最も恐ろしい敵は、優しさの面を被って現れる。   作:綾隆と先生を救いたい……?

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主人公が気付いたので初投稿です。
※一部、矛盾点や誤字脱字等修正しました。何かありましたら、誤字報告や感想欄でお知らせ下さい。


『招かれざる刺客は、慈悲という名の檻で飼い慣らされる。』

 

 

 

特別試験初日、夕刻。

沈みゆく茜色の太陽が、無人島の波打ち際と鬱蒼とした原生林を赤黒く染め上げていた。

 

川の匂いに混じり、草木の湿った匂いが立ち込めるDクラスのベースキャンプ。数々の言い争いや夕食の準備、寝床の設置に追われ、疲労の色を濃くしていくDクラスの生徒たちの中で、栞は不器用な手つきで小さな薪を揃えていた。

 

「常盤ちゃん、火起こしの枝、もう少し集めてきたよ!」

「ありがとう、佐藤さん。すごく助かっちゃった」

 

小走りで駆け寄ってきた佐藤に、栞は花がほころぶような柔らかい笑みを向ける。佐藤は「えへへ」と照れくさそうに笑い、栞の隣に座り込んだ。

昼間、松下の鋭い視線を佐藤という盾を使って自然に受け流した栞は、いまや佐藤にとって「守ってあげたい、大好きな友達」というポジションへと完璧に確立していた。

 

(……可愛い。素直で、分かりやすくて、救いやすい)

 

栞は前髪の奥で冷ややかに満足感を覚えていた。

人間は誰しも、自分が優位に立って守れる存在を愛おしむ。佐藤に「頼れるお姉さん役」を与えて満足させている限り、彼女は栞の完璧な防壁であり、思考を放棄した従順な盾であり続ける。

 

とはいえ少し物足りなさがあるのも事実だ。

年相応の虚栄心や小さな嫉妬、嫌悪といった「闇」の芽は確かに存在する。けれどそれはまだ浅く、根の能天気さに覆い隠されてしまうほどに薄い。

 

もっとドロドロとした歪みがあれば毒を注ぎ込んで育て甲斐もあるのだが……と少し残念に思いつつも、今はその扱いやすさを愛でるように、栞は笑みを深めた。

 

その時だった。

 

「――おい! みんな! 大変だ、なんかどこかの女が倒れてるぞ!」

 

森の奥から薪拾いに出ていた山内が、大声を上げながら慌ただしく走ってきた。

ベースキャンプに緊張が走る。平田と堀北がいち早く反応し、池たちが指さす森の入り口へと向かった。

 

栞もまた、不安そうに身を縮める佐藤の腕をやさしく擦りながら、静かに立ち上がった。

 

「……行ってみようか、佐藤さん」

「う、うん……なんだろう、怖いな」

 

二人で人だかりの後方へと向かう。

森の切れ目、湿った腐葉土の上に横たわっていたのは、一人の女子生徒だった。

 

泥と煤で薄汚れたジャージ。乱れた紫のショートヘアに、膝や肘の擦り傷、そして女子にとって何よりも大切な顔には痛々しい打撲痕があり、口からは荒い息遣いが漏れている。

 

……Cクラスの、確か……伊吹澪――。

 

「……っ、ハァ……ハァ……」

「大丈夫かい!? しっかりしてくれ!」

 

平田が素早く膝をつき、伊吹の肩を支え起こす。

集まったDクラスの生徒たちからどよめきが起こる。

 

「これ……Cクラスの生徒じゃないか? なんでこんなところに……」

「怪我してるぞ。まさか、事故か?」

 

混乱する周囲をよそに、堀北は冷酷なまでに冷ややかな視線を倒れた少女に注ぎ、腕を組んだ。

 

「平田くん、むやみに触らない方がいいわ。彼女はCクラス……龍園くんのクラスの生徒よ。須藤くんの事件のように罠の可能性を考慮すべきだわ」

「……でも堀北さん、こんなに傷だらけなんだよ!? 放置なんてできないよ!」

「特別試験の最中なのよ。他クラスの生徒を救護する義務は私たちにはないわ。先生を呼んで回収してもらうか、Cクラスの拠点へ送り返すべきよ」

 

正義感と責任感に駆られる平田と、合理性と警戒心を優先する堀北。二人の意見が真っ向から衝突する。

 

その争いを、栞は群衆の後方からじっと見つめていた。

 

(ふふ……可愛い演技。でも、少し痛々しすぎるかな)

 

栞の目が、伊吹の細かな動きを完璧に解剖していた。

 

