魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「今から話すことは、あなた方が
よりによって、この話から入るのか。
指導要綱を手渡された時点から、カルコロはそう考えていた。
主催者の意図は解らないでもない。
「森の音楽家クラムベリーの犯罪は、魔法少女の仕組みを根本から壊しかねないものでした。────」
これだ。クラムベリーは右も左も知らない魔法少女候補生を相手に殺戮を繰り返した。だからこそ真っ先に新人魔法少女にそういう例があったと教育しておく必要がある。その考え方はカルコロには理解できないでもない。
制服姿の少女が机に向かっている ── 約1名、すごく浮いている者がいるが ── 中で、
── 自分は教師然として振る舞えているだろうか。
と、カルコロはやはり多少以上には気になる。
「大丈夫ですよ」
「むしろ私より
と、言っていたが、リップサービスだって含まれているだろう。────
「炎の湖フレイム・フレイミィのような模倣犯、つまりしてはならないことを真似した場合もあって、────」
──── この内容がしばらくつらつらと続く。
いや、もちろん1日の課程すべてこれで終わるわけではない。魔法少女としての所作、どうあるべきか、何を果たすべきか、といった課目もある。
一般社会の学校だって同じ内容をずっと続けていても集中力を切らすだけだ。いや現に、開始10分ですでに飽きたように窓の外を見ている生徒がいた。ドリル・ドリィだ。
そのドリィを見て、カルコロは、軽くため息を吐きつつ、講義を続ける。
「殺意の丸鋸ソー・フラン、鉄壁リリルルゥ、といった、フレイミィから更にその真似をした者もいます。もちろん咎められる犯罪、してはならないことです」
── それにしたって、魔法少女犯罪についての課目があって、1学期から2学期の半分くらいまでそれがずーっとクラムベリーの話というのはどうなんだ。
流石にカルコロでもそう思わざるを得ない。しかも、その後も度々クラムベリーが出てくる。
カルコロは犯罪学者だからこそ、教えなければならない犯罪はいくらでもあるだろうと考える。例えば、プキンという司法側にいた魔法少女の犯罪だ。むしろ、これからの魔法少女制度の再編に必要な知識としてはこちらの方が重視するべきじゃないか、とも考えていた。
「また、クラムベリーの部下、手先になった魔法少女も少なからずいました。代表的な例としてのっこちゃんが挙げられます」
カルコロが、総合的に指導要綱を見て、理想的ではない、と感じているのはこのあたりにもある。
クラムベリーの最大の、協力者、崇拝者と言えば、魔法少女メルヴィルだ。数ある模倣犯よりも、クラムベリーそのものになろうとした存在として、クラムベリーの犯罪の解説に必須な存在のはず、犯罪学者志望のカルコロにはそう判断できる。
ところが、メルヴィルの名前はテキストにはついぞ出てこない。代わりに出てくるのは、
「また、クラムベリーによる候補生の中には、すでに候補生のときから相手に危害を加えたり、社会一般の犯罪に於いて加害者となったりするケースもあり、例としてカラミティ・メアリが存在します」
と、これだ。
── カラミティ・メアリのような例は、それはそれで教える必要があるけど。ただ……
カルコロはそう考える。カラミティ・メアリの例は、クラムベリーとは独立した犯罪例とするべきだ、と。
ところが、主催者にはそれができない。なのでこれでもかと教えることになるクラムベリー犯罪の、その最後は片手落ちという始末だ。
カルコロとしては、この点、不満に思っても、主催者に意見具申するのもまた、考えたくもないことだった。
「──── それぞれの事件はこれから学んでいくことになりますが、まずはクラムベリーという魔法少女について、思ったところを配ってある用紙に書いてみてください」
キーンコーンカーンコーン…………
職員室に戻ったカルコロは、自身の事務机に向かい、軋む事務椅子を引いて座り、
「ふぅ……」
と、ため息をついて、眉間を揉みほぐす仕種をする。
「お疲れさまでした。どうですか、初めての授業は?」
次の授業の準備をしながら、繰々姫 ── 今は希の姿 ── が、どこか苦笑したような表情で話しかけてくる。
「まだなんとも……緊張感が勝って生徒の様子を見てる余裕もないですよ」
手足をストレッチしながら、カルコロはそう言った。
