魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
「右向けーッ、右!」
1時限目開始のチャイムから、もう10分が過ぎたところで、ようやく2列横隊が出来上がった。
「次回からの体育館やグラウンドでの授業は、チャイムの前にこの状態でいること!」
「ハイ ワカリマシタ」
繰々姫の厳しい口調に、アーマー・アーリィが、左腕で挙手しながらそう言った。解っているのかいないのかと言ったところだが、素直な返事だ。リアルが小学校高学年から高校生ぐらいの間の生徒の中には、目に見えて不貞腐れているのもいる。
繰々姫は、はぁ、とため息を深く吐き出してから、はっと我に返る。
「すみません、カルコロ先生、出しゃばり過ぎてしまいましたか」
カルコロを振り返って、繰々姫は申し訳無さそうに苦笑しながら謝罪の言葉を告げた。
「いえ、助かりました」
こういうあたりがきっちり想定されてなかったよな、本職がいてくれて助かった、と、カルコロは思いつつ、自分も苦笑しながら、繰々姫に礼を言った。
「では、ここからはカルコロ先生におまかせします」
繰々姫がそう言って、カルコロと入れ替わりに体育館の壁際に下がろうとするが、
「あの、もう少しだけお付き合い頂いてよろしいでしょうか?」
と、カルコロが言う。
「?」
繰々姫は怪訝に思いつつも、正面中央はカルコロに譲りつつ、そのすぐそば、カルコロより1歩下がった位置に立った。
カルコロが、努めて表情を引き締め直すと、
「今、繰々姫先生からあったように、魔法少女鍛錬の授業の時はこの状態から、いつでも変身できるように準備しておくように」
と、そう言ったところで、繰々姫は何に付き合ってほしいのか理解して、苦笑した。
カルコロもまた、顔を染めつつ、コホン、と咳払いをしてから、
「それでは、まず私達から」
次の言葉は、繰々姫の方が合わせる形で、2人がハモった。
「変身」
カルコロ・クルンフと姫野希、2人の姿が自らの身体が発する光に包まれる。
2人の体操服とジャージが光の粒に分解されていく。カルコロの長身で均整が取れつつも起伏に恵まれた肢体と、希の身長が低く幼いように見えながらも女性らしさでは劣らない肢体が浮かび上がる。
カルコロの方は、身長が希と同じぐらいになるまでに身体が縮む。ただ幼くなったという感じではない。髪はストレートを結っていたそれから淡く赤紫がかった白の、癖のある短髪になる。パステルイエローと白で構成された、前頭部のパッド、ヘッドフォンのそれのようなドーム型の耳カバー、長手袋が現れる。パッドと耳カバーには算術記号の “
希の方は、身体が発する光条が216本の光のリボンとなって身体を包み込み、そのうちのいくつかが融合してバレリーナかフィギュアスケーターを思わせる白いドレスとなっていく。その表面にもリボンが取り付いていって、ディープピンクやパステルパープルの蝶結びの飾りになっていく。両耳の上にも赤い蝶結びリボンとなって取り付くと、そこから頭の上を通って白いリボンが融合し、幅が広くフードにも見えるフリル付きのボンネット(柔らかい素材でできたヘアバンドみたいなもの)になり、その頂点に小さなクラウンが出現する。何本かの光のリボンが集まって、腰の後ろ側を覆う巨大な蝶リボンになる。王冠からリボンがアーチを描いて左右に伸び、膝の下まで届きそうなその先端がくるくるっとスパイラルを描いた。
示し合わせていたわけでもないのに、魔法少女カルコロと魔法少女繰々姫は、その場で即興の決めポーズをとった。
それから、カルコロと繰々姫は、直立しなおし、
「どうも、ありがとうございます」
「いえいえ」
と、向かい合って一礼しあってから、カルコロが今度は生徒に号令をかける。
「それでは、全員、変身!」
文字媒体で表現していたら、それだけで1万字を軽く超えてしまいそうな光景が繰り広げられている中、繰々姫は壁際へと下がっていった。
「…………」
繰々姫は、その壁を見る。
気になっていた。この旧校舎設備側、魔法少女学級の体育館の建物も、旧校舎と同じぐらいの年代物だ。見た目には、水銀灯の安定器を撤去してLED球に交換している以外、くたびれた老朽体育館にしか見えない。そこで魔法少女の鍛錬をやると言う。
「それでは、ちょうど前後で2人ひと組をつくって ────」
繰々姫は、カルコロが授業に気を取られているのを確認してから、
ドン!