確かに体に刻まれた擦り傷や打撲痕は本物だ。噂の龍園という粗暴な男の性格を考えれば、実際に暴力を振って追放したように見せかけるのは容易い。

だが――伊吹の指先の微小な緊張。爪の隙間に詰まった湿った黒土。そして、倒れている最中にもかかわらず、視線をかすかに「とある大きな木の枝の下」へと滑らせる仕草。

 

(服の汚れ方に不自然な偏りがあるね。それに……あの爪に入った土。倒れてDクラスに見つかる直前、拠点近くの大きな木の枝の下を掘り返して『何か』を埋めてきたんだ)

 

伊吹澪はおそらくスパイだ。

目的は明白。Dクラスの拠点に潜入し、誰が『リーダー』であるかを特定すること。そして、木の枝の下に隠したPHS端末かトランシーバーあたりを使って、Cクラスへ定期連絡を入れること。

 

(龍園くんも、なかなか面白い毒を放り込んできてくれたなぁ)

 

栞の胸の奥で、甘い悦びがうずいた。

普通ならば、この刺客を暴露して排除するのが正解だろう。だが、栞の思考は全く異なる方向に跳ね上がる。

 

(この子を排除してしまったら、つまらないよ。……龍園くんの毒を、そのままDクラスという箱庭に混ぜ込もう。混乱が増せば増すほど、みんなの心が壊れやすくなる。そして……平田くんの壊れかけた心の傷口に、私がトドメを刺すための『最高の塩』になってくれる)

 

栞は困惑した表情を作り、可憐で儚げな声を上げて一歩前に踏み出した。

 

「あの……堀北さん」

「……常盤さん?」

 

堀北が振り返る。栞は胸の前で両手をキュッと握りしめ、胸を痛めるように伊吹を見つめた。

 

「堀北さんの言いたいことも分かるよ……試験だもんね。でも、こんなに怪我をして苦しんでいる女の子を追い出すなんて……私、胸が痛くて耐えられないよ……」

「……常盤さん、感情論で動くべきではないわ。彼女がスパイだったらどうするの?」

「もしスパイだとしても……私たちがずっと見守ってあげればいいんじゃないかな? お怪我の手当をして、ご飯をあげて……もし悪いことをしようとしたら、その時に止めればいいと思うの。ねえ、平田くん?」

 

栞がすがりつくような瞳で平田を見つめると、平田の瞳に強い何かが宿った。

 

「……常盤さんの言う通りだ! 助けを求めている人を無条件で見捨てるなんて、僕にはできない。責任は僕が持つ。彼女を休ませよう」

 

さらにそれまで様子を伺っていたクラスのヒロイン、櫛田が心から心配そうな表情を浮かべながら平田の隣へと寄り添った。

 

「私も平田くんや常盤さんに賛成だな。堀北さんの心配もすごくよく分かるよ? でもね、もし本当にただ傷ついているだけだったら、後で後悔しても遅いと思うんだ。同じ学校の仲間だし……女子の手当てなら、私や言い出しっぺの常盤さんたちでちゃんと見るから!」

 

櫛田が胸に手を当ててクラス全体へ語りかけると、周囲の生徒たちから「そうだよね」「櫛田ちゃんや平田が見てくれるなら安心だし」と同意の声が一気に広がる。

 

「……はぁ。好きにしなさい。ただし、トラブルが起きても私は一切関知しないわ」

 

堀北は呆れたようにため息を漏らし、苛立ちを隠さずに背を向けて去っていった。

クラスの雰囲気は栞の健気な言葉と櫛田の援護射撃により、「怪我人を助ける優しいDクラス」という美談へと完全に傾き、女子たちが伊吹を介抱するために動き出す。

 

だが、平田や櫛田たちが手を差し伸べようとしたその時、支えられていた伊吹が苛立ったようにその手を払い、刺すような視線で睨みつけてきた。

 

「……勘違いすんなよ。あたしは敵同士のDクラスに世話になる気なんてない。手当てが終わったらすぐに出ていってやる」

 

強がりと敵意を全開にする伊吹の言葉に、周囲の男子たちが「なんだよアイツ、せっかく助けてやるってんのに!」とざわつく。

しかし平田は優しく首を振った。

 

「いいんだ、伊吹さん。僕たちは君が納得いくまでここにいてくれて構わないから。……さあ、テントで休もう」

 

(ふふ……いい意地。でも、その強がりも全部計算通りだよ)

 

常盤栞は可憐な笑みを絶やさぬまま、平田の心にまた一つ「栞という救い」の楔が深く打ち込まれたことを確信していた。

 

