魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4― 作:神谷萌
時間は少し遡る。
梅見崎中学校、新校舎・昇降口。
旧校舎側から校門へ通じる通路はフェンスが張られていて通り抜けることはできない。グラウンドなど旧校舎側の校舎外施設を使う時の出入口としては、新校舎供用開始以前の、教職員や来訪者が通る玄関側を使うことになっていて、旧昇降口はアルミ化粧板がボルト留めされて閉鎖されている。
したがって1年F組 ──── 魔法少女学級の生徒も、登下校時にはこちらを通る。
中学校の下駄箱はだいたい開放型のシンプルなものと相場が決まっているが、梅見崎中学校は市立ではあるものの選抜型中学校という立場からか、扉のついた下駄箱が使われていた。もっとも昇降口に漂う内装の雰囲気は、選抜型私立中学校というよりは県立高校の
プシュケ ──── 水田稚奈は、上履き靴を脱いで下駄箱にしまい、普段遣いのスニーカーを取り出したところだった。
「稚奈」
後ろから声をかけられる。ランユウィ、鈴井沙穂だった。
振り向いた稚奈は、すぐに笑顔になる。
「一緒に帰ろうっす」
「うん」
沙穂の声に対して、稚奈は返事をする。
沙穂が上履き靴をしまって、やはりハイトップスニーカーを取り出すのを待って、2人は上がり框に向かい、靴を履こうとする。
「あ、お揃いだ」
「え?」
稚奈の言葉に、沙穂は、キョトン、として訊き返す。
2人の靴を見比べる。メーカーからして、稚奈はミズノ、沙穂はムーンスターだった。
「あ」
沙穂はそれに気付いた。両方とも紐・ファスナー併用だ。その位置はそれぞれ靴紐内側と踵内側の差があるが────
「やっぱり、さっと飛び出せる靴を選ぶ方?」
「いやー……そっすね」
そう言いつつ、2人は苦笑気味に笑みながら顔を見合わせる。
昇降口を抜けて、新校舎前ロータリーに出る。こちらにも植栽があった。木ノ実が手入れを任されていたが、その木ノ実の前に、アーマー・アーリィがいて、2人は向かい合っていた。
「魔法少女学級の方は、新校舎側にはとどまらず、速やかに下校するように言われているはずでしょう?」
「ウン」
「…………何か、あったんですか?」
木ノ実とアーマー・アーリィはそんな会話をしている。
だが、稚奈と沙穂はちらりとそちらを見ただけで通過した。その後で、
「今の、誰かな」
と、稚奈がそう言った。ABCDの誰だか区別がつかなかったからだ。
「さぁ……」
沙穂はそう言って苦笑する。
「多分、ドリル・ドリィじゃないとは思うんだけど」
「あー……」
稚奈が言い、沙穂が納得したような声を出した。ちょろっと聞こえただけだが、木ノ実が言葉を引き出している感じだから、4人の中では1人だけ外国人のカタコト日本語程度には流暢で、自分から積極的に話すドリィではない、と、稚奈は感じた。
正面の校門を出る。そのまま、駅すぐ近くの踏切までの道路につながっている。駅と学校の間の行き来もこの道路を通るのが普通だ。
「あれ」
沙穂が、空を見上げて呟く。
「ひと雨来そうな感じっすね」
「ホントだ」
雲がだいぶ低い空模様に、稚奈も同意の声を出した。
「沙穂」
稚奈の方から声をかける。
「なんっすか?」
「手、繋いでいい?」
「えっ」
稚奈が、俯きがちになりつつ恥ずかしそうにしながら、問いかけてくる。沙穂は一瞬、戸惑って、
── 2代目なら、2代目ならどうするか……
と、思考を数秒走らせてしまった。
「あ、ダメだった?」
稚奈が、困ったような、少し悲しそうな苦笑になる。
「はっ ──── だ、ダメじゃないです! ど、どうぞ!」
我に返った沙穂は、いつもの口調 ──── ラピス・ラズリーヌ
おずおずとしつつ、稚奈の左手がそれを握る。
「…………」
「…………」
僅かな間、沈黙が流れる。
「ねぇ」
気まずさを紛らわすためだったが、思い出して表情がやや険しく引き締まってしまいつつ、稚奈が声を出した。
「なに ──── なんっすか?」
沙穂が訊き返す。
「鍛錬の授業の時のアレ、何だったんだろうね」
「あー……うーん……」
稚奈に言われて、沙穂は、難しい表情をして唸ってしまう。
カルコロは平謝りで「不備による暴走だった」と言っていた。繰々姫は、
「魔法少女はこういうことに遭遇することもあります。楽しい夢だけを思い描いていた人は、一度考え直してみなさい」
