に濡れた土の上に、小さな足跡が残っていた。

三本の細い跡が、一組になって地面へ続いている。

男はしゃがみ込む。

 

「チックだ」

「これが……?」

「ああ」

 

男は足跡を追う。雨でかなり崩れている。

それでも、最近ついたものだということは分かる。

 

「前に来た時にはなかった」

 

男は避難所跡を見る。

 

「中から出てきたのか、それとも入ったのか……」

 

男は立ち上がる。

避難所跡には、地下へ繋がる旧搬入口が残っている。

ここを使えば、雨を避けながら地下へ戻れる。

環境は悪い。

だが、今の天候でこのまま外を進むのも危険だった。

地下へ繋がれる場所を、痕跡だけで捨てる理由もない。

男はイギーを見る。

 

「中にいる可能性がある」

「はい」

「だから、入るぞ」

 

男は銃を構える。

 

「俺の後ろから離れるな」

「分かりました」

 

二人は避難所跡へ向かった。

入口周辺には草が伸び、雨に濡れた地面が広がっている。

かつて避難に使われていたらしく、古い物資や設備がそのまま残されていた。

男は入口で一度止まり、中を確認する。

 

「……行くぞ」

「はい」

 

二人は建物の中へ入った。

内部は薄暗い。

雨音が屋根を叩いているせいで、外の音はほとんど聞こえない。

男が先に進む。

角へ近付き、銃を構える。

何もいない。

さらに進む。

その時だった。

遠くから、聞き覚えのある機械音が聞こえた。

男が振り返る。

入口の向こう。

雨の中から、小型の飛行型ARCが現れた。

 

「……ワスプ」

 

イギーが呟く。

男はワスプを見る。

ワスプは避難所跡を横切るだけではなく、二人が通ってきた方向を何度も確認していた。

 

「俺たちを追ってきたな」

「痕跡を?」

「ああ」

 

男は周囲を確認する。

 

「ここでやる」

「はい」

 

男は建物の角を指差した。

 

「さっきと同じだ」

「クロスファイヤーですね」

「そうだ」

 

男が続ける。

 

「俺が反対側へ回る。お前はここで待て」

「分かりました」

 

二人が動こうとした。

その瞬間だった。

物陰から、小さな影が飛び出した。

 

「っ……!」

 

男の背中へチックが飛び付く。

脚が身体へ絡み付いた。

 

「ぐっ……!」

 

強烈な力で締め付けられる。

男は声を抑えながら、チックの脚を掴んだ。

 

「……くそっ」

 

骨が軋む。

引き剥がそうとするが、簡単には外れない。

 

「先輩!」

 

イギーが声を上げた。

その声に、ワスプが反応する。

男が顔を上げる。

 

「……しまった」

 

ワスプがこちらへ向きを変える。

男はチックを引き剥がそうとしながら、イギーを見る。

そして、ハンドサインを出した。

――撃て。

イギーが頷く。

銃を構える。

ワスプが接近してくる。

イギーが引き金を引いた。

乾いた銃声。

弾丸がワスプのスラスターを捉える。

機体が大きく傾く。

その間に男はチックの脚を引き剥がそうとするが思うようにいかない。

 

「っ……!」

 

多少の傷を覚悟で無理矢理引きはがしチックを床へ叩き落とす。

だが、まだ動いている。

チックが再び飛び掛かってくる。

男は横へ避け、腕で受け止める。

脚が腕へ絡み付く。

また締め付けられる。

 

「……しつこいな」

 

男はチックを引き剥がす。

ワスプの駆動音が聞こえる。

イギーがもう一度撃った。

ワスプのスラスターが弾ける。

機体が大きく姿勢を崩し、そのまま床へ落下した。

男はチックを床へ押さえ込む。

動きを止める。

 

「……よし」

 

男は立ち上がる。

イギーを見る。

 

「怪我は?」

「ありません」

「よし」

 

男はワスプへ視線を向ける。

 

「周囲を確認」

「はい」

 

二人が周囲を見る。

静かだ。

男がワスプへ近付こうとした。

その時だった。

ゴロ……

何かが転がる音。

男の足が止まる。

ゴロゴロ……

続いて、独特の機械音が響く。

男の表情が変わった。

 

