魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
キーンコーンカーンコーン……
「許せベルさん」
教室内の教師事務机の椅子に腰掛けた繰々姫は、直接見えない角度、聞こえない声量で、口の中で呟いた。
「これ着てどうスル?」
「えっと、給食の配膳をするんだけど……」
ドリル・ドリィに訊ねられて、焦ったような苦笑でディティック・ベルが答える。2人とも、白い、前ボタン型の給食着を身に着けているが ────
給食当番はとりあえず出席番号順で5人……と、思ったところが、その中に井上取好、つまりドリル・ドリィが含まれてしまった。
そのため、4時限目終了直前、給食配膳の案内のために、カルコロから交代した繰々姫が、
「──── さん、までの4人、それとディティック・ベルさん、今週の給食当番お願いします」
「はぇっ!?」
との言葉に、ベルは、ギョッとしたような目を繰々姫に向けつつ、上半身だけの “シェー” が崩れたような妙ちきりんな手振りとともに、裏返った声を出した。
「その、
口元を引き
「給食、到着しました」
教室の扉から、木ノ実が顔を覗かせた。学校給食用の配膳台車を引いてきている。植栽を弄っていた時と異なり、普段着の上から割烹着という姿だ。
「…………」
その姿を見た時、ベルは、最初は一瞬ぼうっとしたように、直後に目を細めて鋭く、木ノ実の顔に視線を向けた。
ベルは、目元をほぐすようにしてその険を消してから、
「あの」
と、木ノ実に問いかけた。
「はい?」
木ノ実は、人が好さそうな様子で訊き返す。
「佐藤さんは、魔法少女や魔法使いなんですか?」
「いいえ」
ベルの問いに、木ノ実は苦笑しながら即答する。
「私はあくまで、皆さんの学校生活を支えるための用務員ですよ」
木ノ実はそう言ったものの、
── 嘘は言っていないように見えるけど……
実際にはどうか、後で確かめようと思いつつも、疑念に思考を走らせる。
── そもそも、なぜ魔法少女でも魔法使いでもない人間を用務員に据えているんだろう。
ストレートに言語化できる疑念はこれだ。でもそれだけだと弱い。
ベルは、木ノ実の存在に対して、先程の授業内容とあわせて、何か、喉元に魚の小骨でも刺さったかのような違和感を覚えていた。
そこへ、
「あッ」
と、教材を片付け終えて職員室から出てきたカルコロが、2人がやり取りしているところへ、慌てて駆け寄ってきた。
「ど、どうしました? なにかありましたか?」
何故か慌てたような様子で、カルコロは、2人の顔をそれぞれキョロキョロと見ながら、問いかける。
「いえ、佐藤さんにちょっと気になったことがあって、質問しただけです」
ベルが、まずニュートラルな表情でそう答え、続いて木ノ実が、
「なんてこともないことでしたよ」
と、笑顔でカルコロに向かって答えた。
「は、そ、そうですか。それならいいんですが……」
──…………
カルコロは、ふぅ、と安堵したように言いつつも、まだなにか不安に思っているような様子があることを、ベルはカルコロの表情から見抜いていた。
「ベル、どうすればイイ?」
僅かな間ながら、ベルがカルコロの表情の観察に気を取られていると、背後からドリィに声をかけられた。
「あ、うん、あ、はいはい」
ベルは、コロッと表情を変えて、身体ごとドリィの方を振り返る。
配膳車に乗っているのは、かつて地方の学校給食を席巻したが、今では少数派になりつつある給食用角型仕切り
── これじゃまるで公立校の……
ベルは、そんな感想を抱きかけたが、
── あ、公立校だっけ。
と、そこに落ち着く。
地域中学校ではない、選抜型中学校ということで、華やかな私立中学校型の給食を想定しかけていたが、よくよく考えれば市条例で運営母体が設けられている天下御免の公立校である。
給食なんかも、他の地域中学校と同じ給食センターが担当しているのだろう。
「あっと」
ベルは、思わず苦笑してしまっていたところから、我に返って、
「そうだな、ドリィさんなら……」
と、つぶやきながら、ご飯のスチロールボックスで目が止まる。
「あ、そうしたら、ドリィさんにご飯担当してもらっていいかな?」
他の給食当番メンバーに、そう問いかける。
これなら最初から配分単位が決まっているので、ドリィでもやりやすいだろう、と、
「はい、私もそれでいいと思います」
声に出してそう言ったのは、出席番号1、プリンセス・デリュージだ。ニコニコと愛嬌のある笑顔を浮かべている。
他のメンバーも、特に不服や不満はないようだ。
