魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
梅見崎中学校、新校舎中庭。
佐藤木ノ実は、この日もまず、新校舎の中庭の植栽を手入れしていた。
今日は鋏を入れる予定はない。開花期が終わる、あるいはこれから迎える樹に肥料を与える予定だった。
「さて、と」
作業着に、作業用ゴム手袋を嵌め、足にはゴム長靴。中学校職員というよりは農園従事者の出で立ちで、木ノ実は作業を始める。
主に家庭園芸・家庭菜園向けの、配合済みの肥料も存在するが、木ノ実はそれを好まなかった。
木ノ実は別にオーガニック信奉者というわけではない。……ないはずだった。現に自分自身、化学調味料も合成保存料もたっぷり使った料理を普通に食べている。
今、用意されている肥料にしてもそうだ。ここの植栽の、特に樹木や多年草には、酸性土壌を好む品種が多い。ツツジはその代表選手だ。
植物の生育に必須の主要な肥料成分の一つにカリウムがあるが、そのために手元には単品化学肥料である硫酸カリウムが用意してある。天然系のカリウム肥料である草木灰などでは、土壌をアルカリ性に倒して、ツツジなどを逆に枯死させかけてしまうからだ。
だから化学肥料がダメというわけではない。他人による配合済みというのがどうにもしっくりこないのだ。
そう、例えるなら、
── 同じオーケストラの一員だからと、楽器の個体差を全く考慮に入れず、画一されたマニュアルどおりの調律をするようなものだ。
と、木ノ実は感じた。
電子楽器でさえ、コンデンサーのロット違いひとつで僅かな差が出る。メーカーとしては品質を保証できる範囲の差に押さえているはずだが、満足できなくてアナログ素子を交換するユーザーもいるぐらいだ。
── 樹木の品種ごとはもちろん、その株それぞれに話しかけるようにして、状態を調節してやらなければ。
木ノ実はそう思いつつ、まずはペレットタイプの魚かすの袋を手に、植栽の壇の中に入る。目立たないようにだが、ツツジの枝に隙間があって足がつけるようにしてある場所を踏んで、植栽の中央に植わっている桜の木のもとへ行く。
桜はソメイヨシノではない。
まだ4月の初旬からようやく中旬になろうというところ、本来、八重咲き桜の開花時期はソメイヨシノなどと比べて遅く、4月の後半に入ってからとされている。だが、地球温暖化のせいだと簡単に直結するわけではないだろうが、晩冬の寒の緩みが早かったせいか、すでに開花が始まっている。三分咲き、いや五分咲きと言ったところか。
本格的に松月桜に追肥を与える時期ではないが、早い開花で弱らないよう、魚かすのペレットを少しだけ、幹の周囲に撒いておく。
それから、ツツジの様子を見ようと、身体の向きを変えたところだった。
「!」
昨日同様、視線を新校舎側に向けたとき、その先に山口亜鈴 ──── アーマー・アーリィの姿があった。
木ノ実は少し慌てたように立ち上がり、植栽の隙間を踏んで、植栽の壇の外へ出た。
「また……ここに来てしまったのですか?」
木ノ実は、アーマー・アーリィにそう声をかけた。
アーリィはこくん、と頷く。
「いけませんよ、早く教室に戻りませんと」
木ノ実は努めて笑顔を保ちつつ、含んで言い聞かせるように言った。
すると、アーリィはこくん、と頷くが、すぐには木ノ実の言葉に従わなかった。
「どうしました?」
おやっ、とした様子で、木ノ実が訊ねると、アーリィは、
「サトー、コレ」
と、そう言いながら、
そこには、小柄なアーリィの掌にも包み込めてしまう、小さな容器のミニゼリーだった。
「これを、私に?」
木ノ実が訊ねると、アーリィはこくん、と頷いた。
木ノ実は少しだけ考えた後、
「ありがとうございます。いただきますね」
と、言って、アーリィからそれを受け取った。
しかし、その後で、
「ですが、私へのこのようなお気遣いよりも、学校の決まりを優先してください。それが多分、あなたのためにもなります」
と、木ノ実は、あくまで柔和に笑みつつも、アーリィに釘を差しておいた。
アーリィは、
「ジャ、行ク」
と、そう言って踵を返し、旧校舎へと向かうために、一度新校舎の中庭の出入口に向かった。途中、出入口の直前で一度振り返り、アーリィは木ノ実に手を振った。
木ノ実も手を振り返す。
アーリィが校舎の中に入っていってから、
「ふぅ」
と、木ノ実は胸を撫で下ろすように息を
アーリィの行動は……アーリィ自身への好悪の問題ではなく、魔法少女学級での問題行動ととられないか、木ノ実はそれを気にしていた。
木ノ実は、僅かに立ち尽くしてから、
「ああ、給食が到着する前には植栽の整備は終えておきませんと」
と、我に返る。
もちろん、それ以外にもやらなければならない仕事はあったが、それらは、最悪、後ろにスライドさせることができる。
しかし、給食センターや、その請負で、ご飯、パン、麺類を担当するそれぞれの工場からの配送トラックの到着は待たせておくわけにはいかない。
早咲きツツジへの遅めのお礼肥(花鑑賞が主目的の樹木・多年草に、開花期の後に生育の回復のために施す追肥のこと)を施そうとして────
「おや?」
ツツジの木のコンディションを確認しようとして、植栽の壇の外周をツツジの木を観察して見回っていると、一定の角度のツツジで異変が起きていた。
「…………蕾? この時期にですか?」
木ノ実は、怪訝そうな表情をしつつ、声に出して呟いた。
本来、このあたりの土地での早咲きツツジ、ここに植わっているゲンカイツツジの開花期は3月頃。今はほとんどが開花期を終えている状態だ。
木ノ実は、顎を手で支える仕種をしながら、
── 狂い咲き、でしょうか?