実際、講義をしていて、カルコロは、その内容に気になるところが多々あったのは事実だ。だが、中学校制服を身に着けた15人の姿に圧倒されて、何かを肌で感じる余裕がなかったのもウソではなかった。ドリル・ドリィのようにあからさまに余所見をしている生徒の存在はわかったが、机に向かってテキストに視線を向かわせている少女の一人ひとりを観察する余裕はなかった。いや、ディティック・ベルだけは目立つからついつい視線がそっちを追ったが。ひょっとしたら他の生徒を観察している余裕がなかったのはそれが理由のひとつかもしれない。
「まぁ、最初はそういうものですよ。私もそうでしたから」
一通りを揃えて、後は教室に向かうだけ、という状況にしてから、繰々姫は、苦笑したままカルコロにそう言う。
「繰々姫先生も?」
少し意外そうな表情をして、カルコロは繰々姫に訊ねる。
「それはもちろんですよ。最初に授業するその前の年まで学生だったんですから」
「あっ」
繰々姫に言われて、カルコロはそのことに気がついた。
「言われてみれば、そうですね」
学生の身分だったのが、いきなり講師役に駆り出された、と思っていたカルコロだが、
もちろん教師になるための科目はあるし、教育実習もある、教員採用試験もあるが、生の生徒相手に1人で “船長” になって授業を回す、というのはその後になって配属されて初めて経験することだ。
「私は今年で4年目ですけど、ようやくと言った感じですね」
「そう言うものですか」
繰々姫の言葉に、カルコロは苦笑しながら、軽い口調でそう言った。
次の時限の開始チャイムがなるまで2分、と言ったところで、繰々姫は、
「それでは、私は行ってきますね」
と、笑顔でそう言い、変身していない状態で、教材を抱えて出ていった。
次は魔法少女の基本的な行動原理の授業だ。と言っても、多くの魔法少女はそれになったときにある程度理解しているから、最初のうちはおさらいといった感じになるが。
本人は愛想笑いと思いつつも、安らいだように笑んでいたカルコロだが、繰々姫が古ぼけた樹脂板の扉を後ろ手で閉めつつ職員室を出ていくと、その笑みが消えた。
今さっきの授業で提出させた用紙を見る。
1人のマスターに依存し、結果として監視の届かない事実上の閉鎖空間を生み出している ──── その趣旨の記述があった。特にピシャリとそう書いているのはプリンセス・ライトニングだ。
「…………」
これは、主催者は喜ぶ答えだろうと、カルコロは思った。だからこその魔法少女学級だ。
逆に、カルコロがこれは主催者には見せたくない、と思ったのは、
『管理体制が杜撰かつ、選抜試験マスターの適正調査が不十分』
こういう趣旨の内容のものだ。
これは外交部・カスパ派の主張、『器よりも血の入れ替え』に繋がる。
『候補生の誰かがクラムベリーに勝てばよかった』
これも主催者は不快感を示し、カルコロに八つ当たりの叱責を加えてきそうだ。
実際、 “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験” は、クラムベリーが、スイムスイムをリーダーとする候補生の集団に敗北したことで、その犯罪に終止符を打つことになった。
だが、主催者がこれを肯定できない理由がある。
クラムベリーは、スイムスイム組以前に、ラ・ピュセルに再戦を挑まれて実質的に敗北している。
そしてそのラ・ピュセルは2年後の “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” で “こうあるべきマスター” 像と認識された。
だから『器よりも血の入れ替え』、この主張をつくる様になっている。
クラムベリーの起こした事件のうち、最後の “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験” だけ、カラミティ・メアリにだけ触れてあとは片手落ち、というのも、それが理由だ。指導要綱全体を見ても、ラ・ピュセル、リップル、トップスピード、スノーホワイト、それに直接クラムベリーに関与していないが、ラピス・ラズリーヌ
しかもこの手の趣旨の意見の中に、
『だれかがクラムベリーをやっつければよかった』
と、ドリル・ドリィが漢字を使わず端的に書いたものがあった。
ついでに他の3人は、
『がんばる』
『いっしょうけんめいにやる』
『ぜんりょくでやる』
と、こんな状態だ。
そして……────
「…………」
小さく整った文字でびっしりと書き、それも表面だけでは足りず裏面まで使っている。
── あの短時間でどうやってここまで書いたんだ?