「常盤さん、ありがとう……君が背中を押してくれなかったら、クラスが割れていたかもしれない」

「ううん、私なんて何も……平田くんが優しいからだよ。私、平田くんのこと、すごく尊敬してるんだから」

 

栞は小首を傾げて、可憐に微笑んだ。

その笑顔の裏で、平田の心にまた一つ「栞という救い」の楔が深く打ち込まれたことを確信しながら。

 

 

 

 

 

 

夜。女子テントの中。

 

ランタンの仄暗い明かりの下で、伊吹澪は包帯を巻かれ、簡易マットレスの上に横たわっていた。周りの女子たちが寝静まる中、伊吹はふと目を開けて神経を研ぎ澄ませていた。

 

(フン……おめでたい奴らだ。まんまと潜入できた……)

 

伊吹は心の中で嘲笑う。龍園との派手な喧嘩、実際に受けた殴打の傷。それらはすべて、この甘いDクラスを油断させるための芝居だった。龍園のこと自体は気に食わないが、その斜め横からのやり方は非常に上手い。

拠点前の大木、その横に張り出した大きな枝の下の地面――他人の目につかない目印の小石のすぐ下には、すでに龍園と通信するためのトランシーバーや、キーカードを撮るためのデジカメの入った袋が埋めて隠してある。

あとはスキを見てこのクラスのキーカードを持つリーダーを特定し、夜間にあの木の枝の下へ行って掘り起こし、連絡を飛ばすか、キーカードの写真を撮って持ち帰れば自分の任務は完了だ。

 

その時、静かにテントのシートがめくられた。

 

「あ、起こしちゃったかな? ごめんなさい」

 

入ってきたのは、常盤栞だった。

手に水を入れたペットボトルと、清潔なタオルを持っている。

 

「……常盤……だっけ」

「うん。具合はどう?痛むところはない?」

 

栞は膝をつき、まるで傷ついた小鳥を扱うかのように、優しく繊細な手つきで伊吹の額に濡れタオルを当てた。

そして、伊吹の擦り傷のある手を両手でそっと包み込むと、親指で彼女の指先や爪の隙間に残った僅かな黒い湿った土を、愛おしそうにそっと拭い取った。

 

「ふふ、泥遊びでもしてきたみたいに手がお砂まみれだね」

「――っ!?」

 

伊吹の背筋に、冷たい悪寒が走った。

 

「……別に。転んだときに地面に手をついただけだ」

「そうなんだ。うん、このあたりは土が柔らかいもんね。特に……ベースキャンプのすぐ前にある、あの大木の太い枝の下あたりとか。何だか宝探しでもできそうな素敵な場所だなって思ってたの」

 

栞は澄み切った瞳で、伊吹の顔を覗き込む。

その口から出た「大木の太い枝の下」という言葉は、まさに伊吹がトランシーバーやデジカメを埋め、目印を置いておいたピンポイントの場所そのものだった。

 

「……なんなんだよ、あんた」

 

伊吹は警戒感を剥き出しにし、栞の手を振り払おうとした。

だが栞は、まるで嫌がる子供をあやすように、優しく微笑むだけだった。

 

「ふふ、ごめんね。変なこと言っちゃって。辛いことがあったなら、ここにいる間は無理しないでゆっくり休んでね。私、伊吹さんの味方だから」

 

栞は天使のような微笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

 

伊吹は息を呑み、去っていく栞の背中を睨みつけた。

(気のせいか……?いや、偶然だ。こんな大人しそうな根暗女が気づくはずがない……)

冷や汗が伊吹の首筋を伝う。一瞬見せた栞の目が、あまりにも冷酷に自分の隠し事を見透かしていたような錯覚に襲われたからだ。

 

テントを出た栞は、夜の冷たい風を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

(ふふ、可愛い刺客さん。あの枝の下のお宝、しっかり守ってね。あなたがリーダーを見つけて夜中に掘り起こして連絡をとってくれないと、舞台が盛り上がらないんだから)

 

栞はくすくすと胸の中で笑いながら、暗闇の広がるベースキャンプを歩く。

 

その時――。

 

少し離れた大木の影、月明かりも届かない暗がりの中に、一つの人影が静かに立っていた。

 

 

 

綾小路清隆。

 

 

 

彼は両手をポケットに突っ込んだまま、静寂と同化するように栞を見つめていた。

 

二人の視線が、夜の静寂の中で交差する。

 

栞は立ち止まり、前髪の奥から綾小路を見返した。

昨夜の劇場での出来事。昼の平田への接触。そして今の伊吹への対応。綾小路が自分の不自然な動きを、完璧に『観察』していることを栞は理解していた。

 