「……まずい」

 

廊下の向こうから、球状のARCが現れる。

 

「ファイアーボール……!」

 

男はハンドガンを戻し、別の銃を抜く。

 

「イギー!」

「はい!」

「消火器を探せ!」

 

イギーが周囲を見る。

 

「消火器……!」

「早く!」

 

イギーが走る。

ファイアーボールがこちらへ向かってくる。

男が撃つ。

一発。

さらに撃つ。

ファイアーボールの装甲が弾ける。

機体が転がる。

男は距離を取りながら撃ち続ける。

 

「まだだ……!」

 

ファイアーボールが突進してくる。

男が横へ飛び退く。

その直後、銃弾が機体を貫いた。

ファイアーボールが停止する。

しかし――

 

「……!」

 

炎が、避難所跡に残されていた古い毛布へ燃え移った。

その隣に積まれていた木箱にも火が回る。

 

「まずい!」

 

イギーが戻ってくる。

その手には消火器がある。

 

「ありました!」

「こっちだ!」

 

二人で消火器を使う。

白い消火剤が炎を覆う。

火は一度大きく揺らいだ。

さらに噴射する。

少しずつ炎が小さくなっていく。

やがて、燃え広がる前に消えた。

男は周囲を見る。

 

「……助かった」

「はい……」

 

イギーも息を整える。

男は自分の腕を見る。

チックに締め付けられた場所が赤くなっている。

 

「先輩、腕……」

「後で見る」

 

男はワスプの残骸を見る。

 

「先に確認する」

 

周囲を警戒しながら、ワスプの残骸を調べる。

いくつか使えそうな部品が残っていた。

男はそれを回収する。

 

「行くぞ」

「はい」

 

二人は避難所跡の奥へ進んだ。

やがて、地下へ続く旧搬入口を見つける。

扉の向こうには、かつて研究施設として使われていた区画が残っていた。

男は周囲を確認する。

 

「ここなら少し休める」

 

さらに奥へ進む。

厚い扉の先に、小さな部屋があった。

壁には古い表示が残っている。

――SIGNAL ISOLATION ROOM

 

「信号遮断室……」

 

イギーが呟く。

 

「使えるか?」

「使えるなら外からの信号も、こっちから出る信号も遮断できるはず……調べます」

 

イギーが周囲の機材を確認する。

男は壁際に腰を下ろし、医療キットを取り出した。

 

「俺は治療する」

「はい」

 

男はチックに締め付けられた腕を確認する。

大きな傷はない。

だが、かなり痛む。

消毒をして、固定する。

その間にもイギーは機材を調べていた。

 

「先輩」

「なんだ」

「これ……ARC電池じゃないですか?」

 

男が顔を上げる。

イギーが古い機材の一部を指差している。

 

「確かにARC電池だな……ただ今の奴より古い型だ……良くわかったな」

「構造は頭に入ってるので。状態を確認します。……それと、周りも」

 

イギーはさらに周囲を調べる。

 

「こっちにも部品があります……けど、やっぱり古いです」

「持って帰れる分を選定しろ」

「分かりました」

 

イギーが機材を調べていく。

男は治療を終え、立ち上がった。

 

「終わった」

「こっちも確認できました」

 

イギーが残骸を調べる。

 

「この部品、まだ使えるかもしれません」

「記録しておけ」

「はい」

 

男は時計を見る。

雨音はまだ聞こえている。

 

「もう少し待つ」

「はい」

 

男は身体を休めながら、部屋を見回した。

この避難所には、以前にも何度か来ている。人が使っていた痕跡を探したこともある。

だが、ARCの機材まで調べたことはなかった。

古いARC電池。

使えるかもしれない部品。

それに、ここを定期的に訪れているらしいARC。

 

「……何かあるのか」

 

呟いてみても、答えは出ない。しばらく考えていると、雨音が少しずつ弱くなった。

思考を断ち切り男は立ち上がる。

 

「行くぞ」

 

イギーも立ち上がる。

 

「帰りますか?」

「ああ」

 

