魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
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「え?」
希がキャンプを張っている市有地に戻ってきたとき、見るだけで緊張した状況と気づき、一瞬立ち尽くした。
プリンセス・インフェルノが変身している。彼女は変身すると消費した魔力を薬で補わなければならないことから、自分たちのように気分で変身したりはしない。
左海の研究所の事件の前までは、魔力の薬自体が研究部でしか使われていなかった。あるいは旧オスク派の実験場でも造れるのかもしれないが、かつてはオスク派特有の秘密主義から、現在はミクセリクサーに見つかると襲撃される可能性が極めて高いことから、情報をほとんど出そうとしない。
プリンセス・インフェルノとプリンセス・テンペストを保護した関係で、外交部も魔力の薬を欲するようになった。
丁度いいことにと言うべきか、外交部は左海の研究所について対外処理を引き受けたことで、外交部は研究部に貸しをひとつ作っていた。 ──── もっとも、それを意図していたと言うよりは、左海の研究所に火を
それをうまく利用して、魔力の薬を製造法ごと譲り受けたというわけである。 ──── 閑話休題。
とにかく、少なくとも動機がなければインフェルノやテンペストは変身しない。少なくとも希自身がやっているように疲労抜きなどには使えない。だから、インフェルノが変身していることは何かがあったことを示している。
加えて、スノーホワイトもロングメイスを取り出していた。希はスノーホワイトが武装を持っていることは知っていたが、今回は情報収集役だから、それを手に持つ必要はない。
希が僅かに唖然としていたところへ、プリンセス・ジャックが南側から跳躍で戻ってきて、着地した。
希が、自分も表情を険しくしながら、
「何があったの?」
と、訊ねた。
「デリュージが……」
インフェルノが、困惑しきった表情で言いかける。
「え?」
希が聞き返すと、インフェルノは、一度ジャックと視線を合わせてから、困惑しきった様子の表情で、
「デリュージが変身した状態でいきなりここに来たかと思ったら、突然、私達に襲いかかってきたんです」
と、説明した。
希がギョッと驚いた表情になる。
「本当に!?」
「はい。それに、私が聞いた “声” がメチャクチャでした」
スノーホワイトも頷き、インフェルノの言葉を肯定するかたちでそう言った。
「それって、 “困っている声” よね?」
希が訊き返す。
「はい。なにかすごく、強迫観念を抱いているような感じで、しかもその上で支離滅裂で……」
スノーホワイトが、希に向かってそう説明すると、それを聞いていたインフェルノが、
「……それって、普通じゃないって解るんですか?」
と、スノーホワイトに問いかけた。
すると、スノーホワイトは、一旦視線を落として俯きがちになり、苦しむようにも見える悩み顔をする。10秒近く思い悩むようにしてから、覚悟を決めたように顔を上げる。
「以前、1人だけ、これに近い “声” を聞いたことがあるんです」
「えっ!?」
スノーホワイトの言葉に、インフェルノも、希も、ジャックも、一斉に驚いた声を出した。
「そうちゃんの……ラ・ピュセルの最初の魔法少女選抜試験の時に送り込まれてきた、アカネって魔法少女が発してた “声” と、少し似ていて……まだそこまでメチャクチャじゃなかったんですが」
「その、アカネって方はどうなったんです?」
インフェルノが、緊張した面持ちで問い質すように言う。
「精神が崩壊している状態で……その、一般でも “名深市音楽家連続殺人事件” って知られてるんですけど……」
スノーホワイトは、苦しそうな表情で言う。
「あの事件って、それだったのね!?」
希が訊き返すように言うと、スノーホワイトは、苦しそうな表情のまま頷いてから、言う。
「だから、一般人も巻き込んだ無差別殺人者になってしまって、取り押さえる方法もなくて、これ以上被害を出せないってなって、ラ・ピュセルとリップルが、その、…………殺し、ました」
それを聞いて、インフェルノとジャックが、目を大きく見開いた状態で、一瞬表情を凍りつかせた。
「デリュージが、デリュージが今、その状態だって言うんですか!?」
インフェルノが、スノーホワイトの肩を掴んで揺すってしまいながら、激しい声を出す。
「だから、さっき言ったとおり、似てるってだけで、まだそこまでメチャクチャじゃないって……」
スノーホワイトは、自分も脂汗をかくほどに苦しそうな表情で言う。
