魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピ……
鈴井沙穂はスマートフォンのアラームで目を覚ました。
ベッドの枕元に置いてあるそれに手を伸ばし、まずはアラームを止めようとする。……が、それをすることは叶わない。
「あ」
はっと思い出して、先に身を起こし、布団から出る。
質素な机の上に、ノートパソコンとともにスマートフォンが置いてある。沙穂はそれを手にとって、今度こそアラームを止めた。
室内を見回す。築古とも築浅とも言い難い1K……というよりは、玄関から部屋までの通路の途中にキッチンが作り付けられているタイプのアパートだ。キッチンはビルトインガスコンロがついているが、2口スリムタイプでグリルはない。排水周りのやりくりのせいで、冷蔵庫と洗濯機を並べて置く構造になっている。
地域の土地事情が違うからだが、築年で倍以上であることとガスがLPGであること以外は、間取りで恵まれているどこぞの3物件より賃料が1万5千円近く高かったりする。ついでに浴室内設置型風呂釜はそのうちの戸建物件の下位機だったりする。
生活に必要な一通りの家具家電類は揃っている。依頼主が揃えておいてくれたものだ。基本的に安価に手に入る中古品ばかりだが、
「家事に時間をとられるぐらいなら活動に割いて欲しい」
ということで、中古ながらシャープ製のタテ型洗濯乾燥機が入っている。
それでも、まだ生活臭の薄い、殺風景さを感じさせる。
沙穂は小さくため息を吐いてから、登校の準備を始める。
眠気覚ましも兼ねてキッチンシンクで洗顔する。仕掛けておいたシャープ製グリルレンジが加熱終了の音を鳴らす。冷蔵庫からマーガリンを取り出し、その冷蔵庫の上に乗っているレンジの中から程よくトーストされた2枚の食パンを取り出し、皿に載せて部屋に戻る。
マーガリンを塗ったトーストをかじると、表面がサクッとした後にもっちりときて、同時にマーガリンの味が口の中に広がる。
食事を終えてから、水色に白線で魚が書かれたパジャマから、制服に着替える。それほど伸ばしているわけでもない髪を後ろでまとめる。ポニーテールと言うよりは、
少し余裕がありすぎる時間だが、特に部屋でやることもないしと、学生カバンを手にとって立ち上がろうとして、
「…………」
と、机の片隅に置かれていたそれを見る。
『簡易書留』のスタンプが押されている封筒。少し膨らんでいる。封筒の裏面には、
『〒170-0001 東京都豊島区西巣鴨2丁目40-1 B3F 波霧藤吉』
と、差出人が書かれているが、沙穂にはまったく心当たりのない名前だった。住所でWeb検索をかけても、都電荒川線の線路沿いにある雑居ビルが出てきただけだ。
潜入任務の依頼者達に聞いてみたが、
『知らない。うるる達はそんなものを送った事実はない』
と、返ってきただけだ。
中身を取り出す。すでに昨日のうちに封を切って確認したが、元に戻してあったものだ。
それは15mm程の大きさの合成ブルースピネルだった。
本来なら、差出人不明の郵便で送られてきた品物など、不気味でそばにおいておくのも嫌なものだろう。だが、沙穂は送られてきた “青い宝石” に何かしらの運命を感じていた。
── なにかあるかも。
沙穂は胸中でそう言って、制服のポケットにその宝石を入れた。
スマートフォンは置いていく。1年F組のある旧校舎設備には、生徒は一般のスマートフォンを持ち込むことを禁止されている。その一方で、マジカルフォンは携行しなければならない。
玄関を出る。アパートを離れる。駅前とは言うものの、元々周囲に商店はあまりない住宅街の中にある私鉄線の駅まで、実際にはだいたい徒歩8分。
PASMO定期券を取り出して自動改札を通る。この路線は単線だったが、運転密度は高く、ほぼ1時間4本ある。すぐに電車が入線するアナウンスが流れる。JRや大手私鉄のそれに比べて小さめの2連接車が2本繋がった4車体で入ってくる。
車内には梅見崎学園の制服の生徒も目立つ。
1年F組の生徒は、時間短縮や交通費節減のために、魔法少女に変身してより離れたところから跳んだり走ったりしてきている者もいる。
だが、沙穂 ──── ランユウィには、依頼者から、そのような目立つことをしないように、と釘を差されていた。
電車は川を越え、2駅に停車する。そこから一旦併用軌道に出て、電車が商店街の中を抜けていく。その終わりにもう1本、川を越えて、停車駅。そしてその次が、梅見崎学園の最寄り駅だった。
少し歩いて丘の上へ。そこに学園敷地への正門があった。