二人は荷物を確認する。

発電制御ユニット。

ワスプから回収した部品。

記録した通信ビーコンの情報。

そして、避難所跡で確認した設備と古いARCのパーツ類。

余計な物資は拾っていない。

持てるものだけを持つ。

二人は地下搬入口を抜けた。

外へ出る。

雨はまだ残っていたが、さっきほど強くない。

視界も少し戻っている。

男は周囲を確認する。男はすぐには歩き出さなかった。

 

「……少し待つ」

 

イギーが周囲を見る。

 

「ARCですか?」

「分からん」

 

男は空、屋上、道路、それから避難所跡を順番に見る。

 

「さっきの以外が、まだ近くにいる可能性がある」

「……はい……先輩」

「ん?」

「あそこ」

 

イギーが建物の陰を指差した。男が視線を向ける。

 

「……何だ?」

「屋上。何か動いたように見えました」

 

男はしばらく確認する。確かにチラリと影が見える。

断定は出来ないが何かが居る。

 

「……よく見えたな」

「さっき、周りを見ろって言われたので」

 

二人はしばらくその場所を見張った。

やがて屋上の影が動かなくなったのを確認してから、男は歩き出した。

 

「行くぞ」

「はい」

 

帰還ルートを進む。

途中、男が何度か立ち止まる。

道路。

建物。

屋上。

空。

そして地面。

イギーも同じように周囲を見るようになっていた。

しばらくして、昇降路が見えてきた。

男が周囲を確認する。

問題はない。

 

「入るぞ」

「はい」

 

二人は昇降路へ入った。

扉が閉まる。

外の雨音が遠ざかっていく。

地下へ下りていく。

イギーは壁にもたれながら大きく息を吐いた。

 

「……帰ってこれた」

「まだ報告があるぞー」

「……ですよね」

「地上が終わっても仕事は終わらん」

「厳しいですね」

「そういう仕事だ」

 

イギーが自分の腕を見る。

 

「……まだ手が震えてます」

「初めてならそんなもんだろ」

「先輩は?」

「俺か?」

 

男は少し考えた。

 

「お前よりもっとブルってた」

「地上って……大変ですね」

「今さらか」

 

イギーが苦笑する。

男もまた笑った。

 

「でも、悪くなかったぞ」

「え?」

「初めてにしてはな」

 

男は荷物を持ち上げる。

 

「まず報告だ」

「はい」

 

二人は管理局へ向かった。

今回の遠征で、依頼された発電制御ユニットは回収できた。

通信ビーコンの状態も確認できた。

そして、避難所跡では予想外のARCの活動が確認された。

ワスプ。

チック。

そしてファイアーボール。

 

「避難所跡でARCを?」

「ワスプ、チック、ファイアーボール。確認できた」

「……同一地点で?」

「ああ」

 

受付の男が思案する。

 

「それと、古いARC電池とパーツが残っていた」

「古い?」

「信号遮断室もあった。何かに使われていた可能性がある」

「ふむ……」

 

受付が端末を弄る。

 

「これで今回の報酬は――」

「俺はいつも通りで、あとイギーにはサイレンサーと……もうちょい良い工具渡してやってくれ」

「へ? 工具ですか?」

「お前さんがバディの報酬に口出すってのは珍しいな」

「こいつ、目が良いわ。何回か助けられた。ただ工具が合ってねぇ」

「ほー」

 

受付がイギーへ視線を向ける。

初期支給の装備一式。

可もなく不可もない、標準的な新人用の装備だ。

それを見て、受付が少し首を傾げる。

 

「……そんなに悪い装備には見えんけどな」

「道具が合ってねぇんだよ」

「えっ、え?」

「んで? 今夜はどっかで飲むのか?」

「飲まねえよ、知ってるだろ。はるちゃんの所だよ」

「新人を連れてくなよー」

「イギー、しっかり報酬受け取っておけよ」

「へ? あっ、はい!」

 

戦闘によっていくつかの物資は失われた。

それでも、二人は帰還した。

イギーにとって、それが初めての地上遠征だった。

地上では、予定通りにいかない。

それを知っただけでも、今日の遠征には意味があった。

そして次に地上へ出る時。

イギーはもう、今日までの「新人」ではないのかもしれなかった。

 

これで完成かな

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