魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
──────── 時系列はやや遡る。
新校舎と旧校舎施設には、ちょうどワンフロア分くらいの高低差がある。
登校した沙穂は、新校舎2階、第1調理実習室の前を通り抜けて渡り廊下を通り、ダミー扉の転移門を通る。
その瞬間から、沙穂は魔法少女ランユウィでなければならない。
2段ほどの階段を降りて、旧校舎の1階の床に到達した。
一部の実習室以外は使うことのない旧校舎の1階は、寂寥感が漂うほど静かで ──── 否、ランユウィが到着した頃は、新校舎もまだ登校しているのは生徒の半分に少し届かない時間帯だった。
階段を上って旧校舎2階の、1年F組の教室に向かう。
── 目立ちたがりの2代目なら、こうするはず。
そう考え、一番乗りのつもりで教室に到着したが、教室の中にはすでに2人の生徒がいた。
── 2代目なら、2代目なら…………
「お、おいっす!」
ランユウィは、開けた扉の前で5秒を越えて立ち尽くした後、取るべき所作を考えて行動する。その結果、片手を挙げながら、お笑い芸人として神と称されるほどの伝説、音楽でも大きな功績を残した、かのコミックバンドのリーダーの名物挨拶を口にしつつ入室することになってしまった。もっともあれ、本人は「おいすー!」と発言しているつもりらしかったが。
「おはよう」
「おはようございます」
教室内にいたのは、プリンセス・ライトニングとOR・
「えっと、ランユウィさん、でしたね」
OR・治コが、愛嬌のあるニコニコ顔で、ランユウィに話しかけてきた。
「そっす。改めてよろしくっす」
「はい、よろしくおねがいします」
OR・治コと挨拶を交わしてから、ランユウィが見ると、ライトニングの机の上にボードゲームが展開されていた。
「な、なんのゲームっすか?」
ランユウィは、それに興味を示したようにして、2人に訊ねた。
「『The Clash of Artificial Magical Girls.』。知ってる?」
「名前だけは……っすが」
OR・治コの言葉に、ランユウィは決まり悪そうに頭を掻く仕種をした。
魔法少女の間でちょっと流行ってるゲーム。
一般のゲーマーにも結構知られたゲーム。
『The Clash of Artificial Magical Girls. 1.0.1』
原則偶数プレイヤーで、基本は1:1。
基本セットと、汎用のトランプ2セットを組み合わせて遊ぶ。
プレイヤーはミクセリクサー陣営とシャッフリン陣営に分かれる。それぞれ、陣営拠点にジョーカーを置く。
ゲームは「魔法少女探索フェイズ」と「決戦フェイズ」の2段階で行う。
「魔法少女探索フェイズ」では、味方デッキのトランプをトランプ兵かシャッフリンに見立てて派遣して、フィールド内にいるNPC魔法少女を捜索し、陣営拠点に連れ帰る。この時、偶発戦も当然発生する。
戦闘では
ミクセリクサーの
すべてのNPC魔法少女を確保するか、ターンオーバーで「魔法少女探索フェイズ」は終わる。
「決戦フェイズ」に移ると、ここはお互い相手のジョーカーを狙って進撃する。ターン制で戦闘ルールは「魔法少女探索フェイズ」と同じだが、複数のカードを出すことができる。
シャッフリン陣営は、確保しているNPC魔法少女に対して「クビヲハネヨ」と宣言して捨てることで捨札を再シャッフルして山札に戻せる。
ミクセリクサー陣営は、手札・山札が尽きた後、無条件で3回まで捨札を再シャッフルして山札に戻せる。
これだけだとシャッフリン陣営の方が有利に見えるが、ミクセリクサー陣営は確保したNPC魔法少女の魔法を使って盤面に影響を与えることができる。
例えば、相手陣営への侵攻度を一気に上げる “亜音速移動”、敵陣営の指定された札を別の戦線に移動させてしまう “位置入れ替え”、相手側の攻勢もしくは防御を山札に戻させる “激震”、などだ。
その中でも特に、侵攻度に関係なく相手拠点のジョーカーを攻撃できる “必中投擲”、発動後はシャッフリン陣営側が常に手札を公開することになる “読心”、そして発動した時点でシャッフリン陣営側の敗北となる “現身殺し” など強力なものがあり、そのためシャッフリン陣営にいる場合はこれらの強力なNPC魔法少女を「魔法少女探索フェイズ」のうちに探し出して確保しておくことが勝利の鍵になる。