生徒のほとんどは知らなかったが、元々は “魔法の国” の技術で隠蔽された専用の出入口を設けようという計画だった。だが、中学校の制服を着た人間が一般の学園敷地から離れたところをウロウロしていると却って目立つということと、普段は一般人に扮している所作ができない者を魔法少女にすれば逆に魔法の国が露呈するリスクを増すということから、その案はボツになった。
敷地に入る前に、沙穂は制服の胸元を整え直してから、足を進めた。
─☆──☆──☆──☆─
用務員、
木ノ実は、昇降口傍らにある用具入れから、剪定鋏や雑草を刈るための鎌、ハンドスコップなどを取り出して持ち、作業服姿で中庭に向かった。
ゴム長靴に履き替えたところで、円形にレンガの積まれた植栽地を一望する。
低木に囲まれた内側に、1ヶ所、何も植わっていない場所があった。木ノ実が提案して、
幼い頃の記憶だろうか、それははっきりと思い出せないが、木ノ実には、向日葵と
道具を下ろし、剪定鋏を手に取る。円形の植栽地の外周を形作るツツジの剪定を始める。
「…………」
ツツジの花は可憐ではあるが、落ちやすい。生徒の大部分が市営学園内の高等学校にエスカレーター進学するとは言え、中学校の中庭に寒咲きツツジを植えているのはどうなんだ。
木ノ実がそんなことを考えながら、丁寧にツツジに鋏を入れていると、
「おや」
と、自身をじっと見ている存在を見つけた。
「あなたは ────」
木ノ実には見覚えがあった。確か、 “特進コース” の生徒だ。
「アーマー・アーリィ」
褐色肌の少女は、そう名乗った。人間社会での名前ではない。
「いけませんよ」
木ノ実は、その事に気づいて、柔らかい口調で言う。
「あなた方は、登校したら放課まで、旧校舎の方にいるように決められているでしょう?」
木ノ実がそう言うと、アーマー・アーリィはこくん、と頷いた。
「ほら、行きなさい」
木ノ実があくまで柔和に言うと、アーマー・アーリィはもう一度こくん、と頷いて、校舎の方に戻っていった。
木ノ実は、しばらく立ったままアーマー・アーリィが去っていくのを見送っていたが、やがて、
「…………?」
と、腕組をして小首を傾げた。
1年F組は特殊な学級である、という事自体は、ほとんどの一般生徒や教職員が知っているところだ。
しかし、木ノ実は実際に1年F組が魔法少女学級であることを知っている。
それどころか、旧校舎へ出入りすることが認められていた。
一般教職員として登録されている者で、そこへの出入りが許可されているのは、木ノ実と、教師の姫野希だけだ。そして、希は魔法少女繰々姫だ。
── どうして、私は旧校舎への出入りが認められているのでしょうか?
木ノ実は自問するが、答えはない。
まぁ、答えの方を合理的に考えるならば、給食の配膳や校舎内の管理など、誰も人がいないのでは困るからだろうが……────
── でも、それなら、魔法少女や魔法使いを別に派遣してくればいいのではないでしょうか?
そこまで考えたところで、木ノ実ははっと気がついた。
── いや……そもそも、なぜ私は、魔法少女や魔法使いがいること、それを一般社会に知られないようにしていることを知っているのでしょうか ──── ?
─☆──☆──☆──☆─
新校舎2階の廊下、その端にある第1調理実習室の前を抜けたところに、旧校舎と繋がっている渡り廊下がある。
登校した魔法少女学級の生徒は、そのままそこを抜けて、旧校舎施設の中で放課までを過ごすことになる。
渡り廊下の存在は、一般の生徒や教職員もそれ自体はそこにあると認識しているが、認識阻害の結界が張ってあって、ここから先に進入できるということを認識できない。魔法少女や魔法使いでも、魔法少女学級に関係している者以外はそのようになる。
「ふぅ」
希は、新校舎側の扉の、両面シリンダー錠を持たされている鍵で開けて、渡り廊下側に出る。そして、扉を再施錠する。
渡り廊下を渡っていって、旧校舎側の出入口に近づくと、その場でひと息
それは一見、アルミ製の扉を装っているが、実際には魔法の国製の金属板で造られたダミー、はめ殺しで開閉することはできない。
希はそこへ向かって、まるでそのダミー扉が無いかのように進んでいく。
ダミー扉にぶつかるかと思われた希の身体は、一瞬、光の膜を通過したかのようになりつつ、扉の内側へすり抜けていく。
ダミー扉の両面を、魔法の国の技術である転移門の魔法で接続してあるのだ。
これにより、承認された者以外、ここを通過することができないようになっている。
希 ──── 繰々姫は、1年F組の教室に近付いていく。
「あーっ……そこでハートの2はないっしょう!?」