と、やや厳しめの表情で言った。
「まぁ……倒しちゃっても良かったんなら、どうにでもなったんだけど」
強気そうな笑顔を浮かべながら、稚奈がそう言った。
「わ、私だってそうっす」
沙穂も、強気を
沙穂、ランユウィは実際には、
『これ、2代目ならどうする?』
と、思考を巡らせていた。
他の生徒のように、『戦っていいのか』『別に、アレを倒してしまっても構わないんじゃないだろうか』と、 “戦う” “倒す” “やっつける”、あるいは “殺す”、と言ったキーワードを含んでいなかったため、スノーホワイトは、
『なにコレ?』
となってしまい、 “戦おうとしている” 生徒の中にランユウィを含めなかった。
──── そして、顔を見合わせた2人は、緊張を崩すようにクスッと笑った。
踏切の直前を右に曲がる。もう駅の屋根が見えていた。
「私達ってさ」
「うん?」
稚奈が切り出した。
「まだ、出会って3日目なんだよね」
「そっすね」
稚奈は俯きがちにしつつも、顔ははにかんでいる。
「まだ、友達って言うには早いかなぁ」
「えっ」
稚奈の言葉に、沙穂の、歩く脚以外が固まる。
── えっと、2代目だったら、2代目だったら……────
沙穂が、思考をぐるぐると巡らせているうちに、稚奈のはにかみ顔から
── 私ならこうするっすよね?
ラズリーヌIIの声が脳内に聞こえた気がした次の瞬間、沙穂は、繋いでいた稚奈の手を少しだけ強く握りなおし、引き寄せて、まくしたてるように声を出す。
「友達っす、私と稚奈は、もう友達っすよ!」
─☆──☆──☆──☆─
名深市中宿、元 “華乃邸”。
ジュワ、ジュワァアァァ……
「♪~」
ハーマン(現ノーリツ)LW2244TFASGL型の、強火力バーナーの上で、大きめの片手中華鍋が踊っている。それに合わせて、中の米と具材が波をうち飛び跳ねる。それをお玉が更にかき混ぜる。
当然ラ・ピュセル姿の颯太が、ジャージ上下にエプロンを着けて、鼻歌を歌いながらチャーハンを作っているところだった。
春雨に煙る住宅街は、今、夜の帳が
夕飯としては簡単なものだったが、華乃がパソコンでデジタル内職の作業をしているため、スプーンひとつで食べられるもの、と、選んで作っていた。
米にしっかり火の通った卵が絡み、その中に、刻みベーコンと、めずらーしくミクセリクサーの方が先に使い始めたのを颯太が取り入れた緑がグリーンピースではない彩り野菜ミックスがほぼ均等に混ざり込んでいる。米が調味料と炒める火とで程よく色づいたところで、ガステーブルの火を消す。
「さーて、と」
チャーハン皿は調理台の上にすでに用意されていた。
「はい、と」
汁物用のお椀を使って、ドーム型をつくってチャーハン皿に盛り付ける。
それを2つつくって、お盆に載せて、和室の方に向かう。
和室に入ると、その引き違い戸に背を向けた状態の華乃が、ローデスク上の19インチスクエアモニターに向い、その前に置かれたキーボードをリズミカルに叩いている。
メインの19インチモニターの右側には、初代Apple iMac以前の、もはやレトロと言っていいベージュのミニタワーケースを使った自作パソコン、左側にセカンドとして10.1インチモニターが置かれている。
「できたけど、手が離せない?」
颯太が訊くと、
「すぐ一段落させる」
と、華乃が振り返りもせずに答える。
「あー……卵スープとか用意しようか? インスタントになるけど」
「牛乳があればいい」
再度の颯太の質問に、また華乃が振り返らずに答える。
「了解」
颯太は、折りたたみ脚ながら大きな円形の卓袱台にチャーハンを乗せてから、そう言って、一旦、また台所の方に出ていく。
カタカタカタカタ、バシッ、カタカタ、バシッ
「…………」
華乃が作業を続けていると、颯太が牛乳の1lパックと大きめのコップ2つを持って戻ってきて、卓袱台のそばで膝をつく。
「冷めちゃうよ」
「待って……」
華乃が言いかけたとき、
ポロン♪
と、フロントベイ内蔵用のPCスピーカーから音がした。
華乃はマウスを掴み、作業用のソフトで開いているファイルを上書き保存してから、セカンドモニターに表示してあるメールクライアントを見る。
「ジャックからメールが来てる」
「え?」
華乃は、セカンドモニターに目を向けたまま呟くと、マウスでそのメールを開く。
