最も恐ろしい敵は、優しさの面を被って現れる。   作:綾隆と先生を救いたい……?

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思ったよりも反応が多かったので初投稿です。
※一部、矛盾点や誤字脱字等修正しました。何かありましたら、誤字報告や感想欄でお知らせ下さい。


無人島試験
『この鎖は重いからではなく、温かいからこそ外せない。』


 

 

 

波音の混じる砂浜に、真嶋先生の声が冷徹に響き渡る。

 

「……それではこれより――本年度最初の『特別試験』を行う」

 

その宣言が引き金となり、静まり返っていた浜辺が一瞬にして阿鼻叫喚の渦へと変貌した。

 

「……は? 特別試験……!?」

「バカンスじゃなかったのかよ! ふざけんな!」

「無人島で一週間サバイバルなんて聞いてないぞ!」

 

怒号を上げる池や須藤を皮切りに、混乱は全クラスへと一瞬で波及していく。

真嶋先生は取り乱す生徒たちを冷ややかな眼差しで見下ろしながら、淡々と「試験専用の300ポイント」「スポットの占有」「リーダーの指名」「リタイアによるペナルティ」といった過酷なルールを叩きつけていく。

 

――その喧騒の渦中。

 

Dクラスの集団の最後尾で、肩にかかる綺麗な緑髪を潮風に揺らしながら、静かに眼鏡を押し上げる少女がいた。

 

常盤栞。

 

高度育成高等学校に入学してからというもの、彼女はDクラスの中で徹底して「平凡」を演じ続けてきた。

テストの点数は平均点前後、運動能力も目立たず、会話の輪に入っても違和感なく頷くだけ。前髪を重めに下ろし、大きな眼鏡で目元を隠した彼女を、Dクラスの同級生たちは誰一人疑うことなく「真面目だが気の弱く影の薄いクラスメイト」として扱っている。

 

 

 

――だが、彼女の『本当の顔』を知る者はDクラスの外にこそいた。

 

 

 

放課後の特別教室、深夜の非常階段、あるいは学校や船上の人目のつかない暗がり。

そこで人目を忍んで重ねられてきた、二人きりの『濃密な密会』。

 

たとえば――Aクラスの至上主義が生むプライドやプレッシャーの狭間で葛藤していた男子生徒。

 

『……クソッ、僕はあの人のために尽くしてるんだ! なのにどうして……!』

 

昼間憧れる彼に叱責され、深夜の船内の踊り場で苛立ちに拳を握りしめていた彼。栞は静かにその背中に歩み寄り、高いプライドを何一つ傷つけることなく、その痛む心を優しく撫でてあげた。

 

『あなたは誰よりもクラスのために頑張ってる。……私はちゃんと知ってるよ』

 

耳元で囁き、そっと肩に触れる。誰にも理解されなかった苦痛を認められた瞬間、荒い息を吐いていた彼の瞳から怒気が抜け、ただ一人の少女への盲目的な依存が芽生えた。

 

あるいは――クラスの中心の少女に切ない自分の想いを伝えたものの、その告白を受け入れてもらえず心に深い傷を負っていたBクラスの女子生徒。

 

『……ダメだった……私、あの人に受け入れてもらえなかった……苦しくて、胸が張り裂けそうだよ……』

 

思わず駆け込んだ誰もいないはずの特別教室で、告白が拒絶されたショックに肩を震わせて泣きじゃくっていた彼女。寄り添った栞は、その濡れた頬をそっと指でぬぐい、優しく抱きしめた。

 

『かわいそうに……大丈夫だよ。私だけが、君のその綺麗で切ない気持ちを全部受け止めてあげるからね』

 

身体を寄せ合うような深い密会の中で、彼女は「……私を本当にわかって愛してくれるのは栞ちゃんだけっ」と涙を流してしがみついてきた。

 

あるいは――「友達ごっこ」に背を向け、冷めた瞳で周囲を見下していた女子生徒。

 

