魔法少女育成計画「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―   作:神谷萌

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第02部 A shadow adrift without its caster.
第01話


 5:51(JST) 市北部、JR駅近くの鉄道会社系ビジネスホテル。

 女性がエレベーターから降りると、フロントロビーの片隅で1人の女性が、それを見て手を振った。ラピス・ラズリーヌIII(3)rd()の彼女だ。

 2人は合流すると、チェックアウトの為にフロントに向かう。ラズリーヌIIIの彼女が言う。

「放課後までには、滞在用の部屋に入れるようにしておきます。…………ホテルのように豪華な場所ではありませんが」

 ラズリーヌIIIが、真剣な表情でそう言うと、

「いいよ。雨風凌げれば充分」

 と、女性はそう言った。

 フロントマンにカードキーを返却する。支払いはラズリーヌIIIである女性が、封筒に入っていた現金で行った。

 ホテルを出る。2人は連れ立って、隣接する駐車場に向かう。

 女性の、濃いグレーのオフロードワゴンが()まっている。

 運転席ドアのロックを直接キーで開ける。ドアを開け、女性は運転席のシートに収まった。

 キーをイグニッションスイッチに差し込む。回して “ON” へ、更に “START” へ。

 キュルルルルル……ヴォン!

 マツダ13Bエンジンが始動し、ロータリー・ビッグホーンが目を覚ました。

 運転席のドアを閉めようとする。その間際に、

「お気をつけて」

 と、ラズリーヌIIIの女性がそう告げた。

 ドアが閉まった後に、運転席の窓ガラス越しに、2人はアイコンタクトをする。

 ラズリーヌIIIの女性がビッグホーンから離れる。

 クラッチペダルを踏み、ギアを1速に入れる。

 ゆっくりと走って駐車場を出る。左折し、曲がりくねった市道を抜けて、一度、駅前を通る幹線県道に出る。JR駅の正面を過ぎる。懸垂式モノレールの空中軌道が合流してくる。

 後は流れに乗って走る。途中、モノレールの線路を追うように県道から幹線市道に折れ、そのまま、目的地へと向かって走っていった。

 

 

 8:07(JST) 梅見崎中学校。

 新校舎中庭。

「…………おや?」

 気がついて、佐藤木ノ実は振り返る。

 そこに、()()()アーマー・アーリィが立っていた。

 木ノ実も、それが好ましくないことだとは理解しつつも、もはや苦笑気味に微笑みつつ、それを出迎えるしかなかった。

「おはようございます」

「オハヨウ」

 木ノ実の挨拶にアーリィが返すと、そのアーリィが、また、左手を木ノ実に向かって差し出した。

 アーリィが手を開くと、その掌の上には、キャンディ包みの小さなチョコレートが乗っていた。

「今日は、これを私に?」

 木ノ実が訊ねるように言うと、アーリィは頷く。

「ありがとうございます」

 木ノ実は、そう言って右手の作業手袋を一旦外し、それを受け取った。

 アーリィがここに持ってくるのは、多分、自宅で朝か、前日の帰宅後に、自分に出されたものなのだろうと、木ノ実には想像はできた。

 最初のうちこそ、木ノ実は、

「それは、あなたのために用意されたものでしょう、それを私が頂いては、あなたが損をしてしまいます」

 と、やんわりそう言っていたのだが、

「2ツ食ベタ」

 そう、アーリィは言う。

 そんなことが何度も続いて、木ノ実も断りづらくなり、アーリィがここに来てしまうことも含めて、微笑みながら受け止めるようになっていった。

 もちろん、

「それでは、早く教室の方に行きなさい」

 と、促すことは忘れない。

 アーリィはこくん、と頷くと、中庭への出入口の方へ、パタパタと走り去っていった。

 

 