ちなみに “現身殺し” は流石に強力すぎるということで、初心者・初級者ルールでは外すことを推奨されている。
──── こんなもん誰がつくったのかと言えば旧オスク派の有志だった。とにかくシャッフリン
『The Clash of Artificial Magical Girls.』
とタイトルまでそのとおりにして、フィールドボードキットとNPC魔法少女の
売れなかった。
そりゃもう悲しいほどに売れなかった。
なんでそこまで売れないのか不思議で、秋葉原でアナログゲーマー相手に調査してみたところ、売れない理由は、
「シャッフリンがヒーロー、ミクセリクサーがヴィランの設定だからだよ。普通逆でしょ。魔法少女を保護して、協力して
と、言われて頭を抱えることになった。
精神的に致命打受けて血涙流しながらも、コストだけでも回収しないとならないと、設定をミクセリクサーをヒーロー、シャッフリンをヴィランにして、ボードのデザインも夢のありそうなものに変え、『The Clash of Artificial Magical Girls. 1.0.1』として売り出した。
売れた。戦闘時の係数が書かれた専用トランプ2デッキをセットにした初回限定版はあっという間に完売し、アナログゲームショップやECサイトからは追加発注が殺到した。それに凄まじく虚しさを感じつつも、商売だからと、エクスチェンジフィールドマップ、エクストラNPC魔法少女カード、更には専用ダイスまでも作って売り出して、売れた。
──── そして、時系列は現在に戻る。
「あーっ……そこでハートの2はないっしょう!?」
ランユウィが叫ぶ。
「先にスペードのエースを使っちゃったほうが悪い」
湿度の高い表情でニヤニヤしながら、プシュケ・プレインスはそう言った。
プシュケ・プレインス、水田稚奈は元々明るい性格ではなかったというか、10歳で魔法少女になって、さらにプク・プックに見出されて、一般社会での人間としての前途をすべて否定して生きることになったため、鬱屈した性格になっていた。
人前での話し方は常にボソボソ、人の見ていないところで陰口言ってストレス解消をするような少女だった。
プク・プックが殺されたと知ったときには、将来がどうなるのかと目の前が真っ暗になったが、騒動が一段落してみればプク派残党は “寄らば大樹の陰” とカスパ派に身を寄せることができて、危険な相手だったオスク派の方がより
そこでホッとしていたら、プク派残党の活動として魔法少女学級に潜入することになった。
名目は旧オスク派の人間が主催している魔法少女学級を監視することだったが、それでも少し、いや半端なく嬉しかった。すでに本来の中学生の年齢は過ぎているが、一般社会ならまだ学生をやっていてもおかしくない年齢だ。
それに、話を持ちかけられたときには、
── あの
と、ちょっと前に、とある場所で出会った、白く小さな魔法少女のことを思い出した。
なんの理由か、その頃のプシュケは、プク・プックがどうして死んだのかにはあまり興味がなかった。当然誰かを恨むこともなかった。
気分を一新して、鬱蒼とした髪型をバッサリと短くして、魔法少女学級に臨んだ。
まだ2日目だが、この先に起きることを期待して、心が弾む。
もちろん、プシュケは自分の任務を忘れてはいない。忘れてはいないが、だからこそ、ここでは中学生として振る舞わなければならない。
もう1人、プク派は魔法少女を雇って魔法少女学級に送り込んだと、プシュケの方は聞いていた。目の前にいるランユウィだ。だが、ランユウィの方はプシュケの背後関係を知らない。なにかがあって協力が必要な事態に追い込まれない限り、自分からは明かすなと言われていた。
それでも、ランユウィとは早速友達になれそうな気がした。
キーンコーンカーンコーン……
昭和30年代から現代に至るまで、義務教育校や公立高校はそのほとんど、さらには学校と名のつくあらゆる場所を席巻するほどに広まっている電子音が、スピーカーから響く。
「あ、予鈴だ」
2人のゲームを観戦していたOR・治コがそう言った。
「片付けなきゃ」
