魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
次の駅に着く。この駅も交換設備はない。ついでにホーム有効長が短くて、2連接2本4車体編成の時は、下り方の1車体がドアカットになる。
忍は、失敗に対して恥ずかしそうにしながら電車を降りる。上下線が同一ホームだから、降りたその場で、黄線ブロックを超えたところで、くるりと向きを前後逆にして、失敗で恥ずかしいやら気まずいやらと言った表情で立つ。その目の前でドアが閉まり、電車が発車していく。稚奈と沙穂は電車の窓越しにそれを見送った。
沙穂が登校したときとは逆に、電車は併用軌道に出て道路とともに橋を渡り、商店街の中を走り抜けていく。
「都電には乗ったことあるっすけど、こういうのははじめてっすねぇ」
鉄道線型の高床車が商店街の中を抜けていく光景を、その電車の窓から見ながら、沙穂がそう言った。
「私は京都で似たようなの乗ったことある」
「へー、そうなんっすね」
稚奈の言葉に、沙穂がそう答える。その一方で、稚奈は、沙穂が先程からずっと自分の手を握ったままであることに気がついた。稚奈は自分からそっと手を握り返した。沙穂はそれを感じて、ただはにかんだ笑顔を稚奈に向けた。
電車は次の駅の手前で専用軌道に戻り、さらにもうひと駅に停車、────
「あ、私、次で降りるから」
稚奈がそう言うと、
「あっ、私もそうっす」
と、沙穂が返す。
2人はなぜか、恥ずかしそうにしつつも嬉しそうに微笑んだ。
電車は、橋の上を走って川を越え、稚奈と沙穂の仮住まいの最寄り駅に到着する。
2人は、手をつないだまま一緒に電車から降り、並んで改札のある地階層へと階段を降り、簡易改札機にPASMO定期を通そうとしたところで、手は名残惜しそうに離れた。
駅西側の出口階段を上がったところで、
「そうしたら、私、こっちっすから」
「うん、じゃあ、また明日」
と、沙穂と稚奈は、本当に自然にそう言って、それぞれの帰宅方向に向かって南北に別れた。
稚奈、プシュケ・プレインスのためにプク派残党が用意したアパートは、駅からの所要時間はほとんど変わらないが、ランユウィのそれより少し広い1DKの間取りだ。
もっともキッチンは沙穂のアパートと大差なく、独立した洗面所はなく、浴室にはデカいバランス式風呂釜が鎮座ましましている。
このあたりの住宅事情でトイレと浴室が独立しているだけマシか。
築年は古いが、月家賃はランユウィのアパートより¥5,000ばかり高い上に、敷金として2ヶ月分が必要だった。
鍵を開けて、安っぽい玄関扉を開けて、狭い廊下型キッチンを抜けて、ダイニングスペースに出る。
「はぁ……」
そう吐き出した息は、今までのような厭世的で気怠いものではなかった。級友と手を繋いで帰る、なんてイベントが早くも発生した。胸が温かくなって気持ちいい。
改めてダイニング内を見回す。ランユウィのアパート同様、とりあえず生活に必要な調度品を入れましたという感じで、どこか殺風景ではある。
稚奈は、それでも今は寂しさを感じなかった。
プシュケの部屋を1DKにしてあるのは、プク派残党、あるいは別系統のカスパ派の人間かもしれないが、それが訪れることを考えているのか。
ダイニング内にはダイニングテーブルはなく、背ズリをフラットにできるソファベッドが置かれている。
あるいは、ひょっとしたら ────
── 何かあったときに、ランユウィをこっちに避難させろってことかも。
と、稚奈は考え、更に、
── だったら、普段から呼んじゃ、ダメかな?