 新校舎、職員室。

 事務机の上のノートパソコンを休止モードに入れつつ、SDカードを取り出して、紙の書類とともにクリアファイルに挟み込む。

 ノートパソコンの動作音が消えたところで、それを畳む。

「じゃあ、私は旧校舎(あちら)に行きますので」

 事務椅子から立ち上がりつつ、姫野希が自然な笑顔で言う。

「はーい、今日も1日よろー」

 向かい(かた)の、30過ぎの男性教師が、自分の机のパソコンに視線を向けたまま、ひらひらと手を振りつつ、希にそう返した。

 新校舎の職員室を出る。1階の廊下を少し歩いて、階段を上がる。一般教室の並ぶ2階は、一般生徒の喧騒に包まれていた。

「あっ、おはようございます!」

「おはようございます!」

 廊下にいた生徒が、希に挨拶してくる。

 それに対して、希も、

「はい、おはようございます」

 と、努めて笑顔になりながら、挨拶を返しながら、歩いていく。

 朝のSHR(ショートホームルーム)前、一般教室の並びから離れ、特別教室の領域に入ると、生徒もほとんどおらず、一旦、喧声(けんせい)が背後に遠ざかっていく。

 被服実習室の前を通り過ぎ、第1調理実習室の更にその先に、認識阻害で、認められている者以外には “この先に進める” と認識できない、旧校舎への渡り廊下へと抜ける。

 “魔法の国” の合金で作られたハメ殺しの扉に向かって進む。扉にかかっている転移の魔法が発動して、扉の内側、旧校舎側に入る。

 この瞬間から、変身している・いないに関わらず、姫野希は魔法少女繰々姫でなければならない。

 2段ほどの階段を()りて、旧校舎1階の廊下に立つ。

 新校舎の喧騒からは隔離された、更に静寂の空間。わずかに歩いて階段へ。

 しかし2階に上がると、一度離れたかと思った騒々しさが、小規模ではあるがまた聞こえてくる。

 まだ姫野希の姿でいる繰々姫は、1年F組、魔法少女学級の教室のひとつ手前、空き教室の調度品を入れ替えただけの()()()()()()()へと入る。

「あら……」

 繰々姫は、意外そうに声を漏らした。

 室内は教師・講師2名の事務机が向かい合わせに置かれ、教壇があったあたりは場違いに、赤い高級絨毯が敷かれ、国王の謁見の間かホワイトハウスのオーバルオフィスかといった趣の豪奢な執務机と椅子が置かれている。

 昭和40年代の新築時に取り付けられた2列の天吊り型ラピッドスタート式照明器具と、平成になる少し前にそれでは学校教室として少し暗すぎると増設された天井直付けの所謂『逆富士型』グロースターター式照明器具、それらに嵌められた蛍光灯型LED灯が ── 逆富士型の一部は居ても最大4名の職員室にはそこまで要らんとランプを外されていたが ── 室内を照らしていたが、いつもなら居るはずのカルコロ・クルンフの姿がなかった。

 繰々姫は、少しだけ、怪訝と言うか、意外だと言うか、そう感じながら、まず後ろ手に扉を閉めて、自分の事務机に向う。その上に乗っている、本来ならWindows11がどうにか動く程度の旧型機に、そのカルコロによって魔改造が執行されたパソコンの起動スイッチを押す。そうしてから、

「よっこいしょ……」

 と、声に出しつつ、軋み音が大きい事務椅子を引いて、腰を下ろす。

 モニターにWindowsのログイン画面が表示されて、希がそれを入力する。

 そこまで来て、組んだ手の手のひら側を上にし、腕を逆さU字にして頭の上にあげ、軽く()()をした。────、ちょうどその時だった。

 ガラッ

 先程繰々姫が入ってきた、下手側の扉が開く音がした。

 繰々姫が、行儀悪く椅子の背もたれにもたれかかったまま振り返ると、当然、最初にカルコロが入ってくる。

「あ」

 カルコロも繰々姫がすでに来ているのを見て、

「おはようございます」

「おはようございます」

 と、挨拶をし、繰々姫がそれに返した。

 そして、カルコロの後ろに誰かが続いている。

「遅れていました、鳩田守颯さんが今日から合流ということになりまして」

 カルコロがそう言う。繰々姫が、視線をその人物に向けると、制服を着た小柄な女性がいる。

 繰々姫は、慌てて背を起こし、事務椅子を回して立ち上がった。思わずきまり悪そうに苦笑してしまいながら、軽く頭を下げつつ挨拶しようとして、視線をその女性に向け、

「すみません……あ、は、はい、よろしくおねがいします、鳩田守颯さ────」

 ──── そして、絶句した。

 顔や体型、目・鼻・口、そう言った造形が、繰々姫がよく知っている人間にそっくりだった。

 にもかかわらず、繰々姫の意識は、それがその人物と似ていると判断することを拒否した。

 ── あの子はこんな目をしていない!