『くだらない。群れて何処かで傷つけ合うくらいなら、最初から一人でいるほうがマシ。……でも一人でいると、息が詰まるほど虚しい。誰でもいいから……私をこの退屈から連れ出してよ……』

 

強い壁を作っていたその生徒に対し、栞はあえて土足で踏み込まず、ただ静かにその「冷めた孤独」の隣に腰掛けた。

 

『無理に笑わなくていいんだよ。無理に仲良くしなくてもいいんだよ。私といる時くらい、全部諦めて楽になりなよ』

 

熱を持たない冷たい優しさ。それに毒されたその生徒は、いつしか栞の隣だけが自分の唯一の居場所だと感じるようになっていた。

 

さらに――圧倒的すぎる『3年Aクラス』という巨大な壁を前に、自分たちのBクラスが上に昇格することが絶望的であるという現実に打ちのめされていた、上級生の女子生徒。

 

『……どんなに頑張っても無駄じゃない……! 堀北君が圧倒的すぎて、私たちがAクラスに上がるなんて……もう無理なのよ……っ』

 

後輩の前では決して見せられない焦燥と諦念に苛まれ、誰もいない校舎の陰で唇を噛み締めていた彼女。栞はそっと後ろから身体を寄せ、その強張った肩を優しく抱きすくめた。

 

『先輩、もう一人でそんな重圧を抱え込まなくて大丈夫ですよ。……私に、ぜんぶ甘えてください』

 

年下の少女からの甘美な包容と救いに、彼女のプライドと警戒心は一瞬で崩れ去り、すがりつくように栞の胸へと顔を埋めた。

 

 

 

相手の傷口を正確に見抜き、誰にも言えない弱音や葛藤を、過剰なほどの「優しさ」で包み込む。

自我を溶かされ、自ら栞へと依存していった彼らから、溢れ出る感謝と共に差し出されるお小遣い――月数万単位のプライベートポイント。それを受け取る行為は、栞にとって単なる集金などではない。

 

それは、彼女の甘い毒に狂わされた生徒たちが自発的に差し出す「絆」であり、自分なしでは生きていけないと誓う「愛の証」。手元に積み上がっていくポイントの一つ一つを、栞は自らの「作品」たちとの愛おしい繋がりとして、恍惚とした愉悦とともに慈しんでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

(……ふうん。豪華客船という『天国』を存分に見せておいて、その瞬間に『地獄』へ突き落とす。学校側の演出家も、なかなか意地が悪いことをする)

 

栞の視線は、壇上で説明を続ける真嶋から、少し離れた位置に立つ茶柱へと移る。

 

昨夜、客船の人気のない劇場で起きた出来事。

自分自身の焦燥と過去のトラウマを暴かれ、教員としての誇りを救われつつも逃げ場のない『優しさ』で手玉に取られた茶柱。彼女は今、教員としての立ち振る舞いを崩さないようにしながらも、時折不安そうに視線を彷徨わせている。

 

(……ふふ。佐枝ちゃん先生。昨夜私に釘を刺された通り、ちゃんと『公平な教師』を演じようと必死なんだ)

 

栞は前髪の奥で、誰にも気づかれないほど微かに口元を緩めた。

 

昨夜、自分が割り込んだことで茶柱の暴走は止まり、教員としての踏み止まりを得た。

これまで他クラスの生徒や上級生たちを濃密な密会によって手中に収めてきたのと同様、茶柱佐枝という担任教員すらも、今や栞の掌の上で転がされている。

 

(大丈夫ですよ、佐枝ちゃん。先生が教員としての立場を守って大人しくしている限り……私がこのクラスをいつか、先生の欲しがっていたAクラスへ連れて行ってあげますから)

 

「常盤ちゃん、大丈夫……? すごく顔色が悪いけど……暑さのせい?」

 

隣に立っていた佐藤麻耶が、心配そうに栞の顔を覗き込んできた。

 