「先にスペードのエースを使っちゃったほうが悪い」
教室の方から聞こえてくる喧騒。まだ対面して2日目のはずだが、中学生というのは基本的に喧しいものらしい。実際に満13歳年次の人間はほとんどいないはずだが、それは関係ないようだ。
繰々姫は、ため息を吐きつつも軽く苦笑して、1年F組の隣に設けられた職員室に入る。旧校舎が現役だった頃のものではない。そんな規模は必要ないから、隣接する教室に、職員室に使えるように調度品を入れたものだ。
「おはようございます」
職員室に入って、繰々姫はそう挨拶する。
「おはようございます。希先生」
中にいた、年格好としては希の実年齢より少しだけ下か、ややクラシックなフォーマルスーツに身を包んだ、すらりとしたやや長身の女性が、繰々姫にむかってそう挨拶した。
「おはようございます、クルンフ先生、ですがその呼び方は」
「あっと……失礼しました。繰々姫先生」
クルンフ、と呼ばれた女性は、口元を押さえかけつつ、繰々姫を呼び直す。
「ですが、私もカルコロで結構」
主任級魔法少女学級担当、として配置された、魔法使いカルコロ・クルンフは、繰々姫に向かってそう言った。
「そうでした。失礼しました」
繰々姫は、少し申し訳無さそうな表情でそう言って、謝罪した。
しかし、2人はすぐ、くすくすと笑いあった。
カルコロ・クルンフは、同時に魔法少女カルコロでもある。ここでは魔法少女名で名乗り、呼ぶ。その原則は彼女達にも適用されている。
カルコロは旧オスク派の人間だが、帰属意識はあまり強くない。というより、この梅見崎中学校の魔法少女学級の計画が進められる前まで、魔法の国における犯罪学を学習・研究している学生だった。それが、魔法少女でもある魔法使いで、犯罪学研究家というだけで、この魔法少女計画に放り込まれてしまった。
彼女の上役は、旧オスク派の有力者、万物を利益に繋げる抜群の政治力、かつては異例の若さで魔法の国・本国の情報局副局長に上り詰め、 ──── その絶頂から突然、奈落の底に突き落とされた人物だ。この上役にとって、魔法少女学級計画はその名誉を取り戻し得る千載一遇の機会であり、同時に、下に見ている魔法少女部門の外交部や、一般社会側の市営学園理事会に頭を押さえつけられる屈辱でもあった。
そのせいで、カルコロは準備期間中、強烈なプレッシャーを受け続けた。正直、もう少しで胃に穴が空くところだったと思っている。
外交部と市営学園理事会からの圧力で押し込まれた繰々姫は、カルコロにとって最初は頭痛のタネだったが、実際に仕事を始めてみると、お互いボヤきあえる丁度いい相手になった。
上役には悪いが、1人でこの仕事を回させられることを考えたら、随分楽になった、と、カルコロの正直な言い分だった。
古い事務机が向かい合わせに置かれていて、その上座側に、まるで玉座か、ホワイトハウスのオーバル・オフィスかと言った、豪奢な執務机と椅子が置かれている。まぁそれはどうでもいいか、という様子で、カルコロと繰々姫は向かい合うかたちで、軋み音の大きな事務椅子に腰を下ろした。繰々姫はパソコンの起動スイッチを押した。
「ああ、これ。
繰々姫は、パソコンの起動を待つ間に、そう言ってクリアファイルをカルコロに向かって差し出した。
カルコロはそれを受け取りつつ、にこりとチャーミングに微笑む。
「ありがとうございます」
─☆──☆──☆──☆─
カチャカチャ……カタッ
何か、金属製のものを弄っている音がしている。
シティグレーのタテ置型パソコン、富士通FM TOWNS model20Fが動いている ──── 否、その中身はもうレトロパソコンではなかった。
既存のどれにも属さないOSの
1人の少女 ──── 魔法少女が、手元で弄っているのは ──── 豊和工業20式5.56mm小銃。陸上自衛隊に採用された最新鋭の自動小銃で、まだまだ先代の89式の方が多く現用の中、こんなところにあったら国会で証人喚問モノのシロモノだが、なぜかある。
他にも、豊和M1500ライフル、M19対戦車地雷などが床に転がっている。どれも、何かしら弄ったような跡があった。
「解ってます、お嬢」
室内には彼女しかいない。だが、魔法少女は精密ドライバーで20式を弄りつつ、語りかけるように言う。
その周囲には、ニッパーやペンチ、ラジオペンチ、プライヤー、金鋸、電気グラインダーといった工具類が、銃火器類とともに広げられている。
「あそこはいけません。放っておくとまたお嬢を殺しにきます。だから、潰さないと……
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