 魔法少女になり、理想よりも辛いことも汚らしいこともあった。失敗もした。それでも、夢は叶った。初恋を取り戻そうとして、結局破れた。でもそうしたら意識の下で燻っていた別の恋が燃え上がった。

 そんな子が、こんな、すべてを失い、すべてに絶望したように乾ききり、しかしその瞳の奥で、ギラギラとした欲望を滾らせている、そんな目をしているものか。

 繰々姫が愕然としてしまっていると、それに向かって、()()()()()は会釈をして、

「よろしくおねがいします。繰々姫先生」

 と、声色は同じながら、しわがれて幾分低い声で、挨拶をした。

 

【挿絵表示】

 

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「それでさ、昨日のさ◯ま御殿でさ……────」

「えーっ、そりゃ私も見ればよかったっす」

 まだ変身はしていない姿の、プシュケ・プレインスとランユウィ、それにディティック・ベルが、三方から机を挟んで向かい合い、昨日のテレビ番組の内容について駄弁っている。その周囲にプリンセス・ライトニングとOR・治コ、ブラン・キーとノワール・ミーがそれぞれ2人並んで立っていて、たまに会話に入ってくる。ブラン・キーの言葉で、6人がどっと笑った。

 他の生徒も似たようなものだった。アーリィとブレイド・ブレンダ、キャノン・キャサリンはなにかのパズルをしている。プリンセス・デリュージとドリル・ドリィはあやとりをしていた。

 魔法少女学級が始まって10日ほどが過ぎた。この間にさして大事件は起きなかった。繰々姫は模擬戦の授業にハラハラしていたが、逆に言えばその程度だ。最初のうちは多少なりともあったぎこちなさが抜け、こうなると本当にただの喧しい中学生の教室になってしまっている。

「あ、さん◯御殿、私ちょっと用事あって録画してたんだ。後で見る?」

「いいんっすか?」

「もちろん。明後日でいい?」

「大丈夫っす」

「じゃ、ディスクに焼いてくる」

「ありがたいっす。持つべきものはアラサー同級生っす」

「ちょっと!」

 ランユウィの恩を仇で返してるのかそうでもないのかという発言に、ディティック・ベルも戯け混じりにも憤ったような顔を作った。

 キーンコーンカーンコーン……

「あっと残念、席戻らないと」

 本鈴が鳴り、プシュケがそう言って、場は解散となる。他のグループも同じように、それぞれの生徒の席に戻る。

 それでも、なんとなく声が止まない中、教室上手側の扉が開き、繰々姫が入ってくる。

「?」

 ベルは少し訝しんだ。繰々姫がSHRや授業の最初、入室してきてまず、出席簿をバンバン叩いて鳴らし、生徒を静かにさせる、それがなかった。

「えーっと……」

「みなさん、静かにしないとダメです!」

 繰々姫が何故か言葉に詰まっていると、OR・治コがそう声を上げた。

 優等生然として見えるデリュージはあまりこういうことをやりたがらない。群を抜いて年長者のベルがやると角が立つ。ということで、いつの間にかOR・治コが学級代表のような振る舞いをするようになり、繰々姫が担任としてそれを追認したかたちになっている。

「ちっ、仕切り屋うぜーな」

 ノワール・ミーが小声で毒()いたが、その顔は苦笑だ。OR・治コは、こういうことをやってもなぜかあまり恨みを買わないという感じだった。

 教室内が静かになったところで、繰々姫が、まず先に戸口を振り返り、

「どうぞ、入って下さい」

 と、言った。

 そして、鳩田守颯がそれに続いて入ってくる。

 教壇に上がった繰々姫が、チョークを手に取り、黒板にその魔法少女の名を書く。それから、守颯の方を向き、

「挨拶、大丈夫?」

 と、小声で訊ねる。

「大丈夫です」

 守颯は、声量は抑えてあるはずなのに、やたら通る声で繰々姫に答えた後、教卓の傍らに立ち、生徒達の方を向いた。

 ── あっ

 ランユウィには、その姿に見覚えがあった。

 ── 確か、2代目の周りにいる……────

「今日から皆さんと一緒にお世話になります、ツグツィーヌ・パイトといいます」

 ──── 鳩田守颯は、魔法少女名をそう名乗った。

 





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