「あ……うん、大丈夫だよ佐藤さん。ちょっと急な展開でびっくりしちゃって」

 

栞は一瞬で、いつもの「おとなしくて存在感のないクラスメイト」の怯えたような苦笑いを貼り直した。

 

「本当に、ここで一週間も生活するなんて……不安だね」

「ほんとそれ! 水着持ってきた意味ないじゃん……最悪……!」

 

溜息をつく佐藤に同調するように頼りなく頷きながら、栞の思考は冷徹に次の「ターゲット」へと巡っていく。

 

他クラスの生徒はもちろん、上級生にまで「濃密な密会」を重ね、甘い支配の根を深く、静かに張り巡らせてきた。

そして昨夜、彼女はクラスの担任である茶柱佐枝の心の隙間すらも完全に侵食し、その手中に収めたのだ。

 

――では、この過酷な無人島という逃げ場のない閉鎖空間で、次に救いを求めてもがき、私の毒に甘く溶かされて壊れていくのは、一体誰だろう。

 

平田洋介。クラスのまとめ役として理想を抱え込み、いずれ限界を迎えるだろう心優しい少年。

堀北鈴音。孤高を気取りながら、その実誰よりも特定の愛に飢えている、不器用で愛おしい少女。

あるいは――昨夜の劇場で不気味な底深さを覗かせていた、綾小路清隆か。

 

(誰もが『自分だけを理解してくれる誰か』を待っている……。この苛酷な環境なら、みんなの心の隙間がもっと簡単に開くはず)

 

真嶋先生による説明が終わり、「ただちに行動を開始しなさい」という合図とともに各クラスが動き出す。

平田がクラスをまとめるために声を張り上げ、Dクラスの面々が集まり始めた。

 

緑髪の少女は、これまで通り「何の特徴もない平凡な生徒」として存在感を完全に消したまま、その輪の最後尾へと静かに足を踏み入れた。

 

 

 

誰にも気づかれぬよう、甘く毒のある微笑みを、潮風の中に溶かしながら。

 

 

 

 

 

 

無人島での最初の数時間は、人間性の「化けの皮」が剥がれ落ちるまでの猶予時間に過ぎない。

 

「みんな、ひとまず移動して涼しく日差しが遮れる場所を確保しよう。その後、探索班と待機班に分かれようか」

 

平田が爽やかな声を張り上げ、困惑し続け激しい口論を繰り返すDクラスを懸命にまとめ上げていく。

 

結果としてDクラスは須藤たち体力のある男子を、ベースキャンプを探す先発隊として送りつつ、頭上を覆う鬱蒼とした木々が強い日差しを遮り、心地よい風が通り抜ける森の木陰を、ひとまずの待機場所として確保した。

 

「ねえ平田くん、本当にここで大丈夫なの? 電気もエアコンもないなんて耐えられないんだけど!」

「飲み水とかはどうするの? ポイント使って買った方がいいんじゃないの!?」

 

荷物を地面に放り投げ、苛立ちを隠せない女子生徒たちから矢継ぎ早に投げかけられる不満と質問。その一つ一つに対し、平田は嫌な顔一つ見せず、一人一人の目を見つめながら誠実に言葉を返していく。

 

「不安になる気持ちはよく分かるよ。でも、まずは落ち着いてベースキャンプを決めるのが先決なんだ。水や食料の確保についても、須藤くんたちが戻り次第みんなで話し合って決めよう。僕が責任を持って、全員が納得できる方法を考えるから――だから、もう少しだけ僕に時間をくれないかな?」

 

困惑と不満が渦巻く中で、どこまでも優しくクラスメイトを諭し、なだめようとする平田。

 

右往左往する人群れの隅から、栞は眼鏡の奥の瞳で冷ややかに見つめていた。

 

(ふふ……優しい人。でも、全員の我が儘を背負おうとすればするほど、その心は脆く削れていくのに)

 

 

 