「ええ?」
当然のようにそうしようとする治コに対し、ライトニングが不服そうな声を上げた。
「今度は私が対戦する予定だったのにー」
ライトニングはそう言うものの、ランユウィが、頬を掻くような仕種をしつつ、
「いくらなんでも、5分じゃこのゲームは一戦できないっすよ」
と、プシュケとともに苦笑しながら、そう言った。
「むぅ」
ライトニングは拗ねたように口元を尖らせるが、持ち主の治コはそれをさっさと片付けてしまう。
治コがゲームを紙袋に入れて、ロッカーにしまった時、
「遅刻、遅刻、遅刻ーッ!!」
と、1人の生徒が駆け込んできた。
生徒の中でも、顔は童顔でも身体全体が特殊なプレイでもない限り中学生の制服を着る年齢ではないと主張している、ディティック・ベルだ。
「ふーっ、間に合った……」
自分の席の机に手を突いて、大きく息を吐きだしながら、ベルは呟いた。
彼女は元々、勤勉で用意周到な性格だ。基本的に平時に於いてこのような失敗を犯すタイプではない、ないのだが…………
「電車1本逃すと14分来ないの忘れてた……」
ベルは普段、自宅から勤務先まで、朝ラッシュの時間帯には5分より短い間隔で運転している路線を3路線(体感的には2路線)だから、出張調査ならともかく自分の生活としてその間隔が地方の時計に合っていなかった。
あるいは、やってられるかと寝る前に缶チューハイなぞ少々入れたのも悪かったのかもしれない。
ベルは、前夜に酒飲んだなどお首にも出さずに、すまし顔をつくって席に座る。ここにいても当然だ、とばかりに開き直っているつもりだったが、やはり顔は
バンバンバンバン
「はーい、席についてください!」
朝のSHRのために、教室前側の扉から入ってきた繰々姫が、出席簿を叩いて鳴らしつつ、声を上げた。
──── で。
繰々姫は、
── 一体、誰がこんなの考えたの……
と、そう思いながら、教壇の上に立っている。
中学校第1学年とは名ばかり、魔法少女候補生だから、実際には一般社会での教育課程がどこまで進んでいるかは一致していない。
だから、一般教養の授業の様相は、漫画やアニメで見たような田舎の分校のような様相だ。教材は魔法の国側の運営が作成したものだが、近い教育課程段階の生徒ごとにグループ分けして、1グループを繰々姫が講義して、他のグループは自習用教材頼みと言ったところだ。
繰々姫は、今は褐色肌トリオ ──── アーマー・アーリィ、ブレイド・ブレンダ、キャノン・キャサリンの3人に講義をしている。ドリル・ドリィはもう少し上の課程と見做して大丈夫だと、カルコロと相談して決めた。その上は、一般教養の授業には「良きに計らえ」状態らしい。
──── で、だ。
誰がこんなこと決めたの、と繰々姫は胸中で思っていた。
授業中について、 ────
一般教養は魔法少女に変身して行う。
魔法少女座学は変身を解除して行う。
──── と、いう事になっていた。
普通逆だろ、と思うだろう。繰々姫もそう思った。
カルコロは、これは割と準備の最終段階に入ってから決まったことだと答えた。
魔法少女の能力を持っているときに、一般的な社会生活の所作をするクセをつける、のが目的なのだという。
困惑しきる繰々姫だったが、実はこのあたりの案のもとが、今の彼女にとっての
繰々姫 ──── 希も、元々の姿でも「ベビーフェイスモンスター」やら「合法ロリ」やら蔭で言われているのは、近年ではもう理解し承知している。が、よもや繰々姫の姿で教鞭を取る羽目になるとは思っていなかった。
逆に、ベルの方は一転して余裕綽々だ。グループは高校生相当のそれに参加しているが、パツパツの制服姿から、魔法少女の姿になって、リラックスして集団学習の輪に入っている。
神様は何かしらの羞恥プレイを求めているんじゃないか、と、繰々姫も思った。
「桜 咲キ マシタ」
「『桜
アーマー・アーリィの音読に、繰々姫は腕を組んで考え込む。助詞、と言って教えていいものなのか。理解できるのか。
繰々姫は、大学で小学校と中学校(国語)の両方の免許状を取得しているが、卒業して最初に着任したのが波山中学校で、それからずっと中学校で教師をしていた。小学生の相手は教育実習以来だった。いや、
── この子達を小学生に分類していいのかしら?