「……こんな夜遅くに、どうしたの? 綾小路くん」

 

栞は可憐な声音で語りかける。

 

「……いや。散歩だ。常盤こそ、伊吹の看病か」

「うん。かわいそうだなって思って。綾小路くんは……伊吹さんのこと、怪しいと思う?」

 

試すような問いかけ。

綾小路は表情一つ変えず、淡々とした声で返した。

 

「堀北の言うことも一理ある。だが、平田の判断も間違いじゃない。オレはただ、様子を見ているだけだ」

「ふふ……綾小路くんって、本当に観察するのが好きなんだね」

 

栞は一歩、綾小路に向かって踏み出した。

二人の距離が縮まる。夜風が栞の甘い髪の香りを綾小路の元へ運ぶ。

 

「ねえ、綾小路くん。私ね……見てるだけの男の人って、ちょっと意地悪だなと思うの」

「そうか」

「でも……嫌いじゃないよ。だって、私をちゃんと『見て』いてくれるんでしょう?」

 

甘く痺れるような、毒を含んだ囁き。

栞は可憐な仮面の後ろで、妖艶な笑みを深めた。

 

(もっと見ていて、綾小路くん。あなたが私を観察しているつもりでいる間にも、この島全体に私の毒が回っていくんだから。……あなたがいつまで、その無表情を保っていられるのか、楽しみで仕方がないな)

 

「……夜は冷える。風邪をひかないうちにテントに戻った方がいい」

 

綾小路は栞の言葉を受け流し、静かに告げると、背を向けて闇の中へ歩き去っていった。

 

その背中を見送りながら、栞は満足そうに胸を躍らせる。

 

(ふふ……やっぱり、あなたは特別だね。さては私の毒が効かない唯一の観察者。あは……愛おしいな……)

 

 

 

栞は闇の中で、甘く、深く、静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

綾小路の背中が闇の中に完全に溶けて消えるのを見届けた後、栞は小さく息を吐いた。

 

(……さてと。観察者様へのご挨拶も済んだことだし、次の仕込みに入ろうかな)

 

栞はジャージのポケットの奥深く――受け取ってからずっと身に着けていたクラス用のPHS端末へと手を伸ばす。

ボタンを軽やかに操作し、知っているあの番号を呼び出す。

 

数回のコール音の後、静かな電子音が繋がった。

 

『……栞ちゃん?』

 

暗闇から聞こえてきたのは、緊張で震えるBクラスの女子生徒――白波千尋の声だった。

 

「こんばんは、千尋ちゃん。夜遅くにごめんね。驚かせちゃったかな?」

『ううん、大丈夫……! でも、本当に電話がつながるなんて……これ、もし見つかったらすごくマズいんじゃ……』

「ふふ、大丈夫だよ。私と千尋ちゃんだけの秘密だから。……それより、昼間にメールで話していた件、直接会ってお話ししたくて」

『えっ、今から……!?』

「うん。千尋ちゃんの顔が見たくなっちゃって……だめかな?」

 

可憐で儚げな甘いねだり声。電話越しでも伝わる栞の「依存を誘う毒」に、白波はあっさりと絆されていく。

 

『だ、だめじゃないよ……! ……じゃあ、Bクラスの滝のベースキャンプから少し離れた、海岸の岩場あたりでどうかな? もし分からなかったら電話か、メールで教えて……? ……帆波ちゃんたちに見つからないようにこっそり行くね』

「ありがとう、千尋ちゃん。優しいね……それじゃあ、後でね」

 

通話を切り、栞はPHSをポケットに収めると、暗い夜の森へと軽やかに足を踏み出した。

 

(一之瀬ちゃんの『善意のクラス』……一見すると完璧な絆だけど、千尋ちゃんみたいな弱みを見せた子から崩していけば、いくらでも綺麗なヒビが入るんだよね)

 

闇の中で月明かりを浴びながら、栞の唇が歪に吊り上がる。

 

Dクラスに放置した伊吹という毒、平田への執拗な侵食、そしてBクラスへと伸ばす侵略の糸。

無人島の夜は、常盤栞の描く筋書き通りに、さらに深く暗く更けていった。

 

 

 




次回は少し書き貯めするので更新遅れるかも……?
やる気と勢いで書いているので、誤字や矛盾点、誤植とかもぼちぼち確認して直していきます……!

無人島試験の1位はどのクラスになると思いますか?

  • Aクラス
  • Bクラス
  • Cクラス
  • Dクラス
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