「ねえ常盤ちゃん、私たちも探索班かな? 正直、あんまり奥の森まで行くのは怖いよね……」

 

不安そうに袖を引っ張ってくる佐藤に、栞は頼りなげで可憐な笑みを返してみせる。

 

「うん……そうだね。……でも、平田くんたちの足引っ張らないように頑張らなきゃ」

「常盤ちゃんは優しいなあ。あーあ、早く客船に戻りたいよ……」

 

完全に「無害で気弱なクラスメイト」として佐藤の警戒心をゼロにした栞は、周囲の喧騒に紛れて「ごめんなさい、ちょっと日陰で休んでくるね」と申し訳なさそうに声をかけ、人目の届かない大木の陰へと一人で身を引いた。

 

 

 

森の奥特有の静けさが周囲の喧騒を消してくれる木漏れ日の中、栞はポケットから小ぶりな古びた端末――PHS端末を取り出した。電源を付けると、すでに件名のないメッセージが複数件届いている。

 

ピコン、と静かな電子音が小さく響く。

 

最初に開いたのは、Aクラスの男子生徒からの長文報告だった。

 

『常盤さん、船の上で渡してもらった端末から連絡しています。問題なく届いていますか? 僕たちのクラスは拠点を洞窟に定めました。葛城さんの指示で僕がリーダーになりましたが、坂柳派の連中が陰で何を企んでいるか分からず生きた心地がしません。それなのに道中にあったスポットの占有をするとき、うっかり周囲への警戒を怠ってキーカードを露出しそうになってしまって……葛城さんから「もっとリーダーの自覚を持て、軽率すぎる」と酷く叱られてしまいました。僕だって必死にやってるのに。……常盤さん、僕の行動は間違っていますか? あなただけは僕を理解してくれますよね?』

 

続いてスクロールし、Bクラスのある少女からの悲痛なメッセージを開く。

 

『栞ちゃん……前に渡してもらったPHS端末、誰にも見られずに使えてるよ。帆波ちゃんに頼まれたから私がリーダーのキーカードを持つことになったけど……クラスの皆が笑顔で助け合おうとするほど、私、息が詰まりそう。誰にも言えない傷を抱えたまま、この重責に耐えられない……栞ちゃんに会いたいよ……』

 

さらにその下――もう一通、Bクラスの冷めた瞳を見せる女子生徒から届いた文面を開いた。

 

『一之瀬の「みんなで力を合わせよう」って仲良しごっこ、相変わらず見ててウンザリするわ。言われた通り、あのリーダーになった子の様子はちゃんと観察してる。急に重要な役割を押し付けられて完全にテンパってるみたい。……常盤、あんたの言う通りにしておけば、本当に私の望む方向に行くの……?』

 

画面に踊る文章――激しい怒りと悲しみの裏返しである承認欲求、狂おしいほどの依存心、そして冷めた諦観と小さな期待。

 

試験が始まったばかりのこの段階で、他クラスの最高機密である「リーダーの正体」と「内部の人間関係」が、向こうから勝手に栞の手元へ吸い寄せられてきていた。

 

 

 

なぜ、こんな芸当が可能なのか。

 

 

 

種明かしは至極単純だ。これは、彼女がこれまで時間をかけて仕掛けてきた「甘い毒の救済」の副産物に過ぎない。

 

校内で生徒たちの傷口に優しく寄り添い、自らへと深く依存させていったあの時間。栞は彼らを籠絡したその後に、「私と二人だけの秘密の連絡用」としてPHS端末を用意し、手渡してきたのだ。

 

かのBクラスの少女たちには以前校内で心を溶かしきった際に。そして、誰よりも心酔し尊敬する指導者から叱責・注意を受けて激しく落ち込み、やり場のない憤りを抱えていたAクラスの男子生徒には、無人島へ来る直前――船上の密会で「あなたは悪くない、全力を尽くしているもんね」と全肯定して心を甘く溶解させ、手元に残っていた1台を手渡した。

 