とも考えるが、落花から着蕾までの期間が短すぎる。木ノ実は半年ほど前、魔法少女学級の準備が始まった頃からいる。当然、3月頃もこの早咲きツツジの植栽を見ていた。着花していない樹はなかったはずだ。
仮に狂い咲きだとしても早すぎる。ツツジが次の花芽をつくるのは花後、新梢が伸びてからだ。
「…………」
いずれにせよ、このまま開花させるとツツジの樹の株が弱る、剪定したほうがいいだろう、と、剪定鋏を手に持って、そのツツジの樹のところまで来たときだ。
「…………」
何かが、聞こえた。
木ノ実は、目を
その視線の先には校舎の壁がある。校舎内部の内装や設備の設計の関係か、数メートルほど、基礎部分から屋上まで一切、窓や扉、その他の突起物が存在しない部分が存在した。
「確かに、聞こえる」
驚いた表情のまま、木ノ実は小さく呟いた。
音、可聴音とは明らかに違う。いや、おそらくはそもそも所謂音波とされるもの、物理的な振動周波ではない。なにか、なにか別の、木ノ実にとって未知
「…………」
木ノ実は壁を凝視する。これそのものは、不可思議だが危険を伴うものではないようだと、木ノ実には感じられた。
ただし、
ぞくり。
木ノ実の背筋が震えた。
なにかが起きる予感がする。それが悪いことなのか良いことなのかも解らない。木ノ実にはそう感じられた。
──…………でも、私には……
結局、そこに行き着く。
木ノ実はしがない用務員だ。聞こえた “音” が何を意味していたとしても、自分にはどうすることもできない。
──────── できない、はずだった。
キーンコーンカーンコーン……
─☆──☆──☆──☆─
魔法少女学級には当然と言うか、一般的な体育の範囲はない。魔法少女としての体術鍛錬の授業が設けられている。
当たり前だが、その際は魔法少女に変身して行う。
だと言うのに、だ…………
市営梅見崎学園は、公立学校ではあるが歴史が深く、また、戦後の教育制度の変更による再編はあったものの、地域の子どもの増減に伴う地域学校の再編とも基本的には無縁なため(厳密に言うと、全く連動していないわけではないのだが)、伝統と格式を非常に重んじる。
重んじるものだから ────
「なんで直接魔法少女に変身じゃいけないの……」
ディティック・ベルは、女子更衣室で、顔から湯気が出るほどの恥ずかしさに顔を染めながら呟くように言った。
どのみち鍛錬・訓練は魔法少女の姿でやると言うのに、授業開始前に体育館まで向かう前には、体操着に着替えないとならない。
それだけでもベル、というか、氷岡忍にとっては羞恥プレイも良いところなのだが、────
そのボトムは、 “伝統と格式” を象徴するかのように、今や日本全国でも絶滅危惧種になった ──────── ブルマ、である。
「…………」
「…………」
「ちょっと?」
忍は、プシュケ・プレインスとランユウィが自分の方に視線を向けていることに気がつくと、普段より半オクターブほど低い声を出した。
「え、あ、いや……それは……です……っすねぇ……」
ランユウィはしどろもどろになって、両手を大仰に振りながら言う。
一方のプシュケは、何かを観念したような表情になって、言う。
「すみません、忍さ……ベルさん」
「え?」
「流石に、体操着はキツいです」
「でしょーね」
プシュケの評を聞いて、ベルは盛大にため息を吐いた。
「ただあれなんっすよねぇ~、ただキツいっていうのはまた違う気がするんっすよねぇ」
ランユウィは、顎に手を当てて考え込むようにしながら、そう言った。
「うん、確かに……」
プシュケも同意するように言う。
「ええ……」
ベルは、とことん疲れ切ったような声を出した。
「そもそもあれなんっすよねぇ、現役の中高生と比べて体格がそれほど違うわけでもないっしょう?」
ランユウィが、ベルを値踏みするかのように見ながら、言った。
ランユウィの言う通り、ベル、氷岡忍の体格は、例えるなら緋山朱里の中学3年生ごろと比べても大差ない。なんなら、細波だった頃の華乃の中高生時代は、身長はより高いし、スタイルだって単純に造形だけを言うなら忍よりも僅かながら恵まれていた、と言える。
──── が、数値や文字で表現し難い差異が、今の忍と、かつての朱里や華乃との間に存在している。