とも思う。
「この “が” が重要なのね。言葉で何かを伝える時、その対象の人やモノがなんなのか、きちんと伝える必要があるから」
「ン、ワカッタ」
アーリィはそう言いながら、ノートに書き込んでいる。
アーリィは魔法少女姿になると、ヨーロッパの騎士甲冑を少しデフォルメしたものを着ている姿になる。後ろにハート型リングのついたフルフェイスの兜もだ。アーリィはその
「アーリィさん、それでノート、見えているの?」
「見エテル」
繰々姫が気になって問いかけると、アーリィはそう答えた。
「アイツ ズルイ」
繰々姫がしばしアーリィにかかりきりになっていると、キャノン・キャサリンがそう言った。
変身前はそっくりな4人だが、変身後は、デザインに通じるところがあるものの、かなり違う。キャサリンは
衣装は、ナポレオン ──── いや、その前、グスタフ2世アドルフの時代より少し前だろうか、ヨーロッパの戦争が剣・槍・弓から銃砲に移る頃の、軽装鎧を着けた兵士、といった様相の姿をしている。アーリィと同じように、ハートモチーフの飾りが着いている。
ブレイド・ブレンダは、アーマー・アーリィと比べて軽装の鎧を身に着けているが、前線の兵士・騎士と言うよりは、剣闘士を思わせる姿をしている。兜からはみ出す金髪は、キャサリンの髪と似たような髪質をしている。その兜の前面に、大きなハートのエムブレムが入っている。
── と、いうことは、アーリィも兜を脱ぐと、こんな感じなのかしら?
繰々姫はそう思った。
話をキャサリンの言葉に戻す。言いたいことは多分、ドリル・ドリィだけ自分たちより年長のグループに入れられていることが気に入らないのだろう。
「うん、悔しいのはわかるわよ、でも、魔法少女として、まずは人前できちんとお話ができるようにならないとね。魔法少女が困っている人を助けるのに必要なことだから」
繰々姫は、含んで聞かせるような口調でそう言った。
「困ッテイル 人 助ケル……」
「うん」
キャサリンが反芻した言葉に、繰々姫は優しい表情で頷いてみせた。
キャサリンは、まだなにか思うところがあるようだったが、とりあえずドリィに視線を向けっぱなしにするのをやめて、繰々姫が授業をする黒板を見た。
プシュケ・プレインスの経歴が少し変わっているのはわざとです。
プシュケは各設定を突き合わせていくと、プク派崩壊後にフリーランスになった、と考えるのが自然、なのですが、この世界ではプク派残党は早々にカスパ派に恭順して余力を残しているので、プシュケが放り出される理由が薄いのです。
繰々姫が小学校の教員免許状を持っているのも独自設定です。原作でそのことに言及している場所はなかったかと思います。大学在学中に両方とも取得しようとすると取得単位数が増えて大変な反面、後々のキャリアアップには楽とのことです。大抵は大学では「どちらか片方」だそうですが、繰々姫は多分他の講義に余裕がある文系(偏見)なので、教職を目指していたなら両方取ってておかしかないな、と判断しました。
具体的な感想をいただけると、続きを書くことが捗ります。
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