さらに、このDクラス側における下準備もまた、極めて周到かつスマートに行われていた。

 

試験開始直後、特別試験のマニュアルが配られた段階のことだ。まだトイレにポイントを使うかなどで混乱していた騒がしさの中、栞はクラスのまとめ役である平田洋介の元へさりげなく怯えた様子で歩み寄り、可憐で気弱な生徒を演じ切ってみせた。

 

『平田くん……こんな広い無人島でサバイバルなんて、私、すごく怖くて……。もし森の奥で迷子になったり、怪我をして動けなくなったりしたらどうしよう。……ねえ、マニュアルにある通信用備品の申請枠を使って、班同士や拠点にすぐ連絡が取れる端末を少しだけ確保しておけないかな……?』

 

「みんなを守りたい」という強い責任感を抱える平田にとって、気弱な女子生徒からの珍しい切実な訴えは断る理由のないものだった。

 

「……常盤さんの言う通りだね。分かった、事故が起きてからじゃ遅い。すぐ購入を申請しよう」

 

と、平田は独断で特別試験ポイントを割き、PHS端末の購入申請を即座に決断したのだ。

 

そして申請が通った際も、その判断の速さに驚いたふりをしつつ栞は「提案した手前、私にも管理を手伝わせてほしい」と控えめに申し出た。

結果として、平田は感謝しながら「常盤さんが持っていてくれるなら安心だよ」と、数台購入した端末のうち1台を当然のように栞へ手渡したのだった。

 

平田の善意と責任感を利用し、一切の不自然さを残さずにDクラスの公認端末を自分の手元へと確保する。

そして他クラスの依存者たちには「事前に渡して密かに持ち込んでもらっていた秘密のPHS端末」を使わせることで、学校の公式ルールや監視の網をすり抜けた完全な秘密通信ネットワークが成立したのだ。

 

発覚時のリスクやルール違反の危険はすべて依存者たちに背負わせ、自分自身は手ひとつ汚さずに甘い蜜だけを吸い上げる、徹底したノーリスクの支配構造。

 

(誰かを籠絡するたびに手渡してきた『秘密の連絡手段』が、平田くんの善意と組み合わさってこんな形に結実するなんて……。人の心さえ扱えれば、不可能なことなんて何も……ないね)

 

 

 

栞は前髪を持ち上げ、薄い唇を歪めると、まずはAクラスの男子生徒への連絡へと指先を素早く滑らせた。

 

『すごく頑張っているね。葛城君が厳しく言うのはきっと成果を出さなきゃと焦っているからで、あなたの努力を本当に一番よく分かっているのは私だよ。あなたがAのリーダーを引き受けてくれたおかげでとても安心できる。キーカードは責任感を強く出して誰にも触らせないでね。もちろん葛城君にも。あなたが私の頼りだから……無理はしないで。また後で、話を聞かせて?』

 

続いて、Bクラスのある少女へ。

 

『かわいそうに。リーダーという重荷をいきなり背負わされて、断れずにつらかったね。場所を教えてくれたら、今夜Bクラスの拠点の近くで待ってるから。キーカードを持ったままおいで。い~っぱいよしよししてあげるね』

 

そして最後に、冷めた瞳の女子生徒へ指先を走らせる。

 

『ふふ、大丈夫だよ。あなたは今のところ何もしなくていいの。ただクラスの隅で佇んでいればいいよ。あの子のフォローは私がやってあげるから、余計な手を回さずに見守っていてね。……あ、でもね。もし私が困った時、あなたに『お願い』をすることがあるかもしれないけれど……その時は、ちゃんと私の助けになってね? ……それに、もしあの偽善的な空間に嫌気がさしたり、退屈でたまらなくなったら、いつでも私のところに遊びにおいで?たっぷり可愛がってあげるから』

 

 

 

送信完了。

 

