魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
──── 少し、時系列は前後する。
梅見崎中学校。
キーンコーンカーンコーン……
放課後。
「…………」
ディティック・ベルは、新校舎の裏手、普段から影になって人気がない場所に来ていた。
周囲を伺うようにキョロキョロとしてから、氷岡忍の姿から魔法少女の姿になる。
再度周囲を見回し、視線が自分に向かっていないことを確認してから、新校舎の壁にキスをした。
すると、
「やぁ、お嬢ちゃん。何か御用かな?」
と、クレイアニメ風に、壁に顔が出現し、ベルに問いかけてきた。
ディティック・ベルの魔法 “たてものとお話できるよ”。壁でも床でも天井でも、建造物の一部にキスをすると、建造物にキスをすると、そこに顔と疑似的な人格が現れ、会話できる。普段の探偵業にも非常に役に立つ。
「用務員の佐藤木ノ実は知ってる?」
ベルがそう訊ねると、
「ああ、知ってるよ」
と、新校舎の壁の顔はそう答えた。
「去年の秋に雇われた用務員だね」
「今時、住み込みの用務員なんて珍しいけど、理由はわかる?」
ベルは重ねて問いかける。
「さてな、職員室でも彼女は、旧校舎に入れる以外は普通の用務員でしかないよ」
「その、旧校舎に入れる理由は知ってる?」
「知らないな。多分ここに来る前に決まっていたことなんだろう」
新校舎の答えに、ベルは眉間に皺を寄せる。
ベルの魔法をかけられた建造物は、話せないことは話せないと言っても、基本的にウソをつくことはない。
この梅見崎中学校の、予算配分、人材確保といった運営決定権は市営学園理事会にある。そしてその事務所はここではない。
── なにかわかるとしても、学園理事会の建物じゃないとダメか。
ベルはそう判断しつつ、新校舎に更に訊ねる。
「佐藤木ノ実は、魔法少女だったり、魔法使いだったりしない?」
「いや? そんな場面の覚えはないな」
「あなたが言えないことだから隠してる?」
それならそうと言うはずだが、念の為に確認してみた。
「いや、それはない。私の持ち主は、市だからね」
新校舎はそう答えた。
ベルの魔法の目立つ弱点のひとつがこれだ。建造物の持ち主の利益にならないことは話さない。
だが、新校舎はそれを否定した。それ自体はウソではないはずだった。
「佐藤木ノ実の生活に、なにか不審な点はある?」
ベルは更に問いかける。
「どうだろう。勤勉な住み込み用務員という印象しかないな。極たまに寝過ごして出勤に遅刻することがあるが、それ以外は夜も早く就寝、健康で健全な生活をしているという感じだ」
「そう……」
「ひとつあるとすれば ────」
「ん?」
「よく夢にうなされている」
新校舎の言葉に、ベルは更に怪訝そうな表情になった。
「夢に?」
「そうだ。その時決まって、『ラ・ピュセル』という名前が出てくるな。彼女にとっては夢の中の出来事で、起きてしまうと覚えていないようだが」
「ラ・ピュセル ────」
聞き覚えのある名前だ。確か3年前、名深市というところで起きた、魔法少女選抜試験が2人の犯罪魔法少女に襲撃された事件に出てくる名前だ。その選抜試験のマスターで、犯罪魔法少女を排除して候補生の被害を最小限にとどめた、とされている。
その事件について思考を走らせたとき、頭の中で、ぞわり、と、なにかが走ったような感覚があった。
「気分が優れない? なら保健室に ────」
新校舎は、妙に気を利かせたような言葉を言うが、
「大丈夫、ありがとう」
と、ベルは、礼を言うと、その壁に再度キスした。
すると、ここもクレイアニメのエンディングのように顔のパーツが平面に戻り、元の何の変哲もない鉄筋コンクリート造の校舎の壁に戻った。
ベルの魔法の、もうひとつの弱点と言うか、欠点と言うか、それがこれだ。会話を終えて、元の壁に戻すには、再度キスしなければならない。
ただ、逆に言えばベルが解除のキスをするまで顔は残り続けるので、ギミックとして使う応用もできる。
「…………」
ベルは、苦い表情というか、じっとりと微妙な顔をしてから、変身を解除して、氷岡忍の姿に戻った。
アラサー偽装中学生は、そそくさとその場を離れつつ、
── やっぱり佐藤木ノ実には何かある。
と、考える。それも、多分この魔法少女学級の根本に関わるなにかで、依頼主が知りたがっているものに繋がっている、と、推論を組み立てていた。
組み立てながら、中学校も高等学校も、下校する梅見崎学園の生徒でごった返す駅に ────、一度怖気づくようにしてから、えいやっ、と突入していった。
旧校舎、現職員室。
「日報、……保存……」