カルコロは、それは疑問だったが、誰が書いたのかは名前を見なくても解った。ディティック・ベルだ。一種の職業病なのか、それとも故意か。
「これは、後でゆっくり目を通そう」
カルコロは、口に出してつぶやき、一旦、他の用紙と一緒に書類ケースに入れた。
教室では、魔法少女の行動原理についての授業を受けながら、ディティック・ベルが、チラチラと机の中の、先の時間のテキストに視線を向けていた。
── どうして、こんなに気になるんだろう……
キーンコーンカーンコーン……
カルコロが椅子にもたれかかって息抜きをしていると、
ガラララ……
と、扉が開いて、ムスッとした表情の女性が入ってくる。その姿を見て、カルコロは慌てて姿勢を正した。
女性の顔、そのつくりは些かキツさがあるものの、美女と呼んで差し支えないだろうに、その滲み出る機嫌の悪さと傲慢さがそれを歪めてしまっている。
場違いに豪奢な執務机の、高級そうな椅子をくるりと回し、どっかと腰掛けた、その女性こそ、梅見崎中学校々長の立場で、魔法少女学級の主催者である、魔法使いハルナ・ミディ・メレンだ。
ハルナは、魔法少女学級に携わることになってから、人前では基本的にずっと不機嫌だ。
まずそもそも、旧オスク派の事業の筈なのに他からの要求が鬱陶しい。特に外交部だ。前に説明したが、魔王パムのおかげで、カスパ派の中ではまとまって活動できる組織になっている。かと言ってパムを外せば魔法の国が外側に対する威厳・示威を失う。痛し痒しだ。
その外交部は二言目には、ラ・ピュセル、ラ・ピュセルだ。これもまた気に入らない。旧オスク派にとっては、ラ・ピュセル-ミクセリクサー師弟は仇と言っていい存在だ。しかも、ハルナ自身、魔法の国本国の情報局で上り調子だったのに、シャッフリン計画はミクセリクサーに潰されるわ、グリムハートはラ・ピュセルに殺されるわで、母体のオスク派の弱体化とともにあっという間に
しかもこれらを表立って糾弾できない。そんなことをしたら、カスパ派、というか、カスパ派内のプク派残党系に付け込む隙を与える。プク・プックがいなくなったことで洗脳支配自体は解けてきているので、同じトップをラ・ピュセルに殺された同士という認識はなく、今もってまったく敵対勢力のままである。
生徒も気に入らない。魔法少女養成のための制度づくりのはずが、実際には生徒の半分ほどが、自身の属する旧オスク派を含めたどこかの派閥が送り込んできた存在で、その中にはすでにベテランという者も多数いる。
「フンッ」
鼻を鳴らした後、ハルナはカルコロの方を向いた。
「随分余裕そうだな」
声自体がそうであることを除けば、まったく女性らしくない口調で、ハルナはカルコロを責めるように言う。
カルコロは、最初にビクッとした後、萎縮した様子で、
「は、はい、そうかも知れませんが……」
と、曖昧に答える。
「あの魔法少女教師とうまくできているか?」
ハルナがそう問いかけると、それを聞いて、カルコロは再度、萎縮したようにビクッとする。
「い、いえ、そんなことは……────」
カルコロはそう答える。実際には繰々姫の存在は、愚痴の聞き手としても、見習うべき本職の教員としても、カルコロのストレス軽減にかなり貢献していた。
しかし、繰々姫は外交部が押し込んできた人物で、しかも市営学園理事会の条件を飲む為の人材でもある。気が楽になってます、お手本がいて助かります、などと、おくびにも出そうものなら、ハルナが更に不機嫌になると、カルコロは思わざるを得ない。
ハルナは、それを見抜いたのか、
「隠すな。かえって癪に障る」
「は、はい!」
と、カルコロを叱責し、それに対してカルコロは、身体をビクつかせつつさらに萎縮する。
「フンッ」
ハルナは再度、鼻を鳴らす。
── 今は我慢のときだ。ここを押さえ続けなければならない。
そう胸中で考えつつ、ハルナは、繰々姫が使っている事務机の方を見た。
── 生徒と教師の半分がクソか。さて、このクソどもをどう料理してやろうか……
などと、剣呑なことを考えつつ、こちらで決済しなければならない書類束に手を伸ばした。
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