「そうしたら、これ持ってこっちへ」
ベルがそう言い、スチロールボックスをドリィと2人で持ち上げて、教室内の配膳台の上まで運んできた。
ドリィがフタを開けると、白飯が個別に詰められた赤いフタ付き樹脂容器が、ズラッと詰められているのがあらわになる。
「これをひとつずつ、来た人に配る。できるよね」
「もちろん。任せろ」
ベルが笑顔で言うと、ドリィはそう言って胸を叩いた。
それを見ていた繰々姫が、苦笑交じりにも微笑ましそうに見ている。隣にいたカルコロも、ベルと木ノ実の接触に少しハラハラとしつつも、ベルとドリィのやり取りを苦笑しながら見ていた。
給食の時間自体は繰々姫が指導担当と決めていたが、
「生徒と馴染めるまでは、カルコロ先生も一緒に食事しましょう。その方が打ち解けるのが早くなりますよ」
と、繰々姫の提案があった。丁度いいことに、まだ登校してきていない羅都媛カナと鳩田守颯の机と椅子だけがある。
最初に、繰々姫は、
「私がそちらを使いますか?」
と、カルコロに訊ねたものの、
「いえ、担任はあくまで繰々姫先生ですから」
そう言って、カルコロが固辞した。
実際、女性としてはそれなりに長身のカルコロが、中学生用とは言えその机と椅子に座るのは、見ていてかなり窮屈さを感じさせていた。
「はい、先生達、こちら」
生徒への配膳が行われている中、デリュージが2人分のプレートを持って、机を突き合わせている2人のところへ持ってきた。
「はい、ご苦労さま」
繰々姫は、笑顔でデリュージに礼を言う。
「ご苦労さまです」
それにつられるかたちで、些かぎこちない様子でカルコロはデリュージに告げた。
「給食……久しぶりの給食だ……」
自分の分のプレートが机に載っているのを見て、プシュケ・プレインスは表情を明るくしつつ、呟いていた。
小学校の給食はどうだったか、確かおかずそれぞれに食器を使うタイプじゃなかったかな。プシュケはそんなことを考えながらも、目の前の光景に対する感動が止められなかった。
「プシュケ?」
隣から声を掛けられて、プシュケは、ドキッ、として、我に返る。
「ナンダカ、タノシソウ?」
アーマー・アーリィが、プシュケをじーっと見ながらそう言った。
「え、あ、ま、まぁ……」
プシュケはそれを受けて、言葉では誤魔化しつつも、ニヤけてしまうのを止められない。
配膳が終わり、給食当番の5人が自分の席に戻ってくる。
「それでは、デリュージさん、お願いします」
全員が着席したところで、繰々姫がデリュージに
「はい ────」
「いただきます」
「まったく、なんで私がこんなものを……」
新校舎の校長室で、ハルナがブツクサ言いながら、給食のメニューを口に運んでいる。
白飯、
ハルナは、オスク派崩壊の後もスカンピンと言えるほど経済的には困っていなかったが、出ていくものは抑えたい。シェフを雇って自分だけ豪勢な食事、と洒落込むほどの余裕はなかった。
─☆──☆──☆──☆─
名深市中宿、元 “華乃邸”。
「今日のお昼、昨日のご飯でドリアにしちゃおうと思ってたんだけど」
「あー、あたしも別にそれで構わないよ」
当然ラ・ピュセルの姿で尻尾と衣装だけ消えているところへ、青いジャージ姿の颯太が訊ねると、それに対して答えを返したのは朱里だった。
来た時は、
「あちゃー……華乃さん出勤日か。出直した方がいいか?」
と、自身は翌々日から大学の前期講義が始まる朱里は、気まずそうに言った。
しかし、
「なんで? 朱里ちゃんだったら別に華乃も気にしないでしょ?」
と、自分を巡る恋愛戦線が華乃vs小雪、それも華乃と配偶者関係になったことで終焉。 …………と、思い込んでいて、華乃の方は幼馴染関係の
作り置きを冷凍しておいたものを、すでに冷蔵室側に移して解凍してあった、ジップロック包みの
その時点で、昭和レトロなガスコンベクションオーブンのスライド点火スイッチを点火側に押し込む。温度を調整する。
象印NDAK-T18型炊飯器から、残っていたご飯を耐熱皿2つに盛って
オーブントレーに2つの耐熱皿を載せて、オーブンの中へ、タイマーをセットする。
なにか興味があるのか、朱里も和室で座りっぱなしにしておらず、台所をキョロキョロと観察している。
颯太が離れた後、朱里がオーブンを観察する。
「まぁ旧いオーブン。よく使えるな……」
朱里が、庫内を覗き込みながら言うと、颯太が答える。
「昔の機械は摩耗する部品が少ないからね」
「あたしらより歳上なんじゃないのか?」
「ボクたちどころか希さんよりずっと年上」
「こんなの買うの、よく華乃さん許可してくれたな」