その様子を見て、インフェルノは、ゴクリ、と喉を鳴らしてから、
「そうだ……」
と、希の方を見る。
いきなり視線を向けられて、希は、一瞬たじろいだ。
インフェルノは、前のめりになりながら、
「学校で、学校でデリュージはどうでしたか!?」
と、縋り付くかのように希に問い質す。
「え? 今日の彼女は、学校では……────」
希は、問われた勢いに対して反射的に、やっぱり印象がなかった、と、言いかけて、そこではっと気づいたように、表情を俄に険しくする。
「そう言えば……」
「何かあったんですか!?」
インフェルノは食い入るように声を出す。
「給食当番の片付けをしないで、どこか行っちゃってたのよね……」
「給食当番……」
少し勢いを削がれたように、インフェルノはその言葉をオウム返しにする。
「デリュージらしくはないかも」
ジャックが、手振りを加えながら言う。
「はい……それは私もそう思います」
インフェルノは、ジャックに同意した。
「昨日までは……────」
スノーホワイトが声を出す。
「昨日までは特別な “声” は聞こえてこなかったんです。デリュージからは……」
「!」
それを聞いて、インフェルノがハッと気づいた表情をした。
「そうだ……今日、学校でもホムンクルスの暴走があったんですよね?」
「え、ええ」
希が答えると、インフェルノは更に問う。
「その時のデリュージはどうでしたか?」
「…………えーと……あれ、どうだったかな……」
「多分、希さんの印象に残るようなことはなかったんだと思います」
希が思い出そうと頭に指を当てて唸りかけると、それを遮るようにスノーホワイトがそう言う。
「あの状況でデリュージが目にとまるようなら、多分希さんやカルコロって先生の “声” になって、私が聞いていたはずですから……」
「ええ、そうね」
スノーホワイトの言葉を、希が肯定した。
「えっと……」
インフェルノが、少し眉を吊り上げつつ、少し考えるような表情をしながら、
「改めて訊くんですが、デリュージ以外の生徒は戦おうとしてましたか?」
と、希とスノーホワイトに訊ねた。
「何人もいたよ」
スノーホワイトが答える。
「私が拾えた限りでは、プリンセス・ライトニング、プシュケって子、ノワール・ミーって子、ドリル・ドリィって子、ディティック・ベルさん、OR・治コって子」
「私の記憶よりそっちの方が正確かも……」
スノーホワイトが羅列した名前を聞いて、希は思わず苦笑になってしまう。
「うーん…………」
インフェルノは、腕を組んで唸ってしまってから、
「クェイク、どう思います?」
と、訊ねるように
すると、クェイクも口元に手を当てながら、言う。
「やっぱり……デリュージが『ディスラプター』を見て、戦おうとしなかったのは、不自然かも」
「ですよね」
ジャックの言葉に、インフェルノは納得の声を出した。
「思考が正常じゃないことといい、田中先生……オールド・ブルーに
インフェルノが言った。
「なにかって、なにを?」
希が訊き返す。
「うーん…………えーっと……確か、3代目のラピス・ラズリーヌって、記憶や意識の操作ができる、って言ってませんでしたか?」
「だったかな」
インフェルノの言葉に、ジャックは反射的にそう言ってから、希の方に視線を向ける。希もジャックと似たような表情をしていた。
「言ってた。ラズリーヌ……えっと、こっちの、2代目のラズリーヌが」
スノーホワイトがそう言う。
「“気分を変える魔法のキャンディを作るよ”。記憶や感情を飴として取り出して、それを他人に与えることもできるって」
「でもそれで、私達を襲ってくるような感情を与えられますか? 都合よく」
ジャックが問うように言い、4人は揃って腕を組んで、
「う~ん……」
と、ひとしきり唸ったところで、その顔にじとりと汗をかく。
「恨まれる覚えは……────」
そう言ったスノーホワイトの言葉を、
「ありますね、死ヌほど……」
と、インフェルノが引き継いだ。
ここにいる4人はそれほど暴れた覚えはないが、 “名深の4人組とその周囲” の範疇に含めると、恨みのひとつやふたつや百や二百は覚えがある。
「でも、学校に3代目ラズリーヌが入り込んでたなら、繰々姫様やスノーホワイト様が気付くのでは?」
ジャックが、疑問形で言葉にした。
すると、インフェルノが、
「飴にして運べればいいんですよね? 本人いなくても」
と、スノーホワイトに向かって確認するように言った。
「確かそぅ……────」
スノーホワイトは言いかけて、はっと気づく。
「あ! ライトニングがいるじゃない」