と、全力には程遠いが、ちょっと人間には出せないよと言った程度の力で、壁を殴りつけてみた。
「…………」
壁はビクリともしない。振動が響いた様子もなかった。
── やっぱり、対策はされているのか。
一見普通に見えて、魔法少女の力や魔力の篭もった打撃に耐える素材があることは知っていた。左海市の地下研究所で、鉄製に見える隔壁が、数人の魔法少女どころか、ミクセリクサーやシャッフリンでも破れなかったと、教え子の佳代、ファニートリックから聞かされていた。
繰々姫は、再度、今度は普通のコンクリート塊なら粉砕してしまう程度の力で、
ドン!!
と、強く壁を叩いたが、やはり、打った響きすらなかった。
スターン、スターン!
一見、軽く聞こえる乾いた音がする。
繰々姫が振り返る。魔法少女の力が基本的な動作にどれだけ影響するか、を教えていた。潜入組どころか、まっ更の新人候補生まで、「こんなこと、改めてやらなくても」という顔をしている。
その中でもあからさまなのがプリンセス・ライトニングだった。魔法少女をやってもう3年になる繰々姫の目から見て、明らかに手抜きしているのが見て取れた。
ドリル・ドリィあたりもこうなりそうだ、と思って視線を移したが、組んだプリンセス・デリュージの立ち回りがいいのか、カルコロの指示にうまく従って身体を動かしている。
同じように、キャノン・キャサリンをOR・治コが上手くリードしていた。彼女は新規候補生のはずで、ノーマークだったが、デリュージと同じで手のかからないタイプと考えていいのだろうか。と、繰々姫は考えていた。
一方のカルコロは、指導内容が一区切りついて、一度生徒達を座らせたところで、
「ふぅ……」
と、このお転婆共を締め上げてくれる
その視線を上げようとして、
「あ」
と、校歌額を外した後の、妙に壁がきれいな長方形の跡の上に掲げられた旧いセイコーの時計が、カルコロの視界に入ってきた。授業終了まであと15分を切っている。
── 生徒が集合するのが遅かったからな。
カルコロは、再度胸中でだけため息をついてから、
「それでは、今日の鍛錬はここまでにします」
と、生徒に告げる。
「?」
繰々姫も時計を見た。講義そのものを終わらせるのはまだ少し早い。
「最後に、今後の鍛錬の授業で仮想のエネミーとして使う、ホムンクルスを紹介します」
「!」
カルコロは指導要綱の通りにそれを始めたようだったが、繰々姫はギョッとしてそちらを見る。
カルコロは、取り出したタブレット型の端末を操作する。マジカルフォンの大画面版、と言えばいいのだろうか。何度か操作すると、
ガラッ……
と、体育館左側最前部の扉を開けて、それが入ってきた。
黒い靄の塊でできたような巨躯……ピュア・エレメンツが『ディスラプター』と呼び、左海市の郊外でファニートリックがプリズムスプリントと協同で潰したやつに近いタイプだ。
ただ、今はなにかに対して興奮して、危害を加えようとしている様子ではなかった。
繰々姫は戦慄しつつも、まだ手は出さずに成り行きを見ている。
カルコロの方は、緊張している様子はない。
「今後……と言っても、もう少し先の話になりますが、模擬戦をするときのエネミーとして使います。人造生命体です」
カルコロがそう説明する。
「はい、質問」
そう言って、ライトニングが挙手した。
これによって、カルコロはもちろん、繰々姫の視線もライトニングに向かった。
「質問どうぞ」
カルコロが、ライトニングに促す。
「人造生命体って言うと、人造魔法少女って言うのもあると聞きましたけど、それとホムンクルスとは、どう違うんですか?」
「あー……えっと……」
ライトニングの質問に、カルコロはするっと回答が出てこなかった。
「人造魔法少女には3種類ありまして、まずはその説明からしなければならないので……そうですね、今度の魔法少女原理の授業で説明しましょう」
誤魔化すように笑いつつ、カルコロはそう説明した。
ちょうど、それが言い終わった時だった。
バシッ
「!?」
カルコロと繰々姫は何か、水飛沫のようなものがわずかに、自分の顔か額のあたりにかかったのを感じた。さらにその直後────
「グォウ! ガァアァァッ!!」
それまで、カルコロの指示通りにのそのそ歩くだけだったホムンクルスが、いきなり興奮したような声を上げた。
巨腕を杭打ち機のハンマーのように振り上げつつ、生徒の2列横隊に向かって、突進していく。
「いけない、みんな、逃げなさい!」
繰々姫が叫んだ。
ホムンクルスが突進していった先にはドリル・ドリィがいた。ドリィはむしろかかってこいとばかりに、魔法少女衣装の腕についた巨大なドリルを振り上げる。
「!?」
ホムンクルスとドリィの間に、ディティック・ベルが割り込んだ。
「お前、邪魔!」
ドリィが怒鳴り声を上げる。
ベルが割り込んだのは、この中で自分が魔法少女歴最長だという自覚があったからだろう。だがディティック・ベルの技能は戦闘向きではない。準備がある状態ならともかく、少なくとも不慮の戦闘に対処するには不十分だ。
ビシッ!
