8月1日。
役所のホールを借りての補修が始まっていた。1学期の期末テストで赤点を取ったもの、出席日数が足りない者が参加し、先生の話を聞きながら配られたプリントを進めていく。
補習に参加している朝凪 音夢はシャーペンを走らせていた。
「まさか優秀な朝凪さんが参加してるなんて……」
「出席日数足りないからね」
カリカリカリ……と静かなホール内にシャーペンの音だけが響き渡っている。
プリントの問題を解きながら考えるのは幼馴染の五木 悠のことだった。五木 悠。本人は自覚ないだろうが、マジの天才である。
最初に出会ったのは幼稚園の頃。親が転勤でこの町にやってきた音夢は幼稚園で悠と出会った。最初は可愛い子だなと思っていたが、家が隣同士になり、いつしか一緒に遊ぶようになった。
それから、悠の才能に気が付いた。
暑いからと市民プールに誘うと、悠はものすごい速さで泳ぎ始めた。
が、それだけではなく、悠は体を動かすこと全般得意なようで、いつも運動会での100m走はほかの子をぶっちぎっての1位、体力テストもクラスで1番、はてはいじめっ子と決闘をして余裕で勝ったらしい。男のいじめっ子は泣いていてボロボロだったが、悠は無傷だった。
そんな天才の幼馴染に比べて、自分はいたって平凡である。
普通に勉強できるだけで、普通に運動神経もそこそこで。悠と比べると天と地の差である。
音夢は悠が羨ましかった。
才能を持ち、毎日楽しく生きる悠。それに見合うために、比べられないために毎日悠に気づかれないように勉強に励む自分。
自分の努力を知ってる人たちからはみじめに映っている。だが音夢は知っている。
「結局こういうのはないものねだりだね」
「どしたの?」
「なんでもないよ」
ないものをねだっていても仕方がない。
天才の悠は羨ましいけれど、渇望したところで才能がもらえるわけじゃない。ないものねだりをする暇があったらただただ努力するのみ。
努力して、悠の隣に立ちながら歩く。天才になるんじゃなく、天才の隣に立つにふさわしい人間になる。それが目標だった。
「ん、あ、シャーペンの芯ない。ねぇ、悪いんだけど一本くれないかな」
「う、うん!」
「ありがと」
隣の男の子からシャーペンの芯を一本もらい、再びプリントに向き合う。
(最近の悠、いろんな人に囲まれて楽しそうだな……)
天才の悠がポケモンになってからというもの、悠がいろんな人たちに囲まれ始めていた。同じポケモンになった人が周りに集まって悠と仲良くしている。
自分は水の中にいけないから、悠といつも一緒にはいられないのに。悠の周りにはすごい人も増えて、私なんかいらなくなってきてるんじゃないだろうか。
「私もポケモンになれたら、悠と一緒にいられるんだけどな」
羨ましい。
ないものねだりはしないつもりだった。ねだっていても仕方のないことだから。でも、悠の隣に立つのは自分であるべきなのに、他の奴が立ち始めているのがどうも気に食わない。
シャーペンの芯がべきっと折れる。
「悠の隣に立つのは私だけでいい。私だけでいいのに」
だからポケモン化の原因が分かったら私も悠と同じポケモンになってやる。
一刻も早く悠と同じにならなければ私は悠の隣には立てない。音夢の決意はすさまじかった。
誰にも見せない音夢の心の本音。それを悠や周りにはひた隠しながら生きている。
そして、補習が終わった。
時刻は午後5時を上回っている。お腹がすいたのでどこかのファミレスでご飯を食べて帰ろうとした時だった。
一緒に出てきた男の子が空を見上げていた。
「どうしたの?」
「いや……なんか紫色の光が見えて」
「……は?」
思わず低い声が出てしまった。
「なんで……」
「えっと、朝凪さんには見えた……?」
「……見えてないよ」
紫色の光。
それは悠やほかのポケモンになった人たちが言っていた光。音夢はその光を目撃していない。
「うーん、幻覚だったのかな……」
「……クソッ」
音夢は走り出す。
「なんで自分は紫色の光が見えないんだ……!」
幼馴染が持つ重い感情っていいですよね