「…………魔法少女学級の、詳細の入った名簿を手に入れたって」
「えっ!?」
華乃の言葉に、颯太も色めき立つのを抑え切れない様子で、華乃の背後まで移動してきた。
「見られる?」
颯太が訊ねると、華乃は、Webブラウザを最前面に出しつつ、
「ファイル自体はクラウド。今ダウンロードしてる」
と、言う。
クラウドのWeb閲覧ページから、該当のファイルをクリックして、ダウンロードが始まる。回線はFLET’S光、この家が華乃のひとり暮らしだった頃すでに中古機だったI・Oデータ機器の可動アンテナ付ルータ(ただし目の前のPCは有線)を介して、ほとんど瞬時にダウンロードが完了する。
まずは、圧縮されているzipファイルを開く。
「xlsxファイルって……WindowsとMS Excel使ってんのかよ……」
「Macかも」
呆れたように目を細めて言う颯太に、華乃がそう返す。
「ああそうね……」
颯太は、脱力したような様子で、投げやりにそう言った。
「魔法の国の通信端末だのOSだのは信用するなって、颯太だって普段から言ってるじゃないか」
華乃が言う。
「まぁそうなんだけど……そういや左海の研究所のコンピューターもセキュリティガバガバだったってネドが言ってたな……」
颯太は、かくん、と首を傾けつつ、ボヤくかのような口調でそう言った。
今まで颯太 ──── ラ・ピュセル達が入手していたのは、外交部が外側から独自に調査した情報、あるいは外部からの
この名簿には、それよりナマのデータが書き込まれていることになる。
Microsoft Excelが起動され、まず青木奈美、プリンセス・デリュージのシートが表示された。デリュージ変身中と奈美の両方の小さな顔写真が添付されている。
「あっ」
「えっ?」
華乃が声に出し、颯太が訊き返す声を出す。
「デリュージの魔法が、左海の研究所のデータと違ってる!」
華乃が声に出す。颯太は、華乃の脇からモニターを覗き込もうとする。
まず、デリュージの魔法の呼称が、左海の研究所から回収したデータは “
プリンセス・デリュージの魔法はどういうものかと言うと、場の水分子に作用している。水分子の運動速度を減速させることで、大気中から水を得る。更に強くそれを働きかければ、水は凝固して固体、つまり氷になる。
プリンセス・インフェルノとは対になっている。こちらは分子運動を加速してプラズマ化し炎にする。
話をデリュージに戻すと、今まで “水” と表記されていたものが “氷” となったのは────
「魔法のベース自体が強化されたってことかな」
「それ以外にもある」
颯太が呟くと、華乃が更に言う。
「氷の追尾弾……」
颯太が呟いて、ちらりと視線を華乃の顔に向けた。
「まいった」
その視線に気付いてか気付いていないのか、華乃は前髪のあたりを掻く仕種をする。
「敵になった時に、殺さないで生け捕りにするのが難しくなった」
「はは……」
華乃の言葉を聞いて、颯太は、脱力したように乾いた笑い声を出した。
「あ、そうだ。鳩田守颯って子はどうなってる?」
「今開く」
気にかかっていた人物について、颯太が声に出すと、華乃はマウスを操作して、出席番号10番のシートを開く。
「!?」
夫婦2人揃って、目元を
デリュージ同様に顔写真の画像が添付されているが、そのどちらもが顔のつくりさえ解らない程にぼやけてしまっている。
ただ、魔法少女としての衣装が赤主体っぽい、ということだけは解った。
「…………魔法少女名もない」
華乃が漏らすような声でそう言った。
「魔法が……魔法名だけ記入されてる」
颯太が呟く。華乃もそこに視線を向けた。
「“過去を少しだけ見ることができるかもしれないよ” ……かもしれない?」
華乃が声に出して言い、妙な書き方の部分を反芻する。
「直接のデータでもこんな曖昧なことしか書かれてないって……」
「ああ……」
颯太が困惑混じりに画面を見つつ、華乃も曖昧な声を出す。
「とりあえず……」
華乃が言う。
「とりあえず?」
姿勢を崩し始めた華乃に対して、颯太が、不思議そうに訊き返した。
「これ以上チャーハンが冷める前に食べよう」
「あ」
華乃の言葉に、颯太は崩れるようなリアクションをした。
具体的な感想をいただけると、続きを書くことが捗ります。
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