ベルとドリィ、まとめて叩き潰そうとしたホムンクルスの巨大な腕に、白いリボンが巻き付いて留める。
更に脚も縛り、行動できないように ────
「グァオゥ!!」
ブチブチブチブチィッ!!
腕と脚を締め上げた繰々姫のリボンを、ホムンクルスは怪力で引きちぎる。動きは決して速くないが、とにかく力が強いようだ。
「どうなってるんです、なんで、なんで……────」
カルコロは、マジカルタブレットから必死に緊急停止のコマンドを送る。だが、ホムンクルスは止まらない。
繰々姫がリボンで障害物をつくって、生徒との間を阻む。
だが、このままでは埒が明かないだけだ。
── 武器……武器!
そう思った繰々姫の頭に、その存在が思い出された。
伸ばした手に、柄の部分が
魔法少女歴は長くても年下未成年のラ・ピュセルや、同様に成年ではあるが年下のリップルから、刀剣類の術を習ったのもこのような時のためだ。もちろん、こんな機会は来てほしくなどなかったが。
── 急所はどこ、いや!
今はまず、生徒に向かうことを止める、と、繰々姫は判断し、回り込むようにしながら跳躍する。
『相手が硬そうな時は、まず感覚器を潰すんだ! どんな強敵も視覚と聴覚を失えば何もできなくなる!』
その言葉を思い出しながら、ホムンクルスの直前で再度跳躍する。
ズシャッ!
レイピアで、顔面に向かって斬りつける。
「グァアァァァァッ!!」
単純なダメージとしてもそれなりに効いたのか、ホムンクルスは仰け反るようにしてその場にのたうつ。
「今だ センセイ ──── あ!?」
繰々姫が一度離脱した後ろから、ドリィが仕掛けようとするが、その背後に誰かがしがみついていた。
「はぁぁぁぁッ!!」
ドリィの代わりに、無防備なホムンクルスの腹部に、強烈なパンチを叩き込んだ。
OR・治コだった。
「グゲッ!」
ゴバァアァッ
ホムンクルスは、口から大量の体液を吐き出したかと思うと、そのまま、
ズズ……ゥン……
と、床に倒れ込んだ。
繰々姫は、しばらく警戒してレイピアを構えていたが、ホムンクルスが再度動き出さないのを確認してから、構えを解いた。
「ふぅ……────」
急に緊張が緩んだような思いで、繰々姫はため息を吐いた。
キーンコーンカーンコーン…………
「おかしい……どう考えてもおかしい……」
まだ、マジカルタブレットを操作しながら、カルコロはブツブツと呟いていた。
生徒は教室に戻らせた。すでにホムンクルスの死体は体育館の裏手に放り出してある。繰々姫は、多くのリボンにモップを持たせて、ホムンクルスの体液で汚れた床を拭き取っていた。
繰々姫は視線をカルコロに向けた。
「暴走はありえない、と?」
「それもありますが」
繰々姫の問いに、カルコロは、自身が一番納得できていないと、魔法少女の姿のまま、口をへの字に歪めている。
「繰々姫先生の衣装のリボンをあんなにあっさりブチブチ切るとか……そんな出力は元々ない仕様の筈なのに……」
カルコロの、ボヤきのようなその言葉を聞いて、繰々姫は眉間に皺を寄せた。
──── 新校舎、校長室。
「まぁ、クソと言ってもこの程度はなんとでもするか」
旧校舎体育館の館内の様子を映し出しているモニターを見ながら、ハルナはそう呟いた。
「だが……あれはただの暴走ではないな。ただ歩かせるだけであんなになるようにはできてない。誰かが攻撃して、自衛モードに入ってしまったんだ」
暴走開始の瞬間は、ハルナもホムンクルス自体の方へ意識が行ってしまっていた。録画では不鮮明で、些細ななにかが起きていることまで確認できない。
「一体誰が……」
ハルナもまた、顎を手に載せるようにしながら、怪訝そうに眉を
カルコロせんせー
【挿絵表示】
身体正面の蝶結びは省略したけどご愛嬌
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