返信をようやく打ち終え、履歴を削除した栞の瞳には、冷酷な冷たさだけではなく――自らが注ぎ込んだ「甘い毒」に狂わされ、自分なしでは生きていけなくなった哀れな人間たちを愛おしく慈しむような、狂気を含んだ温かな光が宿っていた。

 

Aクラスのリーダーも、Bクラスのリーダーも、そしてそこの隅の少女までも。

今や栞の言葉一つで心も、カードも、クラスの命運すら差し出す、愛おしい「作品」たちだ。

 

(私の言葉一つで、みんな私にすべてを差し出してくれる……。本当に可愛らしくて、愛おしい子たち。何も知らずに汗を流している平田くんや堀北さんたちが見たら、どんな顔をするかなぁ)

 

ふと、栞の視線が待機場所から離れた森の奥へと向けられた。

 

木々の隙間から、Dクラスの状況を確認している堀北鈴音と、その後ろに無表情のまま佇んでいる綾小路清隆の姿が見える。

 

堀北は顔色を悪くしながらも、強がってクラスを引っ張ろうと必死に気丈に振る舞っている。その孤高を装う態度は、いずれ自滅を引き起こす典型的な弱さだ。

 

だが――その後ろに立つ綾小路。

 

(綾小路くん……Dクラスであなただけは、まだ私に『心の隙間』を見せてくれないね)

 

昨夜の客船の劇場で、佐枝ちゃんに呼び出され、暗闇の中から彼女を見つめていたあの少年。

何に対しても執着を持たず、かといって恐怖も感じていないような、底の知れない不気味な瞳。

 

(ふふ……でも、人間である以上、絶対どこかに『欠落』はあるはず。この過酷な無人島生活が長引けば、どんなに冷徹な人間でも心が摩耗する……。その時、あなたがどんな顔で私に助けを求め、私の毒に身を委ねてくれるのか……今から楽しみで堪らないな)

 

栞はPHSをポケットの奥深くに仕舞い込むと、眼鏡の位置を正し、冷ややかな毒笑を綺麗に消し去った。

 

「あ、常盤ちゃん! 休憩終わったー? 平田くんたちが探索班探してるって!」

 

少し開けた場所から、佐藤が手を振りながら走ってくる。

 

「あ……うん、今行くね佐藤さん! 遅くなってごめんなさい……!」

 

栞は申し訳なさそうに身を縮め、怯えたようなクラスメイトの笑みを浮かべて駆け寄った。

 

森を吹き抜ける風の音がかすかに響く仮の拠点で、生徒たちの精神は確実に削られていく。

 

 

 

秘密のやり取りを通じ、他クラスの生徒たちの心とキーカードを手のひらの上で転がしながら、緑髪の少女が張り巡らせた「甘い救済の毒」は、誰にも気づかれぬまま島全体へと静かに侵食を開始していくのだった。

 

 

 





高度育成高等学校学生データベース (4/1時点)
【氏名】常盤栞(ときわしおり)
【学籍番号】S01T004745
【誕生日】9月16日
【評価】
学力 C
知性 B-
判断力 B
身体能力 D+
協調性 C

【面接官コメント】
大人しく控えめな性格であり、他者を押しのけて主張するような自己主張の強さは見られない。しかし、観察眼と他人の心情を察する共感能力においては極めて高い水準を示しており、周囲に対する細やかな気配りや精神的なサポート力に長けている。中学校からの資料では、潜在的な知能や適性に対して実際の学力評価が低く留まっている点が指摘されているが、これは強い自己主張を好まず遠慮してしまう彼女の性格や、自己評価の低さに起因するものと思われる。総じて勤勉で心優しい生徒であり人望を集めやすい資質を持つ反面、自ら進んでリーダーシップを発揮しようとしない消極性や、他者に依存されやすい繊細な人間関係の傾向、中学校からの別途資料の事柄を考慮し、総合的な判断としてDクラスへの配属とする。

無人島試験の1位はどのクラスになると思いますか?

  • Aクラス
  • Bクラス
  • Cクラス
  • Dクラス
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