発売当時のままならWindows11がギリギリ動くスペックのパソコン ── カルコロがなんとかマトモに使えるようにいろいろ増設したり換装したりした ── を使って、繰々姫は日報を作成し終える。
「ふぅ……」
希の姿の繰々姫は息を吐くと、
「カルコロ先生、まずいところないか確認してもらえます?」
と、パソコンのモニターの上越しに、向かいに座っているカルコロにそう言った。
「あ、はい」
そういって、カルコロは自分の机の方に置いてあるノートパソコンを操作した。
「よっこいしょ……」
繰々姫は、軋む事務椅子を半回転させて立ち上がり、元は教室の生徒用ロッカーだった方へ向かう。
「コーヒー、カルコロ先生の分も
繰々姫は、ロッカーの上に載せられているコーヒーメーカーの前に向かいつつ、背中を向けたまま訊ねる。
「ミルク1杯半、砂糖3つ……────」
カルコロは、パソコンの画面を覗き込んだままそこまで言ってから、そこで身を起こし直して繰々姫の方を向き、
「お願いします」
と、妙な気恥ずかしさにヘラっと笑ってしまいながら言った。
コーヒーメーカーは繰々姫 ──── 希の持ち込みだ。パナソニックのちょっといいコーヒーメーカーだが、2代前の製品ということで安く譲る、と言われてジャックが1万円札もって受け取りに行ったら「どうせならもう1台」と夢◯゙ループのノリで押し付けられたので、今度はそのジャックが流石に置き場に困ると希に¥3,000で譲った。そしてここにある。
隣には、金色の装飾のあるコーヒーサイフォンと手回しミルが置いてある。希が持ってきたNC-A56型を見たハルナが、その翌日に持ってきた彼女の私物だ。オスク派が
「いい香りだ。俗世の全自動機械で
と、繰々姫に見せつけていたが、その間繰々姫は吹き出すのを我慢するのに四苦八苦した。ハルナが新校舎の校長室に戻ったところで繰々姫がカルコロにネタばらし。NC-A56には浄水用活性炭フィルターと沸騰浄水機能がある。2人して机を叩きながら爆笑した。
1年F組の放課前の
繰々姫は自分のカップに粉のスキムミルクを1さじ、角砂糖を2つ。カルコロのカップにミルクを1さじ半、角砂糖を3つ落とす。カップを2つとも持って、事務机の方に戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
繰々姫が自分の方の机にカップを置いたのを見て、カルコロは、視線を上げて繰々姫に視線を向け、礼を言った。
「あ、日報大丈夫です」
カルコロが、コーヒーの液面に差し込まれていたスプーンでコーヒーをかき混ぜながら、言う。
「解りました。じゃあ提出しておきますね」
それを受けて、繰々姫の方はコーヒーに手をつける前に、マウスでパソコンを操作して、日報のファイルを新校舎の
「ふぅ……」
繰々姫は、自分の左手で自分の右肩を揉み解してから、カップを引き寄せて、スプーンで中身をかき混ぜ、カップを口に運んでコーヒーをひとすすりした。
「ランユ……鈴井さーん!」
駅へ向かう道中、プシュケは、自分と同じ制服を着た、ポニーテールと言うにはあまり短く小さな後ろ髪縛り姿を発見して、手を振りながら声をかけ ──── ようとして、すでに場所が校外であることを思い出し、水田稚奈は鈴井沙穂に声をかけた。
「あ、えーっと」
沙穂は振り返り、教室で確かに見た、常にヤブ睨みしているような目つきでありながら、それに似つかわしくない超ベリーショートヘアの姿を見て、稚奈だと気がついた。
「水田稚奈。まだ覚えてもらえてなかったか」
稚奈が努めて笑顔と歯切れのいい口調で言うと、
「申し訳ないっす。魔法少女名はもうすぐに出るんっすけど」
と、沙穂の方は苦笑して、後頭部を掻く仕種をしながら、追いついてきた稚奈にそう答えた。
「私も。今、ちょっとそっちで呼びかけた」
稚奈は苦笑し返す。
稚奈は、初対面から2日目の相手にハキハキと話せることに自分でも意外に思っていた。いや、まだそうできるように意識して努めてはいるのだが、それが少しも苦にならない。思い切って短くした髪型のおかげだろうか。すべてが軽く明るく感じる。
「水田さんも電車?」
「あ、……っと、沙穂でいいっすよ」
稚奈の問いかけに、沙穂は一瞬言葉に詰まりかけてからそう言った。
「あ、じゃあ、私も稚奈で」
本当に不思議なくらい言葉がハキハキ出てくると、稚奈は感じていた。そもそも、以前の自分なら、わざわざ同僚に声をかけたりせず、鬱屈した思いをブツブツと、他人に聞こえないように口腔で練りながらの帰宅だったはずだ。
稚奈がそんなことを考えている間に、
「で、電車かっていったら、そっす」
と、沙穂が答えを言った。
「方向は?」