「なんって言うか……フェロモン、って言ったらいいんっすかねぇ?」
「あー……」
ランユウィの発言に、プシュケが妙に納得したような声を出した。
「フェロモン!?」
ベルの方は素っ頓狂な声を出す。
それを聞きつけたのか、
「なんの話してるの?」
と、プシュケとランユウィの間から姿を表すように、プリンセス・ライトニングが姿を表した。
そして、ライトニングはベルの体操服姿を見るや、
「…………イメクラ?」
「言い方ァ!!」
と、発言し、即座にプシュケとランユウィがハモりながらツッコんだ。
その後で、ランユウィは腕組をして、
「けどやーっぱ、ベルさん顔はめっちゃ可愛いっすからねぇ……ただイタい、キツいって言うのも違うっていうか……」
と、なぜかボヤくように言う。プシュケもうんうんと納得したように頷いている。
「いや……別に無理にフォローしなくていいから……」
ベルも、ここまで来ると却って気恥ずかしくなって、顔を紅潮させつつ苦笑しながらそう言った。
すると、ライトニングが、
「キツカワイイ?」
と、言った。
「あ、それいいっすね。キツカワイイ」
「ベルさん、キツカワイイ」
ランユウィがそれに乗っかり、プシュケも言った。
「いや、それフォローしてるのかな……」
不服そうに言うベルに、プシュケが苦笑しながら返す。
「フォローっていうか、確かにキツいって切って捨てるにしては可愛すぎるから……」
「ディティック・ベルがカワイイのがいけない」
ライトニングまでそう言った。
「も、もう……」
ベルは、顔を真っ赤にしたまま、少しむくれたように言う。
「ディティック・ベル、キツカワイイ?」
「キツカワイイ?」
アーマー・アーリィとキャノン・キャサリンまで側に来て、小首を傾げるようにしながらそれを口にした。
ベルがそれに盛大にため息を吐き出したところで、
「あの、皆さん、そろそろ体育館に移動しないとです」
と、OR・治コが、そう声をかけてきた。
──── 体育館。
キーンコーンカーンコーン……
「ほら、何してるの!」
1時限目開始のチャイムが鳴る中、1年F組の生徒達がダラダラと体育館に入ってくると、そこにいた繰々姫 ── と言っても、まだ彼女も姫野希の姿 ── が、大声で叱咤した。
「チャイムまでに体育館に入っていればいい、じゃなくて、それまでに整列して待つ、よ」
表情を険しくしながら声を上げている繰々姫を見て、
「あれ……繰々姫先生?」
と、プシュケが疑問形で声を出した。
これは魔法少女訓練の一環のはずだ。担当はカルコロの方だと皆聞かされていた。
そのカルコロも繰々姫の隣に立っている。
「初回だから見学させてもらおうってつもりだったの。でも来といてよかった」
繰々姫は、教育者としては新人のカルコロに、この生徒の体たらくは扱いあぐねるだろうと感じて、やれやれといった様子でそう言った。
「出席番号順に整列!」
繰々姫が声を上げると、でれでれと動いていた生徒達の動きが多少速くなる。
「先生……」
「なに?」
呼ばれて、繰々姫がそちらを向くと、好奇心旺盛そうな様子のライトニングと、照れくさそうに苦笑しているベルがいた。
繰々姫とカルコロはともに生徒と同じ体操着を着用していて、その上から、カルコロの方はジャージのズボンを履いていて、繰々姫はジャージ生地のジャケットを羽織っていた。つまり────
「繰々姫先生もキツカワイイ?」
「!?」
ライトニングにそう言われて、繰々姫がギョッとしたようなムキになったような表情になった。
「今は私語をしている場合じゃありません!」
繰々姫は声を荒げるが、ライトニングは悪びれた様子もなく、
「へへっ」
と、悪戯っぽい声を上げながら、列の方に歩いていった。微妙に紅潮した顔で苦笑しているベルがそれに続く。
── ひょっとして、私が浮かないように気を遣って?
ベルは、繰々姫のブルマ教師姿にそう思いつつも、
── でも私ほどイタくない。
とも、思ってしまっていた。
「前へならえ! やめ!」
カルコロが、気まずそうにしながらもへラッと笑ってしまっている傍らで、繰々姫が声を上げた。
「そうしたら、1人おきに前の人の右側に出て!」
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