「そうか……オールド・ブルーに指示されてなにかしているかもしれないわけね」
スノーホワイトに続いて、希も納得した声を出した。
「はい」
インフェルノは頷き、肯定した。
「今すぐにでも、デリュージを助けたいですけど……」
ジャックが、少し哀しそうな顔で言う。
「今のデリュージは、3人をピュア・エレメンツの
スノーホワイトもまた、哀しそうな表情で困惑げに言った。
「3人」
インフェルノがその言葉をオウム返しにする。
「テンペストもですか……」
「うん」
インフェルノは問いかけるというより呟くように言ったが、スノーホワイトは肯定の言葉を出した。
「…………」
嫌な沈黙が流れた。
「とりあえず ────」
ジャックの言葉に、3人が顔を上げて視線を向ける。
「晩御飯の準備をしますか」
そう言って踵を返そうとするジャックに、3人が崩れるようなリアクションを取った。
「あ、そうそう」
希が思い出したように言い、提げていたショルダーバッグの中を探りはじめる。
インフェルノとスノーホワイトが希の方を見る。希の4Cylinderジムニーの荷台へ食材を取りに行こうとしていたジャックも振り返る。
「これ」
希が取り出したのは、1枚のSDカードだった。
「カルコロ先生には申し訳ないなー、と思ったんだけど、魔法の詳細情報まで入った生徒一覧、今日の騒ぎの後始末のドサクサに紛れてコピーしてきたの」
希がそう言うと、ジャックが、
「インフェルノ、お米だけ先にお願いしていい?」
と言う。
「あ、はい!」
言われたインフェルノは、変身を解いて燈の姿になりながら返事をしつつ、代わりにジムニーの荷台に向かう。
ジャックは、それとすれ違うようにしてサンバーキャンパーの助手席ドアを開け、mouse製のノートパソコンを取り出すと、スライドドアを開けてフラットベッドの上にパソコンを載せて開き、起動スイッチを押す。
「繰々姫様、SDカードを」
ジャックはそう言いながら、スマートフォンを取り出してUSBケーブルでノートパソコンと繋いでからスマートフォンのロックを外し、USBテザリング(技術的な説明を抜きにして簡単に言うと、スマートフォンを介して携帯電話網から他の端末をインターネットにつなぐもの)をONにする。
「あ、はいはい」
希がジャックの背後まで来て、SDカードを手渡す。
ジャックの背後から左右それぞれの肩越しに、希とスノーホワイトが画面を覗き込もうとする。
「そうちゃんの……あ、華乃のパソコンに送っちゃえる?」
「クラウドに送ります」
そう言っている間に、Windowsのログイン画面が表示された。
「あ」
希がそう言って、くるりと後ろを向く。
「?」
最初は、希がなぜそうしたのか解らなかったスノーホワイトだが、
『スノーホワイト様でも、パスワード見られるのは困るんだけどなぁ』
「あ」
と、ジャックの “声” を聞いて、希と同じように後ろを向きつつ、変身を解いて小雪の姿に戻った。
─☆──☆──☆──☆─
女性がオフロードワゴンを運転している。
後部座席にラピス・ラズリーヌ
── 私…………
女性は、運転にも充分に意識を向けつつも、脳裏で考える。
── 私、何をしなきゃならなかったんだっけ……
女性はそれを思い出せずにいた。
ただ、
── とりあえず、梅見崎中学校の他の勢力を退けないと……
それが必要であることだけは、確実に言えた。
「ねぇ、ラズリーヌ」
「え、あ、は、はい」
女性は、ルームミラー越しにラズリーヌIIIを一度ちらりと見つつ、声をかける。ラズリーヌIIIは、不意を突かれて少し驚いたように返事をした。
「
「えっと……何か理由が?」
前を向いたままの女性の問いかけに、ラズリーヌIIIは訊き返す。
先に見える信号が赤になる。女性はブレーキペダルに足を置く程度にしてブレーキランプを点灯させつつ、クラッチペダルを踏み込んで5速から3速に落とす。
「デリュージがこの状態でしょ? 私もついててあげた方がいいと思うんだけど……」
女性はそう言うが、
── 建前だな……
と、ラズリーヌIIIは感じた。
ただ、それでもラズリーヌIIIは、
「一応、師匠に言っておきます」
と、返した。
前走車の後ろで停車する。
「あ」
ポツッ、ポツッと、フロントガラスに水滴が落ちてきた。
やがてそれは連続したものになった。
信号が青になる。前走車のブレーキランプが消える。女性は右足をブレーキペダルからアクセルペダルに移しつつ、クラッチペダルを踏んでギアを1速に入れる。
オフロードワゴンは春の雨の中を走っていった。
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