「買うこと自体はちゃんと解ってくれたよ」
「……
颯太がどこか曖昧に答えたところで、朱里が意地悪そうに苦笑する。
「どんなモンが届くかは言ってなかったろ?」
朱里の言葉に、颯太がギョッとして目を
「なんで解るの?」
「解るわ!! オタクのやることはだいたいそうだろ」
「ぐっ……」
「その結果どうなった?」
朱里が問いかけると、颯太は黙って、壁にかけてあるベコベコのフライパン ──── 否、
「やっぱりな」
「『置く場所考えろ』と言われました」
「当たり前だ。あのぐにゃぐにゃぶりは
「なんで解るの!?」
「お前常にラ・ピュセルだからそうしないと効かねぇじゃん」
「みんなして同じこと……」
颯太は、口を横に広げて朱里をヤブ睨みする。
朱里は、ヘラヘラ笑いながら、オーブンを観察していたが、
「あれ?」
と、何かに気づいて声を出した。
「あたしも詳しいわけじゃないけどさ、OSAKA GASなんてガス器具メーカーあったか?」
「あ、さすが朱里ちゃん。気がついた」
颯太が、軽く驚いた様子で言った。
「気づかいでか! あたしをなんだと思ってる!?」
朱里は、まだ
「いや朱里ちゃんは、ちゃんと見れば気づくかなと思ってるけど」
「けど、なんだよ?」
颯太の言い訳じみた言葉に、朱里はまだ気を悪くしたままの様子だったが、
「これ買ってもう何年か経つけど、小雪なんかオーブンの中から出して配膳するまでやってもなんとも言わないよ?」
「あー…………」
颯太の言葉に、朱里が「あちゃー……」と言った様子で、右手で顔を覆った。
「あいつは自分の興味ないことにはとことん反応しないところあるからなぁ……」
「そうそう」
朱里の言い種に、颯太も意地悪そうに笑って言う。
「で、それ中身はリンナイだよ」
「それは流石に知ってるな」
「バッジだけガス会社、ガス供給するほうね。そっちのに替えて売ってたやつ」
「ふーん…………」
一度は納得しかけた朱里だったが、
「あれ? でも大阪ガスって、東京ガスみたいな都市ガス屋だろ? このあたりプロパンガスだよな?」
と、眉を怪訝そうに
「左側の奥見てみて」
「んー?」
颯太に言われるままに、朱里がオーブン左側面の奥の方を覗き込むと、
使用ガス種:6C
AC100V / 60Hz
熱量変更 LPG 1984年 アルプス産業株式会社
周波数変更 100V / 50Hz
「なんだこりゃ、あとからプロパンガス用に改造したってことか」
「そう言うこと」
ジィイィィィーッ…………
カチャ……ン
タイマーのお知らせ音とともに、スライドレバーのメインバーナー側だけが “止” 位置に戻る。
「さて、火の通り加減はどうかな……と」
颯太は、オーブン皿ハンドルを手にオーブンドアを開け、オーブン皿ハンドルをかけて少し引き出す。
クリームチーズが焼き締まり、粉チーズに沿ってきつね色に程よく焦げている。
「おっけーおっけー」
颯太はそう言いながら、パイロットバーナーも消しつつ、オーブン皿ごと耐熱皿を調理台に移動させて、耐熱皿を木製の受皿の上にうつす。
「できた」
そう言って、颯太が身体ごと朱里の方を向く。
「…………どうしたの?」
自分を見て、苦笑気味にニヤニヤヘラヘラしている朱里に、颯太は不思議そうに問いかける。
「いや、そういやお前、わりと形から入るタイプだったな、と」
「?」
和室に移動し、折りたたみ脚ながら大きめの
「いや、でもいい匂いだな」
湯気とともに漂う芳醇なチーズの香りを、朱里は大仰にかぐようにしながらそう言った。
「飲み物どうするー?」
一度台所の方に行った颯太が、開け放たれた引き違い戸越しに問いかける。
「ドクペだろー?」
朱里が、苦笑しながら訊き返すように言う。
「あれ、別のものがいい?」
「いや、それでいいわ」
朱里がそう言うと、颯太は500mlペットボトルのドクターペッパーを2本、持って入ってくる。
「はい朱里ちゃん」
「ん」
朱里が颯太の差し出したドクターペッパーを受け取ると、颯太は丁度朱里と正対して向かい合う位置に腰を下ろした。
「それじゃ」
「いただきます」
「うまっ。これ手作りしてんだよな?」
「そうだよ。ボクがね」
朱里の反応に、颯太がどこか得意そうに言う。
「あとひとつ足すとしたらあれだな、ハーブをちょっと効かせてもいいかも知れんな」
「あ、確かに。今度やってみよ」
朱里の発案に颯太が乗っかりつつ、昼食の時間が過ぎていった。
─☆──☆──☆──☆─
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