「上りっすね」
「あ、じゃあ私と一緒だ」
まるで、ウラのない本当の学生同士のように、他愛もなく言い合いながら、PASMO定期券を取り出し、簡易改札機を通ってホームに出る。
この駅には単線の交換設備はない。従ってホームは上下方向とも同一の1面1線しかない。
2人はLCD表示機を見る。電車はそれほど待たないようだった。
言葉が途切れる。稚奈は景色に気を取られていたが、沙穂の方は、
── おしゃべりが途切れるのはよくない……こんなとき、2代目なら、2代目なら……
「!」
稚奈が気がつくと、沙穂の手が稚奈の手を握っていた。稚奈が、言葉には出さずに沙穂の方を見ると、沙穂はほんのり紅い顔をしている。多分自分もそうなってる気がした。でも、やっぱり今までのように「気持ち悪い!」と言って手を振り払うことは、したいとも思わなかった。
パタパタパタパタ……
誰か、やたら勢いをつけて、簡易改札機にPASMO定期券を通しつつ飛び込んできた人物がいた。自分達と同じように梅見崎中学校の制服を着ていた。というか、同級生だ。…………一応は。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
走ってきたからか、その同級生は、顔を赤らめて、少しだけ荒い息をしている。
「えっと……」
沙穂が声をかけようとして、少しだけ記憶を探る。
「氷岡さん、氷岡忍さんっすよね?」
「あ…………」
声をかけられた側 ──── 氷岡忍は、2人の顔を見て、更に顔を紅潮させる。
「あ、あの、えっと……」
「? …………ひょっとして、どこか調子が悪いっすか?」
本当に心配している様子で、沙穂が慌てたように忍に声をかける。
稚奈も心配げな表情を忍に向ける。
「えっと……そ、その……私、ほら、こんな姿……」
忍が、どう誤魔化したものかと言葉を選んでいると、途切れつつ出た言葉を聞いて、稚奈と沙穂はキョトン、とした表情でお互い見合わせる。
「スガタ?」
2人して小首を傾げた後、
「可愛い……ですよね?」
稚奈が、ヤブ睨み気味の半開きな目なのに、髪型と合わせてむしろ爽やかささえ感じさせる表情で忍を見つつ、そう言った。
「へ?」
忍が、呆気にとられた表情になって、言動が停止する。
「そうそう、忍さんかわいいっす」
沙穂もニコニコ笑いながら同意する。
「顔可愛いっすし」
「スタイルいいし」
「やめて~」
沙穂、稚奈に次々言われ、忍は赤面しながら顔を両手で覆う。
「魔法少女学級っすからね……候補生になるのはガチ中学生とは限らないっすし」
「それは……まぁ……」
忍は赤面を解けないままにも、両手を退けて2人を見る。
「それに……」
「それに?」
稚奈の、湿っぽいのにいやらしさを感じない表情での言葉に、忍は反射的に訊き返す。
「忍さん、可愛いし」
「可愛いっす。マジで半端なく可愛いっす」
「やめてー……」
稚奈も沙穂も、忍の反応を楽しんではいたが、決して嘘は言っていない。
多分本人の反応と中学校制服との雰囲気の合わなさから、実年齢はアラサー辺りだろうなと、沙穂は推測しつつも、キスをせがまれたら躊躇わずしてしまいそうな程可愛いと思っているのも事実だ。稚奈も表現は違うものの、似たように考えていた。
「いやでも、変に気を使わない方が変な目立ち方しないかと」
稚奈は、苦笑しながらそう言った。
「本当?」
「ええ」
稚奈の言葉に、忍が少し落ち着いたかと思ったところへ、沙穂がさらに言う。
「可愛いっすけどね」
「うん、可愛い」
「か、からかわないでください!」
忍が、また泣きそうな表情になりかける。
「しょーがないじゃないっすか。可愛くて目立つのは止められないっす」
「いやな目立ち方じゃないですから」
「う、うう……」
慰めになっているんだかいないんだかわからない、沙穂と稚奈の言葉に、忍はまだ顔を赤らめつつも、少しだけ落ち着いたと言うか、開き直ってきた。
電車が入線してくる。事実上の動態保存車と言われる最旧型車が入ってきた。鉄道オタクなら
扉が開く。3人は連れ立って電車に乗る。扉が閉まり、電車は沙穂や稚奈の仮住まいのある方角へと走り出した。
『次は ────』
「えっ!?」
車内アナウンスを聞いて、忍が、ギョッと驚いて顔を上げる。
「しまった!」
「え?」
忍が思わず発した言葉に、稚奈もまた軽く驚いたような表情で短く声を出す。
「ぎゃ、逆方向!」
「…………あちゃーっす」
忍のアラサー中学生2日目の学校生活は、電車のダイヤに惑わされ電車のダイヤに弄ばれて終わったのだった。
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