そこまで考えた。
鞄を持ったまま、居室の方まで移動する。
居室は和室だったが、万年床になりそうだったので、自腹でシンプルなベッドを用意して運び込んだ。
パソコンが乗っているローデスクの脇に、通学用の鞄を置く。パソコンの起動スイッチを押す。起動は
一度表情から笑みが消える。ただ、鬱屈したそれでもない。真剣な表情で、報告書の作成に取り掛かった。
─☆──☆──☆──☆─
小雪たちがキャンプを張っている河川沿いの市有地に、一度ここを離れていた姫野希のジムニーが戻ってくる。
運転席のドアを開けて出てきたのは、希ではなく小雪だった。
助手席からは燈が降りてくる。それぞれ、ひとつずつのショッピングバッグを手に提げている。
ドアを閉めてロックを掛けたところで、小雪はスノーホワイトに変身した。変身したはいいが、なぜかムスッとしている。
「買い出しお疲れさまでした」
後詰めになっていたジャックが、2人から袋を受け取りつつ、そう言った。
スノーホワイトはムスッとした表情のまま、拡げたままになっていた折りたたみ椅子に腰掛ける。
「えっと、なにか……────」
問題でもあったのか、と、ジャックが、スノーホワイトと、困ったように苦笑している燈の顔を交互に見て、問いかけかける。
すると、スノーホワイトはムスッとした表情のまま、
「やっぱり、
と言う。それを聞いて、ジャックも引き攣ったような苦笑になった。
元々小雪は別にクルマに憧れていた人間ではない。……ではないが、華乃が高3のときに自動車運転免許をとってつばめの伝手でMTのセルボを手に入れてから、颯太ほどではないとは言え、親のクルマより遥かに長い時間乗っていて ──── その上瑠璃のジムニーもMTだし、免許を取るまでの間、周りにあるAT車は、親のクルマと右腕がない関係で運転補助仕様になっているつばめのノマドくらいだったものだから、今度は小雪自身が免許を取るまでに運転の感覚がアタマの中で完全にMT所作になってしまっていたのである。
──── 閑話休題、気を取り直して。
「鶏肉、タマネギ、じゃがいも、ニンジン、万能ネギ、それにみりん……ねぇ?」
頼まれて買ってきた食材を見て、スノーホワイトがジャックに問いかける。
「これ、ラズリーヌにつくってもらった覚えがあるんだけど……」
「あれ、そうでしたか」
今度は、ジャックが、ちょっと失敗したかな、という表情で言う。
「えっと、はい。ラズリーヌ
「あ、ううん」
スノーホワイトは、即座にそう答える。
「そうかなって思ったら、そうだっただけの話。これ美味しいから好きだよ」
「それなら良かった」
ニコ、とジャックが笑った。
会話の外からその様子を見ていた燈が、ジャックの笑顔を見て、なぜか気恥ずかしくなったかのように顔を
「あれ、でもこれ、ラズリーヌはダッチオーブンってやつでつくってたけど」
スノーホワイトが、それに気がついて訊くと、
「はい。私と姉さんも持ってますから」
と、ターコイズカラーのダッチオーブンを取り出し、顔の高さで見せつけるようにした。
「ラズリーヌのは銀色だったけど……」
スノーホワイトが、少しだけ不思議そうに訊ねると、ジャックは、
「ラズリーヌII世様のはステンレス製、私達のはホーロー引きのタイプですね。丁度楽天で安売りしてたので買いました」
と、答えた。
「少し早いですが、下ごしらえしておきましょうか」
「あ、て、手伝います!」
ジャックが、ショッピングバッグを手に、サンバーキャンパーの後方に向かう。その側にレジャー用……と言うには随分頑健そうな折りたたみ式作業台が展開されていた。燈がジャックを追って移動する。
「私は……」
スノーホワイトは少し考えつつ、梅見崎中学校の方を向きつつ、軽く目を閉じて意識を研ぎ澄ます。
姫河小雪が初めてスノーホワイトになった頃、その魔法 “困っている人の心の声が聞こえるよ” は、その困っている度合いによって強さが異なるものの、基本的に無指向性で無差別に拾ってしまうものだった。
それでは
加えてこの後に精神鍛錬のエキスパートであるラピス・ラズリーヌII
「もう放課後か……」
今、スノーホワイトに聞こえてくる梅見崎中学校からの “声” は、サッカー部でうまくパスが回せないだとか、エスカレーター式ではなく上位の高校を目指している3年生の、模試の点がもう少し欲しいとか、新任教師が担任のクラスをうまく回せているか不安だとか、そんな声ばかりだった。 ── あと、ついでにハルナの悪態。
指向性の方向を、登下校路から駅の方へと移していく。
「…………ベルさん、何してるの……」
丁度、『しまった!』『ぎゃ、逆方向!』を拾って、スノーホワイトは後頭部にじとりと汗をかくような感覚を覚えた。
「今日はもう、学校盗聴してても仕方ないかな」
そう言って、スノーホワイトは変身を解除する。その横から、燈が、
「小雪さん、言い方……」
と、気まずそうに苦笑しながら言った。
ジャックと燈が野菜を切りつつ、小雪が昼食やおやつの時に散らばったゴミを拾っていると、
「ただいま」
と、そう言いつつ、希が戻ってきた。
「お疲れさまです」
他の2人とともに希に視線を向けながら言いつつ、小雪が希の分の折りたたみ椅子を用意した。
「ありがと」
希は小雪にそう礼を言いつつ、
「よっこいしょ」
と、声を出しながら椅子に腰掛けつつ、繰々姫に変身した。
「学校はどうでしたか?」
小雪が繰々姫に問いかける。
「授業1日目だからなんとも……とにかく全員がどんな感じなのか把握するので精一杯」
繰々姫は、疲れた様子でそう言った。
「本当に候補生の魔法少女もいますからね……」
小雪が苦笑しながら言うと、繰々姫は、こくん、と頷いた。
「デリュージはどうでした?」
燈が訊き、ジャックも繰々姫に強く視線を向けている。
「あー……ごめんなさい、今日はあまり見てなかった。彼女、手がかからないんだもの」
「ですか……」
繰々姫の答えを聞いて、燈は、口元では苦笑しつつ、落胆したのか安堵したのかといった感じの表情になった。
「さて。繰々姫様も戻られたので、少し早いですが、火を通してしまいますか」
ジャックがそう言い、切られた野菜を、ダッチオーブンの中に敷き詰め始める。
「スノーホワイト様か繰々姫様、発電機の灯油入れてからエンジンかけてもらえますか?」
鶏ももブロックのパックのビニールを剥がしながら、ジャックが言う。
「あ、私がやりますよ」
燈がそう言ったものの、ジャックが、
「インフェルノの手が油臭くなっちゃうからダメ」
と、言って制した。
「え、でもお2人の手だって……────」
「インフェルノの手が油臭くなると、食材に移っちゃうでしょ」
燈の反論に、ジャックはさらにそう返した。要するに引き続き料理を手伝ってほしいからダメ、ということだ。ただ、それは単にアシストが欲しいのか、それとも────
「あ、じゃあ私がやる」
繰々姫も立ち上がりかけたが、それを制して、小雪が宣言して動き始めた。
発電機の方に移動しながら、小雪がスノーホワイトに変身する。
それを見て、繰々姫が微妙な苦笑になった。
日中、サンバーキャンパーの陰になる場所に置かれた、灯油のポリタンクのうちの1つを持ち上げて、スノーホワイトは発電機の前に移動する。タンクの “灯油” と書かれたキャップを開けて、ポリタンクから満タンまで給油する。灯油側のキャップを閉めた後、始動用ガソリンの側のキャップを開けて、内容が残っていることを確認して閉める。レバー類を調整して、燃料コックを開き、リコイルスターターの紐を引く。
ブルルルルッ、ブルルルルッ、ブルルヴォン……ヴァァァァァァッ……
3度目に引いたところで、ロビンエンジンが目覚めた。
スノーホワイトが立ち上がって、作業台の方を見ると、ジャックがセラミックヒーターをその台の上に置いて、野菜の上に鶏ももブロックを敷き詰めたダッチオーブンを載せる。
「あ、解った」
スノーホワイトが苦笑しながら言った。他の3人がスノーホワイトに視線を向ける。
「何がです?」
燈が訊くと、スノーホワイトは、苦笑したまま言う。
「電気がないとき、ミクセリクサーちゃんはガスでなんとかしようとするけど、ジャックはなんとかして電気を起こしてやろうって考えてるでしょ?」
「あー……」
指摘されて、ジャックが自分を見るように視線を下ろす。燈と繰々姫の視線が今度はジャックに向く。
「確かにそうかも知れません」
─☆──☆──☆──☆─
ピーッピーッピーッピーッ……
シャープAX-HR2型グリルレンジの加熱完了音が鳴ると、すでに寝間着姿で、ダイニングでソファベッドに座っていた稚奈が、一旦座ったまま身体ごと捻ってレンジ台の方を見てから、立ち上がってそちらを向く。
稚奈は知らないが ────、どっから調達してきたんだか知らないが、沙穂のアパートに置いてあるのも同製品である。
稚奈は、レンジのドアを開けると、
「あちち……あちっ!」
と、容器の端をつまみながら、冷凍ラザニアの器を受皿に移した。フォークはすでに受皿に載っている。
受皿を両手で抱えて、ソファベッドのところまで戻る。
フォークを手に取る。夕飯に冷凍食品を食べるのにも、なぜか心が弾む。
ラザニアにフォークを入れて、一口、口に運ぶ。
視線を軽く上げたところで、アナログタイマー付の中古炊飯器が置かれていることに気づいた。
── ちゃんと、ご飯炊こうかな。
稚奈は、ちらっとそう考えてから、妙に楽しそうな表情でラザニアを摂る動きを再開した。
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